君に捧ぐ花

ancco

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第七章 猜疑心

第三十九話 空白の二ヶ月

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商品カタログのページを閉じると、杏子は、気分転換に併設のブログのページを開いた。杏子は、ここをじっくりと閲覧するのが好きになっていた。以前は、ナツキとの共通点を見いだすという目的で、目を皿にして隅々まで読み漁ったものだが、今はただ、宮部という男の事を知りたいという気持ちからである。

前々から感じていたナツキと宮部との間にある違和感は、宮部という男の事を知れば知るほど、益々浮き彫りになってきている。ナツキは、この町を田舎と貶し、自身の仕事もどこか田舎臭い垢抜けないもののように言っていたが、宮部は、仕事に情熱を持って取り組んでいて誇りも持っている。この町で仕事をすることも、亡き両親が残してくれた財産のお陰であると感謝しているようだった。それに、宮部自身が脱サラしたと言っていたように、以前は都会で働いていたのではないだろうかと、杏子は推測している。言葉にこの地方独特の訛りがほとんど見られないのだ。その宮部が、都会に憧れて、都会のOLライフについて根掘り葉掘りと知りたがるだろうか。否であろう。
もっとも、落ち込んでいる杏子を励ます様子や、見ず知らずの杏子に肩入れするところなど、人情に厚そうな優しいところは共通しているかもしれない。だが、それ以外の点では、宮部とナツキが同一人物とは思いがたい節が多々あった。

(でも、状況から見れば、宮部さんがナツキであるとしか考えられない。ナツキのほうが、どこか幼い感じがするけれど、匿名で素性を明かさないネットだからこその、本当の彼とは違う装いがあったのかしら。)

そう思案しながら、杏子は、既に見尽くしたブログを何ともなしに眺めた。最近の記事は三月の末日のもので、春を迎えて動き出した植物の世話に勤しんでいる様子が見られた。その少し前の記事には、春の買い付けに先だって、仕入れる品種の希望を受け付けるお知らせや、出張中の発送が出来ない事へのお詫びの記事もあった。順に遡って記事を読み返していた杏子は、ふと、記事が投稿された日付に目を留めた。

(十二月と一月の投稿がない?それまでは三日とあけずにアップされているのに…。)

十一月末日の投稿を最後に、一月の下旬頃まで、ほぼ二ヶ月にわたりブログの投稿が途絶えていた。再開した記事には、その間の空白について何も言及されてはいなかった。もっと遡れば、前年やそれ以前にも、時おり長期にわたり投稿が途絶えることがあるようだが、また何事もなかったかのように再開されていた。
繁忙期か何かなのか、宮部は何年もこのようにブログを運営してきているようで、特段気に留める程のことではないのかもしれない。しかし、杏子は、この点を遣り過ごすことはできなかった。昨年末から年を跨いで二ヶ月間と言えば、ちょうど、ナツキの音信が途絶えた頃と一致するのである。
この二つの事実の間に関連性があるのではないか。この点を明らかにすれば、宮部がナツキであるとの確信が得られ、尚且つ、ナツキが杏子との連絡を突如断った理由すらも詳らかになるのではないか。杏子には、そう思えてならなかった。

(確か、一月の上旬ころにはもう諦めてログインを辞めたっけ。もしかしたら、ブログが再開したのと同じ頃に、ナツキもまたチャットルームに現れたのかしら。私が居なくて、ガッカリしたのかしら…。私に嫌気がさしたのじゃなくて、パソコン自体を触れない何らかの事情があったのだとしたら…。)

ナツキがチャットを辞めた理由を問い質すことはできなくても、ブログの更新が途絶えていた理由を宮部に訪ねることに差し障りはない。
杏子の心は、もう決まっていた。
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