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第九章 真実の端緒
第六十八話 隠された真実
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大きく息を吸い込んで、細く長い溜息を一つついた静子は、ぎゅっと目を瞑り、まるで痛みを堪えるかのように悲痛な表情を見せた。
「それが…、宮部家の、夏樹と真奈美の本当の不幸の始まりだったのかもしれないと、今にしてそう思います。それでも、当時の私たちには、それが最良の方法のように思えたのです。本当であれば、宮部の家の目と鼻の先にある我が家で、真奈美を引き取ってやることができれば、それが一番良かったんです。ですけど、当時はまだ夫が存命で、病院と家を行ったり来たりと落ち着かない日々を過ごしておりましたもので、数日面倒を見てやる分には差し支えありませんでしたが、ずっと引き取るとなると、難しいと断ってしまったのです。中学校一年の途中から城崎に行った真奈美は、私たちの目論見では、綺麗な海に美味しい食べ物、効用の高い温泉に恵まれて、心も体もしっかりと養生してくれるはずでした。ところが、蓋を開けてみれば、真奈美は、友人も知り合いも居ない環境になじめず、食も進まずで、そのうちに学校へも足が向かなくなりまして、それでも2年ほどはあちらにおりましたが、結局は、見かねた夏樹が呼び戻す形で、真奈美は宮部の家に戻ったのです。中学三年を半ばほど過ぎた頃でしたが、戻ってきた真奈美は、すっかりやせ細って生気がなく、とても年頃の娘には見えませんでしたし、あのふっくらした頬の人形のような頃の面影など全くありませんでした。これには、可哀想なことをしてしまったと、私も含めさすがの姉も申し訳無く思いまして、それ以降は、真奈美が夏樹と暮らすことに異議を唱える者はおりませんでした。その頃には、夏樹の仕事もすっかり軌道に乗っていましたし、やがて15になろうという真奈美も、多少の家事や仕事の手伝いなどもしながら、二人きりの生活は上手くいくように見えました。ところが、しばらくして、真奈美は家に閉じこもりがちになり、そのうち部屋からも、風呂やトイレなどの時以外は出てこなくなったのです。夏樹とも次第に口を聞かなくなっていたようですが、なんとか聞き出したところによると、どうも学校になじめなかったようでした。私どもは、もともと中学一年まで通っていた学校でしたから、昔の友人と旧交を温められるはずと安易に考えておりましたが、二年のブランクを経て、自分の居ないところでできあがってしまった友人関係に、今更入っていくことができず、疎外感を感じたようでした。おそらく、友人達のほうも、見た目にもやせ細り、性格も人が変わったように暗くふさぎ込む真奈美に、戸惑ったのかも知れません。夏樹は、学校へ行くことを、無理強いしなかったと言っていました。卒業は、事情を知っている先生方のご尽力のお陰で問題なくできましたので、高校には通信制の学校を選んでやり、真奈美が辛くない形で、真奈美のペースでやれば良いと、そう言い聞かせたそうです。といいますのも、その頃には、私の夫の具合がかなり悪くなっておりまして、自宅で最期の時を過ごしておりましたもので、私はあの子達を満足に気に掛けてやることができなかったのです。夏樹は、真奈美にそのような形をとってやる代わりに、夏樹を閉め出すことだけはしないこと、家の仕事を手伝うことの二つだけを約束させて、あとは真奈美の自由に部屋に引きこもらせたようです。実際に、私が尋ねていったときも、真奈美が一階に下りて顔を見せることはありませんでしたが、私が部屋に上がっていくと拒むこと無く入れてくれて、きちんと話をするのです。話せば、しっかりと通じましたし、高校の勉強も、パソコンを使って何やら遣り取りをするようで、案外積極的に取り組んでいるようでした。私はすっかり安心してしまって、人とは違うけれども、夏樹と真奈美はこういう形で折り合いを付けたのだと、そう納得することができました。ちょうど夫が息を引き取って、娘から加古川での同居を薦められておりましたから、私は後ろ髪を引かれることなく、この町を去りました。月に一度ほどは二人と電話で話しましたし、ご存じの通り、年に二度ほどは、夏樹の仕事のサポートと、この家の手入れのために戻って、二人の顔を見てきました。この3年ほどは、その状態が上手く続いていたのです。けれども、昨年末から今年の頭に掛けての頃でしょうか、真奈美の高校の卒業の可否が危うくなって、勉強のストレスか何かだと思うのですが、夏樹を部屋に入れることを拒み、仕事の手伝いもしなくなって、最低限部屋から出るときすらも、深夜の夏樹が寝静まってからを狙うほどの有様で、めっきり姿を見せなくなったのです。これには、私も夏樹も非常に心配いたしましたが、食事だけはしっかり取らせるように気をつけて、しばらく様子を見ましたところ、2月頃になって高校の卒業が確実になりましたら、案外あっさりと元のような生活に戻り、一安心しておりました。ところが、先ほど申し上げましたとおり、春以来連絡を寄越さなかった夏樹が、先週二ヶ月ぶりに電話をしてきたと思いましたら、なんと真奈美が鬱病と診断されたと言うのです。夏樹が言いますには、五月に入ってから、また真奈美が夏樹を閉め出して仕事も何もできなくなる時期が、かれこれ一月以上続いていたそうで、予感がした夏樹が無理矢理病院に連れて行ったところ、そのような診断を受けて投薬を始めることになったということでした。」
