サレ妻の一念発起〜嘘つき旦那と離縁して、私は会社を興します。お陰でステキなご縁に恵まれました〜

衿乃 光希

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33.風呂にて

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 アデルと話をした二日後の夜、アデルは両親を連れ出し、凌雲館にやってきた。
 王都に住んでいれば利用することのない凌雲館に足を踏み入れた一家は、緊張の面持ちだった。
 特に父親は理由をわかっていないため、きょろきょろとロビーを見渡し、落ち着きがない。

「アデル、話があるっていうからついてきたが、とんでもねえ場違いな連れてくるじゃねえか」
「いいから、リアーナさんについて行って」
 こそこそと親子が話している。

 アデルと母親にも入浴を勧めたけれど、二人とも遠慮した。落ち着かないからと。
 その落ち着かないことを父親にさせようとしているのだけれど。画策したのは私なので、無理には勧めず、母娘にはロビーで待っていてもらうことにした。

「ったく。なんなんだ?」とぼやく父親を、風呂場のある東館に連れていく。
 入り口で、ヘンリーが待っていた。

「こちら当館自慢の浴場になります。心ゆくまでお楽しみくださいませ」
「ええ? 風呂?」
「アデル様からの、贈り物でございます」

 戸惑っていた父親は、娘からと聞いて安心するように緊張を解いた。

「利用のご説明をさせていただきます。こちらへどうぞ」
 ヘンリーに誘導されて、扉をくぐった。
 バーニーさんはレオの案内ですでに中に入っている。

 ここから先は私にはどうすることもできない。うまくいくことを願ってロビーに戻った。
 壁際のテーブル席に座っていた母娘には、紅茶を用意してもらえるように夜の担当者に頼んでおいた。

「ご案内して参りました」
「あ、ありがとうございます」
 まだ緊張状態が抜けない様子の母娘に、「気楽になさってください」と紅茶を勧める。

「お母様は、アデルさんのご結婚を、どうお考えなのでしょうか」
 私は静かに訊ねた。
 反対をしているのは父親だけど、母親の考えもきいておきたかった。

「あたしは、アデルが幸せになれるのなら、よっぽど酷い相手でなければ、反対する気はありません。あの人のいう紹介相手の方が幸せにしてくれそうなら、お見合いを勧めます。ずるい考えかもしれませんけど、子の幸せを一番に願っているからこそ」

 母親の考えを聞いたアデルは、複雑な顔をしている。
 本人がずるいと認めているとおり、どっちつかずの考え方。しかし、バーニーさんがアデルさんを幸せにしてくれるとわかれば、アデルの味方になってくれるのは確実。父親に従うと言われるより、味方になる可能性がある。

 お風呂作戦が失敗したなら、母親に説得の手伝いをお願いしようと思っていた。
 バーニーさんには成功して欲しいけれど、他人の考え方を変えさせるなんて簡単なことじゃない。

 画策した私が気弱になってはいけないけれど、不安になってしまった。
 向かいに座るアデルさんは、両手を固く握っている。
 私とアデルさんにできることは、バーニーさんを信じることだけだった。

 無言で待っていると、
「アデル」
 湯上りの父親がやってきて、声をかけた。
 アデルさんははっと顔を上げ、振り返る。
 父親の後ろには、バーニーさんもいる。

「今日は帰ろう。話はまたそのうち」
 父親とバーニーさんの様子から、どういう結果になったのか、わからなかった。
「お世話をおかけしました」
 私に頭を下げた父親に連れられ、一家とバーニーさんは、凌雲館を去った。

 四人を見送ってから、私はレオとヘンリーを捕まえ、浴場でのやり取りを訊ねた。
 脱衣所で父親に説明をしたヘンリーはいったん下がり、しばらくしてから入浴に向かった。
 バーニーさんとレオは先に風呂場でさりげなく待機し、湯気煙の中、父親の様子を窺っていた。

 石鹸を手渡ししたバーニーさんは、体を洗っている父親に素性を明かした。
 挨拶が遅くなったことと、風呂場での対面を詫びる。
 父親は娘に謀られたことに気がついただろうけど、怒りだすことなく、黙々と髪や体を洗いながら話を聞いていた。

 湯船にも浸かり、その頃にはバーニーさんの一方的な話でなく、父親からも話を振り、会話が成立していた。
 レオとヘンリーの目から見てもバーニーさんは真摯に話をし、父親も頭から反対する言葉は使わなかった。
 会話がポンポンと弾む和やかさはなかった。ぎこちなくなくて、不器用な対話だったけれど、歩み寄ろうとする意志は感じられた。

「ケンカになりそうな雰囲気はなかったのね」
「全然。親父さん、戸惑ってはいたけど、ちゃんと話を聞いていたよ」
「頑固な父親だと伺っておりましたが、あの一時だけなら、そうは見えなかったですな」
 レオもヘンリーも微笑ましく思いながら見守っていた、と話してくれた。

 ふいを突いたのが良かったのか、入浴中なのが良かったのか。
 荒々しい事態にならなかったことに、私はひとまず安堵の吐息をもらした。
 翌日、アデルさんが事務所に来て、明日の夜、バーニーを家に呼んでいると教えにきてくれた。
 鼻歌を歌いながらアデルさんは帰って行ったので、父親の理解が期待できそうな気がした。


 次回⇒34.父の思い

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