前略、お祖母ちゃん ~ええ?! 文通相手はもふもふたち? 私を癒す25通の絵ハガキ~

衿乃 光希

文字の大きさ
22 / 33
2章 届くはずのない手紙

10.竹下誠という人2

しおりを挟む
 姿勢を戻した竹下くんは最後まで話を聞いてから、顔をしかめた。
「いるよなあ。困った人。怖かっただろ」
 とても優しい声で共感して、心配してくれた。
 私は深く頷く。二か月たった今でも、まだ忘れられない。

「あの人は怖かった。園長が守ってくれて、収めてくれたから良かったけど」
「ほんとだな。できた人だな。俺がその場にいたら、殴ってたかも」

 バイオレンス発言に思わず噴き出した。
 竹下くんの過激な冗談は初めて聞いた。

「いやいや、殴っちゃだめだよ。保護者さんだからね。でも、園長のことは尊敬する。憧れちゃうよ」
 話している最中に届いたレモンチューハイを飲む。ほんの少し、体が熱を帯びてきた。

「園長先生、何歳?」
「六十代半ばぐらい」

「修羅場潜り抜けてきてる人なのかもな。ずっと同じ幼稚園で園長やってきてる人なんだよな」
「うん。私立で、幼稚園は箕輪しかないから異動はないよ。運営母体が宗教法人なんだよね。理事長が園長のお父さんで、お寺の住職さん。前の園長はお母さん。園長の旦那さんも息子さんもお坊さん」
 日頃は忘れているから、思い出しながら答えた。

「そうなのか。宗教の授業とかあるの?」
「ないよ。近くにお寺があるけどお墓はないし、入学するのに信仰している宗教は訊ねない。檀家さんが優遇されるとかもない。仏教だけど、キリスト教徒の入学だってOKだからね」

 箕輪幼稚園はとても自由な方針。信仰するように強要されることもない。クリスマス会をするぐらい寛容だ。

「かなり自由なんだな。跡継ぎは息子が?」
「どうなんだろう。でも本業があるから、園長はできないと思う」

「そうだよな。結婚相手が継ぐのかもな」
「そうなるかもね」

 園長がいつまで園長でいられるのか考えたこともない。でも年齢を考えると、いつまでも園長でいてくれるわけがない。
 理事長だって、旦那さんか息子さんに代替わりする時がくるだろう。私はその時、箕輪幼稚園で働いているんだろうか。

「結婚してんの?」
「息子さん? してないと思う」
「何歳? 会ったことあんの?」

 やけに幼稚園について訊ねてくる竹下くん。
「ないよ。年は30代だって聞いたことあるけど。どうしたの?」

 疑問に感じて訪ね返すと、竹下くんは煮びたしに伸ばしていたお箸を落としそうになった。
 ほんとにどうしたんだろう。
 お箸を置いて、ビールを一口飲んだ。
 軽く咳払いしている。

「いや、園長先生に憧れてるなら、高梨さんも園長を目指すのかなって思って」
「へ? 私が、園長?」
 私はぽかんとした。
 妙な間が空いたあと、激しく手を振った。

「ないないない。考えてもない。ずっと箕輪幼稚園で働いてるかわからないし。それに役職に憧れてるんじゃなくて、個人の人柄に憧れてるんだよ」
 と園長に憧れている理由を、少し早口で説明した。

「そっか。個人の人柄か。そっか、そうだよな。変なこと聞いてごめん」
 ちょこんと頭を下げられた。

「あ、ううん」
 どうしたのかな、とは思ったけど気分を害したわけじゃないから、謝られることでもない。
 あたしは首を横に振って、別の質問を投げかけた。

「竹下くんはきつい保護者さんの経験ある?」
「高梨さんほどのきついのはないけど、経験が浅いから信用できないとか、任せられないとか言われたことあるよ。お母さんたちに」

「やっぱりあるんだ」
 同志よ、と思わず肩を組みたくなる気持ちになった。

「覚悟はしてたから、あー言われたーって聞き流せたけどな。親御さんが心配する気持ちは理解できるよ。だから心配されないように、しっかりやらないとなって思ってる。落ち込んでる暇がないっていうかさ」
 私の方がキャリアは上だけど、竹下くんの方が考え方や心持ちが上、という気がした。

「竹下くん、強いね。私落ち込んじゃったよ。保護者さんの言葉にいちいち落ち込んでいるようじゃ、まだまだだね」
「いや、五年目で言われたら、ショックは大きいと思うよ」

 私がへこまないようにか、気遣ってくれたのがわかった。

「ショック過ぎて、私、お祖母ちゃんに手紙書いちゃったんだよね」
「え? 亡くなってたよな」
 今度は竹下くんが、ぽかんとした顔を私に向けた。

「うん。亡くなってるんだけど、その日、命日だったから、甘えたくなって」
 竹下くんはふむふむと考える顔つきになってから、
「いいんじゃないか。書いてすっきりすることもあるだろうし」
 と肯定してくれた。

「それがね、不思議なことが起きてて」
 彼を信頼している私は、返信があったことと、返信の絵ハガキに癒された話もした。
 竹下くんなら否定したり小馬鹿にしたりしないと。
 興味を持ってくれたのか、竹下くんは軽く身を乗り出して聞いてくれた。

「誰が書いてるんだろうな。その絵ハガキ見てみたい」
 すんなりと受け入れてくれて、興味も持ってくれたその優しさに嬉しくなった。

「あ、じゃあ今度会うときに持ってくるね」
 手紙の話をするとは思ってなかったから、今日は持ってこなかった。
「おう、頼むわ」
 そう言って、爽やかににかっと笑った。


 次回⇒3章 絵ハガキの交流  1.十月 心の声
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...