ブルーピーシーズ

弧川ふき@ひのかみゆみ

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第4章 ケズレルモノ

33-2 新たな何か

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 危ない!

 思った僕は、歌川うたがわさんの前に盾を作った。
 いつもの、芯の太さを大きくした黒い盾。
 直径一・五メートルくらいのその盾の裏から、歌川さんは構え直す。

 相手はやっぱり女だ。歳は多分……二十前半くらい?
 女の腰にはポーチがあって、女はそこから何かを取り出し、歌川さんに向けてその何かを投げ飛ばすような動きを見せた、それも瞬間的に。
 直後、
「ぐっ!」
 と、歌川さんが悲鳴を上げた。

 歌川さんは銃を失ってた。それだけじゃなく、右手の人差し指を守るような体勢で盾の裏に隠れてる。
 切れてる訳ではないみたい。指が折れてる? 銃を飛ばされて?
 今度は僕が同じような目に――?
 刺すような焦りや恐怖を振り払って、とにかく敵を見えた。

 目の前にシャー芯を呼び出し、それを拳大にし、硬くしたら――
 それを、女に放った。
 腹に当てるのは気が引けたから、脚を狙った。

 これだけやれば当たる。
 狙い通り、女の脚に十数個は当たった。衝撃はプロの投手が投げるソフトボールと同じくらいにはなってる。それだけの数が当たれば立っているのは辛いはず。
 計算通り、女はいつくばった。
 それと同時に、腹部より上全体に、何かに押される感覚があった。

 なんだ!? 今何かが!? 気付かな――っ!

 僕は大きく後ろに押し飛ばされ、宙を舞って背中から地面に激突した。
 腰で折れ曲がって吹っ飛んだような感触だった。そしてすくい上げられてしまったかのような。
 結果、背中から落下したために激突したワケだ。

 何もなかったはずなのにどうして。そう思いながら僕にできたのは、息を吐いて悲鳴の代わりにすることだけ。
 痛みで声も出ない。横向きになって呼吸を整えるのに必死になる。背中が痛い。動けないくらいに。

 くそっ、どうにかして相手のポーチを――武器を――無効化させなきゃいけないのに。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 大樹だいきくんの盾が消えてしまった。俺もここまでか? 格闘で行けるのか?

 女は立ち上がろうとしている。俺はその女に駆け寄った。
 女の腰にあるポーチに手を伸ばし、その中身を全て奪った。ガラス板のようだった。少し離れ、地面に落とし、それを踏み付けて壊す。割れる音が三、四回鳴った。
 その瞬間、女は素早く動いてきた。熟練された動き――で、女は合気道か柔道みたいに俺の左腕を取ろうとした。
 とっさに腕を引きながら退しりぞき、けた。

 うう、ぞくりとするね。

 大樹くんの攻撃で下半身に力を入れにくいんじゃないのか? なのになんて奴だ。今のは肘を狙ったな。逆向きに曲げようと。
 その動きが意外と速く、こちらとしても避けるので精一杯だった。だがきちんと向き合えばどうにかなる、今のやり合いの負け感は、こちらが構えてなかったからだ。

「そういや、抵抗するなって言ってなかったな」
 俺が構えてじりじりと前に出た時、女は大樹くんの方を見た。
 余裕のつもりか?

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 僕が女の方をやっと真っ直ぐ見ることができた時、女もまた僕の方を見ていた。
 ……?
 僕の目の前に、艶と厚みのある透明っぽそうな板のような物がある、と気付いてすぐ、僕の視界に入った二人の位置からして、『彼女が対処したいのは彼女の目の前の歌川うたがわさんだ』と思った。

 やばい――!

