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第十一話
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凪はサクの手を包み込むように握り、
まっすぐにその赤い瞳を見つめた。
「……サク。
大切な“お父さん”の話をしてくれてありがとう。」
サクの指先がぴくりと微かに揺れる。
凪は続ける。
「サクが、わたしをヴァンパイアドロップさせたくない気持ちも……
なんとなく、わかった気がする。」
押し殺された痛み。
二度と同じ喪失を抱えたくない恐怖。
そして——自分を巻き込みたくない優しさ。
全部、凪には届いていた。
サクの睫毛がかすかに震え、
言葉を探すように視線を揺らす。
「凪……私は——」
「でも。」
凪はその言葉をそっと遮った。
「あと七年。」
小さく息を吸って、
凪は宣言するように、真っ直ぐに告げた。
「サクに“わたしを選ばせてみせる”。
七年後、サクが迷わないように。
サクが“私と生きる未来”を選べるように。」
サクの呼吸が止まる。
ほんの一秒、凪の言葉が理解できず——
次の一秒で、その意味が胸に突き刺さった。
「……凪……っ、何を……」
凪は微笑んだ。
強く、優しく、迷いのない笑みで。
「サクの七年は、人間の七年じゃない。
ほんの一瞬かもしれない。
でも……“選ぶ理由”にならせてみせる。」
サクの胸の奥に、
長い年月閉じ込めていた“恐れ”と“望み”が同時に揺れる。
「私は……凪に、そんな重いもの……」
「違うよ。」
凪はそっとサクの胸に額を寄せた。
「これは“重さ”じゃない。
サクと一緒に生きたいっていう……
わたしの気持ち。」
触れた額に、サクの震えが伝わる。
「サクが選ばないなら、それでもいい。
でもね——」
凪はふっと、優しい笑顔を浮かべた。
「選ばせるぐらい、好きになってもらうから。」
その瞬間。
サクの瞳が大きく揺れた。
吸血鬼として長い時を生きてきた彼が、
忘れかけていた感情——胸が熱くなる“痛み”と“喜び”。
何かを言おうと開いた口は、
声にならなかった。
ただ、静かに、深く——
凪の体を抱きしめる。
「……そんなふうに言われたら……
……私は……凪を手放せなくなる……」
それは弱音ではなく、
“心そのもの”だった。
凪はその腕の中で微笑んだ。
「なっていいよ。
七年かけてそうするって、言ったんだから。」
ふたりのあいだで、
未来がそっと動き出した。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
サクは、凪の肩にそっと手を添えると――
ためらうように指を滑らせ、次の瞬間、
凪の頭を両腕で抱え込むようにして自分の胸へ引き寄せた。
その抱き寄せ方は、
守りたくて、でも怖くて……
何かを決壊させる直前のように震えていた。
「……凪。」
胸の奥で響くサクの声が、かすかに揺れている。
凪は息を呑み、サクの胸元にそっと手を添えた。
「サク……?」
「……ちょっと……見ないで聞いて。」
いつもの落ち着いた声じゃない。
張り詰めた糸みたいに不安定で、触れたら切れてしまいそうだった。
サクはゆっくりと言葉を探す。
「私は……“恋愛”をしたことがない。
どうしたって……同じ時間を生きられない。
だから……気をつけてたんだ。」
腕に込められる力が、少し強くなる。
「踏み込まれないように。
踏み込まないように……。
でも……君だけは、ダメだった。」
凪の心臓がひとつ跳ねる。
サクの指先が、凪の髪に触れるたびに震えた。
「君の持つ“血”のせいだって……何度も思った。
そうやって理由をつけて……距離を保とうとした。」
サクは苦しそうに息をこぼす。
「……でも違う。
私は……君が……」
声が途切れる。
喉の奥で、言えない想いがせり上がってるのが分かる。
凪はそっと囁いた。
「サク……我慢しないで。
大丈夫だから。」
その瞬間――
「……ッ!」
サクの肩がびくりと跳ねた。
堪えていた何かが、決壊したみたいに。
長い、長い“間”。
サクは凪を胸に抱いたまま、震える息を一つ落とす。
そして――
夜より静かで、焔よりあたたかい声で、言った。
「……凪……好きだ。
私は……君が好きなんだ。」
震えながら、でも確かに。
吸血鬼としての長い孤独の果てに、
ようやく掴んだ“ひとりの人間”への告白だった。
凪の胸に、涙がにじむほどの熱が広がる。
サクの指がそっと凪の後頭部に絡まる。
「……巻き込みたくなんてなかった。
でも……どうしても……君を手放したくない。」
かすれた吐息のような声。
“弱さ”に似ているけれど、誰より強くて真っ直ぐな本音。
凪の胸が、きゅっと縮んだ。
(……そんなふうに思ってたんだ……
ずっと……一人で抱えてたんだ……)
言葉より早く、
凪の身体がサクへと動いた。
ゆっくり腕をほどき、
サクの顔を見上げる。
「……サク。」
赤い瞳が揺れる。
まるで、自分の想いが重すぎると怯えているみたいに。
凪はそっと微笑んだ。
「離さないよ。
サクが離れたいって言っても……離さない。」
サクは息を飲んだ。
次の瞬間――
凪は、背伸びをして
サクの唇にそっと触れた。
迷いも恐れもない、
たったひとつの答えとしてのキス。
触れた瞬間、
サクの身体がびくりと震えた。
「……っ、凪……」
吸血鬼の長い時間の中で、
誰にも触れさせなかった場所。
凪は唇を離し、
そっと囁く。
「サクが“好き”って言ってくれたから……
わたしも返したかったの。」
サクの瞳が、
凪の言葉とキスの余韻で真っ赤に染まる。
「……凪……それは……ずるい……」
声は震えているのに、
腕だけはしっかり凪を抱き寄せた。
凪はくすっと笑って、
胸元にそっと額を寄せる。
胸元に額を寄せた凪の吐息が、
サクの心臓のすぐそばで静かに揺れる。
サクはその温度に耐えられないように、
ぎゅっと凪の背を抱き寄せた。
ゆっくり、
まるで迷子になった子どもが“居場所”を確かめるように。
「……凪……」
赤い瞳が、さっきよりも深く揺れていた。
「こんなふうに……触れられたら……
私は……抑えられなくなるかもしれない。」
その声は恐れでも警告でもなく、
“初めて手に入れた幸福に怯える吸血鬼”そのものだった。
凪は小さく笑った。
「……抑えなくていいよ。
わたし、サクに触れたくてキスしたんだから。」
「凪……っ」
サクの喉がひくりと震えた。
今まで何百年も隠してきた、本能の熱がふっと滲む。
その危うい揺らぎを、
凪は胸にそっと頬を寄せたまま受け止めた。
「大丈夫。
サクはわたしを傷つけたりしない。」
「……わからない……」
「わかるよ。」
凪はサクの胸に添えた手を、すこし押し返すようにぎゅっと握った。
「だってサクは……
誰よりも優しくて、誰よりも怖がりで……
本当に大切なものを、絶対に壊さない人だから。」
サクの腕に、力が抜けた。
吸血鬼としての本能が揺れてるのに、
凪の言葉だけが静かにそれを鎮めていく。
しばらくして――
サクはようやく凪を抱く腕の力を緩め、
額を凪の肩にそっと預けた。
「……こんなに幸せになるはずじゃなかった……」
「なるよ。」
凪は微笑んだまま囁く。
「サクがわたしを選んでくれたから。」
「……選んでしまった……」
「うん。」
「……七年なんて……きっと一瞬だ……
それでも……君は私のところへ来るのか……?」
凪は迷いなく頷いた。
「行くよ。
サクが怖がっても、逃げても、拒んでも……
わたしはサクを選ぶ。」
肩がびくりと震え、
サクは凪をもう一度強く抱きしめた。
長い長い夜を越えてきた吸血鬼が、
初めて“未来”に手を伸ばした瞬間だった。
「……凪……私は……
本当に、離せなくなる。」
凪はその胸の中で静かに目を閉じる。
「じゃあ、離さないで。」
凪の声はやさしく、
それでいて吸血鬼の心を確かに縛る、決意そのものだった。
サクの腕が、ゆっくりと強くなる。
ふたりを包む夜は静かで深く、
その沈黙は、恐れでも不安でもなく――
はじめて共有した“愛の証”だった。
まっすぐにその赤い瞳を見つめた。
「……サク。
大切な“お父さん”の話をしてくれてありがとう。」
サクの指先がぴくりと微かに揺れる。
凪は続ける。
「サクが、わたしをヴァンパイアドロップさせたくない気持ちも……
なんとなく、わかった気がする。」
押し殺された痛み。
二度と同じ喪失を抱えたくない恐怖。
そして——自分を巻き込みたくない優しさ。
全部、凪には届いていた。
サクの睫毛がかすかに震え、
言葉を探すように視線を揺らす。
「凪……私は——」
「でも。」
凪はその言葉をそっと遮った。
「あと七年。」
小さく息を吸って、
凪は宣言するように、真っ直ぐに告げた。
「サクに“わたしを選ばせてみせる”。
七年後、サクが迷わないように。
サクが“私と生きる未来”を選べるように。」
サクの呼吸が止まる。
ほんの一秒、凪の言葉が理解できず——
次の一秒で、その意味が胸に突き刺さった。
「……凪……っ、何を……」
凪は微笑んだ。
強く、優しく、迷いのない笑みで。
「サクの七年は、人間の七年じゃない。
ほんの一瞬かもしれない。
でも……“選ぶ理由”にならせてみせる。」
サクの胸の奥に、
長い年月閉じ込めていた“恐れ”と“望み”が同時に揺れる。
「私は……凪に、そんな重いもの……」
「違うよ。」
凪はそっとサクの胸に額を寄せた。
「これは“重さ”じゃない。
サクと一緒に生きたいっていう……
わたしの気持ち。」
触れた額に、サクの震えが伝わる。
「サクが選ばないなら、それでもいい。
でもね——」
凪はふっと、優しい笑顔を浮かべた。
「選ばせるぐらい、好きになってもらうから。」
その瞬間。
サクの瞳が大きく揺れた。
吸血鬼として長い時を生きてきた彼が、
忘れかけていた感情——胸が熱くなる“痛み”と“喜び”。
何かを言おうと開いた口は、
声にならなかった。
ただ、静かに、深く——
凪の体を抱きしめる。
「……そんなふうに言われたら……
……私は……凪を手放せなくなる……」
それは弱音ではなく、
“心そのもの”だった。
凪はその腕の中で微笑んだ。
「なっていいよ。
七年かけてそうするって、言ったんだから。」
ふたりのあいだで、
未来がそっと動き出した。
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サクは、凪の肩にそっと手を添えると――
ためらうように指を滑らせ、次の瞬間、
凪の頭を両腕で抱え込むようにして自分の胸へ引き寄せた。
その抱き寄せ方は、
守りたくて、でも怖くて……
何かを決壊させる直前のように震えていた。
「……凪。」
胸の奥で響くサクの声が、かすかに揺れている。
凪は息を呑み、サクの胸元にそっと手を添えた。
「サク……?」
「……ちょっと……見ないで聞いて。」
いつもの落ち着いた声じゃない。
張り詰めた糸みたいに不安定で、触れたら切れてしまいそうだった。
サクはゆっくりと言葉を探す。
「私は……“恋愛”をしたことがない。
どうしたって……同じ時間を生きられない。
だから……気をつけてたんだ。」
腕に込められる力が、少し強くなる。
「踏み込まれないように。
踏み込まないように……。
でも……君だけは、ダメだった。」
凪の心臓がひとつ跳ねる。
サクの指先が、凪の髪に触れるたびに震えた。
「君の持つ“血”のせいだって……何度も思った。
そうやって理由をつけて……距離を保とうとした。」
サクは苦しそうに息をこぼす。
「……でも違う。
私は……君が……」
声が途切れる。
喉の奥で、言えない想いがせり上がってるのが分かる。
凪はそっと囁いた。
「サク……我慢しないで。
大丈夫だから。」
その瞬間――
「……ッ!」
サクの肩がびくりと跳ねた。
堪えていた何かが、決壊したみたいに。
長い、長い“間”。
サクは凪を胸に抱いたまま、震える息を一つ落とす。
そして――
夜より静かで、焔よりあたたかい声で、言った。
「……凪……好きだ。
私は……君が好きなんだ。」
震えながら、でも確かに。
吸血鬼としての長い孤独の果てに、
ようやく掴んだ“ひとりの人間”への告白だった。
凪の胸に、涙がにじむほどの熱が広がる。
サクの指がそっと凪の後頭部に絡まる。
「……巻き込みたくなんてなかった。
でも……どうしても……君を手放したくない。」
かすれた吐息のような声。
“弱さ”に似ているけれど、誰より強くて真っ直ぐな本音。
凪の胸が、きゅっと縮んだ。
(……そんなふうに思ってたんだ……
ずっと……一人で抱えてたんだ……)
言葉より早く、
凪の身体がサクへと動いた。
ゆっくり腕をほどき、
サクの顔を見上げる。
「……サク。」
赤い瞳が揺れる。
まるで、自分の想いが重すぎると怯えているみたいに。
凪はそっと微笑んだ。
「離さないよ。
サクが離れたいって言っても……離さない。」
サクは息を飲んだ。
次の瞬間――
凪は、背伸びをして
サクの唇にそっと触れた。
迷いも恐れもない、
たったひとつの答えとしてのキス。
触れた瞬間、
サクの身体がびくりと震えた。
「……っ、凪……」
吸血鬼の長い時間の中で、
誰にも触れさせなかった場所。
凪は唇を離し、
そっと囁く。
「サクが“好き”って言ってくれたから……
わたしも返したかったの。」
サクの瞳が、
凪の言葉とキスの余韻で真っ赤に染まる。
「……凪……それは……ずるい……」
声は震えているのに、
腕だけはしっかり凪を抱き寄せた。
凪はくすっと笑って、
胸元にそっと額を寄せる。
胸元に額を寄せた凪の吐息が、
サクの心臓のすぐそばで静かに揺れる。
サクはその温度に耐えられないように、
ぎゅっと凪の背を抱き寄せた。
ゆっくり、
まるで迷子になった子どもが“居場所”を確かめるように。
「……凪……」
赤い瞳が、さっきよりも深く揺れていた。
「こんなふうに……触れられたら……
私は……抑えられなくなるかもしれない。」
その声は恐れでも警告でもなく、
“初めて手に入れた幸福に怯える吸血鬼”そのものだった。
凪は小さく笑った。
「……抑えなくていいよ。
わたし、サクに触れたくてキスしたんだから。」
「凪……っ」
サクの喉がひくりと震えた。
今まで何百年も隠してきた、本能の熱がふっと滲む。
その危うい揺らぎを、
凪は胸にそっと頬を寄せたまま受け止めた。
「大丈夫。
サクはわたしを傷つけたりしない。」
「……わからない……」
「わかるよ。」
凪はサクの胸に添えた手を、すこし押し返すようにぎゅっと握った。
「だってサクは……
誰よりも優しくて、誰よりも怖がりで……
本当に大切なものを、絶対に壊さない人だから。」
サクの腕に、力が抜けた。
吸血鬼としての本能が揺れてるのに、
凪の言葉だけが静かにそれを鎮めていく。
しばらくして――
サクはようやく凪を抱く腕の力を緩め、
額を凪の肩にそっと預けた。
「……こんなに幸せになるはずじゃなかった……」
「なるよ。」
凪は微笑んだまま囁く。
「サクがわたしを選んでくれたから。」
「……選んでしまった……」
「うん。」
「……七年なんて……きっと一瞬だ……
それでも……君は私のところへ来るのか……?」
凪は迷いなく頷いた。
「行くよ。
サクが怖がっても、逃げても、拒んでも……
わたしはサクを選ぶ。」
肩がびくりと震え、
サクは凪をもう一度強く抱きしめた。
長い長い夜を越えてきた吸血鬼が、
初めて“未来”に手を伸ばした瞬間だった。
「……凪……私は……
本当に、離せなくなる。」
凪はその胸の中で静かに目を閉じる。
「じゃあ、離さないで。」
凪の声はやさしく、
それでいて吸血鬼の心を確かに縛る、決意そのものだった。
サクの腕が、ゆっくりと強くなる。
ふたりを包む夜は静かで深く、
その沈黙は、恐れでも不安でもなく――
はじめて共有した“愛の証”だった。
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