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第4章 ケズレルモノ
33 疑い
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日々が過ぎ去る中で、いつの日も慎重に行動したよ。
学校への行きや帰りには、周囲にたまに目を向けて、通り過ぎる人から違和感を取りこぼさないようにしてた。
実千夏がいる時は、心配させたら悪いなって思ったから、それを気付かれないようにやってた。
たとえば、僕の近くにいる人があまり見ない顔かどうか。その人物がどういう人であれ何を見ているのか。あとは、行動や持ち物が自然かどうか。
違和感があれば、早くその違和感がある所から逃げよう、そう思ってた。でも、そうすることがほとんどないまま次の土曜日がやってきた。
僕には別の約束もあった。今日はそれを果たす日。
実千夏とのデート。最近、会えないと思わせたことが二度もあったから、今日はその残り分。思いっきり楽しませてやりたいんだよね、やっぱり。
ウィンドウショッピングは僕のインスピレーションの種にもなった。あのシャツのあの柄、この色にしたら壁紙にいいな、とか。この色、あの看板の文字にどうなんだろう、とか。
気になっていたフクロウと触れ合える店なんかにもこの日に行けた。
背中を掻いてあげたら目を瞑るフクロウがいて、そのコを見た時なんかに、実千夏は凄く喜んでた。
僕も面白かった。
無理はしてない。実千夏の自然に笑うのが僕には嬉しいから。
改めて実感した――『今嫌な気分になってる?』なんて思わせたくないなってことを。
僕も自然に笑顔を見せたい、それがいい。
だからこれから先、感情に身を委ねていい時が来たらその時も委ねる。やっぱりこういう時って、楽しくないとな。
ただ、そんな思いが強くなる状況でも……護衛をされてるってのは分かってた。
日々が過ぎていった。割と楽しいことが多かった気がする。
で、今は、五月中旬――の土曜の夕方。
夕食を終えた僕が部屋で趣味の習字をしてると、スマホが鳴った。
画面には『歌川さん』って字が出てる。
「もしもし」
「ああ、大樹くん、分かったぞ、奴らがゲートを使う場所」
「え、あの追手の――」
「ああ。これから奏多くんにも教えて、その近くまで彼に運んでもらう。多分君も知りたいだろうし、今や一番強力なマギウト使い、だと思う。できれば協力してほしい、用があるならしょうがないが――」
「いえ大丈夫です、協力します」
「ならよかった。じゃあ、奏多くんが部屋に行くから待っててくれ」
「分かりました」
通話を終えてすぐ僕は部屋を出た。ゲートの事故が怖いからね。
三十秒くらいが経つと、中から声が。
「おーい大樹くん」
僕の部屋に入ると、そこに奏多さんの姿が。四個の消しゴムを枠にしたゲートが部屋の中央にあるのも見えたけど、今ちょうど消えた。そこに居たら僕は死んでた。ほっとする。
ゲートという役割の付与を解除した奏多さんが、新たにゲートを作る。それで向かった先は、がらんとした、妙に暗い駐車場のド真ん中だった。外は見える。多分、地上の三階か四階くらいの場所。車は一台もない。もう使われていない場所なのか。
「ここって――」もしかして、と問おうとした。
「ん?」
「調査に協力して、調査員を運んだりしてる場所、ですか?」
「ああ、うん」奏多さんはうなずいた。「その一つだな。被害者が出ないように、ここに犯人を――逃げられないようにって意味でも――逮捕現場にすることもある」
やっぱり。
組織の建物内にある調査用の車なんかを外に出すのも、こういう場所を経由させてやってるんだろうなぁ。
そんな想像のあとは、奏多さんのゲートで何度も移動した。建物の屋上から屋上へ、という感じで。当然、誰にも見られないようにと、奏多さんはタイミングを何度も見計らった。
