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34.父の思い
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二日後の朝、いつものように役所の掲示板を見に行くと、バーニー・フレミングとアデル・ウッドマンの結婚の知らせが再掲示されていた。
良かった。
バーニーさんの想いが伝わったのだと思うと、とても嬉しかった。
それでは、ユアマリッジの社員として営業をしに行こう。
掲示板にルード・バーナーとエイミー・ヨークの名前を見つけ再掲示だと気づいてしまったけれど、見なかったことにして、ウッドマン家に向かった。
両親ともに仕事が休みだったお陰で、私は家に上がらせていただけ、話を伺うことができた。
「アデルから聞きました。凌雲館さんまで巻き込んで、お世話をかけて、申し訳なかったです」
席に着くなり、父親が頭を下げてきた。
「いいえ。私の方こそ、ご家族のことに口を挟みまして、失礼いたしました。ご結婚おめでとうございます。と申し上げて、よろしいのですよね」
様子を見ながら祝福の言葉を告げると、両親は深く頷いた。
「結婚を認めました。しっかり物事を考える男だと思いましてね。こいつなら考えなしで突っ走るアデルを食い止めてくれそうだなと」
「筋肉量は、お気に召されましたか」
と訊ねると、父親ががははと大声で笑った。
「俺たちみたいな体を使う仕事でついた筋肉とは違う筋肉でしたけどね、なかなかきれいな筋肉でした。細っこい、見るからに心配になりそうな身体つきだと心配になりやすがね、あれなら、アデルを任せてもいいかと。ま、それは半分くらい冗談で」
父親は少し肩を落として続けた。
「実は、ダリルにうちの娘と見合いしねえかって話をしたんです。俺は人を見る目がないのかと、気落ちしちまいまして」
「断られたのですか」
「ダリルの奴、幼馴染がずっと好きで、気持ちを告げる勇気がないんだと言いまして。なに! おまえ男気のない奴だなと発破かけちまいまして。それで、思い切って長年の想いを告げたって言うんです」
「それで、どうなったんですか」
「相手も同じ気持ちだったんだとわかって、こりゃめでたいって職場の者と祝ったんですがね。酔いが醒めてから、俺は頭の固い、古い人間になっちまったんだなと、ガラにもなく落ち込みましてね」
父親はすっかり意気消沈してしまっていた。
「生意気を申し上げますが、恋愛結婚が増えてきたのは、最近のことです。私が結婚をした頃も、見合いがほとんどでした。ですので、お父様が思っていらっしゃるようなことは、私は思わないです」
「あの、ブラントさんは結婚をしてるんですか? 個人的なことを聞いて申し訳ない。不愉快だったら、答えなくていいですが」
「大丈夫ですよ。こちらの事情に首を突っ込んでおいて、私だけ秘密にするなんて、不公平ですし。私は見合いで結婚をしました。六年前の話です。でも三カ月ほど前、離縁いたしました」
「離縁を……最近は増えてるそうですな。俺は、結婚というものは、死別するまでは一緒にいるものと決めつけていましたから、最近の恋愛結婚だの、離縁だのは、受け入れがたかったんです」
「お父様のおっしゃる、『死別するまで一緒』の覚悟は結婚に必要だとは思います。しかし、生活が始まると、合わないことがでてきます。許容と妥協と我慢も必要だと思いますが、でも絶対でもないと、思うようになりました」
娘に近い年齢の私の話を、ご両親は真剣な顔で聞いてくれている。そんな姿勢を取る人の、頭が固いわけがない。
「親の言うことが正しいときもあれば、間違っているときもあります。子の場合も同じです。子は半人前だからと決めつけてしまうと、不幸が生まれます。親は古い人間だから、頭が固いと決めつければ、それもまた不幸です。世代が違えば、考え方や意見が食い違うのは当然です。育った環境が違うのですから。双方が冷静になって歩み寄ることが、大切だと思います」
「ブラントさんは、娘の世代だと思えないほど、大人びておられる。頭が下がります」
「いえ。その、でしゃばりまして申し訳ありません」
言葉のとおり、ご両親に頭を下げられたので、私も慌てて頭を下げた。親の世代の方たちに、説教みたいな話をするなんて、とんでもないことをしてしまった。
「とにかく、アデルさんとバーニーさんの結婚がまとまって良かったと、心より喜んでおります。今回は無事に成立することを願っております」
「はい、ありがとうございます。それで、結婚式というものの件ですが……」
言いづらそうにするので、ああ、ないな、と悟った。
「アデルには姉がおります。姉妹は公平にしてやりたいんです。姉のときと同じように、食事をして見送りたいと、思ってます。いろいろと手を尽くしてくださったのに、申し訳ない」
「いいえ。お願いされたわけでもないのに、私が勝手に世話を焼かせてもらったんです。気になさらないでください」
私はすっきりした気持ちで、二人に笑顔を向けた。
残念だけれど、下心で動いたわけじゃない。どちらかというと、なんとかしてやりたいと脊髄反射で動いたのと、その後が気になったから口を挟んだ。
お金のかかる話だし、姉妹を分け隔てなく、という親心は理解できた。
