64 / 110
第八章 すれ違う心
第六十四話 拒絶
しおりを挟む
「バカなのか?無防備過ぎると言ってあっただろう。頭に血が上ったあいつもあいつだけど、その気もないのに気を持たせたお前もお前だ。」
突き放すような宮部の物言いに、杏子はショックを受けて、立ち上がることも忘れていた。たった今、杏子は這う這うの体で肉体的な危機を脱したにもかかわらず、今度は精神的に痛めつけられようとしているのだ。
杏子が何の反応も見せないでいると、宮部は更に追い討ちをかけた。
「それとも何か?お前は、男を振り回して喜ぶ性癖でもあるのか?秋波を送って、媚を売って、科を作って、そうやって自分に靡いた男を手酷く振るのがお好みなのか。」
杏子は、ここに来て漸く立ち上がることが出来た。いつまでも蹲っては居られない、佑の誤解の原因について、宮部に問い質さねばならないと、杏子は自らを奮い立たせた。
「そんなわけ無いでしょ!宮部さん、私がそんな風に宮部さんを傷つけたって思ってるの?私が健さんと二股してるとか、乗り換えたとか、どうしてそんな風に佑さんに言ったのよ!」
ふん、と宮部は鼻で嗤った。
「記憶障害でもあるのか?俺は坂下に事実を言ったまでだ。」
杏子は絶句した。何か誤解や行き違いがあったのかもと思ったが、宮部は確かに杏子に振られたと思っているのだ。
「…もしかして、私があの女の人のこと、知らないと思ってる…?だから私に振られたなんて言うの?いつまでも私に隠したままで、素知らぬ顔で、私との関係を進められるとでも思ってたの?」
「何の話をしてるんだ。」
杏子の言葉に、宮部は眉根をこれ以上ないというくらいに寄せて、怪訝な顔をした。切れ長の目が恐ろしいほどに鋭く細まり、杏子は怯んだが、ここで引くわけにはいかなかった。
「知ってるのよ。宮部さんがお家の二階に誰かを上げてるって。スペインに行ってる間も、上がり込んでたって。この間だって、車に乗せてたのも知ってる…。全部知ってるのよ、宮部さん…。だから、振られたのは私の方…。」
杏子は、言葉を紡ぐうちに次第に哀しみが込み上げて、最後には弱々しく呟くのがやっとであった。
宮部は大きく目を見張り、杏子を見つめて微動だにしない。秘密を明かされて、宮部が何をいうのか、杏子は上目使いにそっと宮部を窺い見た。
宮部は大きく長い溜め息をついて、そして漸く口を開いた。
「なるほどな。それはよくご存じで。なら、もう何も言うことはないな。」
宮部は、何の感情も読み取れない、淡々とした口調でそう言い置いて、杏子に背を向けて歩き出した。見れば、杏子の家のすぐ脇に、年季の入った軽トラが停められていた。
杏子は、唖然とした。それだけしか、言うことはないのか。何の弁解も詫びもなく、ただ杏子に背を向けて立ち去るというのか。杏子には、到底納得できるはずもなかった。
「どういう人なの!?なんで隠してたの!?私のこと、馬鹿な女だって揶揄ってたの!?」
叫ぶような問いだった。杏子の嫉妬や哀しみといった悲痛な想いが、少しでも宮部に伝われば良いのだと、杏子は感情に任せて大声を出した。
杏子の慟哭を聞いても、真っ直ぐ車に向かって歩き続けていた宮部が、あと数歩で砂利の敷地から出るというところで、ふと足を止めて振り返った。
「俺が二階に誰を住まわせようが、車に誰を乗せようが、お前には関係ない。揶揄ったつもりなんてないけど、お前が馬鹿な女だってとこは否定しないな。色惚けしてないでしっかり働いて、早くこの家を出ていってくれ。」
宮部は、今度こそ立ち去った。
軽トラの軽いエンジン音が遠ざかるのを聞きながら、いつか杏子自身が宮部に吐いた悪態が、今になって跳ね返って、心の奥深くまで鋭く突き刺さったのを、杏子は感じたのだった。
突き放すような宮部の物言いに、杏子はショックを受けて、立ち上がることも忘れていた。たった今、杏子は這う這うの体で肉体的な危機を脱したにもかかわらず、今度は精神的に痛めつけられようとしているのだ。
杏子が何の反応も見せないでいると、宮部は更に追い討ちをかけた。
「それとも何か?お前は、男を振り回して喜ぶ性癖でもあるのか?秋波を送って、媚を売って、科を作って、そうやって自分に靡いた男を手酷く振るのがお好みなのか。」
杏子は、ここに来て漸く立ち上がることが出来た。いつまでも蹲っては居られない、佑の誤解の原因について、宮部に問い質さねばならないと、杏子は自らを奮い立たせた。
「そんなわけ無いでしょ!宮部さん、私がそんな風に宮部さんを傷つけたって思ってるの?私が健さんと二股してるとか、乗り換えたとか、どうしてそんな風に佑さんに言ったのよ!」
ふん、と宮部は鼻で嗤った。
「記憶障害でもあるのか?俺は坂下に事実を言ったまでだ。」
杏子は絶句した。何か誤解や行き違いがあったのかもと思ったが、宮部は確かに杏子に振られたと思っているのだ。
「…もしかして、私があの女の人のこと、知らないと思ってる…?だから私に振られたなんて言うの?いつまでも私に隠したままで、素知らぬ顔で、私との関係を進められるとでも思ってたの?」
「何の話をしてるんだ。」
杏子の言葉に、宮部は眉根をこれ以上ないというくらいに寄せて、怪訝な顔をした。切れ長の目が恐ろしいほどに鋭く細まり、杏子は怯んだが、ここで引くわけにはいかなかった。
「知ってるのよ。宮部さんがお家の二階に誰かを上げてるって。スペインに行ってる間も、上がり込んでたって。この間だって、車に乗せてたのも知ってる…。全部知ってるのよ、宮部さん…。だから、振られたのは私の方…。」
杏子は、言葉を紡ぐうちに次第に哀しみが込み上げて、最後には弱々しく呟くのがやっとであった。
宮部は大きく目を見張り、杏子を見つめて微動だにしない。秘密を明かされて、宮部が何をいうのか、杏子は上目使いにそっと宮部を窺い見た。
宮部は大きく長い溜め息をついて、そして漸く口を開いた。
「なるほどな。それはよくご存じで。なら、もう何も言うことはないな。」
宮部は、何の感情も読み取れない、淡々とした口調でそう言い置いて、杏子に背を向けて歩き出した。見れば、杏子の家のすぐ脇に、年季の入った軽トラが停められていた。
杏子は、唖然とした。それだけしか、言うことはないのか。何の弁解も詫びもなく、ただ杏子に背を向けて立ち去るというのか。杏子には、到底納得できるはずもなかった。
「どういう人なの!?なんで隠してたの!?私のこと、馬鹿な女だって揶揄ってたの!?」
叫ぶような問いだった。杏子の嫉妬や哀しみといった悲痛な想いが、少しでも宮部に伝われば良いのだと、杏子は感情に任せて大声を出した。
杏子の慟哭を聞いても、真っ直ぐ車に向かって歩き続けていた宮部が、あと数歩で砂利の敷地から出るというところで、ふと足を止めて振り返った。
「俺が二階に誰を住まわせようが、車に誰を乗せようが、お前には関係ない。揶揄ったつもりなんてないけど、お前が馬鹿な女だってとこは否定しないな。色惚けしてないでしっかり働いて、早くこの家を出ていってくれ。」
宮部は、今度こそ立ち去った。
軽トラの軽いエンジン音が遠ざかるのを聞きながら、いつか杏子自身が宮部に吐いた悪態が、今になって跳ね返って、心の奥深くまで鋭く突き刺さったのを、杏子は感じたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
さようなら、私の初恋
しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」
物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。
だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。
「あんな女、落とすまでのゲームだよ」
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる