15 / 110
第三章 自立への道
第十五話 転機は突然に
しおりを挟む
仕事に慣れるにつれて、受注する翻訳分野を少しずつ広げていた杏子は、ナツキとの会話の中で生じた植物への興味から、園芸分野を好んで受注していた。
良く見られる内容は、会社案内や商品パンフレットなどを、海外向けに英訳するというものであった。他には、外国の展示会に出展するための申し込み用紙の記入や、逆に、外国の生産者のウェブサイトの内容を日本語に訳すという案件もあった。
そのような中で、杏子がその案件に行き当たったのは、三月の第四週のことだった。
いつものように、園芸という分野と、A4半分、30分という納期だけをチェックして、即座にその案件を受注した杏子は、ファイルの中身を開き、目を通し始めてすぐに、体中の毛が逆立つような高揚感に見舞われた。
Viveros Sol
Duilio Barkero様
お世話になっております。皆様お変わりありませんか。
こちらでは気温が二十五度を超える日も増え、すっかり春らしくなってきました。昨年の御社からの植物たちも、新芽が動き出しています。
さて、毎年恒例の御社でのお打ち合わせについてご相談させていただきたく、メールいたしました。4/6(月)から4/12(日)までの間で、ご都合の悪い日をお知らせいただけますでしょうか。
また、大変お手数をおかけいたしますが、今年もそちらでの宿の手配をお願いいたします。
スペインの暖かい気候で、青々と育つ植物たちに会えるのを心より楽しみしております。
太陽の庭 (SUNNY GARDEN)
宮部夏樹
ナツキだと、杏子の直感が告げた。四月に渡航すると言っていたこと、関東ではまだ肌寒いこの時期に二十五度を超える陽気の地域であること、そして何より、夏樹という名前。30分という短納期であることも忘れ、杏子はただ呆然とパソコンのモニターを見つめ続けた。微動だにせず、ただ目線だけを忙しなく動かし、短い文章を、上から下まで何度も読み返した。自分の持つナツキに関する情報と、一分の齟齬もない。間違いないと、杏子は確信した。
納期まであと5分となったところで、正気を取り戻した杏子は、慌てて翻訳を完成させ、ウェブサイトへアップロードして納品を済ませた。
納品してしまえば、翻訳担当者といえども、もう二度と依頼の文面を見ることはできない。杏子は、規約違反であることを承知で、ナツキの書いたと思われるメールの文面をコピーし保存した。
リアルなナツキの正体を突き止める。一時はその考えに取り憑かれていた杏子であるが、その無意味さに気づき、匙を投げたのだ。しかし、ここへきて、図らずもナツキの正体が明らかになった今では、見慣れた検索窓に『太陽の庭』と入力することに、杏子は何の迷いも抱くことは無かった。
良く見られる内容は、会社案内や商品パンフレットなどを、海外向けに英訳するというものであった。他には、外国の展示会に出展するための申し込み用紙の記入や、逆に、外国の生産者のウェブサイトの内容を日本語に訳すという案件もあった。
そのような中で、杏子がその案件に行き当たったのは、三月の第四週のことだった。
いつものように、園芸という分野と、A4半分、30分という納期だけをチェックして、即座にその案件を受注した杏子は、ファイルの中身を開き、目を通し始めてすぐに、体中の毛が逆立つような高揚感に見舞われた。
Viveros Sol
Duilio Barkero様
お世話になっております。皆様お変わりありませんか。
こちらでは気温が二十五度を超える日も増え、すっかり春らしくなってきました。昨年の御社からの植物たちも、新芽が動き出しています。
さて、毎年恒例の御社でのお打ち合わせについてご相談させていただきたく、メールいたしました。4/6(月)から4/12(日)までの間で、ご都合の悪い日をお知らせいただけますでしょうか。
また、大変お手数をおかけいたしますが、今年もそちらでの宿の手配をお願いいたします。
スペインの暖かい気候で、青々と育つ植物たちに会えるのを心より楽しみしております。
太陽の庭 (SUNNY GARDEN)
宮部夏樹
ナツキだと、杏子の直感が告げた。四月に渡航すると言っていたこと、関東ではまだ肌寒いこの時期に二十五度を超える陽気の地域であること、そして何より、夏樹という名前。30分という短納期であることも忘れ、杏子はただ呆然とパソコンのモニターを見つめ続けた。微動だにせず、ただ目線だけを忙しなく動かし、短い文章を、上から下まで何度も読み返した。自分の持つナツキに関する情報と、一分の齟齬もない。間違いないと、杏子は確信した。
納期まであと5分となったところで、正気を取り戻した杏子は、慌てて翻訳を完成させ、ウェブサイトへアップロードして納品を済ませた。
納品してしまえば、翻訳担当者といえども、もう二度と依頼の文面を見ることはできない。杏子は、規約違反であることを承知で、ナツキの書いたと思われるメールの文面をコピーし保存した。
リアルなナツキの正体を突き止める。一時はその考えに取り憑かれていた杏子であるが、その無意味さに気づき、匙を投げたのだ。しかし、ここへきて、図らずもナツキの正体が明らかになった今では、見慣れた検索窓に『太陽の庭』と入力することに、杏子は何の迷いも抱くことは無かった。
0
あなたにおすすめの小説
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる