兄嫁〜あなたがくれた世界で〜

SAKU

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二十四章

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冴夢の誕生日から2日…

冷たい空気の中、
冴夢は白い花束を胸に抱き、静かに立っていた。

目の前にあるのは“枢木くるるぎ家”の墓——
けれど、横に添えられた小さな墓碑には、

名取世那なとりせな

と刻まれている。

「……世那くん……枢木のお墓、なんだね……」

隣で手を合わせていた大我が、静かに目を開いた。

「あぁ。
 親父が、どうしても譲らなかったんだ。
 “名前は名取のままでいい。
 だけど世那は枢木の子だ”って。」

「そう……だったんだ……」

冴夢はそっと膝をつき、
指先で墓碑に刻まれた“名取世那”の文字をなぞる。

(……やっと……触れられた……)

胸の奥が熱く揺れ、
それでも涙は落ちなかった。

「ごめんね、世那くん……
 だいぶ待たせちゃって……
 やっと……来られたよ……」

その声には、
長い時間閉じ込めてきた想いと、
今の冴夢の強さが静かに宿っていた。



大我は手を合わせたまま、心の中で兄に語りかける。

(兄貴……見えてるか?)

(冴夢ちゃん……強くなったよ。
 あれからずっと……支えてもらってたのは、俺の方だったのかもしれない。)

風がそよぎ、木々が優しく揺れた。

(兄貴……いや、兄ちゃん。
 俺……冴夢が好きなんだ。
 ごめん。でも——冴夢と生きていくよ。
 兄ちゃんに……認めてもらえるように。)

