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第三話 桐生蓮音(きりゅう れおん) ~噓と真実~
脱却
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大澤響子さんはすごい人ね。
世界のクラシック界で活躍している人の中に日本人がいることを知ると、母はピアニストに限らずCDを買ってきた。
大澤響子さんはその中でも一番のお気に入りで、週に何度も聴いているし、聴くたびにいいわぁとうっとりしている。
日本でのコンサートは年に一回あるかないか。くじ運の悪い母は抽選に外れてばかり。
そんな母の憧れのピアニストの娘が目の前にいる。
僕でも驚いて大声を上げてしまったのに、母はまったく声も出さず、身動きすらしなかった。
どうしたんだろうと思って母を見ると、母は完全に固まっていた。
当たり前だよね。母は大澤響子さんが取り上げられている音楽雑誌があれば買う。
香さんが一緒に写っていたこともあったから、疑うよりも先に顔を思い出して本人だと気がついて、びっくりしたんだろうな。
僕が母の身体を揺さぶって意識を戻すと、母は香さんの手を突如両手で掴んで、強引な握手を求めた。
響子さんの大ファンですと。
香さんがびっくりする番だったけど、母のやりたいようにさせてくれていた。
それから母と香さんのスマホの電話番号と、メールアドレスとラインを交換して、お礼を遠慮する香さんと別れた。
僕が中学生になってスマホを買ってもらうまでは、母のスマホで香さんとやり取りをして、主にピアノに関する悩みや疑問などいろいろ教えてもらった。
年に数回会って食事をしたり、映画や観劇に連れて行ってもらったり、香さんが出演するコンサートに呼んでくれたりもした。
麗華音大の年度末コンサートで聴いたチャイコフスキーの「悲愴」は、今でも忘れられない。
暗く重苦しく、寂しくて切なくて、死とはこういうものなのかと、怖れを抱いた。
演奏後、僕はしばらく立てなかった。
この曲は自分の耳で聴けて本当に良かった。素晴らしい演奏だった。
僕はといえば、クラスではまだ孤立していたけれど、ピアノには触れるようになった。
香さんの演奏を聴き、香さんとまた弾きたい、香さんに少しでも近づきたい。
そう願ったら自然と演奏できるようになっていた。
あんなに悩んでいたことが嘘みたいに、堰き止めていた物がスコンと抜けて水が通ったように、なんの違和感もなく、すんなりと弾けた。
より環境を整えるため、僕は音楽科のある学校への中学受験を目指した。
塾にも通った。両立はかなり大変だったけど、父の言う通り、ピアノだけに偏ってはいけないと思ったから。
父はちゃんと勉強をするならと、受験を許してくれた。
英会話スクールにも通った。海外に出たいから、英語は必須だ。
香さんは海外生活が長いから、日本語と英語とイタリア語の他に、日常会話ならフランス語ドイツ語を話せるそうだ。ピアノだけじゃなくて、そういうところも見習いたかった。
六年生になって僕をからかっていた子たちは、飽きたのか放っておいてくれた。
僕も受験に集中していたから、彼らを気にする余裕がなかった。
無事に合格し、僕は極度の緊張状態で入学を迎えた。
緊張していたのは、これまでの接し方を変えないといけないと思っていたから。
多くなくていいから、同年代の友達を作りたかった。そのためには僕が変わらないといけない。
つまらないと決めつけていた、同年代がハマっているものに目を向けるようにもした。
弟に教えてもらってアニメや漫画を見、一緒にスポーツ観戦もした。
その中から自分が好きだと思えたものを掘り下げていくと、話しをするクラスメイトがちらほらとできた。
本を貸してもらったり、レッスンがないときには遊びに行ったりと、ピアノだけに偏らないように心がけた。
人との交流を始めると、ときには意見が合わなかったり、言い合いになることもあったけど、他人の考え方を知って自分の考えを再認識したり、間違っていることに気が付いて反省したり、伝え方を考えるようになった。
勉強とピアノをきっちりとしていると、遊びに行っても何も言われなかった。
僕は中学生になってようやく、ピアノ以外のことを楽しめるようになった。
ピアノでもクラシックやジャズ・オーケストラだけじゃなくて、今流行っている邦楽や洋楽も聴き、耳コピをしてピアノで弾いたりもしている。
練習の時間は前より減ったけれど、今までしてこなかった経験をしたからか、表現力の幅が広がったと評価されるようになった。
