27 / 110
第五章 新居探し
第二十七話 Between Yes and No
しおりを挟む
車体を左右に小刻みに揺らしながら、砂利の細道をゆっくりと奥まで進むと、この年季の入った軽トラは、いったんハウスの左前に頭を大きく振って、今度はハウスの右手前方向に位置する、宮部の自宅前の狭いスペースに、器用に後ろから入って停車した。
「後ろの荷物を降ろすんで、ちょっと待っててもらえますか。終わったら上でお昼の続きにしましょう。僕もまだなんで。」
そう言って、宮部は石垣の上の自宅方向を目線で示し、軽快に車から降りた。
何か手伝おうかと、杏子も慌てて宮部に続いた。
荷台の上には、ちょうど10kgの米袋のような大袋の肥料が、小山を作るほどに積み重なっていた。宮部は、それを二袋ずつ右肩に担いで、数メートル離れたハウスの入り口に重ねて降ろしていく。
その単純な力仕事を、宮部が淡々と繰り返す様を、杏子は傍で黙って見ていた。
否、口もきけないほどに、見とれてしまったという方が正しい。
今日も黒い半袖Tシャツ姿の宮部は、袖口から、琥珀色に良く焼けた逞しい腕を惜しげもなく覗かせていた。宮部の大きく太い指が袋を鷲掴み、それをたぐり寄せる力に圧迫されて、くっきりと浮かび上がった血管が、骨張った手の甲の上でその存在を主張している。袋を肩に担ぎ上げる動作に伴って、手首から前腕部にかけて盛り上がった筋が一本走り、九十度ほどに折れた腕の上腕部には、まるで林檎か何かでも入れているのではないかと思うほど、丸くこんもりと盛り上がった二頭筋が、こちらに顔を覗かせている。
車内での思わぬ急接近に跳ね上がった心拍が、ようやく落ち着いたばかりであったが、宮部が何の気なしに見せつける男らしさに、杏子はすっかり酔いしれていた。
「お待たせしました。上がりましょう。」
気がつけば、宮部は二十袋以上はあった大袋を、すっかり運び終えており、軽トラの荷台にはもう何も残っていなかった。
何か手伝えることはないかと、それくらいは聞けば良かったと、今にして杏子は後悔した。
宮部は杏子を促してから、自宅への石段を先導して上がった。
「ご自宅にお邪魔しても良いんでしょうか。ご家族の方は・・・。」
杏子は、石段を宮部に続いて登りながら、先ほどから気になっていた点を尋ねた。
先に石段を登り切った宮部は、杏子を振り返って見下ろし、苦笑しているとも悲しげともとれる、曖昧な表情をしている。
「両親とも他界しているもんで。僕は上がっていただいて構わないんですが、良ければ縁側に座りませんか。」
杏子は、自分の心臓がドクリと音を立てるのを聞いた気がした。
同居の家族について尋ねられて、両親のことを答えるということは、配偶者や子供がいないと解釈して良いだろう。独身の男、ということである。また一つ、宮部夏樹とナツキの情報が重なった。
石段を上がりきると、正面に玄関を臨み、左手には横長に三畳ほどの庭があった。件の縁側はその庭に面しており、確かに、玄関を潜らずに腰を下ろすことが出来る。
案内されて、杏子は先に縁側に座って待った。宮部は、玄関から中に入り、微かに家の奥の方で物音を立てていた。
しばらくすると、縁側に座った杏子の背後の、一面の掃き出し窓を全開にして、宮部も縁側に出てきた。片手には、駅前のスーパーの袋を下げ、もう一方の手には缶コーヒーを二本握っている。
「お茶でも出せたら良いんですが。こんな物でも良いですか?」
そう言って差し出された缶を、杏子は礼を言って受け取った。
「広そうなお家ですけど、一人でお住まいなんですか?」
杏子は、家を振り返りつつ、宮部にそう問うた。開かれた掃き出し窓の中は、八畳ほどの和室で、中央に座卓が一つと、部屋の隅には小ぶりの薄型テレビが置かれているのみである。がらんとした部屋だった。
左手には閉じられた襖が見えているが、家の形から察するに、押し入れなどではなく、もう一つ部屋が続いているようである。掃き出し窓の対面に当たる奥には、廊下を挟んでガラスの格子戸が半開きになっており、そこが台所であることがわかった。
「まぁ、そうですね。一階しか使っていませんから。ここを居間にして、その隣の仏間で寝起きしてます。両親が、この家と土地を残してくれて、そのお陰で、ここで食べていけていますね。」
なんだか歯切れの悪い答えだったな、と、杏子は腑に落ちない思いで宮部の言葉を聞いた。
一人住まいなのか、そうでないのか、YesかNoで答えられる質問のはずだった。
まぁ、そうですね。とは、どういう意味なのか。
杏子が悶々と思考しているうちに、宮部は、ボリュームのある幕の内を、着々と胃袋に納め始めている。
