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三十四章
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──午後。
森園に原稿を渡した帰り道。
空気は冷たいのに、胸の奥はほんのり温かかった。
(……渡せた……
ちゃんと渡せた……)
ずっと重く抱えていたものを
ようやく胸からそっと降ろせたような気がしていた。
でも、その安心の隙間から——
別の“重さ”が静かに顔を出す。
冴夢は歩きながら、ふと足を止めた。
大我がすぐ気づく。
「……冴夢? どうした?」
冴夢は、ためらいがちに口を開いた。
「……行きたいところが、あるんだ。」
「どこだ?」
冴夢は、大我の手をぎゅっと握った。
「……事故現場……
世那くんが……亡くなった場所。」
風が止まったみたいに、大我の呼吸も一瞬止まった。
「…………」
冴夢はわかっていた。
これを言えば、大我は絶対に心配するって。
「……冴夢。」
大我はゆっくり首を振った。
「無理に行かなくてもいい。」
声は優しいのに、
その奥に“怖い”がしっかり滲んでいた。
「……見たくないだろ。
思い出さなくていい。
俺だって——」
そこで、言葉が途切れる。
(……大我……私のこと……こんなに……)
冴夢は、小さく笑った。
「行かなきゃいけないんだ。」
「……なんで。」
冴夢は胸に手を当てた。
「ここだけ……ずっと閉じたままなんだよ。
思い出すのも嫌で……
怖くて……
避けてきた場所。」
大我の指が微かに震えた。
冴夢は、震えを包むように手を握り返す。
「でもね……大我。」
そこまで言って、
冴夢の瞳がまっすぐ大我を見る。
「これを越えないと——
車に乗れないままなんだ。」
大我の表情が変わった。
「……冴夢……」
「徒歩で行ける場所しか生活できないの……
そしたら……未来が……」
冴夢は少し息を吸い込んだ。
「……大我と一緒に、ちゃんと未来へ行くために……
どうしても……ここ、越えたい。」
その言葉に、大我は強く目を閉じる。
肩が少し震えて、
額を冴夢の髪に押し当てる。
「……冴夢……
怖いって言ってるのに……
それでも行くって……
そんな顔されたら……」
冴夢の手を掴む指が強くなる。
「……守るって決めてる俺が……
止められるわけねぇだろ。」
大我はゆっくり顔を上げた。
「行こう。
絶対に手、離さない。」
冴夢は小さく、でもはっきり頷いた。
──────────────────────
──事故現場までの道。
大我は一度も手を離さなかった。
信号を待つときも、歩道を渡るときも。
いつもより半歩前に立って、護るように歩いた。
冴夢は大我の背中を見つめながら、
胸の奥で呟いた。
(……大我がいるなら……行ける……)
遠くの道が見えてくる。
道路。
ガードレール。
交差点。
冴夢の息が止まる。
あの日、夕陽の中で。
世那が笑っていて。
手を伸ばしてくれて。
あの衝撃の音で——
冴夢の足がすっと止まった。
大我がすぐ振り向く。
「冴夢。」
声が優しいのに、必死だった。
「戻るか?」
冴夢は首を振った。
足は震えていた。
息も乱れていた。
でも——
「……こわいけど……
でも……大我がいるから……大丈夫。」
その一言で、大我の胸が深く震えた。
「……俺がいる。
絶対に。」
そして、大我は冴夢の肩に手を置き、
いっしょに一歩、前へ踏み出した。
────視界が揺れる。
────心臓が跳ねる。
でも、足は進む。
少しずつ。
少しずつ。
そして——
冴夢のつま先が、
事故現場の白線の上に触れた。
瞬間、胸の奥が強くしめつけられた。
(……ここ……
ここで、世那くんは私を守って……
ここで——)
冴夢の目から、涙が溢れた。
「……冴夢!」
大我が慌てて肩を抱く。
「無理すんな!!
