ブルーピーシーズ

弧川ふき@ひのかみゆみ

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第4章 ケズレルモノ

47-2 焦る想いと移動

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 イチェリオさん達が世話になっている高戸たかとさんという人が持っているらしい山奥の洋館に移動した。お兄ちゃんやお姉ちゃん、お母さんと一緒に。
 大きな洋館だ。そこへあとからお婆ちゃんも来た。

 調査に関わっていない隈射目くまいめの人員は支部に移動した。もう本部は、病原体研究室以外はからっぽらしい。そこの警備をやると言った人がいた、歌川うたがわさんだ。彼いわく、「そこだけは守らないと危険」らしい。

 守るべきものを守れることが、どれだけ大切なことか。
 僕は身をもって知った。
 ただ、こんな知り方をしたくはなかった、そう思うほどの事態。

「大丈夫ですか?」
 と、誰かに問う犬神いぬがみさんの声があった。
 そちらを見ると、その相手は希美子きみこさんだと分かった。
「え、ええ……。痛くはないんですけど、何かこう、しびれが」そう答えながら顔に手を近付け、それでも触れない。そんな希美子さんの右顔面は大きく腫れていた。

 それを見てピンときた。敵も少し前まであの本部を知らなかったはずだから、誰かに連れられて来たはず。希美子さんはゲートを使える。シリクスラさんの姿でだまして、それで。きっとそういうことだ。

 その腫れた顔はとても痛そうだった。でもそれを通り越してしまっているんだろう、痛くはないって……。それほどだなんて。見ている方が痛い。
 一つ間違えれば希美子さんは死んでたんだ……。

 ……そういえば奏多かなたさんは?

 奏多さんは同じようにこの洋館に運ばれてたんだけど、それから支部に運び直された。その様子を僕は見てた。希美子さんよりも重傷だった。その後、国邑くにむらさんと支部のスタッフが処置して、国邑さんだけが洋館に来たみたいで――。
 国邑さんは、窓際の椅子に座っている。
 その国邑さんに近付いた。「あの。奏多さんは……。奏多さんの容体は、どうなんです」気分を戻せないまま聞いた。
 すると彼女は。
「うまく処置できて、安定はしてるわよ」
 気遣って言葉を選んだみたいだった。そう見えた。
「後遺症とか、は……?」
 少しだけ間があって、それから国邑さんが、
「残るかもしれない」
 って。
「そう、ですか……」
 僕はそれしか言えずに離れて、ソファーに適当に座った。

 なぜか叫びたくなってた。頭をきむしったあとのこの手を握り締めて、自分の拳で自分の胸をぶち壊してしまいたいくらいに。もう、僕はどうにかなってしまったのか。何かが僕の中に消えずに溜まってる。
 悲しくてしょうがない。
 どうしたらいいんだ。
 つい、この気持ちを何かにぶつけたくなってしまう。
 僕をめぐって戦ったりするなよ。じゃあ何か? 僕が。やっぱり僕が犠牲になれば。僕が身を差し出せば? ルオセウには申し訳ないけど、そう思ってしまう。

 でも、その過程に――連れて行かれてから利用されるまでのあいだに――チャンスがないとも限らない……そうも思ってしまう。僕が行ってもまだ希望はあると、そう思ってしまう……。
 関する人を助けたいし、なるべく被害が少ないようにしたいし、もう自ら動きたい。でも、相手の数は多い……?

 相手の拠点のこと。どうだったのか聞いてみると、本物のシリクスラさんは言った。
「大勢の突入部隊もいて私達もいて、それなのに苦戦した」

 僕がいるくらいじゃ駄目なのか……? 僕が特殊で、意外な行動ができても? 奴らが油断しても……?
 みんなどう思ってるんだろう。みんなどう動くんだろう。

 そう思って佐倉守さくらもり家のことが気になった。
 佐倉守家のうちゲート能力を有する者は、皆とりあえず高戸たかとさんのこの洋館に一度は移動した。でも一旦、自宅に待機することになったようだった。今後の作戦が決まってから、もしかしたら彼らも今度は――。

「船ではどうだったんです?」
 ふと、国邑くにむらさんがシリクスラさんにそう聞いた。
「私達も知らない機械がありました。恐らくは侵入者迎撃用のマシン。ルオセウで連中が隠れて作っていた人型兵器……ということになるでしょう、それがありました、一体は私が壊しましたが――」
「まさかそれで」
 国邑さんが嘆いた。
「いえ、私と一緒だった部隊は違います。腕時計型のゲート装置……と、型紙の使い手に――色々なもので不意を突かれて――やられました。それだけでも状況はよくありません」
「はあ……そんなにやられるほど、か……」
 そばにいた風浦かざうらさんがそう吐き捨てた。
 その声はあまりにも小さかった。聞かれることで不安をあおってしまうのが嫌だったのかも。まあ近くにいた僕には聞こえたけど。

