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第八章 すれ違う心
第六十四話 拒絶
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「バカなのか?無防備過ぎると言ってあっただろう。頭に血が上ったあいつもあいつだけど、その気もないのに気を持たせたお前もお前だ。」
突き放すような宮部の物言いに、杏子はショックを受けて、立ち上がることも忘れていた。たった今、杏子は這う這うの体で肉体的な危機を脱したにもかかわらず、今度は精神的に痛めつけられようとしているのだ。
杏子が何の反応も見せないでいると、宮部は更に追い討ちをかけた。
「それとも何か?お前は、男を振り回して喜ぶ性癖でもあるのか?秋波を送って、媚を売って、科を作って、そうやって自分に靡いた男を手酷く振るのがお好みなのか。」
杏子は、ここに来て漸く立ち上がることが出来た。いつまでも蹲っては居られない、佑の誤解の原因について、宮部に問い質さねばならないと、杏子は自らを奮い立たせた。
「そんなわけ無いでしょ!宮部さん、私がそんな風に宮部さんを傷つけたって思ってるの?私が健さんと二股してるとか、乗り換えたとか、どうしてそんな風に佑さんに言ったのよ!」
ふん、と宮部は鼻で嗤った。
「記憶障害でもあるのか?俺は坂下に事実を言ったまでだ。」
杏子は絶句した。何か誤解や行き違いがあったのかもと思ったが、宮部は確かに杏子に振られたと思っているのだ。
「…もしかして、私があの女の人のこと、知らないと思ってる…?だから私に振られたなんて言うの?いつまでも私に隠したままで、素知らぬ顔で、私との関係を進められるとでも思ってたの?」
「何の話をしてるんだ。」
杏子の言葉に、宮部は眉根をこれ以上ないというくらいに寄せて、怪訝な顔をした。切れ長の目が恐ろしいほどに鋭く細まり、杏子は怯んだが、ここで引くわけにはいかなかった。
「知ってるのよ。宮部さんがお家の二階に誰かを上げてるって。スペインに行ってる間も、上がり込んでたって。この間だって、車に乗せてたのも知ってる…。全部知ってるのよ、宮部さん…。だから、振られたのは私の方…。」
杏子は、言葉を紡ぐうちに次第に哀しみが込み上げて、最後には弱々しく呟くのがやっとであった。
宮部は大きく目を見張り、杏子を見つめて微動だにしない。秘密を明かされて、宮部が何をいうのか、杏子は上目使いにそっと宮部を窺い見た。
宮部は大きく長い溜め息をついて、そして漸く口を開いた。
「なるほどな。それはよくご存じで。なら、もう何も言うことはないな。」
宮部は、何の感情も読み取れない、淡々とした口調でそう言い置いて、杏子に背を向けて歩き出した。見れば、杏子の家のすぐ脇に、年季の入った軽トラが停められていた。
杏子は、唖然とした。それだけしか、言うことはないのか。何の弁解も詫びもなく、ただ杏子に背を向けて立ち去るというのか。杏子には、到底納得できるはずもなかった。
「どういう人なの!?なんで隠してたの!?私のこと、馬鹿な女だって揶揄ってたの!?」
叫ぶような問いだった。杏子の嫉妬や哀しみといった悲痛な想いが、少しでも宮部に伝われば良いのだと、杏子は感情に任せて大声を出した。
杏子の慟哭を聞いても、真っ直ぐ車に向かって歩き続けていた宮部が、あと数歩で砂利の敷地から出るというところで、ふと足を止めて振り返った。
「俺が二階に誰を住まわせようが、車に誰を乗せようが、お前には関係ない。揶揄ったつもりなんてないけど、お前が馬鹿な女だってとこは否定しないな。色惚けしてないでしっかり働いて、早くこの家を出ていってくれ。」
宮部は、今度こそ立ち去った。