そしてどこかの屋上に来た。
一緒に呼ばれたのか、この場所には、呼んだ歌川さんと今来た僕、奏多さん以外に、犬神さん、舞佳さんもいた。
――これだけいればまず負けないな。
この屋上の端に、しゃがみ込んで歌川さん達は下を見てる。何を見てるんだろ。
振り向いた歌川さんは、僕らを確認して、「あそこだ」と小声で言いながら前に見えるアパートの足元の辺りを指差した。で、彼はそこへと視線を戻した。
近付いて僕も同じように目を向けた。
目の前のアパートには明かりが一つもない。人気もない。そこも廃墟か――古さを感じさせない感じだけどな――と僕が思った時、歌川さんが言った。
「揃ったから少し説明する。あのアパートは、俺達のゲート移動の場所や外部倉庫の候補になったことがある場所だ。ま、結局そうはならず、この敷地の買い取りも改築もしなかったが――とにかく、だからこの場所を知っていてマークすることができていた。ほかにも、新たに人がいなさそうな所を調べて隠しカメラを設置して、多くの場所を監視したんだ。でも、ほかでは決定的な瞬間が全く見られてない。ここではつい先日、二、三人が出入りしてたらしい。報告を聞いて俺は決定的瞬間、ゲート移動の瞬間をこの目で見るため、この現場に直行。で、ゲートの設置を確かに見た。その場所が、あのアパートの駐車場の、壁際だ」
もう実際に見てるのか、なるほど――と思いながら、地理を把握していこうとする。
眼下には駐車場。左にはまあまあ綺麗な道路。右に出る通路はなさそうだ、フェンスが道を塞いでる。その奥に道路。
問題の廃アパートの敷地内は街灯が光ってない。道路脇の街灯からくる光だけが頼り。それが弱々しい光ってワケじゃないのだけは救いだね。
向かいの廃ビルは六階建てに見える。
僕らのいるこの建物は五階建てかな? そのくらいの高さだ。
僕らのいる方の建物にも人気はない。窓からの光も。こちらも廃墟か。いや、何かの職場で、今が夜だから人気がないだけかもしれないけど。
「というか、ここ、どこなんですか?」
僕が聞くと舞佳さんが。「井下橋区の新河葦……二丁目、でしたっけ?」
それを耳にした犬神さんが。「うん、新河葦二丁目の廃墟地帯」
「新河葦? 井下橋区? また井下橋区――」
あいつら、居座ったのかな。そうでなきゃ、なんでなんだろ。
僕がほわんとした嫌な感覚になったあとすぐ、歌川さんが。「多分、ここと鬼千堂デパート付近は奴らに見張られてる、そう思った方がいいな」
警戒されてるのか。まあそうだよな、それは思っておくべきだよね。
潜んで観察するため、会話は当然、全部小声。それからもずっと。
「その、現れる奴って、定期的にここに?」
これは僕が聞いた。
もし、奴らが、ゲート移動に利用する場所を定期的に変えようとしていたら? いつまで待っても『もうここには来ない』なんてこともあり得なくはない、そう思ったから聞いた。
歌川さんは「ああ、そうだ」ってうなずいた。静かに。
ピリピリした空気感が急に僕らを包む。
歌川さんは続けた。
「二日置きくらいで三度は見たよ、こういう監視位置を決めるまでのあいだにね。見られているのがバレてなければ、急に別の場所に変える理由もないと思うぞ」
――確かにそうかも。バレてなければだけど、まあ大丈夫か。
そんな時、舞佳さんが、
「見たゲートってどんな感じだったんですか?」
って。抵抗されたり襲われたりするかもしれない、その対策のために聞いたんだろう。
「そうだな、キラキラしてたよ、そんな板を縦に広げてた」
歌川さんは手で何かを拭くみたいなジェスチャーをして見せた。
でもよく考えたら、それは、高い所にポスターの端を合わせるような動きかもしれない。
縦に拡大……。光る板を? いや、光を反射する板かもしれない。でも、もし光を発するのなら、目くらましが怖い、か。
それにしても。
燐治さんもこのことを気にしてるんじゃ?
