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3章 絵ハガキの交流
1.九月 心の声
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夏休みの間は一部の園児だけが登園していた幼稚園に、再び活気が戻ってきた。
「おはよーございます」
「おはよう」
大きな声で挨拶し、園庭を走っていく園児たち。
海かプールに連れて行ってもらったのか、よく日に焼けている子もいる。
園児たちの元気な姿に日常が戻ってきたなと実感した。
九月は祝日が多く、園でもイベントを用意している。
敬老の日の一週間前である今日、祖父母のいる家庭には祖父母宛てに、いない家庭には園長先生宛てに似顔絵やお手紙を描いて渡しましょう。という授業をしていた。
私は園児たちが一生懸命に描いている机をゆっくり歩いて見て回る。
似顔絵といっても、三歳児が描く人の絵は丸の中にぐるぐるの目と笑っているような線が描いてあるのがほとんど。
髪の毛はもじゃもじゃだったり、線で塗ってあったり。
それでも描いている本人は、ちゃんと描きたい人を描いている。
「この人はだあれ?」
「こっちがおじいちゃんで、こっちがおばあちゃん」
上原美咲ちゃんが指をさして教えてくれる。
「おじいちゃん、メガネかけてるんだね」
「そうだよ」
同じような絵を描いているようにみえて、よく見て特徴を捉えている。
「おばあちゃんは髪の毛真っ白で、おじいちゃんはつるつるなの」
という具合に。
「上手に描けてるね」
と伝えると、美咲ちゃんはうんと頷いて微笑んだ。
隣の多原世奈ちゃんに目を移し、私は息を吞んだ。
世奈ちゃんは画用紙全体を使ってひとりの人物を大きく描いていた。
茶色の髪の毛がもじゃもじゃと長く、肩まである。
その人物の顔が、真っ黒だった。
世奈ちゃんはカラフルに色を使う子だった。
虹色の順番を覚えているし、現実にはない色の動物を塗ったり、模様をつけたりするような。
ぽつんとひとりでいる子に声をかけて一緒に遊ぶ、明るい園児。
そんな世奈ちゃんが、人の顔を真っ黒に塗りつぶすなんて。
子供は心理状態が絵や色に出ることがある。
黒は恐怖や抑圧を感じている可能性が考えられると教わった。
絶対とは言い切れないけれど、今までカラフルな色を好んで使っていたのだから、何かあったのかもしれない。
だけど世奈ちゃんに訊ねるわけにはいかない。
保護者さんがお迎えに来られた時に訊ねてみようと、心にメモしておいた。
十四時になり、多原さんがお迎えにやってきたところを、少しお時間をもらう。
世奈ちゃんには延長保育の涼花ちゃんと遊んでもらっている。
「今日は、敬老の日用の似顔絵を描いてもらったんです。こちらが世奈ちゃんが描いた絵なんですが」
絵を見たお母さんが、「ひっ!」と小さく悲鳴を上げた。
「これ……世奈が、描いたんですか?」
画用紙を受け取った手が小刻みに震えている。
「はい。思い当たる節がありますか?」
私は責める口調にはならないように、穏やかな口調を意識して問いかけた。
お母さんは落ち着こうとしているのか、深呼吸を繰り返してから、
「この絵は、私の母です」
と、声を震わせて話してくれた。
「先月末、私の母が急逝しました。世奈は母に懐いていて、もう会えないと話したときわんわん泣いたんです。お葬式を終えてからは、ふだんと変わらなかったので、幼いながらも気持ちに折り合いをつけられたんだと思っていました」
お母さんは、優しい手つきで絵の顔部分を撫でた。手の震えは止まっていた。
「お祖母ちゃんの笑ったお顔が大好きといつも言っていて。見送りの際は、母の顔に触れていました。お祖母ちゃん笑ってと言って」
お母さんの声が鼻声になっていく。
ぽたりと雫がこぼれて、絵に滲んだ。黒が少しだけ薄くなる。
「世奈は、まだ悲しみの中にいるんだと思います。わかった気にならないで、話をしてみますね。先生、ありがとうございました」