 思うのと同時に手を前に出していた。
 そして芯を出現させ、念じた。
 直径約一メートルほどの円盤化。そして二枚への増加。その二枚で透明な何かを挟み込む。さっき何かが割れた音がしたけど、あれが歌川さんによる武器破壊の音だとしたら、あの女が操ったほかの対象物はもうこれで最後かもしれない。
 これさえ自由にさせなければあるいは。ただ、相手だって武器を強化する。
 そのために――と考えて挟み込んだ。
 更に、上下左右に芯を一本ずつ増やした。それら四本全部を約一メートルの長さにして、円盤二枚の隙間を塞ぐように枠を作った。硬化も怠らない。これで円の中心に均等に向かわせようとすることで、女のサクラの込め方がどんなに強くても、すり抜けることもできないように――。

 そこで、思い付いた。
 ゲート化。すぐ横に転送先を指定。何かがパラパラと落ちた。
 女は、それならもう仕方ないとでも思ったのか、拳を構えた。
 歌川さんの方へと、女が素早く飛び込んで、右拳を前に出すのが見えた。

 芯の全ての操作を停止すると、それぞれバラバラと落ちた。
 そんな中、カキン、と透明な物が幾つか落下。
 割れた板状のガラスだった。さっきパラパラと地面に落ちたのもそれだったらしい。
 割れたら使えないのなら、もう用はない。
 よし。
 それ以降、女はこの現状を格闘技のみでしのごうとしてる。新たなガラスによる攻撃が来ないから多分そう――というのを、そちらを見て僕が思った瞬間、女の右拳そのものを歌川うたがわさんが右拳で突いた。
 拳同士が衝突。

 うわ、痛そう。

 女の顔がゆがんだ。
 瞬間、女が歌川さんの腰当たりを狙って右の足刀蹴りを放ったけど、歌川さんはその足を取って踏み込んで、女の残った方の足を右足で払った。
 当然女は倒れた、後頭部をかばいながら。
 その後、歌川さんは女の腕を引っ張り、腕ひしぎ十字をかました。

 ガッチリ固められたように見えたけど、女は、まだ足なら自由に動かせる。女の知識と能力によるけど、対処されうる。
 僕は念のため、芯を円盤状にして、硬化もさせて向かわせた。それと地面とで女を挟んで、もっと身動きできなくさせる。
 と、歌川さんが腕ひしぎを解き、僕に「よし、ナイス」って。
「ども」
 言いながら円盤をずらし、少し大きくし、女を地面に強く押し付ける。女の肩も回らない状態に。
 腰も向きを変えられない。つまりこれで、女は身をひねって逃げることもできない。
 この際、顔を押さえはしなかった。尋問時に目や表情から何かを読み取りたくもあったから。女はマスクをしたその口で『う、くぅ』なんてうめいているけど、その顔は、僕と歌川さんには丸見えだ。

 その女に向けて、歌川さんが。
「おい、協力しろ。お前の仲間の利用するほかのアジトや人数、その他諸々、情報を教えてくれれば、かなり待遇をよくしてもいい」
「話すことは何もない」
 そう言う女の耳にはイヤホンが。
 その耳元に、歌川さんはしゃがみ込んだ。
 彼の冷静沈着な尋問が続く。「お前達の置き去り殺人でどれだけ被害が出てる? 俺達は公的組織じゃないぞ、どんな処遇になるか――」
「待て。置き去り殺人を追っている?」女は、言葉を切るように質問した。「どういう……。私達も追っている」

 歌川さんは首をひねった。「嘘じゃないだろうな」半信半疑……いや疑いの方が強いのかな、そうかも、そんな声だった。

 対して女が言う。「嘘じゃない。そちらこそ、どういう組織なのか……説明してくれない?」
 この女の――いや女性の――反応からして、本当に置き去り殺人の犯人グループの者ではないように思えた。
 なら、彼女はどういう存在?

 彼らの仲間じゃないにしろ、ここでゲート移動を歌川うたがわさん達は目撃した、それも三度も。彼女らがマギウトを使えるのは事実。
 でも、もし、しらばっくれるのがうまいだけだとしたら……。
 それらを歌川さんも考えたと思う。考えない訳がないもんな。だから軽率に話せない。
 歌川さんもそう思ったのか、彼の言葉はこうだった。
「俺達のことは言えないな」

「じゃあ私達も言えない。……でも、信じてほしい、はその犯人じゃない」
 女性の声は落ち着いている。今まで僕らと戦っていたとは思えないくらいに。そして真剣な眼差し。
 本当に敵じゃないんじゃ? そう思えてくる。
「あの」
 僕も話したいことがあるし、敵じゃない可能性が高そうに思えるこの女性を押さえ続けるのは嫌になってたから、先に、芯にサクラを込めるのをやめた。
 一秒後、女性は解放され、上半身を起こした。芯は元の大きさで彼女の腹の上。
 彼女は逃げない。攻撃も一切してこない。

 そこで僕は「あの」とまた前置きして。
「あなたが敵じゃないなら、その……、悪者じゃないなら、こんな情報戦というか、聴取みたいな真似しないで、その、つまり……手を組んだらどうです?」

 僕は女性に対して話した。
 でも聞こえたのは歌川さんの声。
「そりゃそうするつもりだよ、できればね、でも、互いの情報なしにただ手を取り合うだけってのは無理だ、何を隠してるか分からないからな。どういうつもりであろうと、彼女らのバックにもし誰かがいて、彼女は正義のつもりだが別の者は違った、なんてことがあったら、だまされることになる。だからどんな情報でも重要で、それ次第なんだよ。だから知る必要がある、でも、こちらが先に自己紹介ってのはナシだ」

 そこまで言うと、歌川さんは女に向き直った。
 彼がまた。
「お前らが自警団みたいに置き去り殺人を追っているだけで他意もなく、お前の仲間が全員疑わしくないのであれば、協力はできる。どうなんだ? なんで追ってる」

 歌川さんの目が女性に向く。僕の視線も。
 女性は、さっきより少し重々しい声で。
「この力について……どのくらい知っているのか、教えてくださると嬉しいんだけど」

 歌川さんは腕を組んだ。「なんでだ、何か関係あるのか?……まさか、手を組む条件をそちらが提示したいってことか?」
 女性は立ち上がりながら。
「そういうことにはなる。ただ、必要不可欠なだけ。言ってはいけない情報かどうか怪しいから、こちらからはどれも言えなくなってしまう。教えられるかどうかを確かめる必要があるのに、私達はあなた達のことを知らない、だからさっきも何も言えなかった。それに私達も、あなた達を信じられなければ、協力できない」

 歌川うたがわさんがたん息した。「なるほど?」その声のあとの表情からすると、納得はしたみたいだけど。
 それから歌川さんがまた。「力のことなら全部知ってる」さあ話してくれよ、って言うみたいに、歌川さんは肩をすくめた。

 歌川さんに対しての反応は?
 って僕が見たら、女性は、首を横に振った。「その言い方では不十分」
「いや、そのはずはない。こちらの方が知ってるはずだ」
「それこそありえない。不十分なのは必然」
 と、女性は歌川さんへの態度を変えない。

 すると、歌川さんはほんの少しだけ肩を落とした。んで、考えたみたい。だとするとどういうことだ? って感じだ。
 僕も、頭の中は疑問ばっかり。
 少し経ってから、『やれやれ』っていう枕詞が聞こえてきそうな雰囲気をかもし出してから、歌川さんが。「そちらから話せることはないのか?」

 女性はしばらく考えたみたいだった。それから歌川さんを見つめて。
「こちらから言えることはない。がそちらに合わせる必要がある」
「必要、ねぇ……」
 歌川さんはそう言ってまた何か考えたらしい。視線を色んな所にやってる。
 それから数秒後に、また歌川さんが。
「いや待てよ、こっちが全部知ってるってのに、お前らは『お前ら自身の方が俺達より力について知ってる』と思ってるんだな? その根拠は何だ。こっちにゃ古い資料があるが、外部にはこの情報がれちゃいないはずだ」

 正直、もし情報が洩れていたら? って僕は思った。歌川さんも思ったんじゃないかな。
 でもそのせいで彼女らが知っていることにつながるなら、彼女らの方が力についてより知ってるっていうことを確実には言えない気がする。
 なのに、彼女はなぜか確信してる。

 どういうこと?

 佐倉守さくらもり家と隈射目くまいめが代々守ってきた情報は、そんなに簡単に外に出ないはず。華賀峰かがみね家がどんなに血を分けてしまったとしても、情報は広まっていなかった、全然世間が騒いでなんかいないしね。
 実際あの兄弟はマギウトっていう名前すら知らなかった。情報が途絶えてるから、そこからだとしても、どうしてそれに関する知識量について、彼女らの方がより上だってことに?

 ――彼女、自信満々っぽいし。なんでだろ?

 ふと思い出した。
 石奴いしどって名前だったかな、あの男とその部下。
 彼らによる裏切り。
 だけど、彼らもまた情報を外に出さないようにしてた。だから……
 って考えて、あの死んだ女性のことを思い出してしまった。

 ともかく。彼らは全員死んだり捕まったりしているし、彼ら自身のおかげもあり、情報は無関係な者に知られてはいない。そのはず。

 それに、石奴の関係者だとしても、この女性の方が情報量が上っぽそうなことの説明ができる気がしない……。
 つまり、今目の前にいる女性とその仲間は、もっと別の所からの、ほかからの情報を持ってる? しかも情報量が上だと確信できる情報を?

 ……もしかして、ほかにもルオセウ人から受け継がれた情報があったのか?……別のルオセウ人から?

 そんな時、歌川うたがわさんの声がした。
「どうやって俺達以上に知った。そもそも、こっちの情報の……程度を知ることが、どうして手を組む条件につながる?」
 ふむ、と考え込んだのか、女性は沈黙した。
 なんかよく分からないけど、しばらく黙ってる。

 その隙に、歌川さんが僕に。「犬神いぬがみを呼んでこい、もう監視の必要はない」
「分かりました」
 芯を前に出し、円盤にしてそれに乗ると、向かいの建物の屋上にいる犬神さんの所へ。そして浮いた円盤に乗ったまま、
「乗ってください。もう監視は必要ないらしいです」
 と言って、犬神さんを連れて現場に戻ると、そこには、既に、奏多かなたさんも舞佳まいかさんも来てた。

 ちょうどそのタイミングで女性が話し始めた。
「新しい資料ではなく、古い資料……。あなたの言う古い資料とは、厳密にどういう物ですか?」

 あれ? 口調が変わってる。
 これは前向きにとらえてよさそう。攻撃的ではないし。

「お前らは何も話すなよ」と、歌川さんが制してから言う。「古い資料ってのは、代々保存されている、ある書物のことだ。それについては口伝も解読もされてる、だから知ってる……としか言えない、これ以上は言えないな。……で、どうなんだ? 今の情報のおかげで手を組めるとでも? まだ何か必要か?」
 歌川さんが聞こうとしたけど、女性はすぐに。
「いえ、結構です」

 結構です?

 みんなの目が女性に集中する。
 女性は、歌川さんだけじゃなく僕ら全員に向けて。
「いいでしょう、あなた達の立場がある程度分かりました。嘘もなさそうですし協力します。しかしあの事件を止めるためには、まず大事な話をしなければなりません」
 女性は少し考えたようだった。
 それからまた。
「もし、この力の使い手が味方にほかにもいるのなら、その者達を集めてください。そして、その者達とあなた達とで私達の話を聞ける場を設けてください。そこでの会話は、無関係な者に絶対に聞かれないようにしてください。さきほど少々話してくださったお礼として、場所についてはお任せします、あなた達の組織内の場所で構いません」

 僕はまるで機械と話しているみたいだと思った。でもなんでそんな気分になったのか。彼女は生きてる。表情もある。そう思うのに。何でだろう。口調は、そりゃあ淡々としてたとは思うけど。

 なんだか変に鳥肌が立った。

 とにかく不思議な感覚をぬぐえずにいる。
 さっきからずっと変だ。落ち着かない気分。
 この場で聞くべきかは迷った。
 でもまあ、何か話してくれると言うから、その時でいいか――話しにくいのかもしれないし。それに考え過ぎかもしれないし。……でも何かありそう。本当に。確実に。そういう予感がした。
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