そもそも彼が襲われた原因を……犯人に直接聞けるかもしれない場だ、一番知りたいのは彼。意外な動機かもしれないし。
「燐治さんは一緒じゃないんですか?」
僕が聞いてみた。
すると、僕たちの声よりも速く空気に解けるような、静かな歌川さんの声が。
「燐治くんはこのこと知らないよ、だから来ない」
言われて思った、今あの居住階層にいるのかなと。
でもそんな訳ない。時間が経ち過ぎてる。
どこかに移ったんだろう、あのアパートや大学にはいられないから――奴らに調べられてるかもしれないから――代わりに、ほかの、いられる場所に。そういう話だった。今どこなんだろう?
僕の顔に疑問が浮かび上がったのを見て取ったのか――声にも出てたのかもしれないけど――犬神さんが。「ああ、もしかして秋田にもう移ったの、知らない?」
「あ、ああ、はい。秋田なんですね」と僕が言うと。
「そ。決まったのは一週間とちょっと前」
「そんな前から」
っていう僕に、犬神さんはうなずいた。それから。「近くの山形支部にも伝えてて、もしもの時にも対応できるようにしてる。彼が今通っているのは、秋田公立美術大。資金はこっちで出してる面もあって、そのことを気にしてるのか、忙しくやってるみたいよ、もう原因なんて、『分かったら教えてください』だって」
「そうだったんですね……。あ、じゃあ、家はどうなってるんです? アパート?」
「ううん、隈射目の協力者の家、一軒家に、養子になる形にしてる。彼のお母さんはもう全部知ってて、彼は新しい名前、苫田粋暁を名乗ってる。けど、念のためそこの家主の名前で母親とはやり取りしてる。彼のお母さんには、誰にも言わないように念押ししてる。脅すような形になっちゃったけど、それは息子のためだし、彼の母親なら……誰にも言わなそうだったから、大丈夫」
最後は信じ切ってるみたいに冗談っぽくて、砕けた感じだった。
僕は会ったことがないのに、燐治さん(今は名前が違うけど)の母親を、僕も信じられる気がした。
「それで全部の準備がバッチリ。ただ、以前の友人とはズバッと関係を切ってもらった」犬神さんは手を包丁に見立てたような動きを見せた。そして嫌な過去でも思い出したような顔で。「まあ、そこだけは悲しいけど、命はあってこそだからね」
「……ですね」
疎遠になって、『あいつ何なんだよ急に会わなくなって』とか『もういいやあいつは』とか思われても、『ここにいるんだよ』なんて言えないんだな……。そう思うと、途端に切なくなった。
燐治さん改め……、あれ? 何だっけ。思い出せなくて。「なんて名前になったんでしたっけ」
「苫田粋暁」
歌川さんに言われて、詳しく字も教わった。
粋暁さんは友達をこれから新たに……。それを粋暁さんなりに、取り返すように頑張っていくんだろうな。成功するといい。その頃にはあの犯人達に怯えなくていい暮らしができているといい。
「あとは母親が引っ越せば万事解決。バレる要素はどこにもなくなる」歌川さんが言った。
――そっか、正直凄いな、ここまでの手が打てるなんて。犠牲は大きいし、悲しむ人、嫌な思いをする人、色々いるだろうけど……でも、ここまで一人の人間を守るための行動を取れるのは、とても……とっても重大なことだ。
その時、歌川さんが言った。「ああ、そうそう、彼の父方の祖父がそうだったよ」
そう、とは?
って思ったけど、すぐに意味が分かった。
「あ! ルオセウ人……!?」
歌川さんはうなずいて。「うん」それだけで伝わるだろ、みたいに。
「ど、どうやって分かったんですか」
って僕が聞くと、歌川さんが。「カルテを見たんだよ。彼は亡くなってた。今からほぼ二年前に。掛かり付け医が隠し持っていたカルテの中に問題のX線写真があったんだよ。名前付きでね」
「そ、そうですか……」
「彼らは、変身を維持できないはずなのにな、君の祖父と同様だ」
歌川さんがそう言った。
じゃあ、やっぱり、最近のルオセウ人の血が、鉄の吸収には関わってそうだ。
そこに違いがあるように、ほかにも色々と遺伝子レベルの違いがあって、その掛け合わせで――佐倉守家と血が混ざらなければ――変身が継続してしまう?……これはやっぱり合ってるのかも。あの時、必死に伝えて、謝って、本当によかった。
あ、じゃあ、谷地越さんは?
