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第十章 瓦解
第七十七話 哀しい真実
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「真奈美…さんが、ナツキ…。でも、だったら、ブログは?」
そんなこと、あり得るのだろうかと、杏子は思考を巡らせながら、辿々しく言葉を紡いだ。
「ブログが何?」
「ナツキが姿を消した時期と、太陽の庭のブログが途絶える時期が同じなの。ちょうど真奈美さんが引きこもっていた時期とも同じだったから、てっきり、真奈美さんのことが気がかりで更新が滞るのかと。だからチャットも辞めちゃったんだと思ったんだけど。」
「ブログの管理は、真奈美に任せてあった。自由に使える小遣いを渡す名目で、簡単な仕事を手伝わせてバイトさせてた。そのナツキが姿を消したのって、年末のことだろ?真奈美は、もとからずっと引きこもりだったけど、時々、すごく落ち込むみたいで、そうなるともうベッドから起きられなくなる。パソコンなんて触れないし、それどころか、放って置いたら食事も水も摂らない。そうするとトイレにもあまり行かなくなって、風呂にももちろん入らないし、文字通り、部屋から引きこもって出なくなる。そういう状態に初めてなったのが、その年末頃。家の仕事なんて手伝えないし、もちろん、ブログの更新も、お前とのチャットも。」
杏子は、ガツンと頭を殴られたような気がした。
引きこもりという言葉の正確な定義はわからないが、杏子は、部屋に閉じこもって家族を閉め出して、パソコンでネットサーフィンやネットゲームなどに耽る、いわゆるニートのようなイメージを漠然と持っていた。ところが、真奈美は、杏子が思うよりもっともっと深刻な引きこもりだったのだ。実際には鬱病であったのだから、よくよく考えてみれば、当然であった。
(真奈美さんが、ナツキって。そんなこと、ありえるの…?)
杏子は、ただ信じられなかった。ナツキは、その口調はもちろん男であったし、うじうじと悩む杏子を、いつも力強く励まし支えてくれていたではないか。宮部と出会う前に、いつも思い浮かべていたナツキの姿は、実際の宮部ほどに逞しくはなくとも、立派な大人の男であった。宮部と出会ってからは、そのナツキのイメージは、いつの間にか本物の夏樹の男らしい姿に置き換わり、杏子の心を焦がしてきた。ナツキが、いつか垣間見たような、線の細い十代の少女であるなんて、到底杏子には信じがたかった。
「あの…、確かなの?宮部さんじゃないとしても、真奈美さんだなんて。」
杏子の問いに、宮部はまた苦い顔をした。
「間違いない。30になったら、城崎の伯母が俺に見合いを持ってくるって話。どうせさっき外で聞こえてたんだろ。あれは、俺と伯母達を除けば、城崎に預けられていた真奈美しか知らないことだ。従兄弟連中も知らないし、佑にも近所にも誰にも言っていない。」
その事実は、揺るぎようも無く、真奈美がナツキであることを意味していた。もはや、杏子にも、否定のしようが無かった。
(真奈美さん…。あぁ、私ったら、ぐだぐだとくだらない自分の話ばかりして、ナツキの抱えていた痛みに気づきもしないで…。)
杏子は、真奈美の気持ちを想像して、果たしてそれが実際の真奈美の心境にどれほど近づけているのかは解らないが、切なさに胸が張り裂けそうに感じた。
真奈美は、幼くして突然両親を亡くした。それも、杏子の親のように、自分たちの都合ばかりで子を振り回すような身勝手な親で無く、愛情を持って自分を育んでくれた両親である。そして、その辛い最中、今度は唯一残された肉親である兄とも引き離された。友人にも恵まれず、学校にも通えなくなって、部屋に引きこもった少女。鬱病になってしまう程、心に傷を抱えていた少女が、毎日のように杏子を励ましていたのだ。
それなのに、自分はどうだろう。真奈美の辛さなど気にも掛けず、ひたすら、くだらない仕事の悩みや、実りの無い恋愛話を愚痴っていただけである。
真奈美の目には、杏子はどのように映ったのだろうか。八歳も年上の女が、両親も健在で、大きな都会に住み、高い学歴と安定した仕事、卓越した語学力や、結婚式に招待してくれる友人など、真奈美がどれほど欲しても手に入れることができないものを、いくつも簡単に手にしてきた杏子が、些事に拘って他者を腐す様など、決して面白いものでは無かっただろう。それでも杏子の気持ちに寄り添ってくれていた真奈美に、杏子は心の底から感謝すると共に、申し訳無く思った。
「真奈美が嘘をついていたようで、申し訳無い。兄として、謝罪する。」
大きな溜息を一つついてから、宮部はそう言って杏子に謝罪した。杏子は、気にしないでくれ、と言おうとして、すぐに続いた宮部の言葉に先を越された。
「それにしても、真奈美も真奈美だが、お前も大概だな。まともな大人のすることとは思えない。」
