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第2部
第4章:紅と地の激突ー005ー
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悠羽からの殺戮の予告だった。
けれども逢魔街に住む者が、この程度で動じたりなどしない。黛莉が両手に重火器を発現させたのを始めとして、一斉に誰もが各々の武器を構えた。
「よせっ!」
真紅の円眞が左腕を伸ばして引き止める。
「我れがやる。お前たち全員は依頼人である家族を守って、一刻も早くこの場から離れるんだ。逢魔ヶ刻も近い」
「そんなアニキ、俺だけでも……」
藤平の申し出を、真紅の円眞は途中で遮った。
「あいつらは、まずい。あの大男は大胡奈薙、『地の神』だ。そんなヤツと我れがぶつかれば災害級の破壊を引き起こすかもしれん」
「ラグナロクが再現されるというのですかな」
杖をついて訊く華坂爺の目が鋭さのあまり光るようだ。
「あれとは種類が違う。だが激突によって生じる衝撃は周囲を巻き込むは確実だ。それに何といっても厄介なのは、悠羽という鬼の末妹だ。あれは『逢魔街の神々』などと呼ばれる者たちよりタチが悪いぞ」
「だったらなおさらアニキを置いていけないっす」
藤平は構えた槍を引こうとはしない。それから「ねぇ、姉御」と同意を振れば、たちまちにして意外の文字を顔に刻んだ。
黛莉が両手の重火器を消滅されていたからだ。いきましょう、と依頼人家族へ声をかけている。移動しながらの連射に適している機関銃を新規に発現させていた。撤退するつもりなのは間違いなかった。
姉御……、と呟くような藤平へ、黛莉が毅然と顔を上げた。
「ここにあたしらが居ても、円眞の足手まといなるだけだから。それにこのご家族と亡くなったお爺さんを無事に連れ出す義務がある……でしょ?」
「ああ、黛莉はさすがだな。我れの肝心な想いを、いつも汲んでくれる」
黛莉と真紅の円眞の誰も入ってこられないような遣り取りに、藤平も槍を降ろすしかなかった。
「覚悟を決めたかな。あんまり遅いと、うれ。今すぐ皆殺しにしちゃいそうだよ」
「挑発はよせ。なにより『地の神』が無関係な者を巻き込むを良しとしないだろう。それに我れが絶大な威力ゆえ彼らが離れるまで火も氷も出せないことも計算づくだろう」
「あれあれ、なら誰か人質に取ったほうがいいのかな。良いこと教えてもらっちゃった」
「しらばっくれるは、止すがいい。鬼の末妹の力は拘束など無縁な甚大さだ。その破壊力ゆえに、身内しか相手にされない可哀想な境遇ではなかったか、姫よ」
最後はからかう調子で締めた真紅の円眞だ。
なんですってー、と感情をたぎらす悠羽を、巨漢の奈薙がなだめに入った。意識が逸れた、まさしく隙が生じた瞬間だ。
今だ、行け、と真紅の円眞が小さくも鋭い声で促す。
藤平を頭に依頼人の家族、多田爺夫妻ときて華坂爺が駆け出してゆく。
最後に黛莉が背を向けたまま、敵と対峙する真紅の円眞へ投げかける。
「ちゃんと、戻ってくるのよね」
返事には少し間が置かれた。真紅の円眞にしては珍しいことだ。
「絶対に、と答えたいが、今回は我れでも厳しい」
そう、と黛莉は素っ気ない一言で踏み出した。だが一歩だけで止めれば、背中合わせのままで伝える。
「約束……忘れないでよね」
「忘れるわけがないではないか、我れと黛莉の約束だぞ」
黛莉は軽く目を伏せて、走りだす。
背中で遠ざかっていく気配を感じながら真紅の円眞は、改めて相手と向き合った。
「礼を言うぞ、特に『地の神』には。あいつらにここから離れる時間をくれて」
巨漢は『姫』と呼ぶ肩に載せた悠羽を懸命になだめていた顔を向けた。
「いや、礼には及ばん。俺は本気で姫のご機嫌を窺っていたのだからな。別にキサマの周囲にいる連中を気遣ったわけじゃない」
「別に謙遜しなくていいぞ、『地の神』よ」
「どうとでも解釈してくれ。それより『地の神』という言い方はやめてくれないか。この手の呼び名はどうもむず痒くて性に合わん」
