32 / 42
32. アデル一家
しおりを挟む
アデルさんと喫茶店に入り、紅茶とプディングを注文した。
食べながらゆっくりと話をする。
「結婚を考えている彼氏がいるとご両親に話したのは最近ですか」
「三週間ぐらい前です。母は知ってたみたいですけど」
デート中のアデルさんをみかけた人からもたらされた情報により、交際している人がいると聞かされても母親はぜんぜん驚いてなかったそうだ。
母親の情報網の広さはどこの世界にも共通しているのかもしれない。
「お母様も反対なのですか」
「たぶん反対はしてないと思います。やめなさいとは言われなかったので」
「それなら、お父様を説得してもらうのは、いかがですか」
「説得、してくれるかなあ」
うーんと考えながら、紅茶を飲む。
私はアデルさんが話し出すのを待っていた。
「うちの親はお見合い結婚なんですけど、すごく仲が良くて。あたしたち姉妹の前でも、隠さないんですよね」
「きょうだいがおられるのですね」
「姉がいます。四年前にお見合い結婚をしました」
「お父様がお相手を探してきたのですか」
プディングを口に入れたアデルさんが首を横に振る。
「成人してすぐに話があったから、姉のときは関わってないんです。反対も一切しなくて。だから反対されるなんて思ってなくて」
「恋愛結婚は認めないと」
「はい。びっくりして、言い返したら口論になって。あんなにわかってもらえないと思わなかったです」
眉尻を下げ、悲しそうな色を浮かべる。
「許可を得る前に、婚姻の知らせを出してしまったんですね。彼と話し合って、そう決めたのですか」
「私が勝手に出しちゃったんです」
アデルさんはいたずらがばれた子供のような、バツの悪そうな顔をした。
「彼にたしなめられました。結婚は二人でするものなんだから、一人で突っ走らないでくれって。話をしに行こうと考えているからって」
その時のことを思い出したのか、話しているうちに、優しい笑顔を浮かべる。
「彼のこと、のんびりしてる人だなって思ってたんですけど、ちゃんと考えていてくれていました」
両家の許可を得る前に知らせを出したのはどうしてかなと思っていた。
アデルさんは、行動力がありすぎるお嬢さんみたいね。お父様が心配なさるのも、わかる気がする。娘を信頼するしないではなくて、奔放な娘がかわいいのだと思う。だからこそ、自分の信頼する弟弟子とのお見合いを勧めようとしたのだろう。
バーニーさんが堅実な人のようだから、そこをお父様にわかってもらえれば、うまくいくかもと閃いた。
「彼とお父様を合わせて、きちんと話をした方がいいと思います」
「でも、話にならないんじゃないかな」
「お父さんが、話し合いの席に着いてくれそうにないんですか」
「どうだろう。ケンカとかになったら嫌だし。彼が殴られたりしたらどうしようって」
「家だとお父さんのテリトリーになるから、人の目があるところでするといいと思います」
「外で? ご飯食べながらとかですか」
「食事でもいいけど、私にひとつ案があるんです」
さっき閃いたことを伝えると、アデルさんは不安そうな顔をしながらも、彼に話してみますと頷いた。
*
私がアデルさんに提案をしたのは、裸の付き合い。
一緒にお風呂に入り、背中を流し、湯船に浸かって話し合う。
湯気で相手の姿がよく見えないぶん、本質がわかるんじゃないかと考えた。
アデルさんから話を聞くと、バーニーさんはしっかりと物事を考えている。お父様の求める量の筋肉がついていなかったとしても、根が堅実だとわかれば、外見に惑わされることはない。
アデルさんと打ち合わせを行ってから、私は実家に向かった。事務所の扉をノックする。
室内には父と弟のレオ、そして私が戻ってきたときに出迎えてくれたヘンリーがいた。
「お仕事中に恐縮です。お願い事があります。お時間をいただけませんか」
改まって申し出ると、父は頷いた。ソファに誘導されて、腰を下ろす。
「お願い事というのは」
向かいに座る父が、いつものように落ち着いた声で話を促す。
「単刀直入に申し上げます。凌雲館のお風呂を一時だけお借りしたいのです」
凌雲館の風呂は、宿泊客のみ利用できる。風呂のみの一般利用は解放されていない。
「風呂を……?」
「はい。理由をお話します」
アデルの件を伝えて、凌雲館を選んだ理由も説明する。
「湯屋だとゆっくり話せないと思うのです。洗い流すだけで湯船自体がありませんから。湯船に浸かりながらじっくりと話ができるのはこの辺りでは凌雲館だけです」
凌雲館以外でのお風呂事情を知っているのは私だけ。父たちは理解してくれるかしらと表情を伺いながら話をすると、
「いいんじゃない」
とレオが賛成してくれた。
「俺も風呂に入ると気晴らしになるから好きだよ。本音で語れそうってのもわかる」
「宿泊のお客様がいらっしゃるんだよ。どうするつもりだ?」
父が問いかけると、レオはすぐに代替案をだした。
「従業員の時間帯のみ許可をしたらどうだろう。人は少ないからゆっくり話せると思うんだ」
父はなるほどな、というようにゆっくりと頷いた。
「料金はどうする?」
「うーん。従業員の時間帯だから、いらないんじゃないかな。今回だけ特別です口外はしないでくださいと念を押して」
「まあ、そうだな。夜でもかまわないなら、許可をしよう」
「ありがとうございます」
理解を示してくれた父たちに感謝する。おそらく夜でも問題ないと思う。
「念のために、レオがその場にいなさい。リアーナは付き添えないのだから」
「うん、そうだね。揉め事になっても困るしね。俺も同じ時間に風呂にいるよ」
「それならわたくしめも、お付き合い致しましょう」
ヘンリーも請け負ってくれたので、風呂場でのことは二人に任せて、あとで報告をしてもらうことになった。
次回⇒33.風呂にて
食べながらゆっくりと話をする。
「結婚を考えている彼氏がいるとご両親に話したのは最近ですか」
「三週間ぐらい前です。母は知ってたみたいですけど」
デート中のアデルさんをみかけた人からもたらされた情報により、交際している人がいると聞かされても母親はぜんぜん驚いてなかったそうだ。
母親の情報網の広さはどこの世界にも共通しているのかもしれない。
「お母様も反対なのですか」
「たぶん反対はしてないと思います。やめなさいとは言われなかったので」
「それなら、お父様を説得してもらうのは、いかがですか」
「説得、してくれるかなあ」
うーんと考えながら、紅茶を飲む。
私はアデルさんが話し出すのを待っていた。
「うちの親はお見合い結婚なんですけど、すごく仲が良くて。あたしたち姉妹の前でも、隠さないんですよね」
「きょうだいがおられるのですね」
「姉がいます。四年前にお見合い結婚をしました」
「お父様がお相手を探してきたのですか」
プディングを口に入れたアデルさんが首を横に振る。
「成人してすぐに話があったから、姉のときは関わってないんです。反対も一切しなくて。だから反対されるなんて思ってなくて」
「恋愛結婚は認めないと」
「はい。びっくりして、言い返したら口論になって。あんなにわかってもらえないと思わなかったです」
眉尻を下げ、悲しそうな色を浮かべる。
「許可を得る前に、婚姻の知らせを出してしまったんですね。彼と話し合って、そう決めたのですか」
「私が勝手に出しちゃったんです」
アデルさんはいたずらがばれた子供のような、バツの悪そうな顔をした。
「彼にたしなめられました。結婚は二人でするものなんだから、一人で突っ走らないでくれって。話をしに行こうと考えているからって」
その時のことを思い出したのか、話しているうちに、優しい笑顔を浮かべる。
「彼のこと、のんびりしてる人だなって思ってたんですけど、ちゃんと考えていてくれていました」
両家の許可を得る前に知らせを出したのはどうしてかなと思っていた。
アデルさんは、行動力がありすぎるお嬢さんみたいね。お父様が心配なさるのも、わかる気がする。娘を信頼するしないではなくて、奔放な娘がかわいいのだと思う。だからこそ、自分の信頼する弟弟子とのお見合いを勧めようとしたのだろう。
バーニーさんが堅実な人のようだから、そこをお父様にわかってもらえれば、うまくいくかもと閃いた。
「彼とお父様を合わせて、きちんと話をした方がいいと思います」
「でも、話にならないんじゃないかな」
「お父さんが、話し合いの席に着いてくれそうにないんですか」
「どうだろう。ケンカとかになったら嫌だし。彼が殴られたりしたらどうしようって」
