前略、お祖母ちゃん ~ええ?! 文通相手はもふもふたち? 私を癒す25通の絵ハガキ~

衿乃 光希

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2章 届くはずのない手紙

5. 私が王子様?!

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 二日後、登園の時間に佑斗くんのお母さんから手紙を預かった。
 峯山さんとの話し合いの結果は、その日のうちに橋爪さんに伝え、謝罪文で構わないとの了承を得ている。
 そして昨日のうちに、橋爪さんからも謝罪文を預かっていた。

 エプロンのポケットから預かったお手紙を取り出し、峯山さんにお渡しすると、
「悪いのはうちなのに、恐れ入ります」
 恐縮しながら、手紙を受け取った。

 それから、トラブルがあった日の夕方の帰り際にお父さんが放った侮辱の言葉に対しても、謝罪してくれた。

「主人と話したんです。高梨先生は子供をちゃんと見てくれている、信頼できる先生だと。無能だなんて言って申し訳なかったと、主人は反省しておりました。後日、主人からも謝罪すると申しております」

 投げつけられた言葉は、私を傷つけた。心を抉り、ぐちゃぐちゃにされた。
 だけど私にも慢心があったかもしれないと、気づかせてくれた。

「主人は感情的になると、言葉に遠慮がなくなって。私も嫌なのですが、聞く耳を持ってくれないので、耐えてやり過ごすようになっていました。ケンカになってでも制止しなければと、私も反省いたしました」

 掛けられたくない言葉だったし、口に出したら取り消せない。けれど峯山さんたちの関係が良いものになったのなら、良しとしよう。
 私は謝罪を受け入れ、頭を下げた。

「佑斗のことをちゃんと考えて、叱ってくださる先生で良かったです。今後ともよろしくお願いいたします」
 峯山さんを見送りながら、私は目の端をそっと拭った。

 この日のお迎えの時間。峯山さんからお父さんの過去の話を聞いた。忙しい先生の時間を長く奪うのはいけないと、お迎えの時に話してくれた。

 峯山さんのお父さんは小学校低学年の頃、友達が学校に持ってきていたカードが羨ましくて、盗んだ。
 生活や勉強に不必要なものは買わない、という主義の両親だったため、羨望や嫉妬は人より強かった。
 ところが母親に見つかってしまい問い詰められ、もらったと嘘をついた。
 父親にも報告され、『もらったというならもういいだろう』、と言われ、それで終わった。
 両親に怒られずに済んだことにほっとしたお父さん。
 学校でも大騒ぎになったが、名乗りでなかった。禁止されている物を持ってきた本人も悪いと、警察に届けられることもなかった。
 ところが、日を追うごとに盗んだことが気にかかっていったお父さんは、盗んだカードをその子の机の中にこっそり戻した。

 このことを、園長から『隠蔽』と言われた瞬間に思い出していた。
 自分の罪を隠蔽したけれど、記憶に刻まれ、子供が同じ罪を犯し、父親と同じことをしていた。
 園長に指摘されたことがすべて事実で、大声を上げるが勝ちだと思い人生を生きてきたのだと。

「主人は、あれでも佑斗を愛しているんです。口調は乱暴でときどき手も出しますけど、休みの日は遊びに連れて行きますし、寝かしつけもしてくれます。園長先生に叱られて、人が変わったみたいに短気でなくなりました。いつまでもつかはわかりませんけど」
 お母さんもすっきりした顔で、佑斗くんと手を繋いで帰って行った。

 佑斗くんと手を繋いで帰って行く峯山さん親子を見送っていると、同じように別の園児を連れてきて、見送っていた麻香先生がささやいてきた。

「峯山さんのお母さん、あの時かっこよかったですね」
 あの時というのは、きっとお父さんに反論した時のことだろう。
 私たちは震えて、園長に任せることしかできなかった。

「母親の愛情、感じちゃいました」
「わかる。母強しだったよね。勇気もらったもん」
 教室に戻りながら、私も頷く。

「真衣先生もあたしを守ってくれたじゃないですか。あの時はありがとうございました」
「え? ああ、お父さんに詰め寄られてた時かな」

「ですです」
「麻香先生、狼に睨まれたリスみたいだったから、なんとかしないとって思って。体が動いたの」

「王子様みたいでかっこよかったです。きゅんってしちゃいました」
「うそ? 私、王子様みたいだった?」

 麻香先生と笑い合っていると、

「まい先生、王子様なの?」
 興味津々で会話に参加してきたのは山本ひよりちゃん。大きな瞳で私たちを見上げてくる。

「先生は王子様じゃないよ。王子様は男の人のことなんだよ」
 腰を下げて目線を合わせて、ひよりちゃんが持っている人形をつついた。

 ひよりちゃんはお人形でのごっこ遊びが大好き。なかでも囚われの身のお姫様を助けにいく王子様の物語が大好きで、猫のぬいぐるみをお姫様、犬のお巡りさんの人形を王子様に見立ててごっご遊びをしている。
 お父さんが警察官だから、ご家庭での教育もあるのだろう。

「いいじゃないですか。女性が王子様でも。人を助けられる人はみんな王子様だと思いますよ」
 麻香先生がそう言うと、ひよりちゃんは目を輝かせて、

「まい先生、王子様して?」
 と犬の人形を渡してくる。

「よおし、任せて。お姫様を助けに行くよー」
「行くー」
 私は人形を受け取って、他の人形が置いてある場所にひよりちゃんと向かった。


 次回⇒6.誰かからの絵ハガキ
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