サレ妻の一念発起〜嘘つき旦那と離縁して、私は会社を興します。お陰でステキなご縁に恵まれました〜

衿乃 光希

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41. フランツ様からのお願いごと

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 フランツ様が馬を止めた。
「降りますよ」と優しく言われ、絶景に目を奪われていた私は、はっとする。
「ゆっくり降りてください」
「はい」

 先に降りたフランツ様に助けてもらいながら、私も馬から降りる。
 地面に足を下ろすと、しっかりした地面と、柔らかい草の感触にほっと息を吐いた。
 やっぱり、地面に足が着くと安心する。

 そういえば、理子時代もロープウェイが苦手だったのを思い出した。山頂からの景色は好きなのに、道中の乗り物が落ち着かなくて。だからといって歩いて山頂に行くのも嫌で、山は好きじゃないと結論づけていた。
 いろいろ決めつけて、自分で道を狭めていたのかもと、久しぶりに前世を思い出した。

「お食事の準備が整いました。リアーナ様もどうぞ」
 メアリーさんに案内されて、ピクニックの準備がすっかり整った席に着く。
 崖になっている淵から少し離れた平地に広いシートを敷き、ピクニックバスケットから取り出された食べ物や飲み物が並べられていく。
 サンドイッチやパイ、キッシュ、チーズ、クラッカー、一口サイズのケーキなどなど。おかずからデザートまで、二人分をはるかに超える量が用意されていた。

「リアーナ様、こちらをどうぞ」
 メアリーさんが渡してくれたひざ掛けを広げると、暖かさに安心した。今日は陽が射しているので肌寒くはないけれど、暖かいと気持ちも和む。

「まずは、乾杯をしましょうか」
 赤ワインを注いでくれた給仕の男性からグラスを受け取る。
「素晴らしい景色に」
「自然の恵みに」

 用意してくれた赤ワインは渋みが少なくて口当たりがよかった。フルーティーな香りもあり、飲みやすい。お昼にちょうどいい軽やかさだった。
 サンドイッチの具材は卵やチキン、ローストポークなど何種類も用意されてあって、どれを戴こうか迷ってしまうほど。
 食事とワインを楽しみ、景色を楽しみながら、ゆっくりと会話をする。最高の休日。

「弟君の結婚式、興味深く拝見いたしましたよ。実に楽しかった」
「いらっしゃってくださったとは存じ上げず、ご挨拶もせずに申し訳ございません」
「いや。こっそり伺ったのです。邪魔になりたくはありませんから」
「邪魔だなんて……でも緊張はしたかもしれません」
「余計な気を遣わせたくなかったのですよ。家族の結婚式であるだけでなく、お仕事でもあったわけですからね」
「お心遣い感謝申し上げます。いかがでしたでしょうか? 私が考えた結婚式は」

 恐る恐る訊ねると、フランツ様にワインのおかわりを勧められ、二杯目を戴く。緊張しているのか、喉が渇いていた。

「終わってからも申し上げましたが、温かさを感じました。ご両親への愛情と感謝と、未来に向けた心意気がしっかりと込められていました。凌雲館の今後が期待できると、招待客にも伝わったのではないでしょうか」

 そうです。それを伝えたかったんです。
 伝わっていたことが嬉しくて、フランツ様の手を取りたい衝動に駆られる。さすがに失礼だから、行動には移さなかった。酔っていた危なかったかもしれない。

「感じ取ってくださって、ありがとうございます」
 なんだかほっとした。
 列席者から良い結婚式でした、と言ってもらえてはいたけれど、心の片隅にある不安が拭えなかった。招待された方たちは、凌雲館とヘインズワース衣装店と関係のある方々だったから、気を遣っていただいているのかなと考えることもあった。

 フランツ様のように客室からご覧になっていた方々は、物見遊山のような感覚で来ていただろうから、つまらないと思った方もいたかもしれないし。
 寝る前に疑心暗鬼に陥って、寝つきが悪い、また寝起きが良くない日もあった。
 フランツ様の低くて柔らかい声と、優しい話し方のお陰で、不安だった気持ちが洗い流されていくようだった。

「リアーナ様、お使いになってくださいませ」
 メアリーさんからレースのきれいなハンカチを手渡されて、私は涙を流していたことに気がついた。安心したせいかしら。
「ありがとうございます」
 私は遠慮なく、ハンカチを借りて涙を拭いた。

「リアーナ嬢に、ひととつだけお願いがあるのですよ」
 私が落ち着きたのを見計らったタイミングで、フランツ様からそう言われた。
「はい。どのようなお話でしょうか。私にできることなら、精一杯手を尽くします」

「手を尽くしてもらうような、難しい話ではありません。うちのメアリーを、ユアマリッジで働かせてもらえないかと思いましてね」
「は? メアリーさんが、ですか?」

 メアリーさんはフランツ様の使用人。そんな方がどうしてうちで働くことになるのかしらと、戸惑いとびっくりで、変な声がでた。

「観覧していたメアリーが、結婚式にいたく感動をしたようでして、勉強したいと言っていましてね」
「メアリーさんが?」

 メアリーさんに目をやると、頬がほんのりと赤くなっていた。顔の表情をほとんど変えない方なのに、と驚きと嬉しさが同時に胸にこみ上げた。フランツ様だけでなく、メアリーさんにも気に入ってもらえたのは、本当に嬉しい。ユアマリッジを立ち上げられたのは、彼女のお陰なのだから。

「もちろんです。フランツ様とメアリーさんさえよければ、いつでもどうぞ」
「よろしいのですか」
 メアリーさんは喰い気味で、私に顔を近づけた。目がいつもより大きくなっている気がする。喜んでくれているのかしら。

「はい。一緒に働いていただけると、私も嬉しいです」
「リアーナ様、どうぞよろしくお願い申し上げます」
 右手を取られて、がしりと力強く両手で包み込まれた。

「私の方こそ、よろしくお願い申し上げます」
 こんなに情熱的な方だとは思っていなかったから、少し面食らった。それだけ思いが強いということ。素直に嬉しいし、心強い。

 一週間後から来ていただくことになり、お給料は今までどおりフランツ様から。勉強をさせてもらうのに、ユアマリッジの負担にはさせられない、とフランツ様が気遣ってくださった。

 メアリーさんは優秀な方だと見ている。そんな方に無償で働いてもらっていいのかしらと、気は咎めたけれど、ありがたくフランツ様の提案に乗らせてもらった。
 いつか会社が軌道に乗ったら、引き抜こう。と気合が入った。


 次回⇒42. 心の扉
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