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第十二章 Beyond the Truth
第百十話 ありがとうと言いたくて
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「私も、好き。ずっと好きだった。」
このタイミングで、この状態で、想いを告げさせられるなど、どんなに極悪非道な仕打ちをするのかと内心恨み言が尽きない杏子だったが、宮部の言うとおり、確かに杏子は未だかつて一度も宮部に気持ちを打ち明けていなかった。間違いなく、宮部は杏子の心を承知しているだろうが、先ほど宮部が赤裸々に心情を打ち明けてくれたことを鑑みれば、杏子だけ口を噤んでいるのはフェアではないと、そう杏子も思うのだった。
「最初は、ナツキのことを好きになって、ナツキに会いにあの町に行ったけど、太陽の庭で貴方に会ってからは、貴方のことがもっと知りたくて、もっと仲良くなりたくて、貴方に近づけば近づくほど、チャットで知ったナツキとはどこか違う気がしたけど、ナツキかどうかなんてすぐにどうでも良くなった。いつの間にか、好きになってた。彼女がいるんだって思っても、諦めようとしてもできなくて、辛かった。あのことを全部打ち明けてからは…、もう完全に嫌われたんだと思ったけど、貴方に言われたことは全部当たってて、辛くて悲しくて自分が情けなかったけど、それでも好きっていう気持ちを忘れることはできなかったの。この町に来て、メールの遣り取りをするうちに、辛い気持ちはだんだん薄らいで、もう貴方のことを忘れられたのかなって自分では思ってたけど…。あの、さっき、会いに来てくれたでしょ?あの時に、貴方を見送ったときに、もう二度と会えないかもって思ったら、貴方が他の誰かとお見合いをして、結婚をして…って、そんなことを想像したら、どうしようもなく寂しくて、悲しくて、まだ貴方のことが大好きなんだって思い知った。だから、その後に真奈美ちゃんのメールを読んでショックだったけど、貴方への気持ちは変わらなかったの。」
下着を丸出しで切々と想いを語る妙齢の女など、自分の他にはまず居ないだろうと、この上なく情けない気分で言葉を紡いだが、茶々も何も無く神妙な面持ちで杏子を見つめる宮部を前に、杏子も、心の裡を全てさらけ出すことに躊躇いはなかった。
「貴方を港まで追いかけていったのは、詰るためなんかじゃない。確かめたかったの。貴方がまだ私のことを好きで居てくれてるのか。貴方を諦めなくてもいいのか。だって、私、腹なんてちっとも立ってないのよ。むしろ…、感謝してるの。貴方が居なかったら、私は母を恨んでいたと思う。きっと、そのまま母と生き別れになって、知らないうちに死別して、そしたら私一生孤独だったわ。宮部さ…、夏樹は大げさって思うかも知れないけど、頼れる家族がいないのってものすごく孤独なのよ。どこで何をしていても、誰が傍に居ても、突然不安感に襲われるの。自分以外の人は皆、誰かと強い絆でつながっているのに、自分だけが独りぼっちみたいな…。うまく言えないけど、その淋しさは、友達とか、恋人とか、他の存在では埋められない気がしてた。だからね、怒るどころか、感謝してる。」
ありがとう、と続けるはずだったが、その言葉は杏子の口から発される事は無かった。感謝の言葉など、聞きたくは無いとでも言わんばかりに、宮部が強引に杏子の口を塞いでしまったのだった。
その乱暴な口付けの理由は、杏子には明らかだった。宮部は、アメリカに行くなと、そう杏子に言いに来たのだから。
唐突に塞がれた杏子の唇は、また唐突に解放された。急に失われた熱と湿り気を、杏子が寂しく思うよりも先に、宮部は杏子の体をきつく抱きしめた。逞しい宮部の腕にすっぽり包まれて、大きな手が杏子の頭をゆっくりと何度もなで下ろしている。それはいつもの色めいた抱擁ではなく、ただひたすらに、杏子に安心感を与えるためだけに施されているようだった。
「良かったな。寂しかったな。一人で良く頑張って来たな。」
まるで子供をあやすようにするその仕草が、杏子は嬉しかった。突然の不幸により両親を失ったとはいえ、普通の家庭に育った宮部が、家族に縁の薄い者の孤独を理解しているのかどうかはわからない。まして、宮部には、真奈美も居れば、力になってくれる親戚にも恵まれているのだ。それでも、杏子の心に寄り添おうとしてくれる、その宮部の気持ちこそが、杏子には嬉しく感じられた。
固く回されていた腕を解いて、宮部は杏子の顔を覗き込んだ。
「アメリカには、行っておいで。ちゃんと待ってるから。離れても、大丈夫。メールは俺たちの十八番だろ?」
そう言った宮部の笑顔は、憂いの無い、優しく穏やかなものだった。強がりでも、やせ我慢でもないのだろうと、それが宮部の本心なのだろうと、杏子はそう感じて、宮部の優しさに感謝すると同時に、どこか淋しくもあった。もっとも、杏子は、そう長くはしんみりとして居られなかった。
「離れても他の男に靡かないように、この体にきっちりと教え込んでおかないとな。俺以外では満足できなくさせてやる。」
有言実行のこの男が、その自信満々な宣言通りに、杏子の爪先から髪に至るまで隈無く愛を注ぎ、ついには、杏子を世界の果てまで何度となく連れて行ったことは言うまでもなかった。結局の処、献身的なマッサージの甲斐も無く、杏子は全身の怠さに引きずられるようにして、宮部の腕の中で眠りについたのだった。
