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第五話 櫻木陽美 ~出逢い~
幸せな毎日
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週に一回は家族での演奏会が行われるようになった。
璃子さんはおとなしく聴き、真琴さんは喜びはしゃぐ謎の逆転現象が発生していたが、夫婦は子供たちを愛おしそうに見つめていた。
仲の良い夫婦ではあるが、たまに意見が割れることもあるのだろう。不穏な空気が夫婦間に流れていても必ず演奏会は開催し、謝るのが二人の仲直りの方法になった。
平日でも子供たちに所望されればピアノを弾き、ときには親戚を招いての演奏会もあった。
一馬氏のきょうだいで三番目の姉、次女の幸子さんとの即興演奏もあり、陽美さんは頑張って伴奏をしていた。
このセッションは陽美さんにいろいろと感じさせたようで、ヴァイオリンとの協奏曲にも関心を持つようになった。
子供たちが学校に通うようになると、陽美さんは家事を終わらせてからピアノの練習をするのが日課になった。
レパートリーが増え、腕前も上達した。
学生時代よりも三十代の今の方が熱心かもしれない。
家族や親戚限定とはいえ、人に聴かせるならば恥ずかしくない演奏をと考えていた。
聴衆は一馬氏と陽美さんの家族や親戚、友人や一馬氏の会社の人たちが訪問した。
陽美さんの家族は私にとっても思い入れのある方たちであるから、辰雄氏と圭子さんの元気そうなお顔を拝見できることは大変喜ばしい。和彦さんと明美さんにも家族ができて、よく似た顔の子供たちが仲良く一緒に遊ぶ姿は微笑ましいものだった。
璃子さんと真琴さんはピアノを聴くのは好きでも、弾くことには興味がないようだった。
子供の頃、周囲が何度か抱え上げて触れさせたものの、すぐに逃げだした。
陽美さんは自主性に任せるタイプなので無理強いはしない。
子供たちにとって音楽は聴くものとなった。
小学生の間は応接室で勉強をしたり、遊んだりしていたが、中学生になると子供たちは自室を使っているのか姿を見ることは減った。週末のどちらかだけは応接室に集まり、家族との団らんの時間を過ごす。
陽美さんがしっとりとピアノを弾く傍で、一馬氏がお酒の入ったグラスを傾け、璃子さんとトランプで遊び、真琴さんは読書をした。
ときおり真面目な顔で話をした。進路や友人関係など悩みを打ち明けやすい環境のようだ。
陽美さんもピアノを弾きながら話に耳を傾けているようで後から話をし、ときには演奏の手を止めて会話に加わった。
璃子さんの大学受験の時期になると真琴さんもあまり来なくなり、夫婦だけで過ごす時間が増えた。
璃子さんは勉強の合間に曲をリクエストしたり、癒される曲を頼んだりと気分転換に使い、陽美さんに甘えていた。大学生になるとアルバイトを始め、友達と出かけるようになると、玄関からの声が聴こえてくるだけで姿は見なくなった。
真琴さんの大学受験時は、璃子さん以上に応接室に現れず、陽美さんにピアノを頼むこともなかったが、無事に第一志望の大学に合格したようだ。
璃子さんの成人式の日。
前日から泊まった圭子さんが早朝から着付けをし、美容師に来てもらって髪のセットをした。
璃子さんのために仕立てた牡丹柄の赤い振袖に身を包み、白いファーを首からかけて出かけて行った。いつになく弾んだ声でにこやかだった。
陽美さんは止まらぬ涙を拭って、璃子さんを愛おしそうに見つめていた。
帰宅した璃子さんが着替えると、一家は揃って出かけた。
夫婦にとって思い出のホテルへ食事に行き、家族でお祝いしたようだ。
真琴さんの成人式では着物は着ずに、スーツで向かった。式後は璃子さんと同じように家族で祝った。
家族の憩いの時間は夫婦だけの時間になった。
ときにはピアノを弾かず、CDでクラシックを流しながら夫婦でグラスを傾け、子供たちの成長を喜びつつも、寂しいねと語りあう日もあった。
結婚して二十二年。二人の髪には白いものが混じり始め、笑うと目尻にシワが寄る。
一馬氏にとってはそんな陽美さんも愛しいようで、話をしながら見つめる一馬氏の瞳からは、愛情が溢れていた。
陽美さんが一馬氏にピアノを聴かせるときには、彼に対する愛情がたっぷりと込められている。音色が甘すぎて私から出ている音だと思えないくらいだ。
同じ年数、私は二人を見守ってきた。
喧嘩をしたり、一馬氏の帰宅が遅い日が続くと寂しさを募らせたりした時もあった。
それでも互いを思いやる気持ちは変わらなかった。
今の陽美さんが望むのは、これから社会に出て行く子供たちの未来に幸せが待っていることと、一馬氏との幸福な生活がこれからも続くこと。
二人を分かつ最期の瞬間まで。
それが二十年三十年先であることを願っていた。
璃子さんはおとなしく聴き、真琴さんは喜びはしゃぐ謎の逆転現象が発生していたが、夫婦は子供たちを愛おしそうに見つめていた。
仲の良い夫婦ではあるが、たまに意見が割れることもあるのだろう。不穏な空気が夫婦間に流れていても必ず演奏会は開催し、謝るのが二人の仲直りの方法になった。
平日でも子供たちに所望されればピアノを弾き、ときには親戚を招いての演奏会もあった。
一馬氏のきょうだいで三番目の姉、次女の幸子さんとの即興演奏もあり、陽美さんは頑張って伴奏をしていた。
このセッションは陽美さんにいろいろと感じさせたようで、ヴァイオリンとの協奏曲にも関心を持つようになった。
子供たちが学校に通うようになると、陽美さんは家事を終わらせてからピアノの練習をするのが日課になった。
レパートリーが増え、腕前も上達した。
学生時代よりも三十代の今の方が熱心かもしれない。
家族や親戚限定とはいえ、人に聴かせるならば恥ずかしくない演奏をと考えていた。
聴衆は一馬氏と陽美さんの家族や親戚、友人や一馬氏の会社の人たちが訪問した。
陽美さんの家族は私にとっても思い入れのある方たちであるから、辰雄氏と圭子さんの元気そうなお顔を拝見できることは大変喜ばしい。和彦さんと明美さんにも家族ができて、よく似た顔の子供たちが仲良く一緒に遊ぶ姿は微笑ましいものだった。
璃子さんと真琴さんはピアノを聴くのは好きでも、弾くことには興味がないようだった。
子供の頃、周囲が何度か抱え上げて触れさせたものの、すぐに逃げだした。
陽美さんは自主性に任せるタイプなので無理強いはしない。
子供たちにとって音楽は聴くものとなった。
小学生の間は応接室で勉強をしたり、遊んだりしていたが、中学生になると子供たちは自室を使っているのか姿を見ることは減った。週末のどちらかだけは応接室に集まり、家族との団らんの時間を過ごす。
陽美さんがしっとりとピアノを弾く傍で、一馬氏がお酒の入ったグラスを傾け、璃子さんとトランプで遊び、真琴さんは読書をした。
ときおり真面目な顔で話をした。進路や友人関係など悩みを打ち明けやすい環境のようだ。
陽美さんもピアノを弾きながら話に耳を傾けているようで後から話をし、ときには演奏の手を止めて会話に加わった。
璃子さんの大学受験の時期になると真琴さんもあまり来なくなり、夫婦だけで過ごす時間が増えた。
璃子さんは勉強の合間に曲をリクエストしたり、癒される曲を頼んだりと気分転換に使い、陽美さんに甘えていた。大学生になるとアルバイトを始め、友達と出かけるようになると、玄関からの声が聴こえてくるだけで姿は見なくなった。
真琴さんの大学受験時は、璃子さん以上に応接室に現れず、陽美さんにピアノを頼むこともなかったが、無事に第一志望の大学に合格したようだ。
璃子さんの成人式の日。
前日から泊まった圭子さんが早朝から着付けをし、美容師に来てもらって髪のセットをした。
璃子さんのために仕立てた牡丹柄の赤い振袖に身を包み、白いファーを首からかけて出かけて行った。いつになく弾んだ声でにこやかだった。
陽美さんは止まらぬ涙を拭って、璃子さんを愛おしそうに見つめていた。
帰宅した璃子さんが着替えると、一家は揃って出かけた。
夫婦にとって思い出のホテルへ食事に行き、家族でお祝いしたようだ。
真琴さんの成人式では着物は着ずに、スーツで向かった。式後は璃子さんと同じように家族で祝った。
家族の憩いの時間は夫婦だけの時間になった。
ときにはピアノを弾かず、CDでクラシックを流しながら夫婦でグラスを傾け、子供たちの成長を喜びつつも、寂しいねと語りあう日もあった。
結婚して二十二年。二人の髪には白いものが混じり始め、笑うと目尻にシワが寄る。
一馬氏にとってはそんな陽美さんも愛しいようで、話をしながら見つめる一馬氏の瞳からは、愛情が溢れていた。
陽美さんが一馬氏にピアノを聴かせるときには、彼に対する愛情がたっぷりと込められている。音色が甘すぎて私から出ている音だと思えないくらいだ。
同じ年数、私は二人を見守ってきた。
喧嘩をしたり、一馬氏の帰宅が遅い日が続くと寂しさを募らせたりした時もあった。
それでも互いを思いやる気持ちは変わらなかった。
今の陽美さんが望むのは、これから社会に出て行く子供たちの未来に幸せが待っていることと、一馬氏との幸福な生活がこれからも続くこと。
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