生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう

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2話 師匠と弟子

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 あれから数年が経った。

 川辺の森。
 僕は素早く水を切るように、パンチを繰り返す。

 相手は女性。
 だけど僕なんかじゃ歯が立たないぐらいに強い。

「せやぁっ! このっ!」
「なかなかいい動きになったね、天月」
「ありがとうございます。でも、ファイ師匠、そんなこと言ってたら、僕に寝首かかれちゃいますよ!」
「それはないない。ほらほら、今度はあたしの番だよ。ちゃんと受けてね」
「えっ、ちょっと受けてって! ぐっはあっ!」

 体が衝撃に耐えられなかった。
 僕の腕はガードしようとしたけれど、そのまま蹴られてしまった。

 水の中でもお構いなし。
 僕の不安定な足は水の中から離れて、そのまま後ろにあった巨大な灰色の岩に叩きつけられる。

「いったぁ」
「ごめんごめん。天月、大丈夫?」
「は、はい。なんとか」

 僕は立ち上がった。
 最初の頃は気を失っていたし、最悪死にかけることだって何百回もあったけど、今じゃ立てるぐらいにはなった。

 それでも痛いけど。
 ファイ師匠は最初から最後まで全力全開で、常に楽しんでいた。
 だからこそファイ師匠との戦闘訓練は役に立つ。
 だって相手は常に本気なんだもん。

「ほらほら。そんなんじゃ、魚なんて捕れないからね!」
「むっ。ファイ師匠、僕が料理作らなかったら、また山賊料理になっちゃいますよ!」
「げっえ! それは困るんだけど」
「ほら、よそ見しないでください」
「甘々だよ!」

 上手く油断させたはずだった。
 だけどファイ師匠には届かない。
 僕の体は地面に叩きつけられていた。
 上からの衝撃が骨の髄まで伝わる。

「い、痛いです」
「はい、私の勝ちだね。でも強くなったよ、天月」
「あ、ありがとうございます」

 僕の意識は枯れてしまった。
 目の奥が充血して真っ赤になる。
 そのまま頭が痛くなって、いつの間にか眠っていた。

 いや、意識を失っていた。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 気がつけば真上には天井があった。
 背中は畳の上で、柔らかいいい匂いがしていた。

「この匂い……リュウラン師匠の薬膳に匂い?」

 リュウラン師匠は薬に詳しい。
 その実力は折り紙付きで、たまに王都まで行っている。
 それぐらい人気だった。

 今でもたまに思い出す。
 あの日、僕が初めて師匠たちに出会った日。
 ボロボロで今にも生き絶えそうだった僕に、リュウラン師匠が飲ませてくれた薬。
 人肌に合わないものだからと、口移しされたっけ。

「あの時は、凄かったなぁー」

 ふと思い出して、口に出してしまう。
 すると部屋の中から柔らかい声がした。
 少し首を傾ける。

「どうかしましたか、天月」
「なんでもないですよ、リュウランさん。それより僕、また倒れちゃいましたか?」
「はい。今日も血だらけでしたよ」
「うえっ。ごめんなさい、リュウランさん」

 とても申し訳ない気になった。
 顔を下に向ける僕に、優しくお茶の入った湯呑みを差し出す。

「私が調合した薬です。きっとすぐ良くなりますよ」
「いつもお世話になります」

 リュウラン師匠は、薬膳を差し出した。
 とても飲みやすいけど、苦い。
 でも僕はこれが好きだった。

「美味しい」
「そう言ってもらえて嬉しいです。ところで、怪我の具合は大丈夫ですか?」
「はい。リュウラン師匠のおかげです」

 僕は満面の笑みを浮かべた。
 すると、リュウラン師匠もそっと胸を撫で下ろす。

「ところで天月。そろそろ、ホズキの授業ではありませんか?」
「あっ、そうでした。僕、すぐに行かないと」
「その必要はない」

 ふと隣を見てみれば、いつの間にかホズキ師匠がいた。
 手には分厚い本を持ち、似合わない眼鏡をかけている。

「ボスキ師匠。ごめんなさい、僕」
「気にしなくていい。とりあえず、ここで授業をする」

 ホズキ師匠は畳の上で正座をする。
 僕も正座をしようとするが、リュウラン師匠に止められた。

 ホズキ師匠も、包帯でぐるぐる巻きにされた僕を見て、正座をさせる気はないらしい。
 優しい人たちだ。

 僕はこの人たちが大好きだ。
 別に下心とかはない。
 だけど、家族として好きだった。

 あの日のことは忘れない。
 僕はあれ以来強くなった。
 人だっていっぱい殺した。
 しかし村も師匠たちのおかげで、壊滅した。

 その時のことを忘れたりしない。
 夕暮れの時のような、オレンジに燃える村と、絶叫に似た掠れ声を。
 今も絶対に。
 これからも。
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