「家だとお父さんのテリトリーになるから、人の目があるところでするといいと思います」
「外で? ご飯食べながらとかですか」
「食事でもいいけど、私にひとつ案があるんです」
さっき閃いたことを伝えると、アデルさんは不安そうな顔をしながらも、彼に話してみますと頷いた。
*
私がアデルさんに提案をしたのは、裸の付き合い。
一緒にお風呂に入り、背中を流し、湯船に浸かって話し合う。
湯気で相手の姿がよく見えないぶん、本質がわかるんじゃないかと考えた。
アデルさんから話を聞くと、バーニーさんはしっかりと物事を考えている。お父様の求める量の筋肉がついていなかったとしても、根が堅実だとわかれば、外見に惑わされることはない。
アデルさんと打ち合わせを行ってから、私は実家に向かった。事務所の扉をノックする。
室内には父と弟のレオ、そして私が戻ってきたときに出迎えてくれたヘンリーがいた。
「お仕事中に恐縮です。お願い事があります。お時間をいただけませんか」
改まって申し出ると、父は頷いた。ソファに誘導されて、腰を下ろす。
「お願い事というのは」
向かいに座る父が、いつものように落ち着いた声で話を促す。
「単刀直入に申し上げます。凌雲館のお風呂を一時だけお借りしたいのです」
凌雲館の風呂は、宿泊客のみ利用できる。風呂のみの一般利用は解放されていない。
「風呂を……?」
「はい。理由をお話します」
アデルの件を伝えて、凌雲館を選んだ理由も説明する。
「湯屋だとゆっくり話せないと思うのです。洗い流すだけで湯船自体がありませんから。湯船に浸かりながらじっくりと話ができるのはこの辺りでは凌雲館だけです」
凌雲館以外でのお風呂事情を知っているのは私だけ。父たちは理解してくれるかしらと表情を伺いながら話をすると、
「いいんじゃない」
とレオが賛成してくれた。
「俺も風呂に入ると気晴らしになるから好きだよ。本音で語れそうってのもわかる」
「宿泊のお客様がいらっしゃるんだよ。どうするつもりだ?」
父が問いかけると、レオはすぐに代替案をだした。
「従業員の時間帯のみ許可をしたらどうだろう。人は少ないからゆっくり話せると思うんだ」
父はなるほどな、というようにゆっくりと頷いた。
「料金はどうする?」
「うーん。従業員の時間帯だから、いらないんじゃないかな。今回だけ特別です口外はしないでくださいと念を押して」
「まあ、そうだな。夜でもかまわないなら、許可をしよう」
「ありがとうございます」
理解を示してくれた父たちに感謝する。おそらく夜でも問題ないと思う。
「念のために、レオがその場にいなさい。リアーナは付き添えないのだから」
「うん、そうだね。揉め事になっても困るしね。俺も同じ時間に風呂にいるよ」
「それならわたくしめも、お付き合い致しましょう」
ヘンリーも請け負ってくれたので、風呂場でのことは二人に任せて、あとで報告をしてもらうことになった。
次回⇒33.風呂にて
21
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―
柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。
しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。
「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」
屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え――
「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。
「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」
愛なき結婚、冷遇される王妃。
それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。
――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる