ブルーピーシーズ

弧川ふき@ひのかみゆみ

文字の大きさ
64 / 158
第2章 X

25-5 愛と恋

しおりを挟む
 やっと完全にいつも通りの生活に戻ったんじゃないかな。もう護衛もされてない。退院後、特に事件も起こってない。
 平穏な毎日が身に染みる。
 近頃はとんでもない事ばかりだったからなぁ……浸りたくなるよ、そりゃあもう。

 駅の出口から少しだけ出た所にあるベンチの背もたれに体を預けて、なんて日々を過ごしたんだと思いながら空を仰いだ。
 曇り空。晴れろ~、なぁんて、ちょっと思う。気持ちと一緒に晴れろってね。色々あったし。雨や曇りも好きだけどね。

 折り畳み傘を持ってきてはいるけど、使わないで帰れればもっといいな――って思ってから少し経った頃、実千夏みちかが駅の出口から走ってくるのが見えた。
 僕の前まで来たら、実千夏は、
「ごめん、遅れた?」
 って言ってから、右隣に座った。「ふう」って息を整えてる。それだけで嬉しいのはなんで? 多分、今顔に出てる。

 ちなみに僕は約束の四分前くらいに来てた。実千夏は二分前だ、全然遅れてない。まあその事実があろうとなかろうと、退屈なんかしてない。もう、気持ちの全部を伝えたくなっちゃう。
「全然待ってないよっ」
「そっか、よか……」

 実千夏はそこで息を止めたみたいだった。なんだろ。
「その怪我、い、痛い……の? 今でも……」

 実千夏が具体的にのことを言ったのか、僕には分からなかった。まあ多分、全部の傷をまるごと心配してはいるだろうけど。切っ掛けが――ってまあそれはいいとして。
 僕の足や腹、肩の包帯はまだ取れてない。
 見えてるのは肩の傷のための包帯。彼女の視線もそこら辺。

「痛くないよ、今はね。大丈夫。まあ無理はできないけど、それだけだよ、ホントにホント」
「そ、そっか……」
「そんなことより、大事な話をしないとね」
「そ、そうだね。じゃあ、案内するね」

 それから、実千夏がよく行くカラオケ店へ――。
 まだ少し引きつるけど、腕を組んでもいいとは思ってた。でも、実千夏が、
「痛かったらいいよ」
 って。
 強制したくはないし、腕を組まなかった。組んだら多分、実千夏が気にするから。


 普段ならデザインを楽しむのと夏の課題、趣味とデートの日々を過ごしているはずだった。だけど。
 今はカラオケ店。
 その一室に、店員から渡されたキーで扉を開けて入った。
 コの字に設置されたソファーに、まずは実千夏みちかが座った。ドカッと真ん中に。

 実千夏はマイクなんかに手も触れずに。
「さ、話してもらうからね。あれって……いったいなんなの?」
 どこから話すべきなんだろう。……よし、やっぱ最初からだよね。
 僕は扉を閉め切って、それから実千夏の右隣に座った。
 一から説明。
 組織・隈射目くまいめの表立ってできない活動だけは伏せて――。

「そ、そんな……。じゃあ、最初のあれも」
 実千夏が言ったのは、僕がマギウトに目覚めてからの、最初の致のことだろう、実千夏もさらわれたあの事件。
「うん。あの時、政略的に結婚したい、既成事実……っぽく相手をだましたい女性のせいってことにされてたけど、本当は、僕の力に気付いた人に利用されそうになってて……そのせいだったんだよ」
「そ、そう……だったんだ……」
 実千夏は信じられないって顔をしてる。そりゃあ驚くよなあ……。

 マギウトのために、僕の体内に存在するサクラという物質を消費することや、そのせいで多くの鉄分と、そもそも沢山の栄養が必要だということを知ると、実千夏はこうつぶやいた。「そっか、だから食事量が、いつもあんなメニューで、量も――」
 そして僕に顔を向けた。
「うん、そういうこと」
 僕の返事のあとで、実千夏は少し考え出したみたい。何を考えてるのか教えてほしいなぁって思ったんだけど、でも、聞かない。
 僕は待った。すると、実千夏は数秒ほどで。
「ちょっとやってみせて」
 そう言われるかもとは思ってた。
「いいよ」

 最近は、念のため、常にズボンのポケットに入れているシャー芯のケース。それを手に取って自分の胸の前に持ってくる。その状態で採点画面側にある監視カメラを背にするように、実千夏の左隣に座り直した。
 実千夏の方をしっかり向くことで、どう操作してもカメラに映らないようにする――僕の背でガードだ。

 更に、この部屋唯一の扉にはめ込まれた擦りガラスの向こうに人がいないのを見計らう。
 人の気配がない時に、念じた。
 芯は目の前で消臭スプレーの缶くらいの大きさになる。でもって、浮いたり、回転したり、太さを増して円盤になったり、そこからもっと薄くなったり、逆に厚みを増してこの部屋のスピーカーくらいの大きさになったり。

 もちろんというか、やっぱり、大きさの限界は僕の背中で隠せる程度。角度もそう。意識してそうさせて、増減能力で減らすことで、フッ――と消してみた。
「変身は……」そこで僕は立ち上がって、監視カメラの前に手を置き見られなくした。
 通行人の気配を見計らうと。
「変身はこんな感じ」

 意識して変身できるようになっていた。ここ数日その練習もしたんだよね。
 変身してみる。白と黒の縞模様の猫に。
 それも巨大な猫。まあ猫人って感じだけど。
 包帯がずれたりする可能性があったけど、それをできるだけ抑えるために元の自分と同じ大きさをイメージした。
 そのおかげか、包帯や縫合ほうごう糸が千切れたり外れたりすることはなかった。
 そしてそれを解き、元の姿に戻る。縫合跡に毛が挟まってないかと心配だったけど、とりあえずは大丈夫みたい。無事な変身をイメージしたからかも、毛は短かったし。

 ほんの数秒のできごとだった。
 僕が座ったところで、実千夏みちかは、
「す、すごいね……そんな感じなんだ」
 って、驚きをあらわにしてる。
 僕は首を縦に揺らした。
「でも、前は、八分経たないと変身が解けないと思ってたんだけど、最近になって、八分経たずに変身を解けるようになったんだ、自分の意思でね。維持もできる。九分、十分……、一時間、もっと長くも変身していられる。そういう意味では、僕だけが、今までの佐倉守さくらもりの変身可能だった人とは違う――みたいなんだよね」

「へ、へえ……」
 実千夏はうまく飲み込めないような顔をしていた。
「じゃあ……えっと、それとは別の話だけど、あ、あの時、柱……というか、枠みたいなのを作ってたのも、その……」
 言葉に迷ったんだろうね。しかも指によるジェスチャーで、写真立ての枠を表現するみたいに、あの枠のことを聞いてきた。そんな実千夏が、なんだか凄く愛らしい。

「ふふ。うん、それはこの芯を使ったマギウトだね。そうやってゲートを作った。ゲートの場合、枠状にするのに何本か同時に操らなきゃいけないんだよ」
「そ、そっか……」
 実千夏はそう言うと黙り込んだ。

 最後に忠告。「そういう訳で、ぶっとんだ話だったと思うけど……誰にも言わないでね。まあ言えないとは思うけど」
「そ、そうだね。誰にも言わない。言える訳ないしね」
「……ついでに歌う? 折角入ったし」
 提案されても実千夏は中々返事ができないでいた。

 ショックが大き過ぎたのかな……。まあそうだよね……。

 少し間があってから。
「そ、そうだね。楽しもっか」
 この時、今日初めて実千夏がマイクを持った。
 聴いてみて分かった、実千夏の歌声からは息苦しい感じが少しもしない。音程もずれることがあまりない。トロンボーンと音感のおかげかな。

 声量は二人とも同じくらいかもしれないんだけど、僕はたまに高音を出せない。
 それに息継ぎも多分僕の方が下手だ。

 隣の美人の声質はいつもながら魅力的。
 僕は素直に声にした。
「歌うますぎない? プロじゃん」
「そ、そうかな。……えへへ、なんか嬉しいな」
 元気に照れながら笑う実千夏は、とても可愛くて、急に触れたくなるほどで、この世で一番魅力的なんじゃないかな……ふとそんなことを思った。

 今はそんな顔ができるけど、この前までずっと不安だったはずなんだよね。そのことを連想して、僕は思った――もう不安にさせたくないなって。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...