灰魔女さんといっしょ

水定ゆう

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住宅地の小さな戦い

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 真心は住宅地にやって来た。
 もちろん、通りには人が歩いている。
 こんな所でトウメイリザードに暴れられたら被害は拡大する。
 そう思えば思う程、気持ちが馳せる。

「全然見当たらない」
(落ち着け、真心。必ずマヤカシは手がかりを残す)

 周囲を見回しても、マヤカシの姿は無い。
 地面には足跡がいつの間にか消えている。

「足跡も無くなってる。これじゃあ追い掛けられないよ」
(そうだな。確かに見える手掛かりは少ない)
「そうだよね。どうしたらいいの?」
(真心はマヤカシの存在を感知できないからな……仕方ない。いざとなったら私に変われ。お前はその間、情報を集めろ)
「情報を集めろって……」

 あまりにも無責任な言い方だった。
 真心は眉間に皺を寄せると、グレイスの声が聞こえなくなる。
 どうしたのか? そう思ったの束の間で、真心は声を掛けられた。

「あの……」
「はい?」

 真心は振り返ると、そこに居たのは一人の女性。
 お腹が大きく張っていて、動きもかなりゆっくりだ。
 多分だが、この女性は妊婦だ。

「この近くに病院ってありますか?」
「病院ですか? はい、ありますよ。この道を真っ直ぐ行って、駅が見えたら反対側に回ってください。タクシーも停まっているので、病院までって言ったら連れて行ってくれる筈です」

 真心の説明は的確だった。
 龍睡町はそこまで大きな町ではないけれど。実は病院はかなりある。
 医療設備が充実している上に、自然にも恵まれているせいか、患者は多い。
 だからこそ、町も不便にならない程度には、それなりに発展していた。

(思った通りの町だな)
「えっ、なにが?」
(なんでもない)

 グレイスは龍睡町に来た時点で、多少は情報を漁っていた。
 けれど、実際に目で見て、足で歩き回ると、過ごしやすい町だと分かる。
 それに何より魔力が澄んでいる、
 そのおかげか、マヤカシも多かった。

(マヤカシにとっても最高の環境だ)
「ってことは、何処にいても不思議じゃないってこと?」
(仮にそうだとすれば、もう住宅地には……)
「急がないとね」
「あの、誰とお話をしているんです?」

 ここまでのやり取りは完全に真心の独り言。
 周りからはそう見えてしまう。
 完全にヤバい奴だと思われてしまったらしく、妊婦は怪しそうに声を掛けた。

「あっ、なんでもないですよ!」
「そうですか? それならいいんですけど」
「大丈夫です! あの、気を付けてくださいね」

 真心は妊婦を心配した。
 あまりにも動きがぎこちなく、この町に住んでいる人なら、誰でも知っていることを知らない。

「はい、ありがとうございます」
「気を付けてくださいね」
「はい……ううっ」

 妊婦は体がよろけてしまっていた。
 フラフラとした足取りで、今にも倒れてしまいそうだ。
 なんだか見過ごせない。そんな気持ちにされると、真心はグレイスと一緒に見ていた。

「大丈夫かな?」
(心配なら付いて行ってやればいい)
「そこまでしたら迷惑だよ。でもなんだか変な感じがするね」
(そうだな。この感覚は……はっ、真心、上だ!)
「上? あっ!」

 真心はグレイスに言われて気が付く。
 ふと注意を妊婦の頭上に向けた。
 すると植木鉢がカタカタと揺れながら消える。
 間違いない、こんなこと、あり得ない。

「ニンゲンハ……ウマイ!」

 気色の悪い声が聞こえた。
 ゾクリとした感触が、背筋を凍らせる。
 間違いなくトウメイリザードが近くに居る。
 けれど見えない。困惑したまま視線を右往左往させると、やがて植木鉢が先に落ちた。

「ま、待って!」
「えっ?」

 真心は走った。
 声を掛けたおかげもあり、妊婦も立ち止まって振り返る。
 キョトンとした顔をする中、見えなくなった植木鉢が、妊婦に向かって逆さまに落ちて来た。

「ごめんなさい」
「えっ、きゃっ!」

 真心は妊婦を軽く押した。
 すると妊婦は当たり前のように体勢を崩す。
 すると地面に植木鉢が叩き付けられ、バラバラに割れてしまった。

「いたた……貴女、突然なにするの!? 植木鉢?」
「大丈夫、ですか?」
「私は大丈夫よ。お腹の子も無事みたい……でも貴女は?」
「あはは、私は大丈夫です。それより、早く病院に」

 真心は植木鉢から妊婦を守った。
 けれど膝を擦り剝いてしまって、上手く立ち上がれない。
 軽く捻ってしまったみたいで、顔色も苦しそうだ。

「貴女の方が病院に言った方がいいんじゃないの?」
「大丈夫です。それより、周りには気を付けてくださいね」
「ええ、本当にありがとう。た、立てる?」
「少し休めばなんとか」

 真心はやせ我慢をしていた。
 そのせいか、妊婦には大変気を遣わせてしまう。
 それでも何とか妊婦に気を遣わせないよう、真心は立ち上がってみせると、心の中でグレイスに謝った。

(ごめんね、グレイスちゃん)
(気にしなくていい。私の体は軟じゃないからな)

 借り物の体で無茶をしたことを反省する。
 けれどグレイスは心優しい。
 真心の気持ちを鑑みて、少しでも優しい言葉を掛ける健気さがホッとなる。
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