兄嫁〜あなたがくれた世界で〜

SAKU

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四十六章

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──翌朝。

厚い遮光カーテンの隙間から、
冬のやわらかい光が
ベッドの端をそっと照らしていた。

静かで、
あたたかくて、
昨日までよりずっと“近い気配”。

冴夢は、
羽毛布団の中でゆっくりまぶたを開けた。

(……あ……ここ……ホテル……)

ふわっと意識が覚めた瞬間、
胸の奥に昨夜の全部が一気に押し寄せる。

プロポーズ。
指輪。
大我の手。
大我の胸。
触れた唇の温度。
重なった鼓動。

(……夢じゃ……ない……)

視線を少し横に動かす。

すぐそばで——
大我が寝ていた。

仰向けじゃなく、
冴夢のほうを向いて。

深い呼吸を繰り返しながら、
眉間の皺もすっかり消えていて、
子どものころのように静かな寝顔。

(……大我……)

胸の奥が、
きゅうぅっと鳴る。

だって——
大我の腕が、
まるで“当然”みたいに布団の中で冴夢の腰に回っていたから。

(……ぎゅーって……してくれてた……)

布団の中の腕に触れると、
ゆっくり、
少しだけ力が強くなる。

ぎゅ。

「……ん……?」

大我が、小さく声を漏らした。

冴夢は慌てて身じろぎを止める。

けれど大我は目を開けず、
そのまま冴夢を抱き寄せて
低く、かすれた声で囁いた。

「……冴夢……」

(……!!)

心臓が一気に跳ねる。

「……おはよ……」

か細い声で返すと、
大我はゆっくりまぶたを持ち上げた。

まだ寝起きで焦点が合ってないのに、
最初にうっすら笑う。

「……おはよ、冴夢。」

(……あぁ……だめ……
 なんか……今日の大我……ずるい……)

寝起きの低い声、
乱れた髪、
腕の力のまま離さない距離。

全部が昨日までより近い。

冴夢が思わず胸に手を当てると、
大我が片眉を上げた。

「……またバクバク言ってんの?」

「や……だって……大我が……」

顔を覆う冴夢を見て、
大我はくすっと笑いながら言う。

「……俺もだよ。」

(……え……)

「冴夢……可愛すぎ。」

耳まで真っ赤になり、
冴夢は布団に潜り込んでしまう。

大我はその布団ごと抱き寄せて、
髪にそっとキスを落とした。

「……朝からずっと……好き。」

その声があまりにも優しくて、
冴夢は布団の中で涙がにじむ。

(大我……
 本当に……ずっと……)

指輪が指に触れる。

昨日の夜の答えが、
胸いっぱいに広がった。

──────────────────────────

支度を終えたふたりは、
静かな余韻のまま
アミエラ併設カフェ《Serenity》へ向かった。

店内は朝の柔らかな光が差し込み、
バターとコーヒーの香りで満たされている。

冴夢がふっと笑う。

「……いい匂い……」

大我は落ち着いた声で返す。

「美味そうだな。」

──────────────────────────

「おはようございます。
 ご朝食のご案内いたします。」

その声に冴夢が顔を上げた。

そこにいたのは——
黒髪を丁寧にまとめ、
静かな気品を纏った女性スタッフ。

名札には、

皇由那すめらぎゆな》(Serenityより※pixiv掲載別作品)

(……きれい……)

冴夢は思わず息を呑んだ。

大我も一瞬だけ目を丸くした。
“見惚れた”というより、
「おぉ……すげぇプロ感」と素直に感心した顔。

由那は落ち着いた微笑みで案内する。

「こちらのお席へどうぞ。」

声も仕草も柔らかく上品で、
どこか“育ちのよさ”が滲んでいる。

(うわ……ホテルのスタッフさんって……
 こんな綺麗な人いるんだ……)

冴夢の心臓はドキドキする。

接点なんてない。
知らない人。
でもただの一瞬で視線を奪われる美しさ。

「……素敵な時間をお過ごしください。」

そう言って下がっていく所作まで完璧だった。

──────────────────────────

由那が離れた後、
冴夢はぼそっと呟く。

「……あの人……すごく綺麗……
 なんか……絵みたいな感じ……」

大我はパン皿を見ながら淡々と返す。

「だな。
 モデルみたいだった。」

(だよね……!
 やっぱり誰が見ても綺麗なんだ……)