相変わらずだな、と真紅の円眞が呟いている。
肩の上で会話の様子を見届けた悠羽が、まるで遊ぶよといった調子で宣告してきた。
「それじゃ始めようよ、殺し合いを」
声が終わるや否やだ。
地震かと思わせる鳴動が辺り一帯を覆う。
震源地に当たる場所は、真紅の円眞がいた場所だ。
引き起こしたのは『地の神』こと奈薙だ。巨体からは想像つかない素早さで、真紅の円眞に迫る。振り上げていた左の拳が振り降ろされていた。
間一髪で、真紅の円眞は宙へ逃れた。
飛んだ真紅の円眞へ目がけて、地面から土の柱が次々と隆起してくる。鋭い尖り具合は人間を刺し貫いてもなお余りありそうだ。
奈薙の拳は真紅の円眞を外した地点にめり込んでいる。地面に腕を突き刺したままの姿が、土柱を操っている証明だった。
槍のごとき繰り出されてくる土柱を、宙にある真紅の円眞は既のところで交わし続ける。
不意に悠羽が目前に迫っていた。
少女のかわいらしい微笑みを浮かべては、優艶な手を伸ばす。
真紅の円眞は両手に発現させた短剣をクロスさせる。防御の型だ。
悠羽の手は刃に躊躇なく触れた。
美少女の柔らかな肌が血塗られることはない。円眞が発現させた短剣が忽ちにして砂粒へ化したからだ。
悠羽の能力。触れた瞬間にあらゆるものを砂へ還すことを可能としている。人も物もあらゆる能力も関係なく粉砕して砂粒にしてしまう。この世で唯一無二の破壊力を誇る能力だ。
真紅の円眞でさえ、悠羽に触れられればお終いだった。
粉砕の姫の異名を持つ悠羽の意思を持った手から逃れなければならない。そこへ土柱が初めて湾曲してみせた。
真紅の円眞は土柱の直撃を喰らった。吹っ飛ばされては、地面へ叩きつけられ転げ回っていく。
それでも真紅の円眞は直ぐに立ち上がった。ただし顔も身体も傷だらけであれば、それなりのダメージは疑い得ない。
「すごぉーい、奈薙の力を受けても立てるなんて、うれしぃー。簡単に死なれちゃ、うれ、悲しいもん」
奈薙の右肩へ戻っていた悠羽は、あくまでかわいらしさを飾っている。
小悪魔などではすまない酷薄な姫を抱える巨漢は難しい顔だ。
「おい、どうして全力を出さない。姫と俺の実力を解っていながら、なぜだ」
肺の底から息を吐いた後に、真紅の円眞が答えた。
「我れはもう、誰も巻き込む気はない」
姫……、と奈薙が声をかけるくらい悠羽が動揺ぶりを示した。
「ふざけないでよ!」
悲痛で顔を歪ませた悠羽が叫ぶ。
「みっちゃん、しょうくん、まーちゃん、みんな、まだ小さかったんだよ。そんな幼い命を奪ったのは、あんたじゃない。あんたが殺したんじゃない」
真紅の円眞から言葉は返ってこない。
姫……、と奈薙が再び声がけしたのは、今にも泣き出しそうな悠羽を気遣ってである。『粉砕の姫』の別称がある美少女と『地の神』とされる巨漢の間柄だからこそであった。
ごめん、大丈夫、と悠羽が取り乱した感情を抑えた。
右肩を仰ぐ奈薙は頷けば、真紅の円眞へ向き直った。
「正直に言えば、俺はキサマ、今は黎銕円眞と言ったか。それほど憎んでいるわけではない。よく分からん部分は多いし、黎銕円眞は単なる引き金にしかすぎなかったのではないか、という奴の意見にも聞く耳を持っている。もともと殺された連中に気を留めていた者などいなかったしな。だがな、だからこそだ」
巨岩のような顔が引き締まり、怒りを滲ませてくる。
「俺には、姫が何よりだ。姫を泣かすヤツは許さん。この百年間、ずっと泣き続けた姫の涙を断ち切るために、黎銕円眞。キサマをここで終わらせる」
奈薙……、と呟く悠羽は潤むような眼差しだ。
真紅の円眞が、急にだった。おかしさを堪えるようにうつむいたものの、相手の耳へまで届く偲び笑いが止められない。
「何がおかしい!」
奈薙が気を悪くするのも無理はなかった。
いや、なに、と答えながら顔を上げた真紅の円眞には微笑が浮かんでいた。
「なぜ能力者の男女関係において、こうも女が強くなるのか。理由の一端が垣間見えた気がしてな。礼を言うぞ、『地の神』奈薙よ」
「キサマ、何を言っている」
