兄嫁〜あなたがくれた世界で〜

SAKU

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四十七章

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──マンション前。

タクシーを降りると、
いつもの道が少しだけ違って見えた。

大我は自然に冴夢の肩を寄せ、
エレベーターまでゆっくり歩く。

扉が開き、
部屋の前に立つと——

冴夢はほんの少しだけ深呼吸した。

(……昨日までと同じ部屋なのに……
 なんでだろ……全部違って見える……)

大我が鍵を開け、
扉を押しながら言う。

「……冴夢。」

「ん……?」

「……ただいま。」

胸がじん、と熱くなる。

冴夢も小さく返した。

「……おかえり……大我。」

(……あ……
 ……こういうの……
 家族みたい……)

扉が閉まり、
いつもの部屋に
ふたりの気配がふわりと広がる。

──────────────────────────

「荷物そこ置いとけ。俺、コート掛けとく。」

「ありがと……」

いつもの会話。
いつもの動作。

でも——
全部が違う。

冴夢はふいに、
大我のコートの裾をそっと引いた。

「大我……」

「ん?」

振り返った大我の胸に、
冴夢はそのまま抱きついた。

ぎゅ。

大我が少し驚く。

「……どうした?」

「……なんか……
 ここに帰ってきて……
 大我と一緒で……
 急に……実感湧いてきて……」

「実感?」

冴夢は胸の前でぎゅっと手を握りしめる。

「……婚約者、なんだなって……
 わたし……大我のお嫁さんになるんだなって……」

その言葉に、
大我の呼吸が一瞬止まった。

そして——
迷わず冴夢を抱き寄せた。

強く。
でも優しく。

「……なるよ。」

耳元で落とされる低い声。

「冴夢は……俺の家族になる。」

冴夢の目に涙が滲む。

「大我……」

大我は冴夢の頬に手を添え、
そっと口づけた。

昨日の夜とは違う——
深い静けさを持った、
“これからの人生”を確かめるようなキス。

触れるだけなのに、
胸がいっぱいになる。

指輪が光を受けてきらりと揺れた。

(……大我と……
 ほんとうに……生きていくんだ……)

──────────────────────────

ふたりはソファに並んで座った。

大我がマグカップにお湯を入れ、
冴夢の前に置く。

「飲め。」

「……ありがと。」

湯気が静かにのぼり、
指輪がほのかに温まる。

大我も隣に腰を下ろし、
冴夢の肩にそっと手を回す。

「……これから忙しくなるぞ。
 挨拶とか、準備とか。」

「……うん。」

「でも……ちゃんと一緒にやるから。」

冴夢は大我の胸にこてんと寄りかかる。

「大我となら……なんでも乗り越えられるよ。」

大我は小さく笑って、
冴夢の肩を抱き寄せた。

「……頼りにしてるよ、冴夢。」

カップから立つ湯気、
触れ合う肩、
指輪のきらめき。

特別な夜の翌朝は、
ゆっくりと
“ふたりの日常”へ変わっていく。

静かで、
あたたかい、
未来の始まり。

──────────────────────────


 ──それから数日。

ふたりの“婚約の知らせ”は、
坂道を転がるような速さで広がった。

けれど冴夢と大我は、
大切な人たちへは必ず——

「会って、ふたりの口で」
報告する。

そう決めていた。

一歩ずつ。
丁寧に。
未来へ進むために。

──────────────────────────

✦鏑木美琴 & 長谷川瑠偉

カフェの席についた瞬間——

バァンッ!!

「えっ!?結婚!?結婚すんの!?
 ちょ、冴夢!!左手!!早く!!
 芸能人の“指輪キラ~ン”やるやつやって!!写真撮るから!!」

「み、美琴……声……!」

両手バタつかせて大興奮の美琴。
その横で、瑠偉はひだまりのような柔らかい笑みを浮かべた。

「……ほんと、よかったな。冴夢。」

「うん……ありがとう……」

瑠偉はそのまま大我へも穏やかに言う。

「枢木さん。
 美琴が泣くほど喜ぶくらい幸せにしてあげてくださいね。
 ……“親友枠”からクレーム来るんで。」

「そうだよ!?泣いたら瑠偉に慰めてもらうからね!?枢木さん!!」

「……善処します。」

「善処じゃなくて“全力で”だよ!!」

美琴のツッコミで
テーブル中が幸せな笑いで満ちた。

──────────────────────────

✦笹本 聖

グラスを回しながら、聖はぽつり。

「……よかったな。本当に。」

「聖くん……ありがとう。」

「冴夢ちゃん、大型犬の世話、頼むな。」

「誰が大型犬だよ。」

「お前以外に誰がいる。」

「ふふ……ちゃんと世話するよ。」

聖は満足げに微笑む。

「なら安心だ。結婚、おめでとう。」

いつもの軽口なのに、
言葉の奥は温かかった。

──────────────────────────

✦枢木 大世

枢木カンパニー。重厚な役員フロア。

扉を開けると、枢木大世は書類から顔を上げた。

「……結婚、するのか。」

大我は静かに、まっすぐ言う。

「はい。冴夢と、生きていきます。」

大世は深く頷き、冴夢へ向き直る。

「……大我を。息子を、頼む。」

胸が熱くなる言葉。

その瞬間——
廊下で社員がチラッと覗き、

(冴夢:あ、社内に秒で広がるやつ……)
(大我:……まぁもういいか……)

翌日には正式に“社長の息子、婚約”が社内チャットを駆け回っていた。

──────────────────────────

✦枢木 清子

ー枢木家
報告を聞いた瞬間——

「まぁ~~!!
 冴夢ちゃんが孫嫁なら、
 世那でも大我でもどっちでもよかったのにねぇ~!!」

「ばぁちゃん!?それは言うな!!」

「だって冴夢ちゃん天使だもの!
 ほら大我!ありがたく思いなさい!!」

「……はい……」

冴夢は笑いを堪えられなかった。

──────────────────────────

✦坂巻 瑞葉

話を聞き終えた瑞葉は、胸に手を当て微笑む。

「……そう。やっぱり、そうなるのね。」

「え……?」

瑞葉はあたたかい手で冴夢の指を包む。

「冴夢ちゃんは、最初から“名取の娘”。
 そして今度は“枢木の娘”になるのね。」

「瑞葉さん……」

「ありがとう。
 あの子たち兄弟の未来を、優しく繋いでくれて。」

「……これからもよろしく。」

「ええ。困ったらすぐいらっしゃい?」

その声は、どこまでも母だった。

──────────────────────────

✦坂巻 隆一

隆一は湯のみを置いてにっこり笑う。

「ふたりとも、おめでとう。」

「ありがとうございます!」

「結婚式は僕も協力するよ。
 焼き菓子なら任せてくれ。
 世界中から最高のやつ集める。」

「えっ……!」

「大我くんも、頼っていいんだぞ。
 僕も家族なんだから。」

その言葉に、テーブルは温かさで満ちていった。

──────────────────────────

✦そして──坂巻家を出た後

夕風の中を並んで歩き、
角を曲がったところで大我が歩調を緩めた。

「……冴夢。」

「ん?」

「……お義母さん……どうする?」

冴夢はすぐに理解した。

—冴夢の実の母、綾名皐月あやなさつきのことだ。

冴夢は静かに微笑んだ。

「……ううん。いいの。」

少し切なさを滲ませながら、でも迷いはなく言う。

「お母さんとは……
 世那くんの時に、ちゃんと“終わってる”から。」

世那が亡くなり、
綾名が家を出て、
冴夢は名取として残った。

あの瞬間、すべて終わっていた。

(……別々の人生を歩いてくんだって
 あの時もう分かってた……)

大我はゆっくり頷く。

「……そっか。」

たった一言なのに、優しさが胸に広がった。

冴夢は大我の手を握る。

「大我がいてくれたら……それで十分だよ。」

「……俺もだよ。」

夕焼けに染まる道を、ふたりはまた歩き出す。

過去の家族ではなく——
これから“ふたりで作る家族”が
静かに形を帯び始めていた。
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