ブルーピーシーズ

弧川ふき@ひのかみゆみ

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第4章 ケズレルモノ

42 確かさと静けさ

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 さっき急に右脚に何かが当たった。その付け根辺りが冷えたような感覚まであった。錯覚かもしれないが。
 右脚の付け根と目の前で起きていることを見て、俺は気付いた。

 くそっ、こちらを信じた訳ではなかったか!

 どうすればいいのかと考えたくなったが、答えは一瞬で出た。
 フジミヤダイキ! 奴だけでも! 俺はそう思って少年に飛び掛かった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 私の攻撃のイメージは、靴を脱いだ相手の足の甲をガラスで刺すというものだった。釘のように動けなくさせられればあるいは。
 だが、その攻撃はけられた。相手の視線からしたらこれを避けたくて避けたのではなく、偶然だったようではあるが。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 指示が聞こえたその直後、偽イマギロ部長がけたたましい声を上げながらこちらへと飛び掛かってきた。
 ぞっとした瞬間、思わず伏せていた。

 ――くそっ。避けざるを得んだろ今のは。

 そう思いながらすぐさま後ろを向く。
 そうして気付いた。どうやら奴は、元々、俺の後ろにいるヴェレンさんに向かって飛び掛かっていたようだ。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 少年がなぜかベルトを目の前に出現させた。円環状にしたものを。しかもゲート化できる状態に見える。

 奴の武器とは違う!? まさか――!

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 振り返った俺が見たのは、ベルトでできたゲートの縁に手を突いて別の方向に飛び跳ねた敵だった。
 敵は太陽に背を向けていて逃げようとしている。
 それを視認しながら、胸ポケットに手を入れた。
 そこには銃が。
 構えた。膝立ちで。
 敵がすごいスピードで逃げていく――その軌道を計算して俺は引き金を引いた。
「ギッ!」
 悲鳴が聞こえた。どうやら当たった。見やる。ちょうど左太もも辺りか。

 片足――右足にしか力が入り辛くとも、更に遠くまで逃げようとする青い敵。そちらもガラスによって怪我をしたはずだが、それでも、一般的な地球人が痛みに耐えながら早歩きをするよりはかなり速い。
 周囲で監視していた者達による狙撃も始まった。
 それぞれ間を置いて発射された。十秒以内に四発くらい。それ以上は撃たれなかった。
 青い脚の一部が赤く染まる。多分全弾命中。とんでもない射撃力。ただ、そのうち一発だけは――。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 太ももに当たればと思ったが、左すねに当たって運悪く弾かれたようだった。
 車から撃った俺の弾は、恐らく奴のすねの甲殻に弾かれ、すぐ横の建物の壁に小さな穴を――。
 敵の移動速度がその時だけほぼ変わらなかった。

 ダメージを与えられたのは三発だけのようにも見えた。だがまあ、奴は倒れた。それが現実。嬉しい現実だ。
 まだ少し動くが、声をそこまで上げない。痛みに苦しんではいるようだが、倒れたままだ。……たった今、いずるのもやめた。諦めたか?
「よし連行するぞ!」
 そう指示が出た。駆け寄る。ほかの監視地点から撃った者も恐らく来る。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 これ以上こちらから攻撃するのはまずいか。だが抵抗されてもまずい。
 私はガラスのプレートを手に持ち意識するだけにして、少しずつ近付いた。周囲や倒れたルオセウ人そのものを警戒しながら、だ。
 偽イマギロ部長を尋問すべく、銃声がやんだ瞬間からは、全力で駆け寄った。
 あと数歩という時――翻訳機能を切っていたのを確認し、そのまま――「レング!」と叫んだ。
 レングはルオセウ語でゲートという意味。こう呼び掛けておけば、ヴェレンがゲートで偽イマギロ部長を運んでくれる、そう思って私は目と手でも合図していた、『あいつを送るように』と。

 そして前を見て――それからすぐだった、偽イマギロ部長に何かが刺さったのは。
 びくりと足を止めてしまった。
 その獲物は、白い――製品箱の型紙。それが巨大化したものに見える!

 ――別の敵!!

 その角が、貫いている、偽イマギロ部長の体を、背後から。
 そして動かない。ぴくりとも。
 正直寒気を覚えた。
 私は翻訳機能をオンにし、音量を調節した。
 マスクの中の翻訳機の発音部の前に設置している自衛隊との連携のためのマイク、これがあるから私もさっき合図できた。これに向けての私の小声は十分に人に伝わる声となる。そのとっさに調節した音量で、声を翻訳。「救護をお願いします」
「りょ、了解」
 と、返事が届いた。
 期待は薄い。無理な願いか。そんな線が濃厚だ。
 そう思うと同時に振り返った。そしてあらゆる方向を確認。

 どこにも敵がいない!?

 とりあえずガラス四本によるゲートを作り、その辺のビルの上に移った。
 そこから眺める。
 そして気付いた。近くにある別のビルの屋上。そこに一つのゲートがある。アルミか鉄でできたような感じの。
 そのゲートのつながった先に見えたのはほとんど森の風景。これじゃあどこかまるで分からない。

 その中へと、誰かが一人で入ろうとするのが見えた。
 私はすぐに目の前にゲートを作り、その誰かがいる屋上へと……その誰かの背後へと移動した。
 即座に、後ろへ引っ張ろうとして相手の移動を阻止……! ということをしたかったけれど――間に合わなかった。ほんの数秒のあいだに、相手は既に移動し切っていて、ゲートも今ちょうど消えた……!

 そのゲートには見覚えがあった。特定の形のもの。
 あれは――。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 私も捕らえるべく駆け寄ったが、その時の状況の異様な変化から、私がすべきことは別だと悟った。
 白い型紙は、刺さった相手の体からすぐに抜け、ポトリと背中に落ちた。

 これでは尋問もできなくなる!

 私は瞬間的にそう思うと、隈射目くまいめの本拠地の地下五階の天井に、ベルトによるゲートを繋げた。
 そこへと繋がったベルトの、あちらでの座標を床近くまで移動させるように意識する。地下五階の広間に誰もいないことを確認できたからそれができたのだった。

 監視部隊が続々と近付いて来ていたので、隠し持っていたマスクを身に付け、翻訳機能をオンにし、伝えた。「私が彼を運びます、処置できる所へ」

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ガラスのゲートで下の歩道に降りた時、駐屯部隊とやらの中隊長が言った。
「予想されていたようだな、こんなことになると」
 私は何も言えなかった。まだあの男の横たわった残像が、この目には見える……。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「私がこれを? 全力でやるけど、血が足りないんじゃほぼ無理よ」

 隈射目くまいめの女性の医療担当者は、そう言い終わる頃に、首を横に振った。

「それでもお願いします」
 私は、頼み込むことしかできなかった。
「あなたの血は輸血には?」女医は私に聞いた。
「残念ですが使えません。誰のものも、輸血できるかどうか、ここの技術では確認できないでしょう。ですがどうか――!」
 そんな私に、女医はうなずいてくれた。まあ、まるで仕方ないというようにも見えたが。

 ちょうど女医が、近付いてきた看護師らしき女性に「ありがとう」と伝えたらしい――私には翻訳語の声しか届かないが。なぜそんなことを――というのも、女性看護師が車輪付きの台を押してきたからだろう。移動可能な寝台か。

 女医はさっき、血まみれの男の所へと私が案内しようとした時、「ストレッチャーを持ってきて」と言っていた。それがあの台か。
 問題のルオセウ人をそれに乗せると、女性達は、手術準備室なのであろう場所へとその台を押しながら入っていった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 よく手を洗い、殺菌された手袋に手を通した。それから無影灯の下まで行く途中、近付いてきた入戸いりとさんの手によって綺麗な手術着を着せられた。
 入戸さんが盆に清潔なメスや鉗子かんし等を準備。その他もろ々も。
 さて。
 体の造りがそこまで違うように見えないから、切断部分の左右で同じものを縫合――閉じ合わせるようにすればいいはず。

 入戸さんはホースを使って血の吸い取りを行い、私の視界の確保を手伝った。それは、体内に戻せる血の確保のためでもあった。
 私が手術を進める中、助手にと、大病院の男性医師だった現同僚――糸瀬いとせむすぶが入ってきた。

「脚は俺がやる」
 彼が脚の傷の処置をしていく。
 肺、心臓、腸に断裂がある――ように見える。長い臓器と広い臓器があり、小さい臓器からは管が幾つか出ている。これが心臓か。広いのは肺? 口の方に管がつながっている。弁も確認。隣の管が食道だろう、それを確かめるため食道であろう方の更に先まで見る――と、まで繋がっていそうな臓器の接続部分が見えた。
 それなら弁のある方の先がやはり肺。なら、胃は……どうやら無傷のようだ、奇跡的な状態だ。
 まずは心臓から伸びる管と弁を観察し、血流の向きを確かめ、人工心肺を接続。そうして腕の脈が触れる部分を見、麻酔薬用の針を刺し点滴。これにて全身麻酔。術中の混乱はこれで防げるはず。
 それからは止血作業の嵐。
 大動脈の損傷部が多かった。静脈の方は少ないか。細かい血管までふん合できたあとは、感染症も怖いから、腸であろう部分から吻合に入る。

 手術は長くなった。心臓に一旦血を流し、それをまた止めて作業を再開しもした。
 肺の縫合ができたあとで、心臓部も。
 その時には糸瀬が脚の処置を終え、私の視野における助手をすることができていた。
 人工心肺の取り外しも完璧に終わる。
 そのあとは閉じ合わせていく。各器官。骨も。筋膜も。表皮まで――。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 私は手術室の前で待っていた。
 数時間後、ストレッチャーを押して入ったのと同じ女医が、私にこう話した。
「処置は完璧にできた。でも」

 でも――? やはり駄目だったのか?

「電気ショックは何度もやった。でも……蘇生できなかった」

 まさかの手掛かりが、ここで沈黙した、完全に。
 あの巨大な型紙によるひと刺し、あれさえなければ……。防げていれば……!
 嘆き憂う声は、喉から出なかった。私自身を揺さぶるほど、そこにはあったのに。
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