吐き捨てるような言葉に、杏子は凍り付いた。宮部は、冷たい侮蔑の視線を杏子に向け、顔を歪めていた。
そんなこと、あり得るのだろうかと、杏子は思考を巡らせながら、辿々しく言葉を紡いだ。
「ブログが何?」
「ナツキが姿を消した時期と、太陽の庭のブログが途絶える時期が同じなの。ちょうど真奈美さんが引きこもっていた時期とも同じだったから、てっきり、真奈美さんのことが気がかりで更新が滞るのかと。だからチャットも辞めちゃったんだと思ったんだけど。」
「ブログの管理は、真奈美に任せてあった。自由に使える小遣いを渡す名目で、簡単な仕事を手伝わせてバイトさせてた。そのナツキが姿を消したのって、年末のことだろ?真奈美は、もとからずっと引きこもりだったけど、時々、すごく落ち込むみたいで、そうなるともうベッドから起きられなくなる。パソコンなんて触れないし、それどころか、放って置いたら食事も水も摂らない。そうするとトイレにもあまり行かなくなって、風呂にももちろん入らないし、文字通り、部屋から引きこもって出なくなる。そういう状態に初めてなったのが、その年末頃。家の仕事なんて手伝えないし、もちろん、ブログの更新も、お前とのチャットも。」
杏子は、ガツンと頭を殴られたような気がした。
引きこもりという言葉の正確な定義はわからないが、杏子は、部屋に閉じこもって家族を閉め出して、パソコンでネットサーフィンやネットゲームなどに耽る、いわゆるニートのようなイメージを漠然と持っていた。ところが、真奈美は、杏子が思うよりもっともっと深刻な引きこもりだったのだ。実際には鬱病であったのだから、よくよく考えてみれば、当然であった。
(真奈美さんが、ナツキって。そんなこと、ありえるの…?)
杏子は、ただ信じられなかった。ナツキは、その口調はもちろん男であったし、うじうじと悩む杏子を、いつも力強く励まし支えてくれていたではないか。宮部と出会う前に、いつも思い浮かべていたナツキの姿は、実際の宮部ほどに逞しくはなくとも、立派な大人の男であった。宮部と出会ってからは、そのナツキのイメージは、いつの間にか本物の夏樹の男らしい姿に置き換わり、杏子の心を焦がしてきた。ナツキが、いつか垣間見たような、線の細い十代の少女であるなんて、到底杏子には信じがたかった。
「あの…、確かなの?宮部さんじゃないとしても、真奈美さんだなんて。」
杏子の問いに、宮部はまた苦い顔をした。
「間違いない。30になったら、城崎の伯母が俺に見合いを持ってくるって話。どうせさっき外で聞こえてたんだろ。あれは、俺と伯母達を除けば、城崎に預けられていた真奈美しか知らないことだ。従兄弟連中も知らないし、佑にも近所にも誰にも言っていない。」
その事実は、揺るぎようも無く、真奈美がナツキであることを意味していた。もはや、杏子にも、否定のしようが無かった。
(真奈美さん…。あぁ、私ったら、ぐだぐだとくだらない自分の話ばかりして、ナツキの抱えていた痛みに気づきもしないで…。)
杏子は、真奈美の気持ちを想像して、果たしてそれが実際の真奈美の心境にどれほど近づけているのかは解らないが、切なさに胸が張り裂けそうに感じた。
真奈美は、幼くして突然両親を亡くした。それも、杏子の親のように、自分たちの都合ばかりで子を振り回すような身勝手な親で無く、愛情を持って自分を育んでくれた両親である。そして、その辛い最中、今度は唯一残された肉親である兄とも引き離された。友人にも恵まれず、学校にも通えなくなって、部屋に引きこもった少女。鬱病になってしまう程、心に傷を抱えていた少女が、毎日のように杏子を励ましていたのだ。
それなのに、自分はどうだろう。真奈美の辛さなど気にも掛けず、ひたすら、くだらない仕事の悩みや、実りの無い恋愛話を愚痴っていただけである。
真奈美の目には、杏子はどのように映ったのだろうか。八歳も年上の女が、両親も健在で、大きな都会に住み、高い学歴と安定した仕事、卓越した語学力や、結婚式に招待してくれる友人など、真奈美がどれほど欲しても手に入れることができないものを、いくつも簡単に手にしてきた杏子が、些事に拘って他者を腐す様など、決して面白いものでは無かっただろう。それでも杏子の気持ちに寄り添ってくれていた真奈美に、杏子は心の底から感謝すると共に、申し訳無く思った。
「真奈美が嘘をついていたようで、申し訳無い。兄として、謝罪する。」
大きな溜息を一つついてから、宮部はそう言って杏子に謝罪した。杏子は、気にしないでくれ、と言おうとして、すぐに続いた宮部の言葉に先を越された。
「それにしても、真奈美も真奈美だが、お前も大概だな。まともな大人のすることとは思えない。」
吐き捨てるような言葉に、杏子は凍り付いた。宮部は、冷たい侮蔑の視線を杏子に向け、顔を歪めていた。
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