このタイミングで、この状態で、想いを告げさせられるなど、どんなに極悪非道な仕打ちをするのかと内心恨み言が尽きない杏子だったが、宮部の言うとおり、確かに杏子は未だかつて一度も宮部に気持ちを打ち明けていなかった。間違いなく、宮部は杏子の心を承知しているだろうが、先ほど宮部が赤裸々に心情を打ち明けてくれたことを鑑みれば、杏子だけ口を噤んでいるのはフェアではないと、そう杏子も思うのだった。
「最初は、ナツキのことを好きになって、ナツキに会いにあの町に行ったけど、太陽の庭で貴方に会ってからは、貴方のことがもっと知りたくて、もっと仲良くなりたくて、貴方に近づけば近づくほど、チャットで知ったナツキとはどこか違う気がしたけど、ナツキかどうかなんてすぐにどうでも良くなった。いつの間にか、好きになってた。彼女がいるんだって思っても、諦めようとしてもできなくて、辛かった。あのことを全部打ち明けてからは…、もう完全に嫌われたんだと思ったけど、貴方に言われたことは全部当たってて、辛くて悲しくて自分が情けなかったけど、それでも好きっていう気持ちを忘れることはできなかったの。この町に来て、メールの遣り取りをするうちに、辛い気持ちはだんだん薄らいで、もう貴方のことを忘れられたのかなって自分では思ってたけど…。あの、さっき、会いに来てくれたでしょ?あの時に、貴方を見送ったときに、もう二度と会えないかもって思ったら、貴方が他の誰かとお見合いをして、結婚をして…って、そんなことを想像したら、どうしようもなく寂しくて、悲しくて、まだ貴方のことが大好きなんだって思い知った。だから、その後に真奈美ちゃんのメールを読んでショックだったけど、貴方への気持ちは変わらなかったの。」
下着を丸出しで切々と想いを語る妙齢の女など、自分の他にはまず居ないだろうと、この上なく情けない気分で言葉を紡いだが、茶々も何も無く神妙な面持ちで杏子を見つめる宮部を前に、杏子も、心の裡を全てさらけ出すことに躊躇いはなかった。
「貴方を港まで追いかけていったのは、詰るためなんかじゃない。確かめたかったの。貴方がまだ私のことを好きで居てくれてるのか。貴方を諦めなくてもいいのか。だって、私、腹なんてちっとも立ってないのよ。むしろ…、感謝してるの。貴方が居なかったら、私は母を恨んでいたと思う。きっと、そのまま母と生き別れになって、知らないうちに死別して、そしたら私一生孤独だったわ。宮部さ…、夏樹は大げさって思うかも知れないけど、頼れる家族がいないのってものすごく孤独なのよ。どこで何をしていても、誰が傍に居ても、突然不安感に襲われるの。自分以外の人は皆、誰かと強い絆でつながっているのに、自分だけが独りぼっちみたいな…。うまく言えないけど、その淋しさは、友達とか、恋人とか、他の存在では埋められない気がしてた。だからね、怒るどころか、感謝してる。」
ありがとう、と続けるはずだったが、その言葉は杏子の口から発される事は無かった。感謝の言葉など、聞きたくは無いとでも言わんばかりに、宮部が強引に杏子の口を塞いでしまったのだった。
その乱暴な口付けの理由は、杏子には明らかだった。宮部は、アメリカに行くなと、そう杏子に言いに来たのだから。
唐突に塞がれた杏子の唇は、また唐突に解放された。急に失われた熱と湿り気を、杏子が寂しく思うよりも先に、宮部は杏子の体をきつく抱きしめた。逞しい宮部の腕にすっぽり包まれて、大きな手が杏子の頭をゆっくりと何度もなで下ろしている。それはいつもの色めいた抱擁ではなく、ただひたすらに、杏子に安心感を与えるためだけに施されているようだった。
「良かったな。寂しかったな。一人で良く頑張って来たな。」
まるで子供をあやすようにするその仕草が、杏子は嬉しかった。突然の不幸により両親を失ったとはいえ、普通の家庭に育った宮部が、家族に縁の薄い者の孤独を理解しているのかどうかはわからない。まして、宮部には、真奈美も居れば、力になってくれる親戚にも恵まれているのだ。それでも、杏子の心に寄り添おうとしてくれる、その宮部の気持ちこそが、杏子には嬉しく感じられた。
固く回されていた腕を解いて、宮部は杏子の顔を覗き込んだ。
「アメリカには、行っておいで。ちゃんと待ってるから。離れても、大丈夫。メールは俺たちの十八番だろ?」
そう言った宮部の笑顔は、憂いの無い、優しく穏やかなものだった。強がりでも、やせ我慢でもないのだろうと、それが宮部の本心なのだろうと、杏子はそう感じて、宮部の優しさに感謝すると同時に、どこか淋しくもあった。もっとも、杏子は、そう長くはしんみりとして居られなかった。
「離れても他の男に靡かないように、この体にきっちりと教え込んでおかないとな。俺以外では満足できなくさせてやる。」
有言実行のこの男が、その自信満々な宣言通りに、杏子の爪先から髪に至るまで隈無く愛を注ぎ、ついには、杏子を世界の果てまで何度となく連れて行ったことは言うまでもなかった。結局の処、献身的なマッサージの甲斐も無く、杏子は全身の怠さに引きずられるようにして、宮部の腕の中で眠りについたのだった。
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