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入学編
第十二話 : “跡”
しおりを挟む「ぐっ、ぐはっ――」
⋯⋯二年生でこんなものか。魔法高校は剣術優れていると聞いていたが、期待外れだったな。⋯あいつレベルのやつはいないのか。
「そっ、そこまで!しょ、勝者、ロイ-クレシス!!」
先程まで「いけー!」「やっちまえ!」と声を荒げ野次を飛ばしていた連中は、何が起こったか理解できずにただ目の前の光景を見て唖然としていた。試合開始の合図と共に抜かれた剣は、油断している男の肩めがけ、一直線に振り下ろされた。十分遅く振ったつもりだったのだが、反応が遅れた男は受け止め方を間違えたらしい。そうして僕の剣は男の肩を軽く切り裂いた。
剣術部の人と試合ができる。アリキスが言うから来てみれば⋯⋯騎士団の兵士と戦ってたほうがマシだな。
剣を鞘に納め、肩を抑えたまま地面に蹲る男に向かい、軽く一礼する。
「いっ、一年のくせに⋯!!」
「⋯なにか?」
大抵の人間は、睨みさえすれば、言葉を飲み込み恐怖の感情をあらわにする。先程まで威勢がよかった者も、周囲にいる人間も、皆大人しくなり、ふっと静まり返る。⋯⋯兄さんは良いけど、あの王子にそれが効かないのは癪だが。
「魔術部ってどこだっけ。兄さんに会いたい⋯」
物音一つしなくなった試合場で、平然と観客席にいた剣術部の人に借りた剣を返した僕は、多くの視線が注がれる中、一人試合場を後にしようとした。
「なぁ、そこの一年坊。中々いい腕してるじゃねぇか」
「⋯誰ですか」
観客席の方から一人、男がこちらへ向かってきた。腰に掛けられた剣の柄は、使い込まれた布が巻かれていた。この状況で動ける者は限られるが⋯⋯偶然かもしれない。威圧が効かない悔しさなのか、ただ単にこの男がどこまで耐えられるのか気になったからか。もう一度、今度は更に強い威圧を出してみる。しかし結果は――
「うおー、怖い怖い。まぁそうカッカカッカすんなって」
「はっ⋯?なんで――」
「えー、そりゃ、俺が君より強いからに決まってんじゃん」
ケロッとした顔でそう言い放つ彼に、周りの人は皆、尊敬と安堵の視線を向けていた。
⋯この男は強い。威圧だって効かないし、周りも安心しきった表情を見せている。この人なら、いい練習相手になるかもしれない⋯⋯
「⋯あの、良かったら、今から試、合⋯⋯」
「試合しませんか」そう提案するつもりが、いつの間にかそれは別のセリフへと置き換わっていた。
「にっ、兄さん!!!」
視界の端に映り込んだ兄さんを僕が認知できないわけがない。
目の前の男が、突然大きな声を出した僕に驚嘆の声を発するも、気にせず僕は、愛する兄のところへ一目散に駆けつけた。
「なんでっ!どうして兄さんがここに!!?」
兄さんが試合場に足を踏み入れるのと同時に、兄さんの胸に飛び込む。
「ロイ、お前を探しに来たんだ。ったく、誰これ構わず、強いと知ったら戦う癖は昔からだな」
そう優しい眼差しで僕を見つめる兄さんに、自分の心臓がトクンと軽く跳ねたのが分かる。入学早々、多くの嫉妬と怒りばかり積もった視線を向けられていた僕にとって、兄さんの側は僕が安心できる唯一の場所だ。それは昔も、これからもきっと変わらない。
⋯⋯なのに、こいつときたら―――
「あれ、レイじゃん!久しぶり~」
さっきから馴れ馴れしく兄さんの名前を呼びやがって⋯!そんなに僕に兄さんと仲良いアピールしたいつもりか。ふっ、残念だったな。僕の方が何倍も兄さんに愛されてるんだからな!
「おう、久しぶり。元気にしてたか?」
「そりゃもちろん!」
「なぁ、ちょっとロイ借りてくけど、問題ないか?」
「オッケー、お二人でごゆっくりー」
えっ、兄さんと二人きり⋯!?放課後も兄さんと二人だけの世界が満喫できるなんて⋯⋯この学校に来てよかった。苛つく奴もいるけど、兄さんがいるならそんなの全部どうでもいい!
◆◆◆◆◆
「⋯ねぇ兄さん。さっきの人とはどういう関係なの。知り合い?仲良いの?」
淡い夕焼け空の元、どこか座ろうと人がまばらな中庭に来た俺達は、早速ベンチに腰を掛けた。
うーん、何から話そうか。そう考えていると、俺の肩にもたれ掛かっていたロイがこちらに顔を向け、今しがた話していた男について尋ねてきた。
「うーん、そうだな。特段親しいってわけでもないし、互いに名前だけは覚えてるって感じだな。」
「⋯⋯でも親しげだったじゃん。兄さんはどこであの人を知ったの」
ロイが、もたれ掛けていた体を起こし、不満げそうに言う。
「あぁ、大体の二年は知ってると思うぞ。あいつ、俺らの代の首席なんだ」
「⋯そうなんだ」
そう呟き、再び寄りかかってくるロイに、俺のブラコンが暴走しそうになる。
――ていうか、あれ、俺なんか言おうとして⋯⋯
「あぁっ、そう!ロイ、お前首席だったんだな!!」
ロイの肩を両手でガシリと掴み、やや興奮気味に言い放つ。
「⋯え、あぁ、うん、実はね」
そう照れくさそうに答えるロイを、思いっきり抱きしめにいく。
「なんで言ってくれなかったんだ!帰ってお祝いでもするか!?かわいい弟を褒めちぎる準備はもう出来てるぞ!」
褒めたい!褒めちぎりたい!そう必死に目で訴えるも、耳を赤く染め、顔を背けるロイに「また今度ね」と、振られてしまった。
「あっ、そうだロイ、昨日貴族と揉めたんだって?怪我は!?」
オリアス先生の言葉を思い出した俺は、抱きつきざまに、ロイの体をくまなくチェックした。
「僕は平気。大丈夫、どこも怪我してないよ」
「じゃあ、心に深い傷とかは⋯!!」
「無いよ。ただ理不尽に喧嘩売られたから、ほんのちょっとやり返しただけ。どこも傷ついてない。ていうか、僕は兄さんの腕のほうが気になるんだけど。」
そう言って俺の右腕を勢いよく掴んだロイは、先程までと打って変わった、険悪な面持ちをしていた。
「ねぇ兄さん、これ、どういう事?」
鬼気迫る顔で詰め寄ってくるロイの視界には、未だ消えずにいる、目覚まし魔法の副産物。“赤い跡”がはっきりと映り込んでいた。
そうして、じわじわと間合いを詰めてくるロイをなだめようと必死に声をかけるも、その甲斐虚しく、
「うおっ!?」
―――いつの間にか俺は、ベンチの上でロイに押し倒されていた。
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