出会う美女に「必ず殺す」と言われてますーやまの逢魔街綺譚ー

ふみんのゆめ

文字の大きさ
93 / 165
第2部

第5章:罪の夜と約束ー003ー

しおりを挟む
 砕けるガラスに、 なんだと振り返った年配の男を刃が貫いた。窓という窓を破壊して飛び込んできた刃が残りの男たちを次々と刺していく。黛莉まゆり以外の全員が木材の壁へ刃によって貼り付けられた。

「おぅ、黛莉。大丈夫か」

 一度しか会っていなくても、忘れられない強い印象を与えてきた相手だ。刃で黛莉の拘束を斬り解き、腕を差し出してきた。
 手を取った黛莉は立ち上がりつつ、まだ実感がないまま感謝を口にした。

「あ、ありがとう、エンマくん」
「やっと我れの名を呼んだな。だがな『くん』はいらぬぞ。エンマでいい、円眞でな」

 紅い目の男の子は相変わらず変だ。でも涙が溢れてきて止まらない黛莉だった。
 円眞と名乗る男の子はハンカチを差し出しつつ、事情を訊いてきた。
 子供が能力者であることを秘匿したい親を脅迫している点を、黛莉はかいつまんで説明する。

「そうか、異能を所有する者がそこまで差別される時代になってしまっていたのか」

 顎に手を当てて考え込む円眞の姿に、黛莉は子供らしくない男の子だなぁと改めて思う。

「ともかく此奴こやつらは紛れもない悪人であることは間違いないのだな」
「うん。それにあたしを裸にして写真を撮るつもりだったんだって」
「なにぃ、なんて羨ましいことをしようとしたのだ。我れでさえ女性の裸は見たことがないのに」

 エンマく~ん、と黛莉が冷たい眼差しで呼んでくる。
 軽蔑にも似た表情を向けられる理由に心当たりが付いた円眞は、慌てて言い訳をぶち上げた。

「黛莉、誤解をするな。此奴らと我れとでは志しが違うぞ、そう志しだ。我れわだな、純粋に女性の……そうそう黛莉は我れを『くん』付けで呼ばなくていいということもある」

 支離滅裂さに、思わず吹いてしまった黛莉だ。緊張から抜け出せたせいもあっただろう。笑いが止まらなかった。
 笑う黛莉から目が離せない円眞へ、無粋な声が飛んできた。

「おい、ガキども。ここで俺たちになんかしたら、仲間がてめぇらの正体をバラすぞ。だからさっさと解放しろ」

 年配の男が壁に突き刺されながらも、威勢を失っていない。相手は小学生になったばかりのような子供だ。実際、大人の恫喝に少女の顔から笑みが消えていく。
 ちょろいもんだとばかりに、年配の男は口許を歪ませかけた。が、瞬く間に得体の知れない戦慄に表情が凍りつく。
 原因は男の子だ。紅い目に宿る尋常でない光りに心臓を掴まれた気分になる。

「我れは、黛莉の笑顔に感動していたのだぞ。それを邪魔するとは許せんな」
「な、なにを言ってやがる、このガキ。早くしねーと、そこのガキの正体が世間にバレるぞ」

 侮られる真似だけは避けるが裏の業界に身を置く者の鉄則だ。年配の男は長年に渡り面子を守ってきたからこそ、ここまでのし上がってこられた。にも関わらず、声が自分でもはっきり解るほど震えている。下手な反駁をしたことを悔やんでいる。

 紅い目が冴え冴えとした冷たさを放っていた。

「ほざくな。こんな田舎で大事そうに保管したデータは、キサマにとって生命線と言えるシノギなのだろう? ならば横取りを平気でするような連中ばかりだから、おおっぴらにしては万が一がある。同じ組の相手でも秘密にして、リストは誰にも知られない場所へ置いているなど予想が付くわ」
「て、てめぇ、どこまで知ってやがる」
「知ってるもなにも、お前たち一見して暴力団員ふうではないか。ならば組織でのし上がるには、他より多い上納金を必要とするし、商売として犯罪を行うくらいは容易に考えつくぞ」

 円眞は室内をぐるりと見渡した。ストーブから少し距離を置いたポリタンクを発見すれば、軽くうなずいている。
 円眞くん、と黛莉が少し怖気づいたように呼ぶ。

「心配するな黛莉。始末は我れがつける」

 円眞は壁に刺し貼り付けた連中へ顔を向けた。

「我れとしては、お前たちの異能をネタに脅迫する所業が我慢ならん。それに何より黛莉に手を挙げ、あまつさえ辱めようとさえした。生かす気など元からなかったが、より苦しんでもらうとしよう」

◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 紅蓮の炎が夜空を焦がすようだ。
 今までいた山小屋らしき家屋は、黛莉の想像以上に燃え盛っていた。

 先ほど床一面へ灯油を撒いた円眞だ。何が行われようとしているか、予想がつかない者はいなかった。
 やめてくれ、助けてくれ、と大の男たちが泣き叫んだ。
 お前たちが脅迫してきた中にも同じようなことを言ってきた者がいたはずだ、と円眞は切り捨てる。

