出会う美女に「必ず殺す」と言われてますーやまの逢魔街綺譚ー

ふみんのゆめ

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第3部

第1章:骨肉ー005ー

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 やっぱり生きていたんだ、と嬉しそうに声を挙げた黛莉まゆりだ。
 目前のやりとりより、まず安否へ気を向ける。夬斗かいととして妹が抱く心の有り様に感銘を受けた。解明より先に、黛莉の気持ちに添いたい。

「おい、円眞えんま雪南せつなは無事なんだな」

 内心とは裏腹に相手の望む形で応える。情報を引き出すためのテクニックだ。夬斗は円眞として対峙してやった。
 予想以上に効果的で、円眞なる者は今までになく高揚して返してくる。 
 
「そうだ、雪南は無事だ、元気だ。ずっと自分は願いを叶えてやってきた。自分の存在は雪南に認められてこそだからな。なのに、なぜだ!」

 急に激昂しだせば、倉庫内いっぱいに反響するほど大声で叫んだ。

「なぜ、雪南は認めようとしない。雪南が認めなければ、円眞は存在しないも同じなんだぞ!」

 なんだかずいぶん危ないヤツだな、と夬斗が口の中でした呟きは見守る全員の共通項だろう。由梨亜ゆりあの手当もある。円眞なる者に、ぎろり視線を向けられた唯茉里いまりは顔を引きつらせるほど怯えている。

 そろそろ決着を、と考えたのは夬斗だけではない。妹を静かに横たえた黛莉も立ち上がる。糸玉を握る兄と、機関銃を発現させた妹のコンビ。和須如あすも兄妹が前へ出る。

 ふふふ、と不気味に笑う円眞なる者だ。あまりな態度の急変ぶりは、およそ自分たちの知る円眞ではない。

「やめておけ、夬斗と黛莉。おまえたちとは能力のレベルが違う。おとなしく妹を差し出せ」
「やっぱり、お前は円眞じゃないんだな」

 ついといった感じで夬斗が溢す。
 不遜だった円眞なる者が、途端に動揺しだした。

「なにを言う、円眞だ。自分こそ円眞なのだ」
「だけどな、俺が知る円眞じゃないんだよ、オマエは」
「殺す、殺してやる。キサマたちを殺してでも、雪南の下へ逢魔七人衆おうましちにんしゅうについて知るそこの女を連れていく」

 紛れもない殺意を閃かせて円眞なる者は短剣を持つ腕を掲げた。

「捕縛するよ、といったじゃないか。ちゃんと話しを聞いてないみたいだね」

 マテオが円眞なる者の耳元へ囁く。和須如兄妹へ凶刃を向ける背後を取って、その首筋に刃を当てていた。

「き、キッサマー、どうして」
「あれ、ボクの能力、知らなかったっけ?」

 視覚に捉えきれない速さで移動を果たすマテオの『瞬速』と呼ばれる能力。双子の姉もまた同じく所有する異能は、単純でありながら強力だ。少なくとも刃が突き立てられようが物ともしない肉体でなければ防ぎようがない。

「さぁ、円眞だと主張するキミ。手の中にある刃物は消してくれるかな。それから腕を後ろに回して。しないなら拘束できないと見て、その両腕を斬り落とす」

 マテオらしい単刀直入な物言いに、意外にも円眞なる者は素直に従った。具現した短剣を消滅させて、両手を差し出すように後ろへ持っていく。一般の警察が使用する手錠と違って、黒い箱状なものが両手首に嵌められた。

「おとなしくお縄についてくれて助か……」

 しゃべっている途中でマテオは口より身体を動かさざる得なくなった。気配もなく近づいてきた存在を察知した瞬間だった。
 白い戦斧おのがマテオへ振り降ろされる。
 間一髪で避けたマテオの灰色の瞳に、戦斧を手にする髪の長い女性が映った。ただし人間とするには髪の毛から爪先に至るまで白一色だ。宙に留まっていれば、尋常ではない。
 雪南! と黛莉の呼ぶ声でマテオは了解した。白き女性を武器として発現させる能力について頭の片隅に記録してある。
 器機が破壊される音がした。
 白い戦斧が円眞なる者を後ろ手の拘束具を粉々にする。

「来てくれたのか、雪南」

 感極まっている円眞なる者に、呼ばれた者は少し唇を尖らせる。

「しょうがないだろう。放っておいたら、捕まって何をしゃべりだすかわかったものではないからな」

 そう言って、ようやく雪南は碧い瞳を円眞なる者へ向けた。

「雪南、あんた無事だったのね。どうして連絡よこさないのよ!」

 嬉しさと怒りが半々の黛莉に、雪南の瞳は少し潤んだ。

「すまない、すまなかった黛莉。本当に心配してくれていたんだな」
「あったりまえでしょ。怒らないから、ちゃんとこれまでのことを話しなさいよ」

 そう怒りながら要求する黛莉に、雪南は黒髪を抱く頭を横に振る。

「黛莉の妹たちを巻き込んですまない、とは思っている。けれどもワタシには、どうしてもやらなければならないことがある」
「復讐でしょ、それ」

 いともあっさり黛莉に正解を言い渡され、雪南は軽く目を見張る。返事もままならない。
 図星を指されて声を失う様子が、黛莉からすれば放っておけない。

「あんたが復讐に走るくらい、あたしだってわかるわよ。実の父親と母親が違っても妹には代わりない子に、祖父や祖母まで殺されたんだもんね。あたしも同じ立場ならやりかねないわ」

 碧い瞳以外は日本の少女とする雪南から咽び泣きが漏れてきた。
 雪南……、と呼ぶは黛莉だけでなく円眞なる者もだった。
 碧い瞳から、ぼろぼろ涙を溢しながら雪南は訴える。

「ジジ、ババは良くしてくれたんだ。凄く優しくしてくれて。円眞のことだって、時間がかかるかもしれないが、いつか会いに行こうって。お父さんや妹の話しまでしてくれた。とてもとても幸せだったんだ。それを……」

 雪南から涙が消えていた。内なる炎が一気に乾かしたかのようだ。怒りで燃え立つ碧い瞳で宣言してくる。

「逢魔七人衆は、ワタシが殺す。全員、生かしておかない。それは黛莉にだって邪魔させない」
「邪魔なんか、するわけないじゃない。そうじゃなくて、あたしを仲間にしなさいってことよ」

 黛莉の申し出に、呆気に取られた者は雪南だけではない。共に肩を並べている側もだった。
 夬斗が慌てて黛莉へ顔を向ける。

「マジか、一番上の妹よ」
「あたし、冗談は言わないクチだけど」
「だったら、仲間になるじゃなくて、仲間になってもらえ。こっちのほうがきちんとした拠点がある」

 マテオが困ったとばかり頭をかきながらである。

「すみません、社長。ボクの立場としては、各国要人暗殺の嫌疑がかかる二人を拘束するため来ているんですが……というか、お二人はなぜこの場へやって来たのですか。ラーダ及び円眞は予定外の乱入だったのでしょう」

 それはもう、と社長である夬斗が思案顔で答える。

「兄妹を連れ戻すためさ。ただバックにヤバそうな組織が付いていることは間違いないだろうから、いざの事態もあると覚悟を決めてきた。なにせ、あいつらときたら爆……」

 夬斗がふと言葉を切ったのはしゃべっているうちに重要な点に気がついたからだ。
 アニキ、と呼ぶ黛莉も失念した事柄へ思い至ったに違いない。

「ヤバい、みんな、すぐここから離れるぞ」

 慌てて叫ぶ夬斗の号令を、まるで合図としたかのように起こった。

 激しい音と火花を伴う爆発が、倉庫内にいる者たちを包んだ。
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