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第3部
第7章:神々の戦いー005ー
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どうやら無事に送り届けられたようだ。
焔眞と黛莉。あの二人に何が待つか、想像すらつかない。
夬斗は力になれたと喜ぶ反面、独り取り残されたような寂寥感も強く感じていた。
だが、らしくない感傷にいつまでも浸ってはいられない。
目前には、怒りを抑えられない相手がいる。見知った者だが、殺意を届けてくる。
「なんということを。なんという愚かなことを仕出かしてくれたのか」
歯軋りするような閻魔の叫びに、夬斗もまた雨に濡れた顔を向けた。
「ずっと家族を任せっぱなしにした妹へ、アニキなりの贖罪をしただけさ」
「個人的な観点で判断したというのか。いいか、紅い眼は危険だ。まだ黛莉がいるから判断を保留としているが、いずれ人類へ厄災をもたらすぞ」
あれれ、となった夬斗は思うままに訊く。
「おいおい、地獄の閻魔になったんじゃないのか。世界を征服したいとか、なんだろ」
「余の世界征服の理由は、夬斗と同じだ」
これには濡れぼそっていようとも、つい頭をかいてしまう夬斗だ。
「そっか、そっか、悪い。ここんとこ社長ー社長ー言われているもんだから、銭勘定しか頭になかったわ。そうか、そうだったなぁ。俺、世界征服したいんだった。親父やお袋が後ろめたさを感じない世界にしたかったんだ」
そう言って夬斗は宙を仰ぐ。
閻魔の嘆きは止まらない。
「小事の前に大義を忘れ、絶大なる能力を弄ぶなどあってはならない。そんな誤りを起こさぬよう、余が導かねばならなかったのだ」
「そんなんだから、俺は友人になれなかったんだよ」
すらりと述べる夬斗に、閻魔が熱り立つ。
「余に友人など要らん。世を悪き方向へ走らぬようにするための存在であれば、個人ごとに関わっていられるかっ!」
はぁ、と夬斗は息を吐いてからだ。
「俺が追って出てきた相手は黛莉だけじゃない、雪南もなんだ」
前のめりだった閻魔が、ビクリと震える。明らかな動揺を表情に描いた。
「な、なぜだ、雪南。なぜ病院でおとなしくしていない……」
「円眞、おまえを心配して探しに出たくらい、わかっているんだろ」
今までの勢いが嘘のように閻魔が黙れば、夬斗は続けた。
「円眞を見ていると、前の俺を思い出すよ。自分のせいで不幸を招いてしまった人たちに精一杯のことをしたい、自分の力でなんとかしたいってな。でも実はその考え方は、けっこう肝心な点が抜けてたりするんだ」
「なにがだ。余はただ雪南には問題なく人生を送って欲しいだけだ」
「ああ、想う人には幸せであって欲しいよな。でもな、こっちの気遣いが相手にとって真実の望みかどうかは別だぜ。家族に迷惑をかけたくないから離れた俺だけど、親父やお袋はそんなこと望んじゃいなかった。大変でも一緒いて欲しかったってさ。どうだ、この話し? 円眞なら思うこと、あるだろ」
円眞として呼ぶ夬斗の言に、閻魔はうな垂れた。
引っ切りなしだった雨足は弱まってきている。
逢魔ヶ刻とされる時間帯も、終わりが近い。
夬斗は声をかけようとした。これから……、と未来の話しをしたかった。
上げた閻魔の顔を見て、止めた。
そこにはまだ諦めないとした闘志が漲っていた。
「まだだ、余は今一度、ラグナロクを試みよう。まだ余韻が残っているかもしれないこのタイミングを逃したら、二度と機会はないかもしれない」
今度こそ夬斗は心底からのため息を吐いては問う。
「雪南を探しにいかないのか」
「チカラを得た余であれば、より雪南の守れるというものだ」
「それが手前勝手だって……わからないか」
力なく呟くように言う夬斗は腕を突き出した。両手には何も握られていない。
閻魔が笑うように指摘する。
「夬斗。能力を発揮するための小道具がないではないか。おかしな虚勢など張らずに退いて、余に道を開け」
「違うな。能力を糸玉に通すのは、チカラを発揮するためじゃない、抑えるためなんだ。まだ俺、うまく自分の能力を使いこなせていないんだな、これがまた」
「どうして、そんな重要なことを、余に知らせる。能力の内実は秘に伏すが懸命だろう」
驚きを隠せない閻魔に、そういえばといった夬斗の風情だ。
「本当だ、なんで俺、言っちまったんだろうな」
「おかしいぞ、夬斗」
そうだな、と夬斗は考え込んでからだ。
「やっぱりエンマは円眞だからな。紅い眼のエンマは親友だが、クロガネ堂のエンマだって俺にとって友人だったんだ。ほら、俺、ずっと友達なんていなかったからさ」
そう答えて夬斗は、女性から人気を集める気さくな微笑みを見せた。
一時とはいえ、閻魔もまた態度を緩めてしまう。すぐに元の険しさへ戻すが、口振りは変わった。
「そうか、そう言ってもらえて、余も嬉しい。もしこんな状況でなければ、押し通してでもなどと思わなかっただろう」
「つまり力づくで行く気持ちに変わりはないっていうことか」
「チカラが残っている今のうちでなければ、叶えられぬことだ。これは世界の命運に繋がる話しなのだ」
そうか、と夬斗は返した。しょうがない、としたセリフは口に出さなくても相手に通じていよう。
閻魔も闇の剣を振りかざした。心なしか、黒さに輝きが宿ったようだ。
元通りとまでいかなくても、充分に回復したように夬斗には思える。安堵を覚える。
心置きなく素の能力を繰り出した。
焔眞と黛莉。あの二人に何が待つか、想像すらつかない。
夬斗は力になれたと喜ぶ反面、独り取り残されたような寂寥感も強く感じていた。
だが、らしくない感傷にいつまでも浸ってはいられない。
目前には、怒りを抑えられない相手がいる。見知った者だが、殺意を届けてくる。
「なんということを。なんという愚かなことを仕出かしてくれたのか」
歯軋りするような閻魔の叫びに、夬斗もまた雨に濡れた顔を向けた。
「ずっと家族を任せっぱなしにした妹へ、アニキなりの贖罪をしただけさ」
「個人的な観点で判断したというのか。いいか、紅い眼は危険だ。まだ黛莉がいるから判断を保留としているが、いずれ人類へ厄災をもたらすぞ」
あれれ、となった夬斗は思うままに訊く。
「おいおい、地獄の閻魔になったんじゃないのか。世界を征服したいとか、なんだろ」
「余の世界征服の理由は、夬斗と同じだ」
これには濡れぼそっていようとも、つい頭をかいてしまう夬斗だ。
「そっか、そっか、悪い。ここんとこ社長ー社長ー言われているもんだから、銭勘定しか頭になかったわ。そうか、そうだったなぁ。俺、世界征服したいんだった。親父やお袋が後ろめたさを感じない世界にしたかったんだ」
そう言って夬斗は宙を仰ぐ。
閻魔の嘆きは止まらない。
「小事の前に大義を忘れ、絶大なる能力を弄ぶなどあってはならない。そんな誤りを起こさぬよう、余が導かねばならなかったのだ」
「そんなんだから、俺は友人になれなかったんだよ」
すらりと述べる夬斗に、閻魔が熱り立つ。
「余に友人など要らん。世を悪き方向へ走らぬようにするための存在であれば、個人ごとに関わっていられるかっ!」
はぁ、と夬斗は息を吐いてからだ。
「俺が追って出てきた相手は黛莉だけじゃない、雪南もなんだ」
前のめりだった閻魔が、ビクリと震える。明らかな動揺を表情に描いた。
「な、なぜだ、雪南。なぜ病院でおとなしくしていない……」
「円眞、おまえを心配して探しに出たくらい、わかっているんだろ」
今までの勢いが嘘のように閻魔が黙れば、夬斗は続けた。
「円眞を見ていると、前の俺を思い出すよ。自分のせいで不幸を招いてしまった人たちに精一杯のことをしたい、自分の力でなんとかしたいってな。でも実はその考え方は、けっこう肝心な点が抜けてたりするんだ」
「なにがだ。余はただ雪南には問題なく人生を送って欲しいだけだ」
「ああ、想う人には幸せであって欲しいよな。でもな、こっちの気遣いが相手にとって真実の望みかどうかは別だぜ。家族に迷惑をかけたくないから離れた俺だけど、親父やお袋はそんなこと望んじゃいなかった。大変でも一緒いて欲しかったってさ。どうだ、この話し? 円眞なら思うこと、あるだろ」
円眞として呼ぶ夬斗の言に、閻魔はうな垂れた。
引っ切りなしだった雨足は弱まってきている。
逢魔ヶ刻とされる時間帯も、終わりが近い。
夬斗は声をかけようとした。これから……、と未来の話しをしたかった。
上げた閻魔の顔を見て、止めた。
そこにはまだ諦めないとした闘志が漲っていた。
「まだだ、余は今一度、ラグナロクを試みよう。まだ余韻が残っているかもしれないこのタイミングを逃したら、二度と機会はないかもしれない」
今度こそ夬斗は心底からのため息を吐いては問う。
「雪南を探しにいかないのか」
「チカラを得た余であれば、より雪南の守れるというものだ」
「それが手前勝手だって……わからないか」
力なく呟くように言う夬斗は腕を突き出した。両手には何も握られていない。
閻魔が笑うように指摘する。
「夬斗。能力を発揮するための小道具がないではないか。おかしな虚勢など張らずに退いて、余に道を開け」
「違うな。能力を糸玉に通すのは、チカラを発揮するためじゃない、抑えるためなんだ。まだ俺、うまく自分の能力を使いこなせていないんだな、これがまた」
「どうして、そんな重要なことを、余に知らせる。能力の内実は秘に伏すが懸命だろう」
驚きを隠せない閻魔に、そういえばといった夬斗の風情だ。
「本当だ、なんで俺、言っちまったんだろうな」
「おかしいぞ、夬斗」
そうだな、と夬斗は考え込んでからだ。
「やっぱりエンマは円眞だからな。紅い眼のエンマは親友だが、クロガネ堂のエンマだって俺にとって友人だったんだ。ほら、俺、ずっと友達なんていなかったからさ」
そう答えて夬斗は、女性から人気を集める気さくな微笑みを見せた。
一時とはいえ、閻魔もまた態度を緩めてしまう。すぐに元の険しさへ戻すが、口振りは変わった。
「そうか、そう言ってもらえて、余も嬉しい。もしこんな状況でなければ、押し通してでもなどと思わなかっただろう」
「つまり力づくで行く気持ちに変わりはないっていうことか」
「チカラが残っている今のうちでなければ、叶えられぬことだ。これは世界の命運に繋がる話しなのだ」
そうか、と夬斗は返した。しょうがない、としたセリフは口に出さなくても相手に通じていよう。
閻魔も闇の剣を振りかざした。心なしか、黒さに輝きが宿ったようだ。
元通りとまでいかなくても、充分に回復したように夬斗には思える。安堵を覚える。
心置きなく素の能力を繰り出した。
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