「我れにも、何よりもと想う女がいる。そう、ここで倒されてもいいなどと思ってはならぬのだ」
けれども逢魔街に住む者が、この程度で動じたりなどしない。黛莉が両手に重火器を発現させたのを始めとして、一斉に誰もが各々の武器を構えた。
「よせっ!」
真紅の円眞が左腕を伸ばして引き止める。
「我れがやる。お前たち全員は依頼人である家族を守って、一刻も早くこの場から離れるんだ。逢魔ヶ刻も近い」
「そんなアニキ、俺だけでも……」
藤平の申し出を、真紅の円眞は途中で遮った。
「あいつらは、まずい。あの大男は大胡奈薙、『地の神』だ。そんなヤツと我れがぶつかれば災害級の破壊を引き起こすかもしれん」
「ラグナロクが再現されるというのですかな」
杖をついて訊く華坂爺の目が鋭さのあまり光るようだ。
「あれとは種類が違う。だが激突によって生じる衝撃は周囲を巻き込むは確実だ。それに何といっても厄介なのは、悠羽という鬼の末妹だ。あれは『逢魔街の神々』などと呼ばれる者たちよりタチが悪いぞ」
「だったらなおさらアニキを置いていけないっす」
藤平は構えた槍を引こうとはしない。それから「ねぇ、姉御」と同意を振れば、たちまちにして意外の文字を顔に刻んだ。
黛莉が両手の重火器を消滅されていたからだ。いきましょう、と依頼人家族へ声をかけている。移動しながらの連射に適している機関銃を新規に発現させていた。撤退するつもりなのは間違いなかった。
姉御……、と呟くような藤平へ、黛莉が毅然と顔を上げた。
「ここにあたしらが居ても、円眞の足手まといなるだけだから。それにこのご家族と亡くなったお爺さんを無事に連れ出す義務がある……でしょ?」
「ああ、黛莉はさすがだな。我れの肝心な想いを、いつも汲んでくれる」
黛莉と真紅の円眞の誰も入ってこられないような遣り取りに、藤平も槍を降ろすしかなかった。
「覚悟を決めたかな。あんまり遅いと、うれ。今すぐ皆殺しにしちゃいそうだよ」
「挑発はよせ。なにより『地の神』が無関係な者を巻き込むを良しとしないだろう。それに我れが絶大な威力ゆえ彼らが離れるまで火も氷も出せないことも計算づくだろう」
「あれあれ、なら誰か人質に取ったほうがいいのかな。良いこと教えてもらっちゃった」
「しらばっくれるは、止すがいい。鬼の末妹の力は拘束など無縁な甚大さだ。その破壊力ゆえに、身内しか相手にされない可哀想な境遇ではなかったか、姫よ」
最後はからかう調子で締めた真紅の円眞だ。
なんですってー、と感情をたぎらす悠羽を、巨漢の奈薙がなだめに入った。意識が逸れた、まさしく隙が生じた瞬間だ。
今だ、行け、と真紅の円眞が小さくも鋭い声で促す。
藤平を頭に依頼人の家族、多田爺夫妻ときて華坂爺が駆け出してゆく。
最後に黛莉が背を向けたまま、敵と対峙する真紅の円眞へ投げかける。
「ちゃんと、戻ってくるのよね」
返事には少し間が置かれた。真紅の円眞にしては珍しいことだ。
「絶対に、と答えたいが、今回は我れでも厳しい」
そう、と黛莉は素っ気ない一言で踏み出した。だが一歩だけで止めれば、背中合わせのままで伝える。
「約束……忘れないでよね」
「忘れるわけがないではないか、我れと黛莉の約束だぞ」
黛莉は軽く目を伏せて、走りだす。
背中で遠ざかっていく気配を感じながら真紅の円眞は、改めて相手と向き合った。
「礼を言うぞ、特に『地の神』には。あいつらにここから離れる時間をくれて」
巨漢は『姫』と呼ぶ肩に載せた悠羽を懸命になだめていた顔を向けた。
「いや、礼には及ばん。俺は本気で姫のご機嫌を窺っていたのだからな。別にキサマの周囲にいる連中を気遣ったわけじゃない」
「別に謙遜しなくていいぞ、『地の神』よ」
「どうとでも解釈してくれ。それより『地の神』という言い方はやめてくれないか。この手の呼び名はどうもむず痒くて性に合わん」
相変わらずだな、と真紅の円眞が呟いている。
肩の上で会話の様子を見届けた悠羽が、まるで遊ぶよといった調子で宣告してきた。
「それじゃ始めようよ、殺し合いを」
声が終わるや否やだ。