「黛莉、先に表へ出ていろ」

 ううん、と黛莉が首を横に振った。

「円眞くんだけにさせるなんて、あたし、できない。それにこれをするために来たの」

 円眞はじっと見つめた。改めて黛莉という少女を確かめるかのように。

「そうか、わかった」

 円眞が発せば、黛莉が寄り添ってくる。二人で入り口へ向かう。助けを請う大人たちの声が聞こえるなか、円眞がライターを灯す。燃やされた紙片を手にする黛莉が部屋の中央へ向けて投げた。

 円眞と黛莉。外に出た二人は少し離れた場所で火柱を前に立ちすくむ。

 能力の所有を秘匿する児童の目録と、悪人とはいえ四つの命を灼き消す炎。罪を背負った緋き火が静まるまで、二人は肩を並べ眺めていた。

「さぁ、行くか」

 火が弱まった頃に、円眞が声をかけてきた。
 うん、と黛莉は乾いた声でうなずいた。目的は叶えられた。同時に失われたことも意味していた。胸を巣食う空虚さに踏む地面の感覚がない。

 どさりと横で崩れ落ちて、はっと黛莉は意識を還す。

 がくり、円眞が膝を落としていた。いかんな、と呟いては身体を返して足を投げ出した。両手を後ろで付いては、ぺたりと座っている。

「円眞くん、どうしたの?」

 慌ててしゃがみ込んだ黛莉に、円眞が自嘲の笑みを向けた。

「いや、なに、ちょっときつくなっただけだ」

 黛莉に思い当たることが頭によぎれば、投げ出された円眞の両足へ手を伸ばした。靴を脱がし、靴下を降ろせば予想した通りだった。暗がりの中でも解るほど、足首が腫れ上がっている。
 円眞は痛む足を引きずって、ここまで来ていた。
 
「気にすることないぞ、黛莉。こんな怪我さえしていなかったら、とっとと救い出せていたのだからな。むしろ遅い、と責めてきてもいいくらいだぞ」

 黛莉がするわけがない。ごめんね……、と泣きそうなのを必死に抑えて顔を伏せた。
 円眞は片手で頭をぽりぽり掻く。しまったな、といった表情で、何か言いたいようだが出てこないようだった。
 ホントにごめんね、と繰り返す黛莉は無意識のうちだった。つい手を腫れ上がった足首に置いてしまう。

 素直に痛い、と言わない円眞である。うおおおっ、と懸命に堪えているようだった。我慢して悶えているほうが重症感はよっぽどだ。

 ごめん、と再三の謝罪を口にした黛莉は急いで木の根元に置いたリュックを取りに行った。戻ってくれば、湿布やスプレーといったありったけの治癒薬を円眞の両足首に施した。

「さて、いくか」

 新たな湿布が貼られれば挙げた円眞の号令に、黛莉は驚くしかない。

「円眞くん、もう大丈夫なの」
「我れはそこらの人間とは違うからな。黛莉が肩を貸してくれれば、動けないこともない」

 ホント? と訊く黛莉に、円眞は少々たしなめる調子を滲ませた。

「黛莉はちょっと心配性というか、すぐ悪い方向へ持っていくな。もっと自分を打ち出してきて構わんのだぞ」
「自分って、なに?」

 黛莉の無邪気な訊き返しに、そうだな、と円眞は考え込んだ。

「黛莉はもっと無法でいいってことだ。周りのヤツらなんか気にするな、特に我れへ遠慮は無用だぞ、ということだ」

 う~ん、と黛莉が唸っている。解るようで解らないといったところだ。
 説明下手を円眞も自覚したようだ。

「まぁ、なんだ。取り敢えず、この場を離れるとしよう。誰も来ないとは思いたいが、万が一もあるからな。口を塞ぐ人間を無用に増やしたくもない」

 うん、と、これにははっきり返事をした黛莉である。そそくさとリュックを背負っては、円眞の立ち上がりに手を貸す。肩も貸せば、歩きだす。
 森へ入っていく間際で、黛莉は足を止めた。今一度、振り返る。消える寸前の燃え盛りぶりをつぶらな瞳に写しては、呟く。

「あたし、殺しちゃったんだな、人を」

 すると肩を借りている円眞が言う。

「違うな、黛莉は己れの運命に立ち向かっただけだ。殺したのは我れだ。殺戮者たる、この我れがやったのだ」

 黛莉には相変わらず円眞が何を言っているのか解らない部分がある。ただ罪に苦しむ重さは自分と比較できないほどであろう。
 そして自分の運命を左右したであろうことは、幼いながらも感じ取れていた。

「円眞くんがいてくれて良かった」

 黛莉が素直に吐露した言葉が、どれほど紅い目の円眞に深く刺さったか。明確になるまで、これから幾許かの時間は必要だった。

 円眞と黛莉。双方にとって忘れられない夜となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

処理中です...