それ以上、何かを追及することができず、杏子も食べかけの鮭おにぎりに口をつけた。
「後ろの荷物を降ろすんで、ちょっと待っててもらえますか。終わったら上でお昼の続きにしましょう。僕もまだなんで。」
そう言って、宮部は石垣の上の自宅方向を目線で示し、軽快に車から降りた。
何か手伝おうかと、杏子も慌てて宮部に続いた。
荷台の上には、ちょうど10kgの米袋のような大袋の肥料が、小山を作るほどに積み重なっていた。宮部は、それを二袋ずつ右肩に担いで、数メートル離れたハウスの入り口に重ねて降ろしていく。
その単純な力仕事を、宮部が淡々と繰り返す様を、杏子は傍で黙って見ていた。
否、口もきけないほどに、見とれてしまったという方が正しい。
今日も黒い半袖Tシャツ姿の宮部は、袖口から、琥珀色に良く焼けた逞しい腕を惜しげもなく覗かせていた。宮部の大きく太い指が袋を鷲掴み、それをたぐり寄せる力に圧迫されて、くっきりと浮かび上がった血管が、骨張った手の甲の上でその存在を主張している。袋を肩に担ぎ上げる動作に伴って、手首から前腕部にかけて盛り上がった筋が一本走り、九十度ほどに折れた腕の上腕部には、まるで林檎か何かでも入れているのではないかと思うほど、丸くこんもりと盛り上がった二頭筋が、こちらに顔を覗かせている。
車内での思わぬ急接近に跳ね上がった心拍が、ようやく落ち着いたばかりであったが、宮部が何の気なしに見せつける男らしさに、杏子はすっかり酔いしれていた。
「お待たせしました。上がりましょう。」
気がつけば、宮部は二十袋以上はあった大袋を、すっかり運び終えており、軽トラの荷台にはもう何も残っていなかった。
何か手伝えることはないかと、それくらいは聞けば良かったと、今にして杏子は後悔した。
宮部は杏子を促してから、自宅への石段を先導して上がった。
「ご自宅にお邪魔しても良いんでしょうか。ご家族の方は・・・。」
杏子は、石段を宮部に続いて登りながら、先ほどから気になっていた点を尋ねた。
先に石段を登り切った宮部は、杏子を振り返って見下ろし、苦笑しているとも悲しげともとれる、曖昧な表情をしている。
「両親とも他界しているもんで。僕は上がっていただいて構わないんですが、良ければ縁側に座りませんか。」
杏子は、自分の心臓がドクリと音を立てるのを聞いた気がした。
同居の家族について尋ねられて、両親のことを答えるということは、配偶者や子供がいないと解釈して良いだろう。独身の男、ということである。また一つ、宮部夏樹とナツキの情報が重なった。
石段を上がりきると、正面に玄関を臨み、左手には横長に三畳ほどの庭があった。件の縁側はその庭に面しており、確かに、玄関を潜らずに腰を下ろすことが出来る。
案内されて、杏子は先に縁側に座って待った。宮部は、玄関から中に入り、微かに家の奥の方で物音を立てていた。
しばらくすると、縁側に座った杏子の背後の、一面の掃き出し窓を全開にして、宮部も縁側に出てきた。片手には、駅前のスーパーの袋を下げ、もう一方の手には缶コーヒーを二本握っている。
「お茶でも出せたら良いんですが。こんな物でも良いですか?」
そう言って差し出された缶を、杏子は礼を言って受け取った。
「広そうなお家ですけど、一人でお住まいなんですか?」
杏子は、家を振り返りつつ、宮部にそう問うた。開かれた掃き出し窓の中は、八畳ほどの和室で、中央に座卓が一つと、部屋の隅には小ぶりの薄型テレビが置かれているのみである。がらんとした部屋だった。
左手には閉じられた襖が見えているが、家の形から察するに、押し入れなどではなく、もう一つ部屋が続いているようである。掃き出し窓の対面に当たる奥には、廊下を挟んでガラスの格子戸が半開きになっており、そこが台所であることがわかった。
「まぁ、そうですね。一階しか使っていませんから。ここを居間にして、その隣の仏間で寝起きしてます。両親が、この家と土地を残してくれて、そのお陰で、ここで食べていけていますね。」
なんだか歯切れの悪い答えだったな、と、杏子は腑に落ちない思いで宮部の言葉を聞いた。
一人住まいなのか、そうでないのか、YesかNoで答えられる質問のはずだった。
まぁ、そうですね。とは、どういう意味なのか。
杏子が悶々と思考しているうちに、宮部は、ボリュームのある幕の内を、着々と胃袋に納め始めている。
それ以上、何かを追及することができず、杏子も食べかけの鮭おにぎりに口をつけた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる