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31.アデルとバーニー
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働いている食堂を教えてもらい、翌朝の営業が終わる頃に、アデルさんを訪ねた。
食堂から出てきたアデルさんに呼びかけると、彼女は元気に返事をして振り返った。左右に垂らした三つ編みが元気に弾む。
「結婚式のお姉さん。こんにちは」
「こんにちは。昨日、ご自宅に伺ったのですが、お父様との修羅場を見まして」
「ああ。あれ見られてたんですね。父さん、頭かちこちで。聞く耳持ってないのはどっちよって話ですよ」
「あれから、どうなったんですか」
「目も合わせてないです。あたし、怒ってますもん」
唇を尖らせ、ぷりぷりと怒っている口調で話すアデルさん。けれど、父親に本気で腹を立てているように思えないのは、どこか寂しそうな気配を漂わせているからかしら。
「本気なんですか? 駆け落ち」
「したくはないけど……」
「ご両親に、祝福してもらいたいですよね」
返答はないけれど、目が祝福してほしいと訴えていた。
お話をしませんか、とアデルさんをお茶に誘った。
「その前に、彼に会ってもいいですか? 毎日、顔だけ見て、すぐに帰っているんです」
「まあ、毎日なんですか?」
「休みが合わないと会えないから。朝の仕事上がりと、夕方の仕事前に顔だけ見に行ってるんです」
アデルさんと歩く道中、彼のことを訪ねた。
名前はバーニー・フレミング21歳。家業である花屋で働いている。
二人が出会ったのは半年ほど前、友人に誘われてテニスの見学に行った先に、彼がいた。
理子の世界のようにスポーツが日常的に行われる国ではないけど、貴族を真似てテニスや乗馬を趣味としている人がいる。
アデルさんの友人の婚約者とペアを組み、楽しんでいたのが印象に残った。とにこやかに話す。
「ポイントが入った時によしって拳握る姿とか、負けたときの悔しがり方がかわいくって、目が離せなくなっちゃったんです。一所懸命な人っていいなあって。友達もすぐにわかったみたいで、後日、食事に誘ってくれたんです。話しをしてみると、テニスをしてたときと印象が違って、すごく照れていて。何度か二人だけで会って、もう大好きーってなって、あたしから告白したんです」
大好きだと照れずに話す姿から、彼を想う純粋な気持ちが伝わってくる。
「彼、すぐには答えてくれなかったんです」
「考えさせて欲しいと?」
「はい。あたしは、結婚とか頭になくって、ただこの人と一緒にいたいなって思ってただけでした。でも、彼はちゃんと考えて返事をしたいって」
恋愛を楽しむ人たちが増えたとはいっても、結婚年齢が17歳から20歳が主流となっているから、多数の人との恋愛をするのではなく、ひとりの人と結婚を前提に恋愛をする。という自由からは遠い恋愛をするのが大多数。
きちんと考えて返事をしたいと考えるバーニーさんは多数派。それでも、私はまだ見ぬ彼に対して良い印象を持った。
「告白して次に会ったのが、十日ぐらい後で。結婚をしたら家業を手伝ってもらうことになるんだけど、って花屋さんの仕事内容を教えられたんです。季節の花を覚えるのと、アレンジメントの勉強は当然として、朝がとても早くて、水によく触れるから手が荒れやすい、立ち仕事で力仕事で、きれいな花を扱っているけど実際はかなり過酷だって」
「それを聞いて、どう、思われたんですか」
「今の仕事と何が違うのかなって。朝早い、食べ物の入った食器は重い、厨房とテーブルを行ったり来たり。お父さんたち体使う仕事してるから、すっごく食べるんですよね。あたしは家で手伝ってから知ってたけど、働きにきた人は量見てびっくりして、食器持てなくて、辞めちゃうんです」
「彼はわかってくれましたか」
「食堂に来てくれたんです。あたしがどんな環境で働いてきたのか、知りたいって。納得してくれました。ここも過酷だねって。それで、結婚を前提に交際することになりました。あの人です」
通りの向こうのお店を、アデルさんが見つめる。
建物の外観はレンガ造りで、日よけ用テントの下に鉢植えを階段状に並べて、道行く人々の目を楽しませている。
戸口近くの店内で、若い男性が笑顔で接客をしていた。
濃紺の髪はスポーツマンらしいベリーショート。体を鍛えているのが、半袖のブリオー越しにもわかる。
爽やかで感じのいい青年だった。
接客が終わり、鉢植えを買って帰ったお客に頭を下げた彼は、通りの反対側にいるアデルさんに気がついた。
はにかんだ笑顔で、手を上げる。
アデルさんは両手を上げて、飛び跳ねて嬉しさを全身で表すと、気が済んだのか、くるりと振り返った。
「行きましょう」
「もう、いいんですか? お話してもいいですよ」
「ううん。いつも手を振るだけです。仕事の邪魔したくないから」
驚くほどすっきりした態度で、アデルさんは歩きだした。
次回⇒32.アデル一家
食堂から出てきたアデルさんに呼びかけると、彼女は元気に返事をして振り返った。左右に垂らした三つ編みが元気に弾む。
「結婚式のお姉さん。こんにちは」
「こんにちは。昨日、ご自宅に伺ったのですが、お父様との修羅場を見まして」
「ああ。あれ見られてたんですね。父さん、頭かちこちで。聞く耳持ってないのはどっちよって話ですよ」
「あれから、どうなったんですか」
「目も合わせてないです。あたし、怒ってますもん」
唇を尖らせ、ぷりぷりと怒っている口調で話すアデルさん。けれど、父親に本気で腹を立てているように思えないのは、どこか寂しそうな気配を漂わせているからかしら。
「本気なんですか? 駆け落ち」
「したくはないけど……」
「ご両親に、祝福してもらいたいですよね」
返答はないけれど、目が祝福してほしいと訴えていた。
お話をしませんか、とアデルさんをお茶に誘った。
「その前に、彼に会ってもいいですか? 毎日、顔だけ見て、すぐに帰っているんです」
「まあ、毎日なんですか?」
「休みが合わないと会えないから。朝の仕事上がりと、夕方の仕事前に顔だけ見に行ってるんです」
アデルさんと歩く道中、彼のことを訪ねた。
名前はバーニー・フレミング21歳。家業である花屋で働いている。
二人が出会ったのは半年ほど前、友人に誘われてテニスの見学に行った先に、彼がいた。
理子の世界のようにスポーツが日常的に行われる国ではないけど、貴族を真似てテニスや乗馬を趣味としている人がいる。
アデルさんの友人の婚約者とペアを組み、楽しんでいたのが印象に残った。とにこやかに話す。
「ポイントが入った時によしって拳握る姿とか、負けたときの悔しがり方がかわいくって、目が離せなくなっちゃったんです。一所懸命な人っていいなあって。友達もすぐにわかったみたいで、後日、食事に誘ってくれたんです。話しをしてみると、テニスをしてたときと印象が違って、すごく照れていて。何度か二人だけで会って、もう大好きーってなって、あたしから告白したんです」
大好きだと照れずに話す姿から、彼を想う純粋な気持ちが伝わってくる。
「彼、すぐには答えてくれなかったんです」
「考えさせて欲しいと?」
「はい。あたしは、結婚とか頭になくって、ただこの人と一緒にいたいなって思ってただけでした。でも、彼はちゃんと考えて返事をしたいって」
恋愛を楽しむ人たちが増えたとはいっても、結婚年齢が17歳から20歳が主流となっているから、多数の人との恋愛をするのではなく、ひとりの人と結婚を前提に恋愛をする。という自由からは遠い恋愛をするのが大多数。
きちんと考えて返事をしたいと考えるバーニーさんは多数派。それでも、私はまだ見ぬ彼に対して良い印象を持った。
「告白して次に会ったのが、十日ぐらい後で。結婚をしたら家業を手伝ってもらうことになるんだけど、って花屋さんの仕事内容を教えられたんです。季節の花を覚えるのと、アレンジメントの勉強は当然として、朝がとても早くて、水によく触れるから手が荒れやすい、立ち仕事で力仕事で、きれいな花を扱っているけど実際はかなり過酷だって」
「それを聞いて、どう、思われたんですか」
「今の仕事と何が違うのかなって。朝早い、食べ物の入った食器は重い、厨房とテーブルを行ったり来たり。お父さんたち体使う仕事してるから、すっごく食べるんですよね。あたしは家で手伝ってから知ってたけど、働きにきた人は量見てびっくりして、食器持てなくて、辞めちゃうんです」
「彼はわかってくれましたか」
「食堂に来てくれたんです。あたしがどんな環境で働いてきたのか、知りたいって。納得してくれました。ここも過酷だねって。それで、結婚を前提に交際することになりました。あの人です」
通りの向こうのお店を、アデルさんが見つめる。
建物の外観はレンガ造りで、日よけ用テントの下に鉢植えを階段状に並べて、道行く人々の目を楽しませている。
戸口近くの店内で、若い男性が笑顔で接客をしていた。
濃紺の髪はスポーツマンらしいベリーショート。体を鍛えているのが、半袖のブリオー越しにもわかる。
爽やかで感じのいい青年だった。
接客が終わり、鉢植えを買って帰ったお客に頭を下げた彼は、通りの反対側にいるアデルさんに気がついた。
はにかんだ笑顔で、手を上げる。
アデルさんは両手を上げて、飛び跳ねて嬉しさを全身で表すと、気が済んだのか、くるりと振り返った。
「行きましょう」
「もう、いいんですか? お話してもいいですよ」
「ううん。いつも手を振るだけです。仕事の邪魔したくないから」
驚くほどすっきりした態度で、アデルさんは歩きだした。
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