ドラマや映画の中みたいな空気を持つ人が、
実在するんだ……と冴夢は思った。

接点はない。
知らない人。
でも忘れられないほど綺麗な“朝の出会い”。

それだけ。

──────────────────────────

──午前10時すぎ。

荷物を整え、
ふたりはゆっくりと部屋を後にした。

大我は自然に冴夢の荷物を持つ。

「……大我、いいよ……」

「いいの。
 ……今日は俺の役目だから。」

また胸があたたかくなる。

エレベーターで1Fに降り、
フロントでチェックアウトを済ませる。

「ありがとうございました。またのご利用を——」

丁寧な声を背に受けながら、
ふたりはホテルの外へ向かった。

──その時だった。

バタバタッ……。

従業員通路のほうから
軽い足音が響く。

ふいに一人の女性が
小走りで廊下を横切った。

(あっ……)

冴夢は思わず足を止める。

黒髪をゆるく下ろし、
シンプルな私服に着替えた姿。

それは——
《Serenity》のスタッフ、皇由那だった。

さっきの凛とした雰囲気とは別人みたいに、
軽い足取りで誰かを見つけたように笑って走っていく。

「ろーー!!」

(……あ……すご……可愛い……
 あんなに上品だったのに……!)

その無邪気さに目を奪われた瞬間。

大我がぽそっと言う。

「……あれ?
皇司狼すめらぎしろうじゃん……」

冴夢が振り向く。

由那が走っていく先に立っていたのは——
黒のロングコートに黒髪、
圧があるのに静かな雰囲気の男性。

由那がその腕にぽすっと掴まる。

「ろー、遅い……!」

男性は苦笑して、
由那の頭に軽く手を置いた。

「悪かった。」

──あ、好きな人だ。
雰囲気でわかる。

「え?大我……知り合い?」

大我はゆっくり首を振る。

「いや、知り合いじゃねぇよ。
 雑誌で見たことあるだけ。
 このホテルのオーナー。」

「えっ……オーナー……
 じゃあ、あの“皇”って……」

「……旦那さん、かな?
 さぁな。
 苗字同じだし……まぁ……」

大我は“有名人を見かけただけ”みたいに
さりげなく視線をそらす。

由那は司狼の腕に掴まったまま、
嬉しそうに何か話している。

距離感はどう見ても“特別”。

冴夢は思わず小声で言う。

「……仲良し……だね……」

大我は鼻で笑う。

「あれ見て察せねぇやついねぇだろ。」

ふたりがそんな会話をしている間に、
司狼と由那は仲良く去っていった。

冴夢はふっと笑う。

「……なんか……いいね。
 ああいう夫婦。」

大我が眉を上げる。

「夫婦なのか?」

「……なんとなく……そうかなって。」

「さぁな。
 ……まぁ、幸せそうではあるな。」

冴夢の手をそっと握りながら。

──────────────────────────


──アミエラのガラス扉が、静かに閉まる。

バレンタインの朝の光が、
二人をやさしく照らしていた。

夜の余韻はまだ薄く残り、
指にはきらりと光るリング。

冴夢は歩きながら、
何度もそっと左手を胸のあたりに寄せてしまう。

(……ついてる……
 本当に……大我がくれた……指輪……)

そんな冴夢を見て、
大我はふっと小さく笑った。

「……そんなに見るか?」

「だ、だって……夢みたいで……」

「夢じゃねぇよ。」

言いながら、
大我は自然に冴夢の手を握った。

ぎゅ。

(……あ……大我の手……あったかい……)

「……帰るか。」

その言い方は、昨日までの“帰ろ”とは違った。
もっと深くて、
もっと静かで、
“家族になる人の声”だった。

冴夢はこくんと頷く。

──────────────────────────
タクシー車内はあたたかく、
街の光が窓に流れていく。

ふたりは何も喋らなかった。
喋らなくてもよかった。

ずっと手を繋いだまま、
ただ隣にいる温度だけを確かめる。

ときどき大我が冴夢の指輪を親指で撫でるたび、
胸が跳ねる。

「……大我。」

冴夢がぽつりと呼ぶ。

「ん?」

「……幸せすぎて……胸が変になりそう……」

大我は少し驚いた顔をして、
照れたように視線を逸らした。

「……俺もだよ。」

(……っ……)

たったそれだけで、
冴夢の胸がまたきゅぅっと鳴った。

窓には、
冴夢の横顔と、
指輪の輝きと、
大我の優しい視線が
静かに重なっていた。
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