「それが…、宮部家の、夏樹と真奈美の本当の不幸の始まりだったのかもしれないと、今にしてそう思います。それでも、当時の私たちには、それが最良の方法のように思えたのです。本当であれば、宮部の家の目と鼻の先にある我が家で、真奈美を引き取ってやることができれば、それが一番良かったんです。ですけど、当時はまだ夫が存命で、病院と家を行ったり来たりと落ち着かない日々を過ごしておりましたもので、数日面倒を見てやる分には差し支えありませんでしたが、ずっと引き取るとなると、難しいと断ってしまったのです。中学校一年の途中から城崎に行った真奈美は、私たちの目論見では、綺麗な海に美味しい食べ物、効用の高い温泉に恵まれて、心も体もしっかりと養生してくれるはずでした。ところが、蓋を開けてみれば、真奈美は、友人も知り合いも居ない環境になじめず、食も進まずで、そのうちに学校へも足が向かなくなりまして、それでも2年ほどはあちらにおりましたが、結局は、見かねた夏樹が呼び戻す形で、真奈美は宮部の家に戻ったのです。中学三年を半ばほど過ぎた頃でしたが、戻ってきた真奈美は、すっかりやせ細って生気がなく、とても年頃の娘には見えませんでしたし、あのふっくらした頬の人形のような頃の面影など全くありませんでした。これには、可哀想なことをしてしまったと、私も含めさすがの姉も申し訳無く思いまして、それ以降は、真奈美が夏樹と暮らすことに異議を唱える者はおりませんでした。その頃には、夏樹の仕事もすっかり軌道に乗っていましたし、やがて15になろうという真奈美も、多少の家事や仕事の手伝いなどもしながら、二人きりの生活は上手くいくように見えました。ところが、しばらくして、真奈美は家に閉じこもりがちになり、そのうち部屋からも、風呂やトイレなどの時以外は出てこなくなったのです。夏樹とも次第に口を聞かなくなっていたようですが、なんとか聞き出したところによると、どうも学校になじめなかったようでした。私どもは、もともと中学一年まで通っていた学校でしたから、昔の友人と旧交を温められるはずと安易に考えておりましたが、二年のブランクを経て、自分の居ないところでできあがってしまった友人関係に、今更入っていくことができず、疎外感を感じたようでした。おそらく、友人達のほうも、見た目にもやせ細り、性格も人が変わったように暗くふさぎ込む真奈美に、戸惑ったのかも知れません。夏樹は、学校へ行くことを、無理強いしなかったと言っていました。卒業は、事情を知っている先生方のご尽力のお陰で問題なくできましたので、高校には通信制の学校を選んでやり、真奈美が辛くない形で、真奈美のペースでやれば良いと、そう言い聞かせたそうです。といいますのも、その頃には、私の夫の具合がかなり悪くなっておりまして、自宅で最期の時を過ごしておりましたもので、私はあの子達を満足に気に掛けてやることができなかったのです。夏樹は、真奈美にそのような形をとってやる代わりに、夏樹を閉め出すことだけはしないこと、家の仕事を手伝うことの二つだけを約束させて、あとは真奈美の自由に部屋に引きこもらせたようです。実際に、私が尋ねていったときも、真奈美が一階に下りて顔を見せることはありませんでしたが、私が部屋に上がっていくと拒むこと無く入れてくれて、きちんと話をするのです。話せば、しっかりと通じましたし、高校の勉強も、パソコンを使って何やら遣り取りをするようで、案外積極的に取り組んでいるようでした。私はすっかり安心してしまって、人とは違うけれども、夏樹と真奈美はこういう形で折り合いを付けたのだと、そう納得することができました。ちょうど夫が息を引き取って、娘から加古川での同居を薦められておりましたから、私は後ろ髪を引かれることなく、この町を去りました。月に一度ほどは二人と電話で話しましたし、ご存じの通り、年に二度ほどは、夏樹の仕事のサポートと、この家の手入れのために戻って、二人の顔を見てきました。この3年ほどは、その状態が上手く続いていたのです。けれども、昨年末から今年の頭に掛けての頃でしょうか、真奈美の高校の卒業の可否が危うくなって、勉強のストレスか何かだと思うのですが、夏樹を部屋に入れることを拒み、仕事の手伝いもしなくなって、最低限部屋から出るときすらも、深夜の夏樹が寝静まってからを狙うほどの有様で、めっきり姿を見せなくなったのです。これには、私も夏樹も非常に心配いたしましたが、食事だけはしっかり取らせるように気をつけて、しばらく様子を見ましたところ、2月頃になって高校の卒業が確実になりましたら、案外あっさりと元のような生活に戻り、一安心しておりました。ところが、先ほど申し上げましたとおり、春以来連絡を寄越さなかった夏樹が、先週二ヶ月ぶりに電話をしてきたと思いましたら、なんと真奈美が鬱病と診断されたと言うのです。夏樹が言いますには、五月に入ってから、また真奈美が夏樹を閉め出して仕事も何もできなくなる時期が、かれこれ一月以上続いていたそうで、予感がした夏樹が無理矢理病院に連れて行ったところ、そのような診断を受けて投薬を始めることになったということでした。」
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