「あの」僕は注意を引いてすぐ。「彼のお爺さんと、谷地越さんの……DNAは、一致率はどうだったんですか? 血筋的には?」
「ああ、それなら百パーセント繋がりなしだ。全然違った」
ほっとした。
谷地越さんは多分、佐倉守系列――ってことは、戻れない変身をするタイプじゃないんだ。
燐治さんは粋暁さんとして今や隠れてる。あとは僕だけ? 心配する相手はもういない。心の中の重荷がどんどん無くなってく。もしくは安定する船みたいになっていく。
会話のあいだも監視は続いてたし、まだ続ける。
でも怪しい者というのは中々姿を見せない。
ふと、一つだけ気になった。
「あの……ええと……粋暁さんは、その……僕のお爺ちゃんのような血も継いでいて、かつ、佐倉守家の血も継いでる、なんてことは? それは確かめ――」
その時だ、犬神さんが言った。「来たっ」
しょうがない、あとで聞こう。
集中して目を向ける。
眼下の駐車場の左側にはアパートへの入口のほかに入口までの道と道路を隔てる『工事中』のフェンスもあった。ずらーっと並ぶそれを乗り越えるように、髪の長い何者かが、今、浮遊移動する何かに乗って入ってきた。
その何かから降りると、長髪の誰かは、周囲を警戒しながらスマホらしきものをいじりつつ歩き始めた。
多分誰かに掛けようとしてる。今がチャンス。
と、その時歌川さんが、腰のホルスターから銃を抜き、どこかのポケットから取り出したサイレンサーを付けながら。
「奏多くんは入口、舞佳ちゃんは駐車場奥だ、なにがなんでも奴を逃がすなよ、マギウトを使っていいのはこの駐車場の中でのみだと思え」
「ラジャ」
何かの隊長にするみたいに、奏多さんが言った。
舞佳さんは黙ってうなずく。
二人はそれぞれの操作物を巨大化させて乗り、浮遊移動で持ち場に向かった。
「犬神はここだ、逃げそうなら撃て」
「了解」
「大樹くんは俺と下へ移動だ、円盤を使ってくれ。俺もあいつが逃げそうな時は撃つし最初に威嚇をするが、大樹くんはそのあと、できれば相手の武器を壊すか相手の視界を遮るかするんだ、力を使わせるな、頼んだぞ」
「はい」
了承した時には既にシャー芯のケースをポケットから出していた。
芯を前に出し、円盤状にし、硬化させる。複数人が乗れる強度、厚さ、幅……になった時に、それに歌川さんが乗った。僕も。
音もなく草地まで降りる。
円盤から降りて、それへサクラを込めるのをやめると、芯は元の姿に。
その芯のことはもう放って、前を向く。
そうしたら歌川さんが。「行くぞ、音を立てるな」
静かに近付く。
何者かは、駐車場の中腹まで来ると廃アパートの壁に向かって歩き出した。そいつに向けて、五メートルくらい離れた所から歌川さんが。
「動くな! そのまま手を上げろ、こっちを向いたら撃つ!」
その者は黙って両手を上げ、静止した。
その手にあるスマホから声も音もしない。今は通話中ではないみたいだ。
近付いてから気付いた。相手は多分女だ。
動きやすそうなスキニーのズボンと茶色のマウンテンパーカー。パーカーが少しゆったりとしていたためか遠くからでは気付き難かったけど……近場から見た時の肌艶や輪郭から思った、きっと女性だ。長くて潤いのある黒髪を縛らず垂らしたままなのも、そう見える理由の一つ。まあ言い切るのはよくないけど。
遠くからでは男かどうか判別が付きにくかった。
そいつが、瞬間的に振り向いた――。
学校への行きや帰りには、周囲にたまに目を向けて、通り過ぎる人から違和感を取りこぼさないようにしてた。
実千夏がいる時は、心配させたら悪いなって思ったから、それを気付かれないようにやってた。
