サレ妻の一念発起〜嘘つき旦那と離縁して、私は会社を興します。お陰でステキなご縁に恵まれました〜

衿乃 光希

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32. アデル一家

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 アデルさんと喫茶店に入り、紅茶とプディングを注文した。
 食べながらゆっくりと話をする。

「結婚を考えている彼氏がいるとご両親に話したのは最近ですか」
「三週間ぐらい前です。母は知ってたみたいですけど」

 デート中のアデルさんをみかけた人からもたらされた情報により、交際している人がいると聞かされても母親はぜんぜん驚いてなかったそうだ。
 母親の情報網の広さはどこの世界にも共通しているのかもしれない。

「お母様も反対なのですか」
「たぶん反対はしてないと思います。やめなさいとは言われなかったので」
「それなら、お父様を説得してもらうのは、いかがですか」
「説得、してくれるかなあ」

 うーんと考えながら、紅茶を飲む。
 私はアデルさんが話し出すのを待っていた。

「うちの親はお見合い結婚なんですけど、すごく仲が良くて。あたしたち姉妹の前でも、隠さないんですよね」
「きょうだいがおられるのですね」
「姉がいます。四年前にお見合い結婚をしました」
「お父様がお相手を探してきたのですか」

 プディングを口に入れたアデルさんが首を横に振る。

「成人してすぐに話があったから、姉のときは関わってないんです。反対も一切しなくて。だから反対されるなんて思ってなくて」
「恋愛結婚は認めないと」
「はい。びっくりして、言い返したら口論になって。あんなにわかってもらえないと思わなかったです」

 眉尻を下げ、悲しそうな色を浮かべる。

「許可を得る前に、婚姻の知らせを出してしまったんですね。彼と話し合って、そう決めたのですか」
「私が勝手に出しちゃったんです」
 アデルさんはいたずらがばれた子供のような、バツの悪そうな顔をした。

「彼にたしなめられました。結婚は二人でするものなんだから、一人で突っ走らないでくれって。話をしに行こうと考えているからって」
 その時のことを思い出したのか、話しているうちに、優しい笑顔を浮かべる。
「彼のこと、のんびりしてる人だなって思ってたんですけど、ちゃんと考えていてくれていました」

 両家の許可を得る前に知らせを出したのはどうしてかなと思っていた。
 アデルさんは、行動力がありすぎるお嬢さんみたいね。お父様が心配なさるのも、わかる気がする。娘を信頼するしないではなくて、奔放な娘がかわいいのだと思う。だからこそ、自分の信頼する弟弟子とのお見合いを勧めようとしたのだろう。
 バーニーさんが堅実な人のようだから、そこをお父様にわかってもらえれば、うまくいくかもと閃いた。

「彼とお父様を合わせて、きちんと話をした方がいいと思います」
「でも、話にならないんじゃないかな」
「お父さんが、話し合いの席に着いてくれそうにないんですか」
「どうだろう。ケンカとかになったら嫌だし。彼が殴られたりしたらどうしようって」
「家だとお父さんのテリトリーになるから、人の目があるところでするといいと思います」
「外で? ご飯食べながらとかですか」
「食事でもいいけど、私にひとつ案があるんです」

 さっき閃いたことを伝えると、アデルさんは不安そうな顔をしながらも、彼に話してみますと頷いた。

             *

 私がアデルさんに提案をしたのは、裸の付き合い。
 一緒にお風呂に入り、背中を流し、湯船に浸かって話し合う。
 湯気で相手の姿がよく見えないぶん、本質がわかるんじゃないかと考えた。

 アデルさんから話を聞くと、バーニーさんはしっかりと物事を考えている。お父様の求める量の筋肉がついていなかったとしても、根が堅実だとわかれば、外見に惑わされることはない。

 アデルさんと打ち合わせを行ってから、私は実家に向かった。事務所の扉をノックする。
 室内には父と弟のレオ、そして私が戻ってきたときに出迎えてくれたヘンリーがいた。

「お仕事中に恐縮です。お願い事があります。お時間をいただけませんか」
 改まって申し出ると、父は頷いた。ソファに誘導されて、腰を下ろす。

「お願い事というのは」
 向かいに座る父が、いつものように落ち着いた声で話を促す。

「単刀直入に申し上げます。凌雲館のお風呂を一時だけお借りしたいのです」
 凌雲館の風呂は、宿泊客のみ利用できる。風呂のみの一般利用は解放されていない。

「風呂を……?」
「はい。理由をお話します」
 アデルの件を伝えて、凌雲館を選んだ理由も説明する。

「湯屋だとゆっくり話せないと思うのです。洗い流すだけで湯船自体がありませんから。湯船に浸かりながらじっくりと話ができるのはこの辺りでは凌雲館だけです」
 凌雲館以外でのお風呂事情を知っているのは私だけ。父たちは理解してくれるかしらと表情を伺いながら話をすると、

「いいんじゃない」
 とレオが賛成してくれた。
「俺も風呂に入ると気晴らしになるから好きだよ。本音で語れそうってのもわかる」

「宿泊のお客様がいらっしゃるんだよ。どうするつもりだ?」
 父が問いかけると、レオはすぐに代替案をだした。

「従業員の時間帯のみ許可をしたらどうだろう。人は少ないからゆっくり話せると思うんだ」
 父はなるほどな、というようにゆっくりと頷いた。

「料金はどうする?」
「うーん。従業員の時間帯だから、いらないんじゃないかな。今回だけ特別です口外はしないでくださいと念を押して」
「まあ、そうだな。夜でもかまわないなら、許可をしよう」
「ありがとうございます」

 理解を示してくれた父たちに感謝する。おそらく夜でも問題ないと思う。

「念のために、レオがその場にいなさい。リアーナは付き添えないのだから」
「うん、そうだね。揉め事になっても困るしね。俺も同じ時間に風呂にいるよ」
「それならわたくしめも、お付き合い致しましょう」

 ヘンリーも請け負ってくれたので、風呂場でのことは二人に任せて、あとで報告をしてもらうことになった。


 次回⇒33.風呂にて
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