【完結】縁因-えんいんー 第7回ホラー・ミステリー大賞奨励賞受賞

衿乃 光希

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三章 過去の行い

⒈モデルへの取材

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「わたしは記者です。っていう顔をしていてくださいね」
「わかってるって。なんかわくわくしてきた」

 芙季子は美智琉を供なって、ボサノヴァが流れるカフェの一角でスマホを操作している女性に近づいた。

 さきほどまで隣の貸スタジオでグラビアの撮影をしていた。
 午後からの撮影前にカフェで休憩している松本ねねへの取材の許可が下りた。
 カフェは成倫社の撮影隊によって貸し切られている。そのお陰で今店内にいるのは撮影関係者だけ。

「こんにちは。週刊成倫の大村と申します。この度はお時間をくださってありがとうございます」
「松本ねねでーす。よろしくお願いします」

 スマホをテーブルに置いて、ねねが顔を上げる。
 小顔で肌が白く、とてもキメが細かくて、触れると柔らかそうだ。金髪のショートヘアがよく似合っている。

「よろしくお願いいたします」
 芙季子は向かいの席に腰掛け、手帳とペンを取り出す。
 美智琉も隣に座った。
 ICレコーダーのスイッチを入れる。

「さっそくですが、宮前亜澄さんについて教えてください。ねねさんと亜澄さんのご関係は?」
「友達っていうほど仲良うないですよ。何回か一緒に撮影をしたことがあるだけ」
 関西のイントネーションでねねが答える。

 芙季子は事前に松本ねねのプロフィールを仕入れてきている。
 和歌山県出身。19歳でグラビア歴は4年。

「今回の事件についてはどう思われましたか」
「商売道具の体を傷つけられちゃって、可哀想やなって思います」
 言葉のわりに、口振りはドライだ。

「傷があると、やはり仕事に差し支えますか」

「だって引きません? 傷が見えたら。事件があったってみんな知ってるのに、後で修正してもらうのも不自然やし。うちは指先でも気をつけてますよ。バンドエイドの跡もどうかなって」

 きれいにネイルされた指先を見せてくれる。節やしわが目立たず、しっとりとした透明感を湛えている。

「プロ意識が素晴らしいと思います。亜澄さんも、そのように体を気遣っておられましたか」

「亜澄ちゃんは、どうやろう。少しの休憩でもすぐに服を着てたけど、あれは守ってるっていうより、隠してるって感じやった。脱ぐ時もじもじしてたし」

「恥ずかしそうにしていたんですか」

「うん、そう。そういう初々しさが写真に出るんやなって、思ってました。あれは亜澄ちゃんの強みやと思います。いつまで通用するかはわかりませんけど」

「作るのは難しいですか」

「やってる子もいるけど、うちには無理かなって。初々しさってデビューしたての時だけのものやと思いますね。お芝居の勉強させてもらってるんですけど、すっごい難しいなあって実感してますもん」

「写真はその一瞬だけを切り取るものじゃないですか。カメラマンの腕によるところもありますよね」

「もちろんカメラマンさんや照明さんの腕にもよりますけど、被写体の気持ちも重要やと思うんです。笑えばいい、ポーズすればいい、指示通りに動けばいいだけとは思ってないです」

「亜澄さんはどうでしたか」

「あの子はお母さんの指示に従ってました。カメラマンさんの指示にうまく動けてなくて、お母さんが声を掛けてました。お母さんが口出しした時、カメラマンさんが戸惑ってたのを見た事があります」

「撮影の邪魔になっていたのですか」
「前に出ちゃう人なんかな。娘がうまく表現できなくて、じれったくなっちゃうんじゃないですか」

「そういうモデルさんは他にいますか」

「事務所の人から後で言われることはあっても、現場ではないです。撮影の雰囲気を作るのはカメラマンさんやから。撮影ってカメラマンさんとの対話やと思うんです。コミュニケーションを取りながら、二人三脚で頑張ってるところにスタッフさんでもない、無関係の人が声を出したらおかしな雰囲気になってしまいます」

「亜澄さんの初々しさはお母さんの指示だと思いますか」

「それは違うと思います。お母さんは笑顔が足りないって叱ってましたもん。亜澄ちゃんの売りがわかってからは、口出さへんようになってました」

「他になにか気づいたことはありませんか。撮影後は他の方の撮影を見学していたそうですが」

「他……? あ、うちらとはほとんど喋らへんのに、カメラマンさんに話しかけてるのを見た事ありますよ」

「好みのタイプだったとか?」
「好みかどうかはわかんないけど、カメラの話してました」

「カメラに興味があるのかしら」
「カメラに興味あるふりして、カメラマンさん狙いなんかも」

 どや顔できらきらと目を輝かせている。他人の色恋話が好きなのだろう。

「そういうの、よくあるんですか」
「まあ、ありますね。スタッフさんを食事に誘ったり、誘われたり」
 うふふと含み笑いを浮かべる。

「亜澄さんは、どういう方が好みだとか話したことはないですか。好きな芸能人とか」

「知らないです。亜澄ちゃん、ほんまにうちらと喋らへんから。うちらどれだけ嫌われてるんやろうって思っちゃいますね。でも撮影は楽しそうに見てるんですよね。何考えてるんか、わかんないです」

「亜澄さんはいまだ目覚めていないようですけど、同業者としてはどう思われますか」

「ライバルが減って喜ぶ子がいるかも。うちは復帰とかの前に早く元気になってくれたらええなあって思ってますよ。ほんまに」

「亜澄さんのことをライバルだと思いますか」

「ちょっと意地悪な質問しはりますね。まあいいですけど。キャラが被ってないという点では、ライバルやと思ってません。それに……」
 よどみなく話していたねねが、口を噤んだ。

「どうされましたか」
「こんなこと言っていいかわかりませんけど、亜澄ちゃんは長くこの業界にいようとは思ってないような気がするんです」
 それまでふんわりとした雰囲気だったのが、すっと引き締まった。

「何か聞かれたのですか。悩みのようなものを」
「ただの直感です。亜澄ちゃんとはそこまで打ち解けてないです」

「直感でも、それは何かを見聞きしたから、そう思われたのですよね」

「そうですね。亜澄ちゃんにはプライドとか向上心がないように見えたんです。うちらがグラビアをやる理由は、胸が大きいとかスタイルがいいとかの武器が活かせることや、女優やタレントになるために名前と顔を売るためとか、夢を持ってる子がほとんどです。うちも女優さんを目指してます。好きやないと続かないと思うんです。撮影には体力使うし、ポージングの勉強だってしないとだめ。スタイルを維持して、撮影前は食事に気を付けて。カメラの前で水着になってぼんやりしているだけでできる仕事じゃないです。亜澄ちゃんからガツガツしたものを感じたことがない。受け身を悪いとは言わないけど、それだけで続けていけるほど、甘い世界じゃないですよ」

 口調が徐々に標準語に変わっていた。写真だけではわからない、ねねの仕事に対する真剣さを感じ取った。
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