地震かと思わせる鳴動が辺り一帯を覆う。
震源地に当たる場所は、真紅の円眞がいた場所だ。
引き起こしたのは『地の神』こと奈薙だ。巨体からは想像つかない素早さで、真紅の円眞に迫る。振り上げていた左の拳が振り降ろされていた。
間一髪で、真紅の円眞は宙へ逃れた。
飛んだ真紅の円眞へ目がけて、地面から土の柱が次々と隆起してくる。鋭い尖り具合は人間を刺し貫いてもなお余りありそうだ。
奈薙の拳は真紅の円眞を外した地点にめり込んでいる。地面に腕を突き刺したままの姿が、土柱を操っている証明だった。
槍のごとき繰り出されてくる土柱を、宙にある真紅の円眞は既のところで交わし続ける。
不意に悠羽が目前に迫っていた。
少女のかわいらしい微笑みを浮かべては、優艶な手を伸ばす。
真紅の円眞は両手に発現させた短剣をクロスさせる。防御の型だ。
悠羽の手は刃に躊躇なく触れた。
美少女の柔らかな肌が血塗られることはない。円眞が発現させた短剣が忽ちにして砂粒へ化したからだ。
悠羽の能力。触れた瞬間にあらゆるものを砂へ還すことを可能としている。人も物もあらゆる能力も関係なく粉砕して砂粒にしてしまう。この世で唯一無二の破壊力を誇る能力だ。
真紅の円眞でさえ、悠羽に触れられればお終いだった。
粉砕の姫の異名を持つ悠羽の意思を持った手から逃れなければならない。そこへ土柱が初めて湾曲してみせた。
真紅の円眞は土柱の直撃を喰らった。吹っ飛ばされては、地面へ叩きつけられ転げ回っていく。
それでも真紅の円眞は直ぐに立ち上がった。ただし顔も身体も傷だらけであれば、それなりのダメージは疑い得ない。
「すごぉーい、奈薙の力を受けても立てるなんて、うれしぃー。簡単に死なれちゃ、うれ、悲しいもん」
奈薙の右肩へ戻っていた悠羽は、あくまでかわいらしさを飾っている。
小悪魔などではすまない酷薄な姫を抱える巨漢は難しい顔だ。
「おい、どうして全力を出さない。姫と俺の実力を解っていながら、なぜだ」
肺の底から息を吐いた後に、真紅の円眞が答えた。
「我れはもう、誰も巻き込む気はない」
姫……、と奈薙が声をかけるくらい悠羽が動揺ぶりを示した。
「ふざけないでよ!」
悲痛で顔を歪ませた悠羽が叫ぶ。
「みっちゃん、しょうくん、まーちゃん、みんな、まだ小さかったんだよ。そんな幼い命を奪ったのは、あんたじゃない。あんたが殺したんじゃない」
真紅の円眞から言葉は返ってこない。
姫……、と奈薙が再び声がけしたのは、今にも泣き出しそうな悠羽を気遣ってである。『粉砕の姫』の別称がある美少女と『地の神』とされる巨漢の間柄だからこそであった。
ごめん、大丈夫、と悠羽が取り乱した感情を抑えた。
右肩を仰ぐ奈薙は頷けば、真紅の円眞へ向き直った。
「正直に言えば、俺はキサマ、今は黎銕円眞と言ったか。それほど憎んでいるわけではない。よく分からん部分は多いし、黎銕円眞は単なる引き金にしかすぎなかったのではないか、という奴の意見にも聞く耳を持っている。もともと殺された連中に気を留めていた者などいなかったしな。だがな、だからこそだ」
巨岩のような顔が引き締まり、怒りを滲ませてくる。
「俺には、姫が何よりだ。姫を泣かすヤツは許さん。この百年間、ずっと泣き続けた姫の涙を断ち切るために、黎銕円眞。キサマをここで終わらせる」
奈薙……、と呟く悠羽は潤むような眼差しだ。
真紅の円眞が、急にだった。おかしさを堪えるようにうつむいたものの、相手の耳へまで届く偲び笑いが止められない。
「何がおかしい!」
奈薙が気を悪くするのも無理はなかった。
いや、なに、と答えながら顔を上げた真紅の円眞には微笑が浮かんでいた。
「なぜ能力者の男女関係において、こうも女が強くなるのか。理由の一端が垣間見えた気がしてな。礼を言うぞ、『地の神』奈薙よ」
「キサマ、何を言っている」
「我れにも、何よりもと想う女がいる。そう、ここで倒されてもいいなどと思ってはならぬのだ」
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