たとえば、僕の近くにいる人があまり見ない顔かどうか。その人物がどういう人であれ何を見ているのか。あとは、行動や持ち物が自然かどうか。
違和感があれば、早くその違和感がある所から逃げよう、そう思ってた。でも、そうすることがほとんどないまま次の土曜日がやってきた。
僕には別の約束もあった。今日はそれを果たす日。
実千夏とのデート。最近、会えないと思わせたことが二度もあったから、今日はその残り分。思いっきり楽しませてやりたいんだよね、やっぱり。
ウィンドウショッピングは僕のインスピレーションの種にもなった。あのシャツのあの柄、この色にしたら壁紙にいいな、とか。この色、あの看板の文字にどうなんだろう、とか。
気になっていたフクロウと触れ合える店なんかにもこの日に行けた。
背中を掻いてあげたら目を瞑るフクロウがいて、そのコを見た時なんかに、実千夏は凄く喜んでた。
僕も面白かった。
無理はしてない。実千夏の自然に笑うのが僕には嬉しいから。
改めて実感した――『今嫌な気分になってる?』なんて思わせたくないなってことを。
僕も自然に笑顔を見せたい、それがいい。
だからこれから先、感情に身を委ねていい時が来たらその時も委ねる。やっぱりこういう時って、楽しくないとな。
ただ、そんな思いが強くなる状況でも……護衛をされてるってのは分かってた。
日々が過ぎていった。割と楽しいことが多かった気がする。
で、今は、五月中旬――の土曜の夕方。
夕食を終えた僕が部屋で趣味の習字をしてると、スマホが鳴った。
画面には『歌川さん』って字が出てる。
「もしもし」
「ああ、大樹くん、分かったぞ、奴らがゲートを使う場所」
「え、あの追手の――」
「ああ。これから奏多くんにも教えて、その近くまで彼に運んでもらう。多分君も知りたいだろうし、今や一番強力なマギウト使い、だと思う。できれば協力してほしい、用があるならしょうがないが――」
「いえ大丈夫です、協力します」
「ならよかった。じゃあ、奏多くんが部屋に行くから待っててくれ」
「分かりました」
通話を終えてすぐ僕は部屋を出た。ゲートの事故が怖いからね。
三十秒くらいが経つと、中から声が。
「おーい大樹くん」
僕の部屋に入ると、そこに奏多さんの姿が。四個の消しゴムを枠にしたゲートが部屋の中央にあるのも見えたけど、今ちょうど消えた。そこに居たら僕は死んでた。ほっとする。
ゲートという役割の付与を解除した奏多さんが、新たにゲートを作る。それで向かった先は、がらんとした、妙に暗い駐車場のド真ん中だった。外は見える。多分、地上の三階か四階くらいの場所。車は一台もない。もう使われていない場所なのか。
「ここって――」もしかして、と問おうとした。
「ん?」
「調査に協力して、調査員を運んだりしてる場所、ですか?」
「ああ、うん」奏多さんはうなずいた。「その一つだな。被害者が出ないように、ここに犯人を――逃げられないようにって意味でも――逮捕現場にすることもある」
やっぱり。
組織の建物内にある調査用の車なんかを外に出すのも、こういう場所を経由させてやってるんだろうなぁ。
そんな想像のあとは、奏多さんのゲートで何度も移動した。建物の屋上から屋上へ、という感じで。当然、誰にも見られないようにと、奏多さんはタイミングを何度も見計らった。
そしてどこかの屋上に来た。
一緒に呼ばれたのか、この場所には、呼んだ歌川さんと今来た僕、奏多さん以外に、犬神さん、舞佳さんもいた。
――これだけいればまず負けないな。
この屋上の端に、しゃがみ込んで歌川さん達は下を見てる。何を見てるんだろ。