胸の奥がじんと熱くなり、
大我は小さく息を吐いた。



そのとき——
背後から、ふんわりと柔らかい声がした。

「……世那……?」

冴夢も大我も振り返る。

黒のコートに淡いストールを巻いた女性が立っていた。
落ち着いた雰囲気の中に、どこか儚い優しさを宿した瞳。

「……ああ、そんなはずないわね……
 大我?」

大我の目が大きく揺れる。

「……母さん……?」

世那と大我の実母——|瑞葉(坂巻瑞葉さかまきみずは

冴夢は緊張で息を吸い込む。
初めて会うその人は、
驚くほど世那に似た、静かな優しさを纏っていた。

「……名取……冴夢です。
 はじめまして。」

「名取……?」
瑞葉は小さく息をのむ。

「じゃあ……あなたが……世那の……」

その言葉に、大我の胸がぎゅっと痛んだ。

「……母さん……知ってた……の?」

瑞葉はそっと頷く。

「えぇ。世那から手紙をもらっていたの。
 “どうしても挨拶に行きたい子がいる”って……
 でも、その日世那は……」

声が震え、瑞葉は口元を押さえた。

冴夢の喉がつまる。

「……今まで、ご挨拶できなくて……
 すみません……
 私……どうしても……」

瑞葉は静かに首を振った。

「いいのよ。
 “名取”ってことは……入籍後だったのね……」

冴夢が小さく頷くと——
瑞葉はそっと歩み寄り、やわらかく抱きしめた。

あたたかくて、優しい匂いがした。

「辛かったでしょう、冴夢ちゃん。
 私こそ……会いに行かなくて、ごめんなさいね。」

冴夢の目に涙が浮かぶ。

瑞葉は背を撫でてから、静かに大我の方へ向いた。

「大我……あなたも大きくなったわね……」

「……母さん……」

涙じゃない。
でも、胸が熱くなるほどに嬉しくて、切なかった。



その後、三人は近くの喫茶店へ入った。

落ち着いた照明と古い時計の音だけが響く空間。
温かいコーヒーの香りが、喪いと救いをそっと包む。

瑞葉は椅子に腰掛け、
冴夢から大我へと視線を巡らせた。

「聞かせてくれる?
 私の知らない……あなたたちの話を。」

そして大我の手が冴夢の手を握っているのを見て、
ふっと微笑んだ。

「特に大我。
 その子のこと……本当に大切にしてるのね。
 さっきから、ずーっと手離さないんだもの。」

冴夢は真っ赤になり、
大我は慌てたが——
結局そっと握り直す。

「……離すわけ、ないだろ。」

瑞葉はその様子に静かに笑い、
冴夢へ向き直った。

「冴夢ちゃんのご家族のこと……
 世那から、少し聞いているの。」

冴夢が息をのむ。

「世那はね……
 あなたに“家族を作ってあげたかった”の。」

冴夢の胸が震える。

「それは世那だけじゃなく、
 私も……大我も。」

涙がこぼれそうになる。

瑞葉は冴夢の手を包んで、微笑んだ。

「だからね。
 世那はもういないけれど……
 私はあなたの“母”でもあるの。
 辛いときは、いつでも頼ってね。」

冴夢の目から、ぽたりと涙が落ちる。

瑞葉はさらに続けた。

「まぁ、大我と結婚しても……
 私が“母”なんだけどね。」

「母さん!?!?」

盛大にむせる大我。
瑞葉はくすっと笑った。

「あなた、今日ずっと冴夢ちゃんの手を離してないのよ?
 気持ちがもう答えを出してるじゃない。」

大我は耳まで真っ赤になった。

冴夢は涙を拭きながら笑う。
あたたかくて、切なくて、でも嬉しい——
そんな涙だった。



やがて、瑞葉は大我をまっすぐ見つめた。
少しだけ“間”があった。

そして——
長く胸にしまっていた言葉を、ゆっくりほどく。

「……大我……
 ごめんね……育ててあげれなくて……」

大我の肩が小さく揺れる。

「でもね……安心したの。
 あなたも、世那も……
 本当に、人を大切にできる良い子に育ってくれた。」

声が震えた。

「……ごめんね……大我……」

大我は唇を噛み、
しばらく何も言えなかった。

やっと絞り出すように言う。

「……母さんのせいじゃないよ。」

瑞葉の瞳に涙が広がる。

大我は続けた。

「俺……母さんの子で、よかったと思ってる。
 兄貴の弟で……よかったと思ってる。」

瑞葉は震える手で口元を押さえ、
涙をこぼした。

「……大我……」

大我は瑞葉の肩にそっと手を置いた。

「母さん。
 俺……大丈夫だよ。
 これからはちゃんと……母さんの子でいるから。」

瑞葉は涙をぬぐい、
優しく、そして誇らしげに微笑んだ。

「……ありがとう、大我。」

冴夢もそっと手を重ねた。

喫茶店の時計の針が、
静かに “コッ” と音を立てた。

泣き止んだ瑞葉は、
手元のカップにそっと触れながら、二人へ視線を向ける。

柔らかいけれど、どこか覚悟のある目。

まるで
“今こそ言わなきゃいけないこと”
をようやく口にできるように——
そんな気配をまとっていた。

瑞葉は、ゆっくり息を吸った。

「……大我。冴夢ちゃん。」

ふたりが顔を上げる。

瑞葉は微笑んだ。
涙の跡を残したままの、
でもとてもやさしい顔で。

「世那が守りたかったのはね……
 冴夢ちゃんだけじゃないの。」

冴夢が目を瞬かせる。
大我は、小さく息を呑んだ。

「世那は……あなたのことも守りたかったのよ、大我。」

瑞葉の声は静かで、揺らがない。

「“大我は強いけれど、
 本当はすごく繊細なんだ”って……世那はよく言っていたわ。」

大我の肩が、わずかに震えた。

「だから……
 あなたが誰かを愛して、
 その誰かに愛されて、
 本当に幸せになれる日が来るといいって……ずっと願っていた」

冴夢は胸がぎゅっと締めつけられた。

世那は
冴夢だけじゃなく、
大我にも“未来”を残していったのだ。

「世那の願い……叶っているわ。」

そして——
最も大切な言葉を、
包むような声で届けた。

「……幸せになりなさい、二人とも。」

その言葉は、
世那の声と重なるように響いた。

大我は堪えきれず、小さく顔をそむけた。
その横顔は、少年のように震えていた。

冴夢は涙をこぼしながら、
握られた大我の手をぎゅっと握り返す。

瑞葉は静かに微笑んだ。

「世那の分まで……
 いえ、それ以上に幸せになっていいのよ。」

瑞葉が涙をぬぐい、
柔らかく微笑んだそのあと——

ふっと、ほんの短い静寂が落ちた。

喫茶店の窓越しに、午後の光が三人を包む。
どこか懐かしい、あたたかな時間。

大我はその光の中で、
ゆっくりと口を開いた。

「……母さん。」

瑞葉は目を細めて、大我を見る。

「なぁ……母さん、今……幸せ?」

問いは静かで、でも深かった。
胸の奥に何年も閉じ込めてきた小さな少年の声が
にじみ出たような響き。

瑞葉は驚いたように瞬きをして、
それからゆっくりと微笑んだ。

「……そうね。」

カップの縁をそっとなでながら言葉を紡ぐ。

「息子を失った痛みは……消えないわ。
 きっと一生消えない。
 でもね——」

ふわっと顔を上げて、大我と冴夢を見つめた。

「支えてくれる人がいるから……幸せ、かな。」

その微笑みは、
失ったものではなく“残ったもの”を抱きしめて生きる人の顔だった。

大我の胸がじんと熱くなる。

ほんの一瞬だけ、少年のように目を伏せてから、
照れくさそうに、けれど確かに笑った。

「……そっか。」

そして顔を上げ、まっすぐ母を見る。

「なら……今度、二人で遊びに行くよ。」

瑞葉の目に驚きと喜びが混ざった。

「まぁ……ほんと?
 二人で来てくれるの?」

大我は隣で小さく微笑む冴夢の手をそっと握り、
照れくさそうに肩をすくめた。

「当たり前だろ。
 ……母さんなんだから。」

瑞葉は、胸に手を当てて微笑んだ。

「ありがとう……大我。
 冴夢ちゃんも……ありがとう。
 本当に……来てくれるのを楽しみにしてるわ。」

冴夢は涙をぬぐい、
小さく、でもしっかりと頷いた。

「……はい。
 私も……行きたいです。」

その瞬間——
失われていた時間の歯車が、
ゆっくりと再び動き出したようだった。

“家族”の形が、
静かに、あたたかく、結び直されていく。
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