ブルーピーシーズ

弧川ふき@ひのかみゆみ

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第4章 ケズレルモノ

42-3 一縷の青い糸と叫び

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 今度はヴェレンさんを従えて手術室に戻った。
 ヴェレンさんが対面する。遺体。数秒が経ってから、私がそれにシーツを被せた。
 手術がたとえ証言のためだったとしても、彼が悪人だったとしても、彼を救えなかったという事実は、私の心を泥で満たそうとする。

 彼はどんな意思があって過激派にいたのか。どんな立場だったのか。心変わりはしないと言い切れたか。
 そもそも悪人ではなかった場合は? 本当は正義の心の持ち主で、どこかの組織の者で、潜入捜査をしていた、そんな人物だったとしたら? 交渉役を押し付けられただけだったとしたら?
 ……でも、死んだ。できうる限りの迅速な処置をしても、血は確実に減り――。

 こうなっては何も分からない、彼の口から過激派の動きのことも、彼自身のことも。
 …………。
 イチェリオさんら三人のうち誰か一人でも、この死んでしまったルオセウ人のことを、知らないのかどうか。もし何か知っていれば――それが私の心やこの死んだ者自身のためになるのではと、そう思った。

 私がそれを聞くと、横で遺体を確認したヴェレンさんはこう言った。
「確かだとは言い切れませんが、彼の反応は、過激派の反応そのものでしたよ。ですので……あまり気にしない方がいいですよ」
「そ……」
 迷ってから、私は、
「そうですか」
 何かに抗いたいまま受諾するような、そんな風にしか返せなかった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ベルトによるゲートで、眞霞まさか駐屯地のあの建物の入り口付近に出た。
 それから私は緊急特殊対策室に。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 私は私でガラスで枠を作りゲート化させ、皆を駐屯地に送っていた。緊急特殊対策室に皆で集まり、そこで、ヴェレンさんの帰りを待った。
 ドアが開き、ヴェレンさんがそこから入ってきた。
 そしてすぐさま私達に向けて。
「無理でした。傷が深過ぎて出血が多かったためでしょう、電気ショックはしたとのことですが……。先ほど遺体を確認しました」

「どうするのです? こうなっては」聞いたのは中隊長だった。
 するとイチェリオさんが。
「ただ、電波ジャックは両方とも過激派の仕業だということがこれで分かりました」
 ほんの数秒後、中隊長が、更に、
「だとしても、別々の過激派が藤宮ふじみや大樹だいきを取り合っているということは?」
 と。

 私は答えようとしたが、嘉納かのうさんが答えた。「彼――白い型紙を操る男――については、私の部下の報告にて聞いたことがあります。最初に遭遇した連中の一人です。同じものを操る人物がいないとも限りませんが、場合が場合です、同じ人物である可能性はあまりにも高い。あのルオセウ人が我々の手に落ちそうになった時に口を滑らせるかもしれないと踏んで味方を攻撃したのでしょう、そういう状況でした。それに落ち合う場所を知っていた」

「では、その過激派グループが一グループで動いている――敵はその一グループだけと見ていい――と」
 と、中隊長が念を押した。
 嘉納さんは、「ええ」と、自信あり気に首を縦に動かした。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 これからの作戦についてはあとでまた決めるということになり、一旦俺達は隈射目くまいめ本部の第一会議室に戻った。
 いつも通りと言うべきか、風浦かざうらが俺の前にいる。
「風浦。一回目のジャック犯の番号に、もう一度掛けてみないか?」
「もう一度? 必要あるのか?」
「正直分からん。でも……油断してるかもしれないだろ? 何かあるかもしれない、手掛かりが」
「そんなまさか」

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 歌川うたがわは妙な発想をすることがある。それが当たるかどうかは、まあ、半々か。
 そう思っている俺に、歌川の声は続けた。
「まあ聞けって。俺達みたいな奴がまたそっちから掛けるとは――って油断してる可能性……ほら、十分あるだろ? 何か少しでも解析できりゃあいい。そりゃ、これから二度目のジャック犯の番号に掛けるのはない。それはないけど一回目の奴にだよ。どうだよ。奴らだって『俺達からの通話だな』とは決め付けて掛かれないんだぜ?」

 これはうまい手かもしれないと思い、俺は大人しく聞いていた。
 歌川は続けた。

「前は、手掛かりになりそうな音声はなかったって言ってたよな? でも、長引かせれば何かの音やワードは入るかもしれない、そこから何かはやれるかも。実際どうだったんだ? 前にやった時、そんな余地すらなかったのか?」

 聞かれて首をひねった。どうしてか、つい溜め息も出た。
 だが、もうわらにもすがる感じだし、悪くはない気がした。「確かに、それをやらないよりはマシ……かもな。よし、もう一度やってみよう」


 左雨ささめを探し、またコンピュータ機材倉庫に向かった。そこで録音機を手に持たせ、また郊外へ。
 今度は希美子きみこさんのタオルゲートで行くことになった。
 今回は歌川も含めて四人。
 以前とはまた別の公衆電話を使って、掛けてみる。準備も万端。

 この時には随分日が昇っていた。八時くらいか。
「現在、電波の届かない所にいるか――」
 つい溜め息をいてしまった。

 ――そうか。奴らは今朝のことでこっちにも警戒したんだ。多分そうだ。

「駄目だった、多分あの番号のスマホを壊されてる。念がっていればジャック二回目の方のスマホもだ」
 この言葉を聞くと歌川は嘆いた。「くそっ――。じゃあ、なんだ、この状況じゃあ、あいつらが次また同じことをしてくれるとは思えないよな? 番号の表示なんかは特に。そうなるともう……」
「そうだな、多分通話はもうできない」
 だとすると、奴らはこれからどう動くのか。

 奴らは電波ジャックをもう行わないかもしれない。そんな未来を見据えた作戦も考えなければならない。奴らもこの方法で大樹だいきくんを釣れないということが分かったはずだから――。

 じゃあどんな行動に出る? とりあえず別のスマホを調達するために、誰かをまた襲うかもしれない。そういう被害が出た時のために、一般人に警告だけはしておくか。
 もし、奴らがまた電波ジャックを行うとしたら?……あるかもしれない。そんな時何か対策ができないか……。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ――ついさっきまでシャー芯のケースを握り締めていた。そのはずだった。その感覚は確かにあった。
 その手にいつも念じているみたいに、無意識にゲートを作っていたのか、僕はいつの間にか学校の屋上にいた。

 ゲートを消し、辺りを見てみた。
 明るい空の下に、誰もいない運動場がある。声のない校舎も。
 きっと誰もいない。事務員も用務員も。警備員が誰か来ているかもしれないけど、そんな声もない。

 すぐ南にあるマンションの方を向いてみた。いつも学校での昼食時に見えているマンションだ。そのベランダには何もない。どこの部屋にも。何もない。物干し竿はあっても何も掛かっていない。
 そのマンションの窓が、なぜか今、一斉に開いた。
 何だ、と僕が思った瞬間、それらの部屋に住む者達が僕に向けて――

「なんでお前のせいで怖い思いをしなきゃいけねえんだ! 意味分かんねえんだよ!!」
「というかこんな所にいるんじゃねえよ! お前がいる場所がどういう場所になるか分かってんのか!」
「そもそもお前捕まってしまえよ! 必要な犠牲だ! それってこういう時の言葉だろ!?」
「そうだ!!」
「お前のせいだ!!」
「というかおとりになるって話はないのか!? それでどうにかしてしてしまえばいいんじゃねえのか、あんな奴ら!」
「そうだそうだ! どうにかできるかは知らないけどな! それでも行けよ! 迷惑なんだよ!!」

 喚き。ただそれだけが聞こえた。

 僕は何も考えられなくなって、呼吸を乱しながら後ずさった。一歩、また一歩と。
 逃げたくなった。その気持ちとはまた別に、何か言っておきたい気もした。
「な――」
 でも、言葉がうまく出てこない。

「なんで面と向かってそんなこと言えるんだよ!」

 泣く前のような声で、そう聞くことしかできなかった。
 すると誰かが言った。

「自分の姿をよおく見てみろ! お前の居場所はここじゃねえんだよ!」

 言われて、自分の手や腕を見てみた。
 青かった。

 ――なんで。

 怖くなった僕はゲートで自分の部屋に戻った。
 そうして移動した先は本当の自宅の方の部屋。つまりマンションの。
 混乱したまま、走って洗面台の前へ。
 そして鏡で確認した。
 気付く。
 全身青い。いつもの自分じゃない。

 僕ハ、ナンデコンナ姿ヲ、シテイルンダ――!



