ブルーピーシーズ

弧川ふき@ひのかみゆみ

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第4章 ケズレルモノ

31-2 言うべきこと

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「案内するって言ってるでしょ!」

 そう言いながら犬神いぬがみさんが僕を追い越した。
 彼女について行って、地下十一階まで階段を降りた。

「こっち!」

 その声の方へ。ぬめった空気感と焦りの中で走った。

 そうして六〇四号室の前に辿たどり着いた。
 ドアを開けようとした。けど、施錠されてる。
 仕方なくドアを叩く。二度も三度も。

燐治りんじさん! いるなら開けて! 変身しちゃ駄目だ! もしできても戻れないかもしれない! やっちゃ駄目だ! 何も連想しちゃ駄目だ! 燐治さん!」

 しばらくするとドアが開いた。
 中から燐治さんが、寝ぼけまなこで現れた。
 以前と同じ姿の彼が気怠けだるそうに言う。
「なんなの、一体」

「よかった……!」安心すると、僕はその場に膝を突いた。「ごめんなさい、燐治さん。変身を促したりしてごめんなさい! 戻れない可能性に気付くべきだった。あんなこと言うべきじゃなかった! もっと考えるべきだった。本当に、ごめんなさい……」

 謝っても謝り切れない。
 たとえば猫になってみたいなんて彼が思って変身できたら、残りの人生ずっと彼は猫として過ごすかもしれなかったんだ。
 そう思うと涙がこぼれた。
 安易に、知らせるべきじゃなかった……。

「あー……その、ええと」
 燐治さんは少し戸惑ったみたいだった。数秒してからどう話すべきか、考えがまとまったらしい。
「いいよ、そこまで謝らなくても。ありがとな、心配してくれて。ほら、俺、何も変わってないだろ、だからもう気にすんなよ」

 その瞬間、僕の涙は滝のようにあふれた。
 でも、その涙を拭いて立ち上がった時、僕は、涙に物を言わせたみたいで自分が嫌だと思った。
 燐治さんの目を見つめ、僕は言い放った。
「僕を殴ってください」
 燐治さんは少し考えたみたいだった。そして。
「分かった」
 そう言うと、彼は真剣な顔を見せたみたいで――
 それから、僕を殴り飛ばした。
 そんな彼の強い言葉が聞こえてきた。
「俺はさっきちょうどな、できるとしたら何に変身したいかって少し考えたんだぞ、答えは出なかったし何もしっくりこなかったからいいけどよ。もし変身してたら、その姿のままだったかもって?……今度からよく考えろやクソが! 分かったか!」
「はい……! すみませんでした!」

 頭を下げた。
 返事のあとで僕が頭を上げると、燐治さんは……なんていうか、微笑ほほえんでた。近所の小さな子供に対してみたいに。
「さ、このことはもういいだろ。俺、今、退屈だからさ、この際だ、なんかちょっと付き合えよ」
「……はい」
 また僕は泣いていた。

 やっぱり僕は涙もろくて駄目だ。感情に訴えられたらどうなってしまうんだろう。
 酷い連中が心を揺さぶってくるかもしれない。

 心を強く持たないと。

 そうは思うのに。さっき殴られたのだって、儀式的にすれば自分を許せるんじゃないかって、計算してる……? 差し引きゼロにしたいだけみたいで。そんな自分をやっぱり許せない。
 僕は弱い。どうやったらいいんだろう。どうやったらよかったんだろう。
 考え続けなきゃいけないんだ、責任を感じながらどんな時も最善を考えて……。この失敗みたいにならないように考え続ける。考えて考えて……同じような失敗へと自分を導かないように行動する、それが唯一、今、見出せる答え。きっとそう。

 ひとまず答えを出せた気がして、部屋に入ろうとした。
 でも、その時、もう一人伝えなきゃいけない相手がいる――と気付いた。
 その時、つい立ち止まった。

「私は会議室に戻るわね」と犬神いぬがみさんは急に立ち去った。自分がこの場に必要ないと思ったのかもしれない。
 見送る。
 犬神さんは手を掲げた。つられて僕も。
 手を振り合うことはなかった。あっさりしてる。何だかしつこくなくて――これが大人の態度っていう風に見えた。
 かっこいい、犬神さんも。素直にそう思う。

 それから僕は燐治さんの方へ少しも近付かなかった。
 僕も去ろうしたけど、その前に去りたくなった理由を言うべきだと思って、でもなんて言えばいいのかと答えを出せずにいた。どこから言えばいいのかと考えると時間が掛かってしまう。

 そんな時、燐治さんから。
「おい、どうしたんだよ、お詫びに付き合ってくれって。おい。おーい」

「あ、あの。もう一人伝えなきゃいけない人がいるんです。さっき思い出して。だから――」
 すると、燐治さんは廊下の壁に手を突いて。
「なんだ、そういうことならいいよ」
 何事かと思った――って、彼が心の中で言うくらいの間はあったんだろうな。多分それから。
「じゃ、行ってやれよ。俺は一人でもいいから。石粉粘土が少しでもあればもっと気楽なんだけどな、独学するだけで暇潰しになるし。……だからほら、用があるなら行けって」

「すみませんありがとうございます、じゃあまた!」
「おう」
 言われて、僕は、急いでその場を去った。

 でもまあ大丈夫だとは思うけど――。

 さっきよりは小さな緊張感。それを抱きながら走る。
 今は、学校の情報や身近な情報が必要。
 だから、自分の部屋にゲートで移動したいと思った。
 あの部屋に、人がいないか確認したい。ゲートで事故らないように。そのためにスマホをポケットから取り出す。そうしながらも、当然走っていた。
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