「私は」シリクスラさんがまた何か言おうとした。少しだけ間があって、それからまとまったらしい。「犬神いぬがみさんから『緊急事態』という通信を受けたんです、自衛隊から支給されたこのイヤホンで」
 状況説明をしたかったのか。
 シリクスラさんはイヤホンを二つしていた。翻訳機用と通信用か。
「人質は?」
 と風浦かざうらさんが問うと。
「分かりません。型紙使いの男と戦って、なんとかやり合えている時にその通報があったんです。人質のいる場所にすら――」
 みんなの表情がどんどん暗くなっていった。希望まで見失ったみたいに。

 数分くらい経ってから、扉が大きな音を立てて開いた。
 そこから勢いよく入ってきたのはイチェリオさんだった。
「ここにいたのか。なんで本部にいないんです」
 イチェリオさんが言った。
 檀野だんのさんもここにいて、壁に背を預けて立っていた。そんな檀野さんがイチェリオさんに近付いて。「侵入されたんですよ、隈射目くまいめ本部に。眞霞まさか駐屯地も恐らく危険です」

 新たにここへ来る人がいれば同じ説明を繰り返すことになる――とは僕も思っていた。ほかにも同じように思う人はいそうだ。檀野さんも多分その一人。
 檀野さんは詳しく経緯を話した。
 ヴェレンさんにも言うことになるかも。
 そう思った時だ。イチェリオさんが何か言いそうにした。それから、重々しく静かな間を取ってから――
「ヴェレンは死んだ。ほかの者も大勢」
 と。
 理解するのになぜか時間が掛かった。

 ――え、嘘だ、そんな。

 そう思って、前線に関わった何人かに視線をやった。シリクスラさんも今知ったような感じで、目を見開いていて……。
 そこでまたイチェリオさんから声が。
「今回の人質は何とかほとんど解放してやれたが、まだ二人残っている。それに奴らは、誰かを人質に取るなんてことなら幾らでもやるだろう。時間を掛ければ人質は増える。早急に手立てをと……自衛隊の使っていた会議室に行った。そこで聞いたんです。逃げることができた者からこのイヤホンを使わない方法で通信が入っていた。『ヴェレンさんが死んでしまった、蜂の巣にされてしまった』と……」
「そんな……!」
 風浦さんが声を上げた。それほどの事実。とんでもない事態だと、嘆く顔。

 その時、シリクスラさんは僕らに背を向けた。声もなく。
 彼女はどんな顔をしているのか。壁に向かって歩いて少しうつむいている。そんな様子だと、多分――信じていた仲間が亡くなったなんてと、それを信じたくないほどの……切ない顔をしていそうだ。

 ここにいるのは、ほとんどが本部にいた者。まあその何やら駐屯地にいた者もいない訳ではない。
 そういう事だから、ヴェレンさんがどうなったかを知らない人がいてもおかしくはないし、知っている者がいてもあえて言わないこともありえた。『言えないでいた』なんてこともありえた、『言いにくくて』とか色んな理由で……。
 僕も初めて知って――とんでもなく吐き気を覚えて――滲んだ視界を見ていた。

「実は彼の父親が――」
 誰かが説明してくれている。それだけは分かった。なのに僕はただただ地面より向こうを――焦点の合わない場所を、揺れる視界でただ見ていることしかできてない。

 しばらくして、この洋館の広間にいるみんなに聞こえるように、風浦かざうらさんが声を。「イチェリオさん、チョークを操ってみてくださいよ」

 それは彼を疑っているということだった。敵である可能性がある、と。
 少し間があった。
 それからイチェリオさんが、
「まあ、当然ですね」
 と。
 イチェリオさんの前にチョークが一本現れ、浮いた状態からその手に落ちた。どうやら本物。
「すみません、必要だと判断したので」
 風浦さんは、悲しそうに、申し訳なさそうに、いつもより小さくそう言った。
 イチェリオさんは、特に気にしてない顔で。「構いません」

 やり取りを聞いて気になった。今からでも救出できないのかと。イチェリオさんに余裕がありそうに見えたし。
「駄目なんですか、本当に、今からでも。放っておいたら人質が……死んじゃう。死んじゃうんですよ。死んじゃうじゃないですか! お父さんも! 奴らの声明なら知ってます、さっきここで聞いた。奴ら、人質を殺すって脅してたんでしょう!? 危ないじゃないですか! ゲートをつなげてくださいよ! 僕をその船に――!」
「駄目だ!」
 その反応は僕にとって意外だった。それはイチェリオさんが荒らげた声。

 深く息を吸ってから、イチェリオさんがまた。「さっきのでもう力尽きた。もう逃げるので精一杯だったんだ。加勢できない」

 そう……だったのか……。でも。でも……。

「じゃあ僕だけでも」
「そんなのは駄目に決まってる!」イチェリオさんの声が大きく響いた。「だがまだ希望はある! 人質があまりにも少ない。それに君の父親なら特別だ、きっと殺さない」
「殺さない? そうとは限らないでしょ!」
「君の親なら特別だよ。それよりも心配なのはほかの人質だ。そっちは三十代くらいの男女一人ずつ。大樹だいきくんの父親が捕まっているなら女性の方はまだ無事かもしれない、研究対象として男女はセットにされている可能性がある。男性の方は殺されないことを期待するしかないが……奴らも脅しの為には無駄に殺せない、そんな対応になるよう願うしかない」
「じゃあ……! それが正しいとしても、見捨てるつもりなんですか!? その男性を! しかも全部、推測の話じゃないですか!」
「回復したら助けに行く! 生きていたら助かる!」
「生きていたら!?」

 ふざけないでください――そう叫びたくなった。

「僕を奴らの船に連れてって!」この僕の叫びは、今までで一番うるさかったに違いない。「シリクスラさんでもいい! ゲートを! 繋げられるんでしょう!?」
 この叫びのすぐあと、ヴェレンさんのことで背を向けていたシリクスラさんがこちらを向いた。
 そして僕に告げ始めた。
「駄目です。あなたを行かせられない。舞佳まいかさんなら現地近くを知っていますが、彼女のゲートで行くことも許しません。……行こうとするなら絶対に止めます。注意すべきなのは連中のマギュートだけじゃない。私が戦った排除マシンは連中の船にあと何体いるのか、それすら分かっていないんですよ」
 そこで、
「あの!」
 と、自衛隊の服装の一人が割って入った。「現地に隠れて残っていた部隊から連絡が。奴ら、船を動かしたようです。どこへ行ったかは不明。透明化したのと高いステルス機能のせいで『完全に位置が分からない』と――」

 それはつまり、シリクスラさんや舞佳さんのゲートで行くこともできなくなった、ということ。

「もう無理ね……やり様がない」シリクスラさんが静かにそう言った。
 僕は言葉も出せなくなった。息すら忘れていた。

 何もしようがない? 本当に? こっちからはす術が、なんにも……? そんな……。
 言うべきことが見当たらない。
 なんだよ。なんだよこれ。

 嫌な感情が湧く。
 誰に、何に、今は何を向ければいいかも分からない。「どうするんですか。こんなのひど過ぎる。人質が死んじゃう。どうするんですか」
 少し考えてからだったのか――間があってから――イチェリオさんの声が聞こえてきた。
「奴らも回復したがってるはずだ。だから船を動かし、時間的な余裕を確保した、ということかもしれない。だったら奴らもあまり動けないだろう。人質の補充も難しい……と思う……。恐らく、ぞんざいには……いや、分からないが、死にはしないだろう」

 だろう? だから、それは、願望でしょ。

「だったら今のうちに――回復する前のあいつらを――」と、言ったのはお兄ちゃんだった。
 お兄ちゃんは途中から話を聞いていたらしい。
 対してイチェリオさんが応じた。「いや。俺達が奴らの船の中を知っていても、船が移動してしまった以上、サポートすることができないんだ。俺達がサクラを回復できて、奴らが移動する前だったら違ったんだがな」

 そう言われると、お兄ちゃんは、現状を呪うかのようにうつむいて、顔をしかめた。そしてイチェリオさんに背を向けて少し遠くまで歩くと、ちょっとした狭い階段の一番下に座った。

 そんな時になって、僕はやっと納得していた。――相手が移動していなければ手はあった……でも、こちらの回復も必要で……。
 そしてもう船の場所は分からない。どうやって知るというのか、その位置を。

 もううまく考えられずにいた。割り切れない。ただ心配でしかない。何もできないでいるだけでまた誰か死ぬんじゃないかと。これは人質の話だけにとどまらない、どうしてもそんな気が……。
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