ブルーピーシーズ

弧川ふき@ひのかみゆみ

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第2章 X

12 確かめに来る者

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 昼は卵雑炊を食べたけど、もう夜だ。寝ていたら時間が過ぎるのも感じられない。
 こう辛い時は食くらいしか楽しみがない。
 誰かがそんなことを言ってた気がする。忘れたけど。今、確かになぁって身に染みてるよ。

 ふと、呼び鈴が鳴った。インターホンの通話ボタンを押したのか、お母さんの声が聞こえた。
「はあい」

 しばらくしたあとで、玄関のドアが開いてすぐに閉まった――というのが音で分かった。
 それからまたお母さんの声。
「あんたに届け物があるって。女の子が来てるわよ」
「えっ、もさか」

 もさか、って何だよ。もしかしてって言いたかったのに。まさかと混ざった? そんなまさか。
 頭も口も働いてないんだな。今は大人しくしとかなきゃだなぁ……。

 だるい体を必死に持ち上げて、顔を向けた。
 実千夏みちかじゃない。
 え、誰? 怖い。なんで?

「じゃ、私は料理があるから。安静にね」

 お母さんはそう言って引っ込んだ、嬉しそうな顔で。絶対なにか勘違いしてる。
 取り残された女の子が、ドアをなぜか急いで閉めて、素早く近付いてきた。

「あなたに聞きたいことがあって来たの」
「え? ていうかなんでうちの場所を知って――。そ、それにあなた誰?」
「ああ、えっと……届け物を渡したいっていう人がいて、その人が先生に聞いてて、それを盗み聞いたんだけど、この辺り、知ってたから。それですごく走って……。私、名前は愛理紗ありさ谷地越やちごえ愛理紗」

 名前に聞き覚えもないぞ、ないはず。何なんだ?

「なんで盗み聞いて来たりなんてしたの?」
 力なく聞くことしか今はできない。

「だから聞きたいことがあるんだってば」
「え?」いや、だからって言われても。「多分実千夏みちか……恩田おんださんだと思うけど、一緒に来りゃいいのに、一緒じゃ駄目なこと?」
「そう、駄目なの、私も早く帰らないと」
「…………」

 人に隠したがること? 僕とは話したい?
 ……え? 何? 何だろ。まさかマギウトじゃ……?
 谷地越やちごえさんは先を急いでいるからか、早口で。
「私、知り合いに医者がいて、検査をこっそりしてもらったことがあるの」

 え!
 まさにその話だ。だからなの? 道理で。

 に落ちたあとは次の言葉に期待した。
「私、自分が普通じゃないから。何かおかしなことが起こるんじゃ……って思っちゃってて」

 ほぼ想像した通りだった。僕と同じ側なんだ、多分。
 力を悪用する側じゃなく、力に翻弄ほんろうされる側……。

「起こったの? おかしなことが」
 話したくないなら話さなくてもいいけど――
 僕は、だるい体を休ませなきゃいけないから、上体を起こしてからはずっとそのまま。動かずに聞いてる。

「レントゲン写真が」彼女はそう言うと言葉に迷ったようだった。口をもごもごとさせてから。「白い……枝みたいに、淡い光の線が、いっぱい映り込んでて――」
 谷地越やちごえさんは眉に力を入れた。そして僕の目を気にしているようだった。

 少し前の自分を思い出した。自分は何なのか、そう考えた時が――不安でしょうがない時が――確かにあった。
 谷地越さんが言う。「変なことを言ってるのは分かる、でも、あなたもそうかもってことを知っちゃったから」
「それで、聞きたくて?」
「ん、うん」
 まだよく知らない僕を相手に、谷地越やちごえさんも、どう言えば『なれなれしくならないか』とか色々と迷ったのかもしれない。
 彼女はうなずいてすぐに、また。「私の、伯父おじなの、その……検査した人。その人は、このことは誰にも言うなって言ったけど――」

 けど?
 ……ああ、僕に相談しに来たもんね、約束を破っちゃったよね――ってことか。

「屋上の、その、タンクの横にいて、聞いちゃって」

 タンクの横? 屋上って……じゃあ昨日? え、あそこのタンクの所にいたのか。それで知ったの? 僕が同じだってこと。
 あの時、少し見て回ったのになあ。声もしなかったし。
 でも、もっと小声で話すべきだったんだなあ……。
 でもこれ、運が悪いことではないよね。秘密を持つ仲間ができたのはお互いのためになる……はず。

 でもまあ、もうこんな出会い方をしたくはないけど。これをよしとして屋上とかで無防備に話したら、無関係な人に知られる、その虞は変わらずデカいワケだしね。

 彼女の伯父は隈射目くまいめの組織員じゃないんだろうな。
 幾らでも聞けたはずなのに僕が知ってるのは佐倉守さくらもり家のことだけ。彼女がこんなに困ってるのも、組織が手助けできてない証拠……なんじゃないかな。だってこれって長期間のことだし。
 うまく隠せてしまってる。裏目に出てるなあ。

 でもそのせいで、この人、詳しいことを知らないんじゃないの?
 谷地越やちごえさん、だっけ。仲間は伯父さんだけ、か……辛そう……。

「いい人なんだね、その……伯父さん」
 僕がそう言うと。
「うん。私が『秘密にしてくれる?』って聞いた時、伯父さん、こう言ってたの――」

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「僕はね、愛理紗ありさちゃんの不安を払拭したくて、誰にも知られないように検査したんだ。全部、ほかの誰でもない愛理紗ちゃんのためにだよ。それだけ。ほかの意図なんてないよ」

 記憶の中の伯父さんはそう言った。

「じゃあ――」
「誰にも言わないよ。だからほら。そんな不安な顔しないで。みんなも不安になっちゃうよ?」

 優しい笑顔を向けられて、私、思ったんだ……やっぱり伯父さんに頼ってよかった……って。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「そっか……」
 しんみりしたあとで、僕は腹をくくった。どうも嘘をいているようにも見えないし、谷地越やちごえさんになら言っていいだろう。

 深呼吸してから。
「その、検査の結果とかは……マギウトっていう能力に目覚めた証拠なんだよ。谷地越さんの体の中にはそのエネルギーとなる粒子状の物質」

 そこでき込んでしまった。
 息を整えてまた。

「――みたいなのがあって、それをサクラって言って――」
 僕は、これまでのことをつまんで話した。
 佐倉守さくらもりのことも。
 力の理由となる存在、歴史のことも。
 隈射目くまいめのことも。

「――どうかな。自分がどういう存在かが分かれば、不安もなくなると思う。まあ、それを知ればいいことは分かってるんだろうけど。……今の解答でよかった?」

 よし。最後の方は咳き込まずに言えたぞ?

 谷地越やちごえさんは大きなめ息をいた。
 で、うなずいて。
「うん。大丈夫。突飛とっぴだけど、自分で体験してるから――だから、信じられる」

 それからしばらく無言が続いた。
 そのあとで、また谷地越さんから。
「でも、私のこの血筋……、力……、残していいのかな」

『何を悩んでるんだろ』って思ったけど、それから、『ああ、でも、そっか』とも思った。

谷地越やちごえさんが、いつか立派な大人として、親として、うまく立ち回れそうならいいんじゃない? そうできない気がするならやめた方がいいと思う。でもまあ大丈夫でしょ? 印象からして、悩んだってのは分かる、この苦しみが分かる人だ――でしょ? だからその……その分、心配してるんだよね? 人のことを心配してる谷地越さんのこと、僕は信じられると思ったよ。……ま、自分でどう思うかだけどね、問題は」

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 私は、信じられる人が増えたと思った。こうまで考えて言葉にしてくれるなんて思わなかった。
「じゃあ、私はこれで」
 うん、話ももう済んだ。知りたいこと以上のことを教えてくれたし。

 でも、大樹だいきくんは引き留めた。「待って。もしよかったらさっき話した隈射目くまいめの人に会ってみない? 佐倉守さくらもりの人とも」
「え、でも……」

 胸の中に、不安と怖さが広がった。何に対してのものかはじんわりと分かった。

「あの、私、そういうのに関わるのは、ちょっと怖くて。だから、その……、知られたくないっていうか、深くまで知りたくないっていうか」
「そっか。……分かるよ、その気持ちは。怖いもんね、何かあったらって思うと。ごめんね、変なこと言って」

 私のために提案して、謝る必要ないのに謝った大樹くんが、そのすぐあとにせきをした。

 ああ、ごめんね、って私が思ったあとで、息を整えた彼が。「じゃ、気を付けて帰ってね」
 大樹くんはだるそうに笑った。

 こちらこそごめんね、熱もあって苦しんでるのに、色々と話させちゃって。すぐに知りたいっていう気持ちを抑え切れなくて……、本当にごめん。ありがとう。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 帰っていこうとした谷地越やちごえさんを見て、玄関まで送ろうと思った。ベッドから起き上がろうとする。その僕を、谷地越さんが止めた。
「ああ、いいよいいよ、ササッと帰るから、無理しないで」
「ああ、そう?……ありがとね」
「うん」

 部屋を出ていく背中だけ見送った。彼女も嫌な目に遭うようなことは、ないといいな……って思いながら。
 急な出来事――優しい通り雨みたいな時間が、終わりを告げた。嫌なことじゃなくてよかった、心の底からそう思う。
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