軽トラの軽いエンジン音が遠ざかるのを聞きながら、いつか杏子自身が宮部に吐いた悪態が、今になって跳ね返って、心の奥深くまで鋭く突き刺さったのを、杏子は感じたのだった。
突き放すような宮部の物言いに、杏子はショックを受けて、立ち上がることも忘れていた。たった今、杏子は這う這うの体で肉体的な危機を脱したにもかかわらず、今度は精神的に痛めつけられようとしているのだ。
杏子が何の反応も見せないでいると、宮部は更に追い討ちをかけた。
「それとも何か?お前は、男を振り回して喜ぶ性癖でもあるのか?秋波を送って、媚を売って、科を作って、そうやって自分に靡いた男を手酷く振るのがお好みなのか。」
杏子は、ここに来て漸く立ち上がることが出来た。いつまでも蹲っては居られない、佑の誤解の原因について、宮部に問い質さねばならないと、杏子は自らを奮い立たせた。
「そんなわけ無いでしょ!宮部さん、私がそんな風に宮部さんを傷つけたって思ってるの?私が健さんと二股してるとか、乗り換えたとか、どうしてそんな風に佑さんに言ったのよ!」
ふん、と宮部は鼻で嗤った。
「記憶障害でもあるのか?俺は坂下に事実を言ったまでだ。」
杏子は絶句した。何か誤解や行き違いがあったのかもと思ったが、宮部は確かに杏子に振られたと思っているのだ。
「…もしかして、私があの女の人のこと、知らないと思ってる…?だから私に振られたなんて言うの?いつまでも私に隠したままで、素知らぬ顔で、私との関係を進められるとでも思ってたの?」
「何の話をしてるんだ。」
杏子の言葉に、宮部は眉根をこれ以上ないというくらいに寄せて、怪訝な顔をした。切れ長の目が恐ろしいほどに鋭く細まり、杏子は怯んだが、ここで引くわけにはいかなかった。
「知ってるのよ。宮部さんがお家の二階に誰かを上げてるって。スペインに行ってる間も、上がり込んでたって。この間だって、車に乗せてたのも知ってる…。全部知ってるのよ、宮部さん…。だから、振られたのは私の方…。」
杏子は、言葉を紡ぐうちに次第に哀しみが込み上げて、最後には弱々しく呟くのがやっとであった。
宮部は大きく目を見張り、杏子を見つめて微動だにしない。秘密を明かされて、宮部が何をいうのか、杏子は上目使いにそっと宮部を窺い見た。
宮部は大きく長い溜め息をついて、そして漸く口を開いた。
「なるほどな。それはよくご存じで。なら、もう何も言うことはないな。」
宮部は、何の感情も読み取れない、淡々とした口調でそう言い置いて、杏子に背を向けて歩き出した。見れば、杏子の家のすぐ脇に、年季の入った軽トラが停められていた。
杏子は、唖然とした。それだけしか、言うことはないのか。何の弁解も詫びもなく、ただ杏子に背を向けて立ち去るというのか。杏子には、到底納得できるはずもなかった。
「どういう人なの!?なんで隠してたの!?私のこと、馬鹿な女だって揶揄ってたの!?」
叫ぶような問いだった。杏子の嫉妬や哀しみといった悲痛な想いが、少しでも宮部に伝われば良いのだと、杏子は感情に任せて大声を出した。
杏子の慟哭を聞いても、真っ直ぐ車に向かって歩き続けていた宮部が、あと数歩で砂利の敷地から出るというところで、ふと足を止めて振り返った。
「俺が二階に誰を住まわせようが、車に誰を乗せようが、お前には関係ない。揶揄ったつもりなんてないけど、お前が馬鹿な女だってとこは否定しないな。色惚けしてないでしっかり働いて、早くこの家を出ていってくれ。」
宮部は、今度こそ立ち去った。
軽トラの軽いエンジン音が遠ざかるのを聞きながら、いつか杏子自身が宮部に吐いた悪態が、今になって跳ね返って、心の奥深くまで鋭く突き刺さったのを、杏子は感じたのだった。
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