……帰っていい!帰ろう!」
冴夢は泣きながら、小さく首を振った。
「……違うの……
つらいのは……悲しいのは……
“ここに来たこと”じゃない……」
大我は冴夢を抱き寄せながら聞いた。
「……じゃあ……何がつらいんだよ……」
冴夢は涙をぬぐい、
白線を見つめて呟いた。
「……世那くんを、ひとりにしてたこと……」
大我の腕が強く震えた。
「冴夢……」
「怖くて、来れなくて……
ずっと置いてきぼりにしてた……
それが……ずっとつらかった。」
涙が落ちて、アスファルトに淡い丸を作る。
冴夢は深く息を吸い込み、
震える声で言った。
「……ごめんねぇ、世那くん。
もう……ひとりにしない。」
その瞬間——
大我の胸が痛いほど熱くなった。
冴夢は過去に向き合った。
痛みも涙も全部抱えて、
未来へ一歩進んだ。
大我は冴夢を抱きしめ、
額をそっと寄せた。
「……冴夢。
もういい。
よく頑張った。」
冴夢は大我の胸の中で泣きながら、小さく笑った。
「……大我の腕があるなら……
もう……どこでも行ける。」
大我は一度目を閉じ、
震えた声で囁いた。
「……任せろ。
冴夢の未来は……俺が隣で一緒に歩く。」
冬の冷たい風が吹き抜けた。
でも冴夢は、もう震えていなかった。
大我の手があるから。
未来へ歩く道が、ちゃんと見えるから。
事故現場の白線の上で——
冴夢は“最後の過去”と向き合い、
確かに一歩、前へ進んだ。
森園に原稿を渡した帰り道。
空気は冷たいのに、胸の奥はほんのり温かかった。
(……渡せた……
ちゃんと渡せた……)
ずっと重く抱えていたものを
ようやく胸からそっと降ろせたような気がしていた。
でも、その安心の隙間から——
別の“重さ”が静かに顔を出す。
冴夢は歩きながら、ふと足を止めた。
大我がすぐ気づく。
「……冴夢? どうした?」
冴夢は、ためらいがちに口を開いた。
「……行きたいところが、あるんだ。」
「どこだ?」
冴夢は、大我の手をぎゅっと握った。
「……事故現場……
世那くんが……亡くなった場所。」
風が止まったみたいに、大我の呼吸も一瞬止まった。
「…………」
冴夢はわかっていた。
これを言えば、大我は絶対に心配するって。
「……冴夢。」
大我はゆっくり首を振った。
「無理に行かなくてもいい。」
声は優しいのに、
その奥に“怖い”がしっかり滲んでいた。
「……見たくないだろ。
思い出さなくていい。
俺だって——」
そこで、言葉が途切れる。
(……大我……私のこと……こんなに……)
冴夢は、小さく笑った。
「行かなきゃいけないんだ。」
「……なんで。」
冴夢は胸に手を当てた。
「ここだけ……ずっと閉じたままなんだよ。
思い出すのも嫌で……
怖くて……
避けてきた場所。」
大我の指が微かに震えた。
冴夢は、震えを包むように手を握り返す。
「でもね……大我。」
そこまで言って、
冴夢の瞳がまっすぐ大我を見る。
「これを越えないと——
車に乗れないままなんだ。」
大我の表情が変わった。
「……冴夢……」
「徒歩で行ける場所しか生活できないの……
そしたら……未来が……」
冴夢は少し息を吸い込んだ。
「……大我と一緒に、ちゃんと未来へ行くために……
どうしても……ここ、越えたい。」
その言葉に、大我は強く目を閉じる。
肩が少し震えて、
額を冴夢の髪に押し当てる。
「……冴夢……
怖いって言ってるのに……
それでも行くって……
そんな顔されたら……」
冴夢の手を掴む指が強くなる。
「……守るって決めてる俺が……
止められるわけねぇだろ。」
大我はゆっくり顔を上げた。
「行こう。
絶対に手、離さない。」
冴夢は小さく、でもはっきり頷いた。
──────────────────────
──事故現場までの道。
大我は一度も手を離さなかった。
信号を待つときも、歩道を渡るときも。
いつもより半歩前に立って、護るように歩いた。
冴夢は大我の背中を見つめながら、
胸の奥で呟いた。
(……大我がいるなら……行ける……)
遠くの道が見えてくる。
道路。
ガードレール。
交差点。
冴夢の息が止まる。
あの日、夕陽の中で。
世那が笑っていて。
手を伸ばしてくれて。
あの衝撃の音で——
冴夢の足がすっと止まった。
大我がすぐ振り向く。
「冴夢。」
声が優しいのに、必死だった。
「戻るか?」
冴夢は首を振った。
足は震えていた。
息も乱れていた。
でも——
「……こわいけど……
でも……大我がいるから……大丈夫。」
その一言で、大我の胸が深く震えた。
「……俺がいる。
絶対に。」
そして、大我は冴夢の肩に手を置き、
いっしょに一歩、前へ踏み出した。
────視界が揺れる。
────心臓が跳ねる。
でも、足は進む。
少しずつ。
少しずつ。
そして——
冴夢のつま先が、
事故現場の白線の上に触れた。
瞬間、胸の奥が強くしめつけられた。
(……ここ……
ここで、世那くんは私を守って……
ここで——)
冴夢の目から、涙が溢れた。
「……冴夢!」
大我が慌てて肩を抱く。
「無理すんな!!
……帰っていい!帰ろう!」
冴夢は泣きながら、小さく首を振った。
「……違うの……
つらいのは……悲しいのは……
“ここに来たこと”じゃない……」
大我は冴夢を抱き寄せながら聞いた。
「……じゃあ……何がつらいんだよ……」
冴夢は涙をぬぐい、
白線を見つめて呟いた。
「……世那くんを、ひとりにしてたこと……」
大我の腕が強く震えた。
「冴夢……」
「怖くて、来れなくて……
ずっと置いてきぼりにしてた……
それが……ずっとつらかった。」
涙が落ちて、アスファルトに淡い丸を作る。
冴夢は深く息を吸い込み、
震える声で言った。
「……ごめんねぇ、世那くん。
もう……ひとりにしない。」
その瞬間——
大我の胸が痛いほど熱くなった。
冴夢は過去に向き合った。
痛みも涙も全部抱えて、
未来へ一歩進んだ。
大我は冴夢を抱きしめ、
額をそっと寄せた。
「……冴夢。
もういい。
よく頑張った。」
冴夢は大我の胸の中で泣きながら、小さく笑った。
「……大我の腕があるなら……
もう……どこでも行ける。」
大我は一度目を閉じ、
震えた声で囁いた。
「……任せろ。
冴夢の未来は……俺が隣で一緒に歩く。」
冬の冷たい風が吹き抜けた。
でも冴夢は、もう震えていなかった。
大我の手があるから。
未来へ歩く道が、ちゃんと見えるから。
事故現場の白線の上で——
冴夢は“最後の過去”と向き合い、
確かに一歩、前へ進んだ。
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