本当に申し訳ない、とテーブルに額がつきそうな深く頭を下げる二人に対し、気に病む必要はまったくありませんともう一度お伝えして、私はウッドマン家を辞した。
次回⇒35.レオの見合い
良かった。
バーニーさんの想いが伝わったのだと思うと、とても嬉しかった。
それでは、ユアマリッジの社員として営業をしに行こう。
掲示板にルード・バーナーとエイミー・ヨークの名前を見つけ再掲示だと気づいてしまったけれど、見なかったことにして、ウッドマン家に向かった。
両親ともに仕事が休みだったお陰で、私は家に上がらせていただけ、話を伺うことができた。
「アデルから聞きました。凌雲館さんまで巻き込んで、お世話をかけて、申し訳なかったです」
席に着くなり、父親が頭を下げてきた。
「いいえ。私の方こそ、ご家族のことに口を挟みまして、失礼いたしました。ご結婚おめでとうございます。と申し上げて、よろしいのですよね」
様子を見ながら祝福の言葉を告げると、両親は深く頷いた。
「結婚を認めました。しっかり物事を考える男だと思いましてね。こいつなら考えなしで突っ走るアデルを食い止めてくれそうだなと」
「筋肉量は、お気に召されましたか」
と訊ねると、父親ががははと大声で笑った。
「俺たちみたいな体を使う仕事でついた筋肉とは違う筋肉でしたけどね、なかなかきれいな筋肉でした。細っこい、見るからに心配になりそうな身体つきだと心配になりやすがね、あれなら、アデルを任せてもいいかと。ま、それは半分くらい冗談で」
父親は少し肩を落として続けた。
「実は、ダリルにうちの娘と見合いしねえかって話をしたんです。俺は人を見る目がないのかと、気落ちしちまいまして」
「断られたのですか」
「ダリルの奴、幼馴染がずっと好きで、気持ちを告げる勇気がないんだと言いまして。なに! おまえ男気のない奴だなと発破かけちまいまして。それで、思い切って長年の想いを告げたって言うんです」
「それで、どうなったんですか」
「相手も同じ気持ちだったんだとわかって、こりゃめでたいって職場の者と祝ったんですがね。酔いが醒めてから、俺は頭の固い、古い人間になっちまったんだなと、ガラにもなく落ち込みましてね」
父親はすっかり意気消沈してしまっていた。
「生意気を申し上げますが、恋愛結婚が増えてきたのは、最近のことです。私が結婚をした頃も、見合いがほとんどでした。ですので、お父様が思っていらっしゃるようなことは、私は思わないです」
「あの、ブラントさんは結婚をしてるんですか? 個人的なことを聞いて申し訳ない。不愉快だったら、答えなくていいですが」
「大丈夫ですよ。こちらの事情に首を突っ込んでおいて、私だけ秘密にするなんて、不公平ですし。私は見合いで結婚をしました。六年前の話です。でも三カ月ほど前、離縁いたしました」
「離縁を……最近は増えてるそうですな。俺は、結婚というものは、死別するまでは一緒にいるものと決めつけていましたから、最近の恋愛結婚だの、離縁だのは、受け入れがたかったんです」
「お父様のおっしゃる、『死別するまで一緒』の覚悟は結婚に必要だとは思います。しかし、生活が始まると、合わないことがでてきます。許容と妥協と我慢も必要だと思いますが、でも絶対でもないと、思うようになりました」
娘に近い年齢の私の話を、ご両親は真剣な顔で聞いてくれている。そんな姿勢を取る人の、頭が固いわけがない。
「親の言うことが正しいときもあれば、間違っているときもあります。子の場合も同じです。子は半人前だからと決めつけてしまうと、不幸が生まれます。親は古い人間だから、頭が固いと決めつければ、それもまた不幸です。世代が違えば、考え方や意見が食い違うのは当然です。育った環境が違うのですから。双方が冷静になって歩み寄ることが、大切だと思います」
「ブラントさんは、娘の世代だと思えないほど、大人びておられる。頭が下がります」
「いえ。その、でしゃばりまして申し訳ありません」
言葉のとおり、ご両親に頭を下げられたので、私も慌てて頭を下げた。親の世代の方たちに、説教みたいな話をするなんて、とんでもないことをしてしまった。
「とにかく、アデルさんとバーニーさんの結婚がまとまって良かったと、心より喜んでおります。今回は無事に成立することを願っております」
「はい、ありがとうございます。それで、結婚式というものの件ですが……」
言いづらそうにするので、ああ、ないな、と悟った。
「アデルには姉がおります。姉妹は公平にしてやりたいんです。姉のときと同じように、食事をして見送りたいと、思ってます。いろいろと手を尽くしてくださったのに、申し訳ない」
「いいえ。お願いされたわけでもないのに、私が勝手に世話を焼かせてもらったんです。気になさらないでください」
私はすっきりした気持ちで、二人に笑顔を向けた。
残念だけれど、下心で動いたわけじゃない。どちらかというと、なんとかしてやりたいと脊髄反射で動いたのと、その後が気になったから口を挟んだ。
お金のかかる話だし、姉妹を分け隔てなく、という親心は理解できた。
本当に申し訳ない、とテーブルに額がつきそうな深く頭を下げる二人に対し、気に病む必要はまったくありませんともう一度お伝えして、私はウッドマン家を辞した。
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