約束の時

igavic

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真実

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楽しい時間も遂に終わろうとしていた。

「じゃあ、そろそろ帰るね
 ありがとう」

「気を付けて」

車の窓を開けて顔だけ出した彼女は
上を向いてキスを待つ仕草をするが
私は照れくさくてそっと鼻にするのが
精一杯だった。

「もう、じゃあね!」

不機嫌にボソッと言ったかと思うと
FIAMMのホーンを短く一回だけ鳴らして
一流レーサーの如く走り出した。
彼女の運転を初めて見た私は
瞬きも忘れて車を見送るだけだった。
彼女はステアリングで変わるタイプだ。

中身の濃い慌ただしい週末になったが、
明日から仕事、頑張れる気がしていた。


翌日、仕事帰りに電話してみたが、
この日彼女が電話にでることは無かった。
結局、彼女と話せたのは木曜日の夜だった。
今思えば時々連絡が途切れる人だった。

「しばらく話せなかったけど
 どうしてた?」

「特になにもしてないかな、そっちは?」

「いつもと変わらず仕事、
 でも少しも疲れは感じなかったよ」

「そう…良かった」

私とは対照的な彼女の口調に戸惑った。
何かを抱え切れなくなっている彼女に

「どう?今日は話してみる?」

すると彼女は堰を切ったように話し出した。


以前からお付き合いしている人が居て
宇都宮に住んでいるというその人とは
成田離婚のすぐ後に知り合ったそうだ。

「話したくなければ無理しないで」

「大丈夫、聞いて欲しいから」

そして私と過ごした週末の前日の出来事を
ゆっくりと話し始めた。

その人は宇都宮で公職に就くいわゆる名士で
個人で何社も会社を立ち上げた人だという。
選挙事務所のアルバイトで雇われた時に
何度か食事に誘われたりしてるうちに
自然とそういうことになったらしい。

話してくれるのは嬉しかったが
ドラマのようなことが本当に起きてること
私とは違う世界を見てきた彼女のことを
理解するには少し時間が必要だった。

その日、その人から電話があり
"もう会えない"と告げられたという。
理由はやはり奥さんの存在だったらしい。
少し前からその兆候はあったというから
多分そのことで彼女も悩んでいたのだろう。

短い時間だけど彼女を見てきた私にとって
彼女の真っ直ぐな気持ちは痛いほどわかる。
かといって"すがり付きなさい"などとは
とても言えない自分が情けなかった。

彼女は自分からは連絡出来ない事情から
その人と話して欲しいと言い出した。
私に自分と付き合う宣言をさせて
その人を吹っ切ろうと思っていると。

「それで本当にいいの?
 君のプライドだけの為ならやめとく
 きっとこれからもっと辛くなるよ?」

私は彼女が必ずするであろう後悔を
見過ごすことが出来なかった。

「もういいよ!解ってくれないなら」

そう言ったきり電話は切れた。
少し頭を冷やせば落ち着くだろうと
軽く考えていた私がバカだった。

それから数ヶ月、今の人に例えるなら
ホクロの位置まで同じ平原綾香似の
吸い込まれるような瞳の彼女とは
一切連絡が取れなくなった。

そして私は
浜田省吾ばかり聴くようになっていた。






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