僕を苦しめていた審査員の言葉は、もう気にならなくなった。
世界のクラシック界で活躍している人の中に日本人がいることを知ると、母はピアニストに限らずCDを買ってきた。
大澤響子さんはその中でも一番のお気に入りで、週に何度も聴いているし、聴くたびにいいわぁとうっとりしている。
日本でのコンサートは年に一回あるかないか。くじ運の悪い母は抽選に外れてばかり。
そんな母の憧れのピアニストの娘が目の前にいる。
僕でも驚いて大声を上げてしまったのに、母はまったく声も出さず、身動きすらしなかった。
どうしたんだろうと思って母を見ると、母は完全に固まっていた。
当たり前だよね。母は大澤響子さんが取り上げられている音楽雑誌があれば買う。
香さんが一緒に写っていたこともあったから、疑うよりも先に顔を思い出して本人だと気がついて、びっくりしたんだろうな。
僕が母の身体を揺さぶって意識を戻すと、母は香さんの手を突如両手で掴んで、強引な握手を求めた。
響子さんの大ファンですと。
香さんがびっくりする番だったけど、母のやりたいようにさせてくれていた。
それから母と香さんのスマホの電話番号と、メールアドレスとラインを交換して、お礼を遠慮する香さんと別れた。
僕が中学生になってスマホを買ってもらうまでは、母のスマホで香さんとやり取りをして、主にピアノに関する悩みや疑問などいろいろ教えてもらった。
年に数回会って食事をしたり、映画や観劇に連れて行ってもらったり、香さんが出演するコンサートに呼んでくれたりもした。
麗華音大の年度末コンサートで聴いたチャイコフスキーの「悲愴」は、今でも忘れられない。
暗く重苦しく、寂しくて切なくて、死とはこういうものなのかと、怖れを抱いた。
演奏後、僕はしばらく立てなかった。
この曲は自分の耳で聴けて本当に良かった。素晴らしい演奏だった。
僕はといえば、クラスではまだ孤立していたけれど、ピアノには触れるようになった。
香さんの演奏を聴き、香さんとまた弾きたい、香さんに少しでも近づきたい。
そう願ったら自然と演奏できるようになっていた。
あんなに悩んでいたことが嘘みたいに、堰き止めていた物がスコンと抜けて水が通ったように、なんの違和感もなく、すんなりと弾けた。
より環境を整えるため、僕は音楽科のある学校への中学受験を目指した。
塾にも通った。両立はかなり大変だったけど、父の言う通り、ピアノだけに偏ってはいけないと思ったから。
父はちゃんと勉強をするならと、受験を許してくれた。
英会話スクールにも通った。海外に出たいから、英語は必須だ。
香さんは海外生活が長いから、日本語と英語とイタリア語の他に、日常会話ならフランス語ドイツ語を話せるそうだ。ピアノだけじゃなくて、そういうところも見習いたかった。
六年生になって僕をからかっていた子たちは、飽きたのか放っておいてくれた。
僕も受験に集中していたから、彼らを気にする余裕がなかった。
無事に合格し、僕は極度の緊張状態で入学を迎えた。
緊張していたのは、これまでの接し方を変えないといけないと思っていたから。
多くなくていいから、同年代の友達を作りたかった。そのためには僕が変わらないといけない。
つまらないと決めつけていた、同年代がハマっているものに目を向けるようにもした。
弟に教えてもらってアニメや漫画を見、一緒にスポーツ観戦もした。
その中から自分が好きだと思えたものを掘り下げていくと、話しをするクラスメイトがちらほらとできた。
本を貸してもらったり、レッスンがないときには遊びに行ったりと、ピアノだけに偏らないように心がけた。
人との交流を始めると、ときには意見が合わなかったり、言い合いになることもあったけど、他人の考え方を知って自分の考えを再認識したり、間違っていることに気が付いて反省したり、伝え方を考えるようになった。
勉強とピアノをきっちりとしていると、遊びに行っても何も言われなかった。
僕は中学生になってようやく、ピアノ以外のことを楽しめるようになった。
ピアノでもクラシックやジャズ・オーケストラだけじゃなくて、今流行っている邦楽や洋楽も聴き、耳コピをしてピアノで弾いたりもしている。
練習の時間は前より減ったけれど、今までしてこなかった経験をしたからか、表現力の幅が広がったと評価されるようになった。
僕を苦しめていた審査員の言葉は、もう気にならなくなった。
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