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第四章 太陽の庭
第十九話 出会った二人
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結論から言えば、太陽の庭は、看板を出しては居なかった。実店舗を持たないネットショップであるのだから、当然と言えばそれまでだろう。
麓から二件目の山田農園と、四件目の坂下果樹園の間に挟まれて、車一台が漸く通れるほどの細い砂利道が奥へと伸び、その先に宮部夏樹の営む圃場があった。杏子のいる舗装道路からは、小道の奥にビニールハウスの入り口あたりが見えているのみだ。
それが間違いなく太陽の庭であるという確信を杏子が持ったのは、開け放たれたハウスの開口部から、例のトゲトゲたちがこちらに顔をのぞかせていたからであった。そのうちの一本の木、竹串ほどの細さの棒状の葉が放射状に広がって、まるで噴水のようなシルエットを形作る青々とした木、それは杏子の予習した知識によればダシリリオンという名の木であったが、その葉先がハウスを吹き抜ける風にゆらゆらと揺られ、まるで杏子を手招きするかのように見えた。
それを真に受けたわけではないが、杏子は、魅入られたようにフラフラと小道を奥へ進んだ。
「何かご用ですか」
ハウスの入り口まであと数歩というところで、後方から突如響いた低い声に、杏子は心臓が止まるかと思った。振り返って声の主の顔を見るまでもなく、あらゆる状況が、その人物が宮部夏樹に違いないと杏子に告げていた。
ナツキかもしれない男の顔を見るのだ。杏子は心の準備をするかのように、目を瞑り一息吸い込んでから振り返った。
表の道からは死角になる位置の、杏子からは三メートルほど離れたところに、年季の入った白い軽トラが停めてあった。その脇に立つ男は、車のサイズに照らし合わせると、恐らく180cmを越える身長の持ち主に違いない。力仕事が多いのか、体つきもがっしりとした印象を与えた。
男は、そこで何かの作業をしていたのだろう。軍手をはめて、荷台に乗せてある大きな袋の口を握ったまま、不思議そうに杏子を見ていた。少し細めの目元が、ともすれば恐そうな印象を与えそうなものであるが、その奥にある瞳が、全く悪感情を湛えていないことに、杏子は安堵した。
ゆったりとしたカーキのカーゴパンツと、体に少し沿うようなサイズ感の黒いTシャツを纏ったその男は、杏子が何も言わずに立ち尽くしていると、腰に巻いたダークグレーのウィンドブレーカーのような上着をシャカシャカ鳴らしながら、ほんの数歩杏子に近づいた。
(固そうな髪の毛だな…)
この状況で抱く感想としては妙であったが、短めに切った男の髪は、確かに、整髪料など着けていなさそうな質感にも関わらず、空を向いてツンツンと逆立っていた。
形の良い額が映える黒々とした短髪と、日に焼けた褐色の肌、それに加え、がっしりとした骨格と高身長。そこだけ捉えれば、まるでラテン系の俳優のようであるが、少し目尻の下がった切れ長の目もとこそが、彼の印象を決定付けていた。
(優しそうな人…)
「あのう…」
今度は少し窺い見るような様子で、男は再度杏子に話しかけた。
「あの、勝手に入ってしまってすみません。そこの道を登っていたら、見たこともない珍しい植物が目についたもので…」
自分が黙り混んでいたことに漸く気づいた杏子は、慌てて頭を下げながらそう詫び、後ろを振り返ってダシリリオンを視線で示した。
「あぁ…。そうですか。そういうことなら、どうぞ遠慮なく中も見ていってください。」
男は合点がいった風に頷いてから、杏子の脇を通ってハウスの入り口まで行き、再び杏子の方を向いてどうぞと中へ促した。
(そんな簡単に…いいんだ。)
「なんだかすみません。」
申し訳無さそうに男に告げて、杏子は、ハウスの中へとゆっくり足を進めた。
ハウスの入り口を潜るまでは、すぐ脇に立つ男の方に意識が向いていた杏子であったが、一歩中に足を踏み入れると、男がナツキなのかナツキでないのか、そんなことなど完全に頭から消えてしまい、ひたすら目の前の圧巻の眺めに心を奪われた。
麓から二件目の山田農園と、四件目の坂下果樹園の間に挟まれて、車一台が漸く通れるほどの細い砂利道が奥へと伸び、その先に宮部夏樹の営む圃場があった。杏子のいる舗装道路からは、小道の奥にビニールハウスの入り口あたりが見えているのみだ。
それが間違いなく太陽の庭であるという確信を杏子が持ったのは、開け放たれたハウスの開口部から、例のトゲトゲたちがこちらに顔をのぞかせていたからであった。そのうちの一本の木、竹串ほどの細さの棒状の葉が放射状に広がって、まるで噴水のようなシルエットを形作る青々とした木、それは杏子の予習した知識によればダシリリオンという名の木であったが、その葉先がハウスを吹き抜ける風にゆらゆらと揺られ、まるで杏子を手招きするかのように見えた。
それを真に受けたわけではないが、杏子は、魅入られたようにフラフラと小道を奥へ進んだ。
「何かご用ですか」
ハウスの入り口まであと数歩というところで、後方から突如響いた低い声に、杏子は心臓が止まるかと思った。振り返って声の主の顔を見るまでもなく、あらゆる状況が、その人物が宮部夏樹に違いないと杏子に告げていた。
ナツキかもしれない男の顔を見るのだ。杏子は心の準備をするかのように、目を瞑り一息吸い込んでから振り返った。
表の道からは死角になる位置の、杏子からは三メートルほど離れたところに、年季の入った白い軽トラが停めてあった。その脇に立つ男は、車のサイズに照らし合わせると、恐らく180cmを越える身長の持ち主に違いない。力仕事が多いのか、体つきもがっしりとした印象を与えた。
男は、そこで何かの作業をしていたのだろう。軍手をはめて、荷台に乗せてある大きな袋の口を握ったまま、不思議そうに杏子を見ていた。少し細めの目元が、ともすれば恐そうな印象を与えそうなものであるが、その奥にある瞳が、全く悪感情を湛えていないことに、杏子は安堵した。
ゆったりとしたカーキのカーゴパンツと、体に少し沿うようなサイズ感の黒いTシャツを纏ったその男は、杏子が何も言わずに立ち尽くしていると、腰に巻いたダークグレーのウィンドブレーカーのような上着をシャカシャカ鳴らしながら、ほんの数歩杏子に近づいた。
(固そうな髪の毛だな…)
この状況で抱く感想としては妙であったが、短めに切った男の髪は、確かに、整髪料など着けていなさそうな質感にも関わらず、空を向いてツンツンと逆立っていた。
形の良い額が映える黒々とした短髪と、日に焼けた褐色の肌、それに加え、がっしりとした骨格と高身長。そこだけ捉えれば、まるでラテン系の俳優のようであるが、少し目尻の下がった切れ長の目もとこそが、彼の印象を決定付けていた。
(優しそうな人…)
「あのう…」
今度は少し窺い見るような様子で、男は再度杏子に話しかけた。
「あの、勝手に入ってしまってすみません。そこの道を登っていたら、見たこともない珍しい植物が目についたもので…」
自分が黙り混んでいたことに漸く気づいた杏子は、慌てて頭を下げながらそう詫び、後ろを振り返ってダシリリオンを視線で示した。
「あぁ…。そうですか。そういうことなら、どうぞ遠慮なく中も見ていってください。」
男は合点がいった風に頷いてから、杏子の脇を通ってハウスの入り口まで行き、再び杏子の方を向いてどうぞと中へ促した。
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