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第2部
第4章:紅と地の激突ー004ー
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黒き怪物の群れに思わず上げそうになった悲鳴を呑み込んで尸仂は胸の前で指を組む。術をかけるような仕草は能力の発現だった。
命なき物ならば操作を可能とする自慢の能力だ。先程は確かに効果を挙げていた。
「そんなバカな!」
能力が届かない尸仂は信じられないとばかりに叫ぶ。歯を剥きだした黒き怪物たちが飛びかかってくる。
流花に付く二人が迎え撃つ。
真琴は足裏からジェット噴射して飛んだ。機械の身体だからこその高速移動で、尸仂に襲いかかる黒き怪物を鋼鉄の腕でぶっ飛ばす。
流花を守るは、楓だ。手にした小刀で次々に切り裂いていく。ただゾンビ体であるせいか、屍体を好む黒き怪物を呼び込んでいるようである。
尸仂を守るため手一杯の真琴だが、楓の方はその比ではない。怒涛のごとく押し寄せてくれば黒き怪物は、流花の身にまで迫る勢いだ。
「流花、逃げてっ」
顔を歪めた楓が叫ぶ。
逢魔街の魔女と呼ばれ、人間の心理を読むことに長けた能力を持つ流花が、ぐずぐずしていた。楓ちゃんたちを置いていけないよ、と動こうとしない。その美貌にやられない相手であれば、戦闘の場ではお荷物でしかないことを承知しながらである。
流花を掴みかけた黒き怪物を払う楓の左腕が噛みつかれた。喰らい付いた黒き怪物は二の腕から引きちぎっていく。
楓ちゃん! と流花の悲痛な声を向けられた当人は「大丈夫よ」と答えている。実際、ゾンビだけあって痛みを感じている様子はない。
問題は片腕となって著しく戦う能力を落としたことだ。
流花を後ろ手に、残った右腕に握る小刀をかざす楓であった。
本能のまま行動すると思われる黒き怪物に躊躇はない。楓の腕を引きちぎった黒き怪物はむしゃむしゃと食べている。
黒き怪物が取り囲んだ四方から一斉に襲いかかってきた。
楓が振るう小刀の範囲を越えている。
にも関わらず、たくさんの黒き怪物たちが斬られ消滅していく。
「ウォーカー家の人間が助けてくれるというの」
驚きを隠せない流花の前に、瞬間移動の能力を駆使するマテオが姿を現した。
「なにか誤解しているみたいだけど、うちの姉さん、おたくのお姉さんを尊敬しているんだ。加えて、うちの義兄さんとおたくの義兄さん、なんだかんだ気は合っているみたいだし」
ウソ、と流花の端的な即答に、マテオは面倒くさそうに回答する。
「でなければ、死を弄んだ挙句の自業自得で窮地に陥った性格ブスなんて助けるもんか」
「ブスって差別的で感心しない表現だけどね」
「んじゃ、姉さんや義兄さんのことがなければ、性格のひでぇー女なんかに手を貸すもんか」
なっ、と流花は言葉は失う。相手の心情が読み取れる能力ゆえ、本気で言っていることが解る。さすれば状況も忘れて怒りが湧き立っていくようだ。
マテオにすれば背後にいる流花の様子など気づくはずもない。頓着せずでもあるから、平気で文句を口にする。
「紅い目のヤツの動向を追っていきたかったのに、まったく。陽乃さんはとても出来た素敵な人なのに、その妹たちときたらこれだもんなぁ~」
実は上の兄妹たちは上手くやっているに比べ、下の兄妹同士こじれている複雑な関係性は助太刀を持ってしても解けそうになかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
華坂爺も多田爺同様に、今ひとつ掴みきれない。
百年前の大厄災。その際にもたらされた能力者に限った長命。規格外な出来事を引き起こすほどの人物ならば、得体の知れないバケモノめいている。人類など気にもかけない冷酷さで自分たちを圧倒してくると想像してきた。
ところが実際は、である。
「どうした華坂。何やら浮かぬ顔をしているが」
紅い目の円眞は偉そうだが、こちらの心象を読み取る細やかさだ。ぞんざいそうで気配りが効くように思えてもくる。
本当に『神々の黄昏』を起こした張本人なのか。長年に渡って思い煩ってきた重大事だけに、想像外の要素を示されては惑うばかりだ。
華坂爺は、いかんいかんと自らの想いを振り払う。今すぐに述べなければいけない事柄がある。藤平がクロガネ堂へ向かう道中を阻んだ敵についてである。全身だけでなく、手にした戦斧まで真っ白な髪の長い女性が敵の姿だ。能力の一種だと思われるが、発現者とする当ては黎銕円眞に深く関わる人物であった。
黒き怪物を一掃した安堵が漂う雰囲気へ申し訳ないところだが、知らせないわけにはいかない。
実は……、と華坂爺が口を開きかけたら、訊いてきた当人の紅い目の円眞が制してきた。
「華坂が話そうとしていることは、逢魔街の神々に関することか」
「違いますな」
「じゃあ、申し訳ないが後にしてくれ。そして今すぐここから立ち去ってくれ」
急に緊迫を孕んだ円眞の紅い目が追う方向へ、華坂は視線を向けた。他の者たちもまた倣って顔を向けた。
ザクザクと砂地を踏みしめるような大きな足音を立ててやってくる。
二メートル半は越えていそうな背の高さに、腕や足の太さは丸太の形容では済まない巨漢が足音の主だ。顔つきもまた巨岩のごとき体躯に相応しい魁偉さである。
巨漢の右肩に女性が腰掛けていた。
十代半ばくらいか。耳ラインくらいからパーマをかけたセミロングが、見た目の年齢にそぐわない年上感を醸し出している。背伸びした髪型ではあったが、似合わないとするには容貌が美しすぎた。
肩に担がれた美少女を認めた黛莉が首を傾げた。初対面なはずなのに、どこかで見たことがある気がしてならない。
そんな黛莉へ真紅の円眞が急くように知らせた。
「あれは『逢魔街の魔女』と呼ばれる冴闇流花の実妹だ。名は『悠羽』と言ったはずだ」
「悠羽で間違いないよ。でも『うれ』で通っているから、よろしくね」
会話を聞き取った美少女が、かわいらしい物言いのまま続けた。
「でもそこにいる人たち、みんな、『うれ』なんて呼ぶ暇なく今ここで死んじゃうんだけどね」
命なき物ならば操作を可能とする自慢の能力だ。先程は確かに効果を挙げていた。
「そんなバカな!」
能力が届かない尸仂は信じられないとばかりに叫ぶ。歯を剥きだした黒き怪物たちが飛びかかってくる。
流花に付く二人が迎え撃つ。
真琴は足裏からジェット噴射して飛んだ。機械の身体だからこその高速移動で、尸仂に襲いかかる黒き怪物を鋼鉄の腕でぶっ飛ばす。
流花を守るは、楓だ。手にした小刀で次々に切り裂いていく。ただゾンビ体であるせいか、屍体を好む黒き怪物を呼び込んでいるようである。
尸仂を守るため手一杯の真琴だが、楓の方はその比ではない。怒涛のごとく押し寄せてくれば黒き怪物は、流花の身にまで迫る勢いだ。
「流花、逃げてっ」
顔を歪めた楓が叫ぶ。
逢魔街の魔女と呼ばれ、人間の心理を読むことに長けた能力を持つ流花が、ぐずぐずしていた。楓ちゃんたちを置いていけないよ、と動こうとしない。その美貌にやられない相手であれば、戦闘の場ではお荷物でしかないことを承知しながらである。
流花を掴みかけた黒き怪物を払う楓の左腕が噛みつかれた。喰らい付いた黒き怪物は二の腕から引きちぎっていく。
楓ちゃん! と流花の悲痛な声を向けられた当人は「大丈夫よ」と答えている。実際、ゾンビだけあって痛みを感じている様子はない。
問題は片腕となって著しく戦う能力を落としたことだ。
流花を後ろ手に、残った右腕に握る小刀をかざす楓であった。
本能のまま行動すると思われる黒き怪物に躊躇はない。楓の腕を引きちぎった黒き怪物はむしゃむしゃと食べている。
黒き怪物が取り囲んだ四方から一斉に襲いかかってきた。
楓が振るう小刀の範囲を越えている。
にも関わらず、たくさんの黒き怪物たちが斬られ消滅していく。
「ウォーカー家の人間が助けてくれるというの」