話し終え、お母さんは世奈ちゃんを抱っこして帰って行った。
次回⇒幕間:敬老の日の便り
「おはよーございます」
「おはよう」
大きな声で挨拶し、園庭を走っていく園児たち。
海かプールに連れて行ってもらったのか、よく日に焼けている子もいる。
園児たちの元気な姿に日常が戻ってきたなと実感した。
九月は祝日が多く、園でもイベントを用意している。
敬老の日の一週間前である今日、祖父母のいる家庭には祖父母宛てに、いない家庭には園長先生宛てに似顔絵やお手紙を描いて渡しましょう。という授業をしていた。
私は園児たちが一生懸命に描いている机をゆっくり歩いて見て回る。
似顔絵といっても、三歳児が描く人の絵は丸の中にぐるぐるの目と笑っているような線が描いてあるのがほとんど。
髪の毛はもじゃもじゃだったり、線で塗ってあったり。
それでも描いている本人は、ちゃんと描きたい人を描いている。
「この人はだあれ?」
「こっちがおじいちゃんで、こっちがおばあちゃん」
上原美咲ちゃんが指をさして教えてくれる。
「おじいちゃん、メガネかけてるんだね」
「そうだよ」
同じような絵を描いているようにみえて、よく見て特徴を捉えている。
「おばあちゃんは髪の毛真っ白で、おじいちゃんはつるつるなの」
という具合に。
「上手に描けてるね」
と伝えると、美咲ちゃんはうんと頷いて微笑んだ。
隣の多原世奈ちゃんに目を移し、私は息を吞んだ。
世奈ちゃんは画用紙全体を使ってひとりの人物を大きく描いていた。
茶色の髪の毛がもじゃもじゃと長く、肩まである。
その人物の顔が、真っ黒だった。
世奈ちゃんはカラフルに色を使う子だった。
虹色の順番を覚えているし、現実にはない色の動物を塗ったり、模様をつけたりするような。
ぽつんとひとりでいる子に声をかけて一緒に遊ぶ、明るい園児。
そんな世奈ちゃんが、人の顔を真っ黒に塗りつぶすなんて。
子供は心理状態が絵や色に出ることがある。
黒は恐怖や抑圧を感じている可能性が考えられると教わった。
絶対とは言い切れないけれど、今までカラフルな色を好んで使っていたのだから、何かあったのかもしれない。
だけど世奈ちゃんに訊ねるわけにはいかない。
保護者さんがお迎えに来られた時に訊ねてみようと、心にメモしておいた。
十四時になり、多原さんがお迎えにやってきたところを、少しお時間をもらう。
世奈ちゃんには延長保育の涼花ちゃんと遊んでもらっている。
「今日は、敬老の日用の似顔絵を描いてもらったんです。こちらが世奈ちゃんが描いた絵なんですが」
絵を見たお母さんが、「ひっ!」と小さく悲鳴を上げた。
「これ……世奈が、描いたんですか?」
画用紙を受け取った手が小刻みに震えている。
「はい。思い当たる節がありますか?」
私は責める口調にはならないように、穏やかな口調を意識して問いかけた。
お母さんは落ち着こうとしているのか、深呼吸を繰り返してから、
「この絵は、私の母です」
と、声を震わせて話してくれた。
「先月末、私の母が急逝しました。世奈は母に懐いていて、もう会えないと話したときわんわん泣いたんです。お葬式を終えてからは、ふだんと変わらなかったので、幼いながらも気持ちに折り合いをつけられたんだと思っていました」
お母さんは、優しい手つきで絵の顔部分を撫でた。手の震えは止まっていた。
「お祖母ちゃんの笑ったお顔が大好きといつも言っていて。見送りの際は、母の顔に触れていました。お祖母ちゃん笑ってと言って」
お母さんの声が鼻声になっていく。
ぽたりと雫がこぼれて、絵に滲んだ。黒が少しだけ薄くなる。
「世奈は、まだ悲しみの中にいるんだと思います。わかった気にならないで、話をしてみますね。先生、ありがとうございました」
話し終え、お母さんは世奈ちゃんを抱っこして帰って行った。
次回⇒幕間:敬老の日の便り
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