 ハッとした瞬間、天井が見えた。綺麗過ぎる天井。地下の。
 夢だ。夢だったんだ。

 なんて夢だ。もう声を上げて泣いてしまいそうだ。喉から息が絞り出される。自分でもまだ理解の追い付かない感情のせいで。

 嫌な気分だ。なんて後味だ。そう思いながら僕はゆっくりと身を起こした。
 その時だ、視界の下端が妙に青くて違和感があった。
 鼻と口の先。それとほっぺた。それらが青い。
 手を見てみた。手の甲もなぜだか青い。前腕には翡翠ひすい色の甲殻が。

 なんでだ。
 僕は僕だ。地球の――日本人であり、藤宮ふじみや家の――普通の人間なのに。

 割り当てられた地下の部屋。このの洗面台の前に行って、鏡の前に立った。
 目の前にいるのは、ルオセウ人。それにしか見えなかった。

 変身したいなんて思ってない。夢と連動して? なんでだ。そんなことで?
 まさか、細胞に変化が?――嘘だ!!

 つい、叫んでしまいそうだった。
 胸に穴が開く。
 それを感じながら、元の自分に戻れるように念じた。元の自分を想像して新たに変身するのではなく、あくまで戻るというイメージで。この状態を解除するというイメージで。

 できてくれ。お願いだから。

 念じ始めてからは目を閉じていた。目をゆっくりと開けて、目の前の鏡を見た。僕が映っていた。元の姿の僕が。
 ほっとしながら洗面台の縁に手を突いた。そして項垂うなだれた。

 ――僕は人間だ。地球人だ。日本人。これがベース。この姿で年を取っていきたい。それができるはず、そうできる未来があるはず……。
 でも、できなかったら? 遺伝子レベルで『ベースが変化してしまった』とかだったら? そして『次』があった時に……?
 怖い。
 僕は……。僕は何なんだ……。

 洗面台を抱くみたいに、縮こまってしまいながらも、僕は思った。

 違う。違う……! 僕は、人間だ、僕は、普通の、地球の、日本人の、藤宮大樹……。
 そう思ってからすぐ、服が伸びていることに気付いた。

 どうせ寝汗で不潔だ、着替えないと……。

 ただ、ズボンを確認すると尻の部分が裂けていた。これはもう縫うしかない。
 まだこんなに新しいのに――と、すぐに雑巾にしてしまったり捨てたりするのも申し訳ない気がした。
 そう思って部屋へ行き、クローゼットを開いた。
 服は幾らでも用意されている。ずらりと。新しいものに着替え、すぐに地下のコンビニに向かった。コンビニの時計で確認したが、時間は七時半だった。

 ソーイングセットと当て布を買い、部屋に戻ると、それらを広げ、縫い始めた。裂け目が広がらないように当て布の内側になる部分を糸で固定してから、当て布自体は――かがり縫いでいいだろう。
 それも終える。意外とうまくできたあと、ふう、と溜め息を吐いた。

 何だかぼんやりとしたくなった。
 深呼吸をしてから、少し伸びた寝間着を畳んだ。それを自分が寝ていたベッドの端に置くと、今度はリビングへ。
 喉が渇いていた。何か飲みたい。
 さっきまではとにかく気分が落ち込んでいて、そういう意味で心も渇いていたけど、少し冷静さを取り戻してはいた。とにかく、今は物理的に喉を潤しておこう。
 と、注いだ麦茶を飲みながら、テーブルにあるリモコンを取ってテレビをけてソファーに座った。

 これと決めたニュース番組だけ見ることにすると、リモコンをテーブルの上へそっと置いた。
 テレビには女性リポーターが。
 にいる彼女が言う。
「ここは噂の仙洞せんどう高校です。御覧ください、この通り、静まり返っています。早期の解決が望まれていますが、日常を取り戻す日は、いったい、いつ来るのでしょうか。それとも、かつてここにあった日常は、取り戻されることがないのでしょうか――」

 警察や隈射目くまいめ、イチェリオさん達、政府なんかがどう動いているのか。それ次第。
 うまくいくことを願うしかない。
 ただただ、誰にも届かない溜め息が出た。
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