ブルーピーシーズ

弧川ふき@ひのかみゆみ

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第4章 ケズレルモノ

55-4 捕らわれた形でやれること

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 ふと考えた。今頃みんなどうしてるんだろうと。

 六月も中旬になろうという頃から、僕は一か月もの旅に出ることとなってしまっている。とはいえ最初は意識がなかったけど。この船が地球を去ってから、いったい何日経ってるんだ……?

 そして更に思うのは、肉付きは少し悪くなっているということ。鍛え直さないとどうなってしまうか。

 梯子はしごを登った先のドアには鍵穴もない。
 ドアの横には三列四行のボタンがある。浴槽の部屋のドアの横にもあった。あれと同じ形。
 これにこちら側から触れても何の反応もない。奴らがそう設定しているんだろう、僕が出られないように。

 この部屋で、生活に必要な最低限のことはほぼできる。トイレ、風呂もあるし、広さなんかはさっきの浴槽の部屋の三倍くらいはある。トイレと風呂の広さを引けば二倍か。

 とはいえ浴槽の部屋と幅は同じくらいに見える。違うかもしれないがぴったり同じ可能性も。こう思えるほどの幅なのは、恐らく、外周通路より外側のこの環状エリア(船の中心をぴったり中心にして回転し重力を疑似的に生み出しているであろうエリア)の各部屋の外装の高さが一緒でなければ、より円滑な回転ができないからじゃないか……。
 違うのか? と質問しても通話が開始していないのか、やはり答えてもらえなかった。多分、合ってるとは思うけど。

 横長の部屋という感じで、横からの圧迫感なら多少はある。『気になる点なんてその程度』というくらいには快適だ。
 トイレでは便を出したあとボタンを押す。
 すると少量の水が出てきて拭くのに使った紙と一緒に便がよく滑り吸い込まれていく。
 真空を利用してるのか。飛行機にもこんなのがあるはず、映画とかで見た――そんな感じだ。

 風呂の掃除は機械がやってくれる。洗車用みたいな大きなブラシが上から出てくる感じで。
 ブラシ自体は常に風呂場の上にあって勝手に乾きそうな感じだ。風呂場のお湯や洗剤を含む水は遠心力で排水口に集められてどこかへ行く、そういう構造らしい。どこへかは分からないけど。

 風呂を出たあとは日本の基本的なバスタオルよりも大きな吸水性抜群のタオルで体を拭き、体をよく乾かす。
 そこで、また型紙の男の声が。
「そのタオルは、干す前と乾いたあとで強く振ればほとんど元に戻る。交換せずに使え。感触は変わらないが、三週間くらい経ってから交換するのが一つの目安だ。そばの青いスイッチを押して補充されるものを掛け直せばいい」
 しばらくは、体を拭いた布を言われた通り振ってから、近くのタオル掛けに掛けておけばいいらしい。

 部屋の掃除は自分でやってくれとのことだった。シートのついたワイパーが端に備え付けられている。クルクルと回る粘着紙のクリーナーもある。粘着紙のクリーナー(ローラー)では布団も掃除できた。

「ゴミは汚くなった服と一緒に角のゴミ箱に捨てろ」言われたのでその通りに。
 ワイパー用の替えのシートも近くの引き出しにある。でもこのシートがそこまで汚れない。これもそんなに替えなくてよさそうだ。

 着替えもある、しかも大量に。
 型紙の男はこうも言った。
「さっきも言ったが脱いだ服はそこのゴミ箱に捨てろ。捨てたあとゴミ箱はしっかり閉めておけ。毎日着替えをするだけでいい。洗濯用の機械はないのでね」

 よく見ると乾燥機もない。
 その理由が思い付かなかった。――数時間後に思ったのは、多分節水のためか、ということくらい。

 幾つか地上との違いはあれど、不自由はやっぱりそこまでない。これは、研究対象として僕が死なずに運ばれることが彼らにとって重要だから当然といえば当然なのか。

 ストレスもよくないのか、気晴らしに絵を描くことも許された。フリップにペンとイレイサーという形だけでだ。まあこれで十分と思うことにしよう。

 もう最悪なことしか待っていない可能性も――と考えたこともあった。
 その考えがもし正しいならと舌をんで死んでしまっても、死体を冷凍保存されたりして研究対象にされる可能性が少しはありそうだ、そう考えると死ぬことに意味はないかもと思えた。

 どうしても生きてやるという想いは強くなった。まあ約束もあったから死にたくなんてないけど、それはより強固な気持ちへとなっていった。
 ただ、様々な不安がありはする。

 ……いっそのことルオセウに関することをデザインのためにこの頭に入れ込むいい機会だと思うことにしようか。――こんな風に前向きに考えなければどうにかなってしまいそうだ、切実な想いばかりではやっていけない。
 でも、デザインを盗むことだけは星が違おうが違うまいがやらない、彼らに悪いというより自分が胸を張れない。

 彼らは食事を与えはするが、それすらボタン一つ。
 会いにも来ない。合図もなし。

 話し掛けられようがどうだろうが、やることと言ったら、考えることと体を鍛えること、飲食、排泄、絵画、休憩、掃除くらい。それに、奴らの目を盗んだ変身時のしゃべる練習もか。トイレや風呂まで見られているかもと思うとぞっとする。

 汗をくと喉の渇きも早くなる。生物の真理。だからか、なぜかパッキングされた水を定期的に出してもらえた。奴らはきっと僕が体を鍛えていることを見て知っているし、僕の体内の水分・塩分量も気にしているんだろう、正常な状態のまま運ぶために。優しい訳じゃない。

 この部屋から出られそうにないが、もし出られても連中は航行を止めないだろう。だから抵抗に意味がない。そういうことを早々に理解していた。

 ――自分を鍛えてもその成果を実感できるのは、多分到着後だ。

 成果は何も戦闘や逃走、調査の時にだけ出るのでもない。ルオセウの重力が地球よりあれば動きにくいはずだから、その対策にという意味もあった。

 奴らを止める。諦めてはならない。
 仮に僕が舌を噛んで死んでも僕の死体は活用されうる――とは前にも考えたが、それ以外にも――奴らは別の誰かを研究対象にしようとしてまた地球に誰かを寄越すかもしれない。それが一番嫌だ。

 その意味でも僕は諦めるべきじゃない、僕は正しかった――という考えは前に強まった時よりももっと強くなった。

 地球にまたこの類の連中を送られる前に止める。そう思うから――思えるから――諦めない。だからこそ、できる限りの体をと、何日も掛けて仕上げていった。
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