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2章 届くはずのない手紙
10.竹下誠という人2
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姿勢を戻した竹下くんは最後まで話を聞いてから、顔をしかめた。
「いるよなあ。困った人。怖かっただろ」
とても優しい声で共感して、心配してくれた。
私は深く頷く。二か月たった今でも、まだ忘れられない。
「あの人は怖かった。園長が守ってくれて、収めてくれたから良かったけど」
「ほんとだな。できた人だな。俺がその場にいたら、殴ってたかも」
バイオレンス発言に思わず噴き出した。
竹下くんの過激な冗談は初めて聞いた。
「いやいや、殴っちゃだめだよ。保護者さんだからね。でも、園長のことは尊敬する。憧れちゃうよ」
話している最中に届いたレモンチューハイを飲む。ほんの少し、体が熱を帯びてきた。
「園長先生、何歳?」
「六十代半ばぐらい」
「修羅場潜り抜けてきてる人なのかもな。ずっと同じ幼稚園で園長やってきてる人なんだよな」
「うん。私立で、幼稚園は箕輪しかないから異動はないよ。運営母体が宗教法人なんだよね。理事長が園長のお父さんで、お寺の住職さん。前の園長はお母さん。園長の旦那さんも息子さんもお坊さん」
日頃は忘れているから、思い出しながら答えた。
「そうなのか。宗教の授業とかあるの?」
「ないよ。近くにお寺があるけどお墓はないし、入学するのに信仰している宗教は訊ねない。檀家さんが優遇されるとかもない。仏教だけど、キリスト教徒の入学だってOKだからね」
箕輪幼稚園はとても自由な方針。信仰するように強要されることもない。クリスマス会をするぐらい寛容だ。
「かなり自由なんだな。跡継ぎは息子が?」
「どうなんだろう。でも本業があるから、園長はできないと思う」
「そうだよな。結婚相手が継ぐのかもな」
「そうなるかもね」
園長がいつまで園長でいられるのか考えたこともない。でも年齢を考えると、いつまでも園長でいてくれるわけがない。
理事長だって、旦那さんか息子さんに代替わりする時がくるだろう。私はその時、箕輪幼稚園で働いているんだろうか。
「結婚してんの?」
「息子さん? してないと思う」
「何歳? 会ったことあんの?」
やけに幼稚園について訊ねてくる竹下くん。
「ないよ。年は30代だって聞いたことあるけど。どうしたの?」
疑問に感じて訪ね返すと、竹下くんは煮びたしに伸ばしていたお箸を落としそうになった。
ほんとにどうしたんだろう。
お箸を置いて、ビールを一口飲んだ。
軽く咳払いしている。
「いや、園長先生に憧れてるなら、高梨さんも園長を目指すのかなって思って」
「へ? 私が、園長?」
私はぽかんとした。
妙な間が空いたあと、激しく手を振った。
「ないないない。考えてもない。ずっと箕輪幼稚園で働いてるかわからないし。それに役職に憧れてるんじゃなくて、個人の人柄に憧れてるんだよ」
と園長に憧れている理由を、少し早口で説明した。
「そっか。個人の人柄か。そっか、そうだよな。変なこと聞いてごめん」
ちょこんと頭を下げられた。
「あ、ううん」
どうしたのかな、とは思ったけど気分を害したわけじゃないから、謝られることでもない。
あたしは首を横に振って、別の質問を投げかけた。
「竹下くんはきつい保護者さんの経験ある?」
「高梨さんほどのきついのはないけど、経験が浅いから信用できないとか、任せられないとか言われたことあるよ。お母さんたちに」
「やっぱりあるんだ」
同志よ、と思わず肩を組みたくなる気持ちになった。
「覚悟はしてたから、あー言われたーって聞き流せたけどな。親御さんが心配する気持ちは理解できるよ。だから心配されないように、しっかりやらないとなって思ってる。落ち込んでる暇がないっていうかさ」
私の方がキャリアは上だけど、竹下くんの方が考え方や心持ちが上、という気がした。
「竹下くん、強いね。私落ち込んじゃったよ。保護者さんの言葉にいちいち落ち込んでいるようじゃ、まだまだだね」
「いや、五年目で言われたら、ショックは大きいと思うよ」
私がへこまないようにか、気遣ってくれたのがわかった。
「ショック過ぎて、私、お祖母ちゃんに手紙書いちゃったんだよね」
「え? 亡くなってたよな」
今度は竹下くんが、ぽかんとした顔を私に向けた。
「うん。亡くなってるんだけど、その日、命日だったから、甘えたくなって」
竹下くんはふむふむと考える顔つきになってから、
「いいんじゃないか。書いてすっきりすることもあるだろうし」
と肯定してくれた。
「それがね、不思議なことが起きてて」
彼を信頼している私は、返信があったことと、返信の絵ハガキに癒された話もした。
竹下くんなら否定したり小馬鹿にしたりしないと。
興味を持ってくれたのか、竹下くんは軽く身を乗り出して聞いてくれた。
「誰が書いてるんだろうな。その絵ハガキ見てみたい」
すんなりと受け入れてくれて、興味も持ってくれたその優しさに嬉しくなった。
「あ、じゃあ今度会うときに持ってくるね」
手紙の話をするとは思ってなかったから、今日は持ってこなかった。
