【完結】雨の日に会えるあなたに恋をした。 第7回ほっこりじんわり大賞奨励賞受賞

衿乃 光希

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2. 6月 退職

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「滝川さんさ、この予約の取り方やめてよ」
「‥‥‥え?」
「こことここ、重なってるでしょ。この人に、短い時間でSRPしろっての?」

 三井さんからケンカ口調で突然言われて、私は戸惑いながら予約表に目をやった。
 来週土曜日、午前診の予約の取り方が、三井さんには気に食わなかったらしい。
 10時台に二人、歯石除去と定期健診の患者さんが入っている。被っているのは最後の15分。

「SRPの患者さん、時間かかるよ」
「あの、定期健診の患者さんはいつもこの時間で予約されていて、変更すると忘れるからとおっしゃって」

「そんなの知らないよ。あんたから上手く言ってよ。受付の仕事でしょ」
「そんなこと言われても‥‥‥」

 定期健診の患者さんは、五年間、三か月ごとにちゃんと来院されている。この予約も三か月前に取った。

 歯石除去の患者さんは先々週初めて来院され、先週の予約をすっぽかした。どうしてもと言われて、来週の予約を取ったのに。

「待ち合いで待っててもらうのと、時間変更して家で待っててもらうのと、どっちが患者さんのためなんだろうね」

 捨てセリフのように言って、三井さんは診察室に戻った。
 私はもやもやした気持ちを抱えて、どうしようかと悩んだ。

 三井みつい京美きょうみさんは4月にこの高村歯科医院に入職し、二ケ月が経った衛生士さん。衛生士学校を卒業して、5年ほどが経っているのに、何軒も診療所を代わっている。ここは6軒目になるらしい。

 病院のやり方に慣れるのが早くて、優秀な衛生士さんなんだなと思ったけれど、少し言葉がきつい。ぽんぽんと思ったまま口にするので、私は三井さんが苦手。

 私は高校卒業後に入職し3年が経つ。受付がメインで、たまに助手のお仕事もする。器具を洗ったり、診察準備をしたり。

 医院では私の方が先輩だけど、年齢もキャリアも三井さんの方が上で。だからなのか、私に対する言い方が、他の人よりもよりきつい気がしている。

 この予約の取り方がそんなにきついとは思わない。今までもこういう予約を何度も取っている。

 私が文句を言いやすい見た目と性格をしているからかな。
 はあ、とため息をついてから、電話を取った。

 *

「ちょっとあんた! 消毒間に合ってないじゃない! 何やってんの!」

 電話と、会計待ちと、診察受付の患者さんが何度も重なって、一人でばたばたしていたのが落ち着いた瞬間、三井さんが受付に怒鳴り込んできた。
 その怒声にびっくりして、体が固まる。

「三井さん、そんな言い方‥‥‥」
 私を庇おうとしてくれた、もう一人の衛生士さんは、三井さんの鋭い眼光を受けて口を閉じた。

「診察、忙しかったの知ってるよね。器具洗う暇あったと思う? 診察の状況もちゃんと見てなさいよ」

 今日は予約が多い中、診察内容が急遽変更になったり、飛び込みで緊急の患者さんも来たため、受付も診察もかなり忙しかった。

「器具、足りませんか?」
 恐る恐る尋ねると、

「ぎりぎりだったんだよ。今手が空いたから洗って、オートクレーブに入れられたけど、急患が入ったら足りないところだったんだよ! 器具がないと診察できないのわかるでしょ!」

 オートクレーブは使用した器具を滅菌する機械で、20分ほどかかる。
 高温になるため、滅菌が終了しても冷まさないと手に取ることはできない。
 患者さんが多い時は、器具が足りなくなることもあり、ある程度使用済みの器具が溜まったら、滅菌することにしている。

 わかってはいるけれど、

「はい。すみません」
 受付も大変だった。パニックにならないように、一人ひとり落ち着いて対応しなければいけないから、診察室の様子を見ている余裕はなかった。

 でも、そんな言い訳をしたところで、三井さんにはきっと通じない。
 予約を取っているのも私だから、余裕のある予約を取れと怒られるだけだろう。
 私はおとなしく頭を下げた。

「ねえ、あんた3年もいるんでしょ。この仕事マジ向いてなくない?」

 隕石のように後頭部に落とされたその言葉は、頭蓋骨を割って脳に侵入し、私の心をぽきりと折った。

 一カ月後の6月中旬。私は高村歯科医院を退職した。



   次回⇒3. 8月 お菓子作り
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