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第十三話
しおりを挟む「えっ、ロっ、ロイ!?」
いっ、いきなりどうしたんだ!?さっきまであんなにべったりだったのに!!
押し倒した後も右腕を一向に離そうとしないロイに、俺は困惑の表情を浮かべた。
「おーい、ロ、ロイ?」
呼びかけても返事はなく、俺を射抜くロイの瞳は、冷徹さを孕んだように鋭く、さっきまでの甘えたな弟のものとは到底思えなかった。目と目が合う。しかしそれは、とても煌めいたものではなく、昏く、全身が竦むようなものだった。
どれほどの時間が経ったのだろうか、ロイの口が開いたのは、視線を交え、しばらくした後の事だった。
「この跡、どうしたの」
聞き慣れない、その凍りついた声色には少しばかり怒りの感情も混ざっていた。ベンチから伝わるひんやりとした感触を背中で感じながら、俺はピクリと反応すると同時に声を出した。
「こっ、これは、魔法の副作用みたいなものだ。創作魔法なんだが、消そうとしても全然消えなくて⋯⋯」
「それ、本当⋯⋯?」
グイッ、と体を近づけ、顎を俺の胸元に乗せたロイは、眉をひそめ、勘ぐるように問いかけた。
「あ、ああ!ほら、俺よく家でも自分で魔法作ってただろ?それだよ、それ」
一気に近づいた距離に焦り、鼓動が早くなる。互いの体に挟まっていた左手をなんとか抜きとった俺は、返答すると共に、ロイの背中を優しく数回、トンと叩いた。
昔、俺達がまだ家族になり始めた時の頃。環境の変化や漠然とした不安から、よく泣いていたロイを、俺は毎度こうして落ち着かせていた。お前には俺がいる、だから心配するな。そう言って慰めていたのを今でも覚えている。背が伸び、力だって俺より数倍強くなった今も、ロイは俺の家族で、そしてかわいい弟だ。
「⋯⋯そっか」
そうして少しの間、昔みたく顔を胸元に擦り合わせた後、ロイは体を起き上がらせた。
「ごめん、兄さん」そう言いながら手を差し出したロイはシュンとしていて、その姿はいつにも増して愛くるしく感じた。
にしても、ウィーリアの時といいなんで皆、こんな変哲もない跡なんかに反応するんだ?なんか恨みでもあんのか?そう思っていると、隣りに座っているロイが、今度は真剣な面持ちで
「兄さん、今すぐにその跡は消したほうがいい。僕みたいに勘違いする人もいるから」
「⋯⋯お、おう、分かった」
ほんとに分かってる?そう言いたげな顔をするロイに、俺はとりあえず相槌を打つ。
どういう事かあまり意味は分からなかったが、他でもないロイが言うんだ。消し方の模索に時間がかかっている今、改良が成功するまでの間だけでも、物理的に隠すよう心がけてみるか。
そうして、すぐに実践できそうな方法を、頭の中で考えていると隣から耳馴染みのいい声が俺の名前を呼んだ。
「ねぇ兄さん、今から魔術部に見学しに行ってもいい?」
「いいけど、今日はもう遅いからまた今度な」
その言葉にロイは元気よく頷いた。流石にこの暗さだと、もうオリアス先生はとっくに魔術室の鍵を締めているはずだ。⋯戻れなかったこと、一応明日にでも謝っとくか⋯⋯?
薄暗くなった空に、月がくっきりと輪郭を見せ始めている。中庭にいた少数の人たちも、気づけば居なくなっていた。中庭に二人、夜更け前の静けさが、俺達二人を包み込む。
「⋯⋯あ、ロイ!お前大会の準備とかしなくていいのか?」
魔術室からの景色を思い出す。何度も聞いた初級魔法の詠唱を幾度となく唱える一年生の姿が目に浮かんだ。
「大丈夫、ちゃんとしてるよ」
ロイが穏やかに笑いながら言う。その、優しく芯のこもった返事は、先程までの俺の不安を軽々と消し去った。
そうして月日は流れ―――鼓動が忙しなく動き、今にも心臓が飛び出そうなほど緊張している俺の手元には、“一年生春の対抗魔法試合”と大きく書かれたパンフレットが握られていた。
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