驚きを隠せない流花の前に、瞬間移動の能力を駆使するマテオが姿を現した。
「なにか誤解しているみたいだけど、うちの姉さん、おたくのお姉さんを尊敬しているんだ。加えて、うちの義兄さんとおたくの義兄さん、なんだかんだ気は合っているみたいだし」
ウソ、と流花の端的な即答に、マテオは面倒くさそうに回答する。
「でなければ、死を弄んだ挙句の自業自得で窮地に陥った性格ブスなんて助けるもんか」
「ブスって差別的で感心しない表現だけどね」
「んじゃ、姉さんや義兄さんのことがなければ、性格のひでぇー女なんかに手を貸すもんか」
なっ、と流花は言葉は失う。相手の心情が読み取れる能力ゆえ、本気で言っていることが解る。さすれば状況も忘れて怒りが湧き立っていくようだ。
マテオにすれば背後にいる流花の様子など気づくはずもない。頓着せずでもあるから、平気で文句を口にする。
「紅い目のヤツの動向を追っていきたかったのに、まったく。陽乃さんはとても出来た素敵な人なのに、その妹たちときたらこれだもんなぁ~」
実は上の兄妹たちは上手くやっているに比べ、下の兄妹同士こじれている複雑な関係性は助太刀を持ってしても解けそうになかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
華坂爺も多田爺同様に、今ひとつ掴みきれない。
百年前の大厄災。その際にもたらされた能力者に限った長命。規格外な出来事を引き起こすほどの人物ならば、得体の知れないバケモノめいている。人類など気にもかけない冷酷さで自分たちを圧倒してくると想像してきた。
ところが実際は、である。
「どうした華坂。何やら浮かぬ顔をしているが」
紅い目の円眞は偉そうだが、こちらの心象を読み取る細やかさだ。ぞんざいそうで気配りが効くように思えてもくる。
本当に『神々の黄昏』を起こした張本人なのか。長年に渡って思い煩ってきた重大事だけに、想像外の要素を示されては惑うばかりだ。
華坂爺は、いかんいかんと自らの想いを振り払う。今すぐに述べなければいけない事柄がある。藤平がクロガネ堂へ向かう道中を阻んだ敵についてである。全身だけでなく、手にした戦斧まで真っ白な髪の長い女性が敵の姿だ。能力の一種だと思われるが、発現者とする当ては黎銕円眞に深く関わる人物であった。
黒き怪物を一掃した安堵が漂う雰囲気へ申し訳ないところだが、知らせないわけにはいかない。
実は……、と華坂爺が口を開きかけたら、訊いてきた当人の紅い目の円眞が制してきた。
「華坂が話そうとしていることは、逢魔街の神々に関することか」
「違いますな」
「じゃあ、申し訳ないが後にしてくれ。そして今すぐここから立ち去ってくれ」
急に緊迫を孕んだ円眞の紅い目が追う方向へ、華坂は視線を向けた。他の者たちもまた倣って顔を向けた。
ザクザクと砂地を踏みしめるような大きな足音を立ててやってくる。
二メートル半は越えていそうな背の高さに、腕や足の太さは丸太の形容では済まない巨漢が足音の主だ。顔つきもまた巨岩のごとき体躯に相応しい魁偉さである。
巨漢の右肩に女性が腰掛けていた。
十代半ばくらいか。耳ラインくらいからパーマをかけたセミロングが、見た目の年齢にそぐわない年上感を醸し出している。背伸びした髪型ではあったが、似合わないとするには容貌が美しすぎた。
肩に担がれた美少女を認めた黛莉が首を傾げた。初対面なはずなのに、どこかで見たことがある気がしてならない。
そんな黛莉へ真紅の円眞が急くように知らせた。
「あれは『逢魔街の魔女』と呼ばれる冴闇流花の実妹だ。名は『悠羽』と言ったはずだ」
「悠羽で間違いないよ。でも『うれ』で通っているから、よろしくね」
会話を聞き取った美少女が、かわいらしい物言いのまま続けた。
「でもそこにいる人たち、みんな、『うれ』なんて呼ぶ暇なく今ここで死んじゃうんだけどね」
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