振り向いた歌川さんは、僕らを確認して、「あそこだ」と小声で言いながら前に見えるアパートの足元の辺りを指差した。で、彼はそこへと視線を戻した。
近付いて僕も同じように目を向けた。
目の前のアパートには明かりが一つもない。人気もない。そこも廃墟か――古さを感じさせない感じだけどな――と僕が思った時、歌川さんが言った。
「揃ったから少し説明する。あのアパートは、俺達のゲート移動の場所や外部倉庫の候補になったことがある場所だ。ま、結局そうはならず、この敷地の買い取りも改築もしなかったが――とにかく、だからこの場所を知っていてマークすることができていた。ほかにも、新たに人がいなさそうな所を調べて隠しカメラを設置して、多くの場所を監視したんだ。でも、ほかでは決定的な瞬間が全く見られてない。ここではつい先日、二、三人が出入りしてたらしい。報告を聞いて俺は決定的瞬間、ゲート移動の瞬間をこの目で見るため、この現場に直行。で、ゲートの設置を確かに見た。その場所が、あのアパートの駐車場の、壁際だ」
もう実際に見てるのか、なるほど――と思いながら、地理を把握していこうとする。
眼下には駐車場。左にはまあまあ綺麗な道路。右に出る通路はなさそうだ、フェンスが道を塞いでる。その奥に道路。
問題の廃アパートの敷地内は街灯が光ってない。道路脇の街灯からくる光だけが頼り。それが弱々しい光ってワケじゃないのだけは救いだね。
向かいの廃ビルは六階建てに見える。
僕らのいるこの建物は五階建てかな? そのくらいの高さだ。
僕らのいる方の建物にも人気はない。窓からの光も。こちらも廃墟か。いや、何かの職場で、今が夜だから人気がないだけかもしれないけど。
「というか、ここ、どこなんですか?」
僕が聞くと舞佳さんが。「井下橋区の新河葦……二丁目、でしたっけ?」
それを耳にした犬神さんが。「うん、新河葦二丁目の廃墟地帯」
「新河葦? 井下橋区? また井下橋区――」
あいつら、居座ったのかな。そうでなきゃ、なんでなんだろ。
僕がほわんとした嫌な感覚になったあとすぐ、歌川さんが。「多分、ここと鬼千堂デパート付近は奴らに見張られてる、そう思った方がいいな」
警戒されてるのか。まあそうだよな、それは思っておくべきだよね。
潜んで観察するため、会話は当然、全部小声。それからもずっと。
「その、現れる奴って、定期的にここに?」
これは僕が聞いた。
もし、奴らが、ゲート移動に利用する場所を定期的に変えようとしていたら? いつまで待っても『もうここには来ない』なんてこともあり得なくはない、そう思ったから聞いた。
歌川さんは「ああ、そうだ」ってうなずいた。静かに。
ピリピリした空気感が急に僕らを包む。
歌川さんは続けた。
「二日置きくらいで三度は見たよ、こういう監視位置を決めるまでのあいだにね。見られているのがバレてなければ、急に別の場所に変える理由もないと思うぞ」
――確かにそうかも。バレてなければだけど、まあ大丈夫か。
そんな時、舞佳さんが、
「見たゲートってどんな感じだったんですか?」
って。抵抗されたり襲われたりするかもしれない、その対策のために聞いたんだろう。
「そうだな、キラキラしてたよ、そんな板を縦に広げてた」
歌川さんは手で何かを拭くみたいなジェスチャーをして見せた。
でもよく考えたら、それは、高い所にポスターの端を合わせるような動きかもしれない。
縦に拡大……。光る板を? いや、光を反射する板かもしれない。でも、もし光を発するのなら、目くらましが怖い、か。
それにしても。
燐治さんもこのことを気にしてるんじゃ?