「おう、頼むわ」
そう言って、爽やかににかっと笑った。
次回⇒3章 絵ハガキの交流 1.十月 心の声
「いるよなあ。困った人。怖かっただろ」
とても優しい声で共感して、心配してくれた。
私は深く頷く。二か月たった今でも、まだ忘れられない。
「あの人は怖かった。園長が守ってくれて、収めてくれたから良かったけど」
「ほんとだな。できた人だな。俺がその場にいたら、殴ってたかも」
バイオレンス発言に思わず噴き出した。
竹下くんの過激な冗談は初めて聞いた。
「いやいや、殴っちゃだめだよ。保護者さんだからね。でも、園長のことは尊敬する。憧れちゃうよ」
話している最中に届いたレモンチューハイを飲む。ほんの少し、体が熱を帯びてきた。
「園長先生、何歳?」
「六十代半ばぐらい」
「修羅場潜り抜けてきてる人なのかもな。ずっと同じ幼稚園で園長やってきてる人なんだよな」
「うん。私立で、幼稚園は箕輪しかないから異動はないよ。運営母体が宗教法人なんだよね。理事長が園長のお父さんで、お寺の住職さん。前の園長はお母さん。園長の旦那さんも息子さんもお坊さん」
日頃は忘れているから、思い出しながら答えた。
「そうなのか。宗教の授業とかあるの?」
「ないよ。近くにお寺があるけどお墓はないし、入学するのに信仰している宗教は訊ねない。檀家さんが優遇されるとかもない。仏教だけど、キリスト教徒の入学だってOKだからね」
箕輪幼稚園はとても自由な方針。信仰するように強要されることもない。クリスマス会をするぐらい寛容だ。
「かなり自由なんだな。跡継ぎは息子が?」
「どうなんだろう。でも本業があるから、園長はできないと思う」
「そうだよな。結婚相手が継ぐのかもな」
「そうなるかもね」
園長がいつまで園長でいられるのか考えたこともない。でも年齢を考えると、いつまでも園長でいてくれるわけがない。
理事長だって、旦那さんか息子さんに代替わりする時がくるだろう。私はその時、箕輪幼稚園で働いているんだろうか。
「結婚してんの?」
「息子さん? してないと思う」
「何歳? 会ったことあんの?」
やけに幼稚園について訊ねてくる竹下くん。
「ないよ。年は30代だって聞いたことあるけど。どうしたの?」
疑問に感じて訪ね返すと、竹下くんは煮びたしに伸ばしていたお箸を落としそうになった。
ほんとにどうしたんだろう。
お箸を置いて、ビールを一口飲んだ。
軽く咳払いしている。
「いや、園長先生に憧れてるなら、高梨さんも園長を目指すのかなって思って」
「へ? 私が、園長?」
私はぽかんとした。
妙な間が空いたあと、激しく手を振った。
「ないないない。考えてもない。ずっと箕輪幼稚園で働いてるかわからないし。それに役職に憧れてるんじゃなくて、個人の人柄に憧れてるんだよ」
と園長に憧れている理由を、少し早口で説明した。
「そっか。個人の人柄か。そっか、そうだよな。変なこと聞いてごめん」
ちょこんと頭を下げられた。
「あ、ううん」
どうしたのかな、とは思ったけど気分を害したわけじゃないから、謝られることでもない。
あたしは首を横に振って、別の質問を投げかけた。
「竹下くんはきつい保護者さんの経験ある?」
「高梨さんほどのきついのはないけど、経験が浅いから信用できないとか、任せられないとか言われたことあるよ。お母さんたちに」
「やっぱりあるんだ」
同志よ、と思わず肩を組みたくなる気持ちになった。
「覚悟はしてたから、あー言われたーって聞き流せたけどな。親御さんが心配する気持ちは理解できるよ。だから心配されないように、しっかりやらないとなって思ってる。落ち込んでる暇がないっていうかさ」
私の方がキャリアは上だけど、竹下くんの方が考え方や心持ちが上、という気がした。
「竹下くん、強いね。私落ち込んじゃったよ。保護者さんの言葉にいちいち落ち込んでいるようじゃ、まだまだだね」
「いや、五年目で言われたら、ショックは大きいと思うよ」
私がへこまないようにか、気遣ってくれたのがわかった。
「ショック過ぎて、私、お祖母ちゃんに手紙書いちゃったんだよね」
「え? 亡くなってたよな」
今度は竹下くんが、ぽかんとした顔を私に向けた。
「うん。亡くなってるんだけど、その日、命日だったから、甘えたくなって」
竹下くんはふむふむと考える顔つきになってから、
「いいんじゃないか。書いてすっきりすることもあるだろうし」
と肯定してくれた。
「それがね、不思議なことが起きてて」
彼を信頼している私は、返信があったことと、返信の絵ハガキに癒された話もした。
竹下くんなら否定したり小馬鹿にしたりしないと。
興味を持ってくれたのか、竹下くんは軽く身を乗り出して聞いてくれた。
「誰が書いてるんだろうな。その絵ハガキ見てみたい」
すんなりと受け入れてくれて、興味も持ってくれたその優しさに嬉しくなった。
「あ、じゃあ今度会うときに持ってくるね」
手紙の話をするとは思ってなかったから、今日は持ってこなかった。
「おう、頼むわ」
そう言って、爽やかににかっと笑った。
次回⇒3章 絵ハガキの交流 1.十月 心の声
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