そもそも彼が襲われた原因を……犯人に直接聞けるかもしれない場だ、一番知りたいのは彼。意外な動機かもしれないし。
「燐治さんは一緒じゃないんですか?」
僕が聞いてみた。
すると、僕たちの声よりも速く空気に解けるような、静かな歌川さんの声が。
「燐治くんはこのこと知らないよ、だから来ない」
言われて思った、今あの居住階層にいるのかなと。
でもそんな訳ない。時間が経ち過ぎてる。
どこかに移ったんだろう、あのアパートや大学にはいられないから――奴らに調べられてるかもしれないから――代わりに、ほかの、いられる場所に。そういう話だった。今どこなんだろう?
僕の顔に疑問が浮かび上がったのを見て取ったのか――声にも出てたのかもしれないけど――犬神さんが。「ああ、もしかして秋田にもう移ったの、知らない?」
「あ、ああ、はい。秋田なんですね」と僕が言うと。
「そ。決まったのは一週間とちょっと前」
「そんな前から」
っていう僕に、犬神さんはうなずいた。それから。「近くの山形支部にも伝えてて、もしもの時にも対応できるようにしてる。彼が今通っているのは、秋田公立美術大。資金はこっちで出してる面もあって、そのことを気にしてるのか、忙しくやってるみたいよ、もう原因なんて、『分かったら教えてください』だって」
「そうだったんですね……。あ、じゃあ、家はどうなってるんです? アパート?」
「ううん、隈射目の協力者の家、一軒家に、養子になる形にしてる。彼のお母さんはもう全部知ってて、彼は新しい名前、苫田粋暁を名乗ってる。けど、念のためそこの家主の名前で母親とはやり取りしてる。彼のお母さんには、誰にも言わないように念押ししてる。脅すような形になっちゃったけど、それは息子のためだし、彼の母親なら……誰にも言わなそうだったから、大丈夫」
最後は信じ切ってるみたいに冗談っぽくて、砕けた感じだった。
僕は会ったことがないのに、燐治さん(今は名前が違うけど)の母親を、僕も信じられる気がした。
「それで全部の準備がバッチリ。ただ、以前の友人とはズバッと関係を切ってもらった」犬神さんは手を包丁に見立てたような動きを見せた。そして嫌な過去でも思い出したような顔で。「まあ、そこだけは悲しいけど、命はあってこそだからね」
「……ですね」
疎遠になって、『あいつ何なんだよ急に会わなくなって』とか『もういいやあいつは』とか思われても、『ここにいるんだよ』なんて言えないんだな……。そう思うと、途端に切なくなった。
燐治さん改め……、あれ? 何だっけ。思い出せなくて。「なんて名前になったんでしたっけ」
「苫田粋暁」
歌川さんに言われて、詳しく字も教わった。
粋暁さんは友達をこれから新たに……。それを粋暁さんなりに、取り返すように頑張っていくんだろうな。成功するといい。その頃にはあの犯人達に怯えなくていい暮らしができているといい。
「あとは母親が引っ越せば万事解決。バレる要素はどこにもなくなる」歌川さんが言った。
――そっか、正直凄いな、ここまでの手が打てるなんて。犠牲は大きいし、悲しむ人、嫌な思いをする人、色々いるだろうけど……でも、ここまで一人の人間を守るための行動を取れるのは、とても……とっても重大なことだ。
その時、歌川さんが言った。「ああ、そうそう、彼の父方の祖父がそうだったよ」
そう、とは?
って思ったけど、すぐに意味が分かった。
「あ! ルオセウ人……!?」
歌川さんはうなずいて。「うん」それだけで伝わるだろ、みたいに。
「ど、どうやって分かったんですか」
って僕が聞くと、歌川さんが。「カルテを見たんだよ。彼は亡くなってた。今からほぼ二年前に。掛かり付け医が隠し持っていたカルテの中に問題のX線写真があったんだよ。名前付きでね」
「そ、そうですか……」
「彼らは、変身を維持できないはずなのにな、君の祖父と同様だ」
歌川さんがそう言った。
じゃあ、やっぱり、最近のルオセウ人の血が、鉄の吸収には関わってそうだ。
そこに違いがあるように、ほかにも色々と遺伝子レベルの違いがあって、その掛け合わせで――佐倉守家と血が混ざらなければ――変身が継続してしまう?……これはやっぱり合ってるのかも。あの時、必死に伝えて、謝って、本当によかった。
あ、じゃあ、谷地越さんは?
「あの」僕は注意を引いてすぐ。「彼のお爺さんと、谷地越さんの……DNAは、一致率はどうだったんですか? 血筋的には?」
「ああ、それなら百パーセント繋がりなしだ。全然違った」
ほっとした。
谷地越さんは多分、佐倉守系列――ってことは、戻れない変身をするタイプじゃないんだ。
燐治さんは粋暁さんとして今や隠れてる。あとは僕だけ? 心配する相手はもういない。心の中の重荷がどんどん無くなってく。もしくは安定する船みたいになっていく。
会話のあいだも監視は続いてたし、まだ続ける。
でも怪しい者というのは中々姿を見せない。
ふと、一つだけ気になった。
「あの……ええと……粋暁さんは、その……僕のお爺ちゃんのような血も継いでいて、かつ、佐倉守家の血も継いでる、なんてことは? それは確かめ――」
その時だ、犬神さんが言った。「来たっ」
しょうがない、あとで聞こう。
集中して目を向ける。
眼下の駐車場の左側にはアパートへの入口のほかに入口までの道と道路を隔てる『工事中』のフェンスもあった。ずらーっと並ぶそれを乗り越えるように、髪の長い何者かが、今、浮遊移動する何かに乗って入ってきた。
その何かから降りると、長髪の誰かは、周囲を警戒しながらスマホらしきものをいじりつつ歩き始めた。
多分誰かに掛けようとしてる。今がチャンス。
と、その時歌川さんが、腰のホルスターから銃を抜き、どこかのポケットから取り出したサイレンサーを付けながら。
「奏多くんは入口、舞佳ちゃんは駐車場奥だ、なにがなんでも奴を逃がすなよ、マギウトを使っていいのはこの駐車場の中でのみだと思え」
「ラジャ」
何かの隊長にするみたいに、奏多さんが言った。
舞佳さんは黙ってうなずく。
二人はそれぞれの操作物を巨大化させて乗り、浮遊移動で持ち場に向かった。
「犬神はここだ、逃げそうなら撃て」
「了解」
「大樹くんは俺と下へ移動だ、円盤を使ってくれ。俺もあいつが逃げそうな時は撃つし最初に威嚇をするが、大樹くんはそのあと、できれば相手の武器を壊すか相手の視界を遮るかするんだ、力を使わせるな、頼んだぞ」
「はい」
了承した時には既にシャー芯のケースをポケットから出していた。
芯を前に出し、円盤状にし、硬化させる。複数人が乗れる強度、厚さ、幅……になった時に、それに歌川さんが乗った。僕も。
音もなく草地まで降りる。
円盤から降りて、それへサクラを込めるのをやめると、芯は元の姿に。
その芯のことはもう放って、前を向く。
そうしたら歌川さんが。「行くぞ、音を立てるな」
静かに近付く。
何者かは、駐車場の中腹まで来ると廃アパートの壁に向かって歩き出した。そいつに向けて、五メートルくらい離れた所から歌川さんが。
「動くな! そのまま手を上げろ、こっちを向いたら撃つ!」
その者は黙って両手を上げ、静止した。
その手にあるスマホから声も音もしない。今は通話中ではないみたいだ。
近付いてから気付いた。相手は多分女だ。
動きやすそうなスキニーのズボンと茶色のマウンテンパーカー。パーカーが少しゆったりとしていたためか遠くからでは気付き難かったけど……近場から見た時の肌艶や輪郭から思った、きっと女性だ。長くて潤いのある黒髪を縛らず垂らしたままなのも、そう見える理由の一つ。まあ言い切るのはよくないけど。
遠くからでは男かどうか判別が付きにくかった。
そいつが、瞬間的に振り向いた――。
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※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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