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14.ソラの思い
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よたよたと足を震わせたタヌキが、巣穴に入ってくる。他のタヌキと比べると、白い毛が多い。
「長老様」
父と母が、そのタヌキに駆け寄る。左右で長老様を挟んで支えた。
ソラが長老様を見るのは初めて。ふだんは奥の巣穴にいて、何をしているのか、ソラは知らない。
「大きい声を出して、なにがあったんじゃ」
「騒がしくて、申し訳ありません」
父が長老様の左側から謝る。
「お恥ずかしい話ですが、我が子が、キツネとキッチンカーで商売を始めたと知って、愕然としていたところでして」
父の言い方にむっときて、ソラは言い返した。
「私は恥ずかしいことはしてへん。ハナちゃんはキツネやけどめっちゃ良い子やし、キッチンカーで商売するのは、あかんことやないでしょう」
「ソラ、いい加減にしなさい。なんで今日はそんなに反抗的なんや。いつもなら、謝ってあたしらの言うこと聞いてるでしょう」
「好きやからよ!」
押さえつけようとする母に、ソラは声を上げる。
「ハナちゃんのことも、飴も、好きやから、やってみたいと思ったんよ。お店をやるために講習も受けたし、たくさん練習して、努力したんよ。初めて夢を持ったんよ。夢を持たせてくれたんはハナちゃんで、ハナちゃんは私を支えてくれてるんよ。やから、夢のこともハナちゃんのことも、悪く言うんはやめて」
わかってもらえるとは思わない。だけど遊びじゃなくて、真剣なのだと伝えたかった。
そのソラの気持ちを嘲笑うような、不快な笑い声が上がった。
ソラが振り返る。
「あんたやっぱりアホやな。キツネにそそのかされてるやん」
姉のセイだった。右の口角を上げ、意地の悪い顔つきで、ソラを見ていた。
「キツネなんかとつるんでたらあかんっていう、ええお手本になったな」
「違う。そそのかされたんと違う。アドバイスして、背中を押してくれたんや。ハナちゃんは、いつも味方になってくれるんや」
「甘い言葉ばっかり言われて気持ち良かったやろ。でもなソラ、ほんまに心配してるんは、誰やと思う。あたしら家族やで。家族やから、きついことも言ったらなあかんって、心を鬼にして言うたってるねんで」
「言うたってるって恩着せがましい。そういう言い方するから、私は家族の誰もが信じられへんねん。私を否定して、自分たちの考えを押しつけて、思い通りに動かそうとしてるとしか思われへんねん。私を信用したことなんてある? 誰もおらんやろう?」
ソラは家族を信用していなかった。窮屈な存在でしかなかった。未熟だといわれ続け、褒めれた記憶はない。ソラ自身も未熟だとわかっていたから、反論しなかった。したところで、誰も聞いてくれないから。
キツネにそそのかされたというのなら、ある意味そうかもしれない。ハナがたくさん褒めてくれるから、いつも寄り添ってくれるから、ソラはソラでいられた。自分を否定せずに、生きてこられた。
「ハナちゃんは、大切な親友やから。私から奪わんといて。タヌキだキツネだ、って種族で決めつけんといて。ハナちゃんを知らんのに、悪く言わんといて」
たしかにハナからは耳障りのいい言葉ばかりをもらっているかもしれない。
でもそうじゃない。
お店は無理だと諦めかけたとき、ハナは叱ってくれた。言葉はきつくなくても、あれは叱られた。そして背中を押してくれた。一緒にやろうと固い握手を交わした。
「ハナは絶対に裏切らへん。例え失敗したとしても、逃げへんはず。隣で、一緒に背負ってくれるはず。ハナはそういう子やって、私は信じている。心から」
ソラは心の中にあった思いを口に出す。
家族がどう思おうと、平気だった。変なタヌキ扱いされてもかまわない。
ハナが悪く言われるのが、許せなかった。
呆気にとられた顔つきの家族を見渡していると、
「ふおふおふお」
気の抜ける笑い声がした。長老様だった。
「若さが羨ましいのぉ。信じられる他者と出会えるのは、なかなかない。貴重な経験じゃなぁ。ソラの思いはわかったぞい。ワシから神様に進言してやろう」
長老様が何を言ったのか、理解できなかった。
言葉がゆっくりと脳裏に渡りきり、ようやく理解する。
長老様が味方になってくれたことに。
「……長老様、ほんまですか? 神様にお訊ねしてくれはるんですか」
心臓がどきどきしていて、飛び出しそうだった。ソラの思いをわかってくれる同族がいるとは、思わなかった。しかも一族で一番えらい人が。
「ありがとうございます! 長老様!」
嬉しい気持ちを表に出して、ソラは頭を下げる。
「タヌキが夢を持ったらあかん、なんて掟はないからのぅ。そなたらも、いつまでも頭の固いことを言うとらんで、“あっぷでいと”せえよ」
まさかの、ソラの味方になってくれた長老様にアップデートしろ、と言われた家族たちは、気まずそうに視線を逸らした。
約束を守ってくれた長老様は、ソラの願い事を神様に伝えてくれた。
神様から、自分の力で夢を叶えてみよ、と返事がもらえて、ソラはこそこそせず、堂々と飴屋さんを営業できることになった。
「長老様」
父と母が、そのタヌキに駆け寄る。左右で長老様を挟んで支えた。
ソラが長老様を見るのは初めて。ふだんは奥の巣穴にいて、何をしているのか、ソラは知らない。
「大きい声を出して、なにがあったんじゃ」
「騒がしくて、申し訳ありません」
父が長老様の左側から謝る。
「お恥ずかしい話ですが、我が子が、キツネとキッチンカーで商売を始めたと知って、愕然としていたところでして」
父の言い方にむっときて、ソラは言い返した。
「私は恥ずかしいことはしてへん。ハナちゃんはキツネやけどめっちゃ良い子やし、キッチンカーで商売するのは、あかんことやないでしょう」
「ソラ、いい加減にしなさい。なんで今日はそんなに反抗的なんや。いつもなら、謝ってあたしらの言うこと聞いてるでしょう」
「好きやからよ!」
押さえつけようとする母に、ソラは声を上げる。
「ハナちゃんのことも、飴も、好きやから、やってみたいと思ったんよ。お店をやるために講習も受けたし、たくさん練習して、努力したんよ。初めて夢を持ったんよ。夢を持たせてくれたんはハナちゃんで、ハナちゃんは私を支えてくれてるんよ。やから、夢のこともハナちゃんのことも、悪く言うんはやめて」
わかってもらえるとは思わない。だけど遊びじゃなくて、真剣なのだと伝えたかった。
そのソラの気持ちを嘲笑うような、不快な笑い声が上がった。
ソラが振り返る。
「あんたやっぱりアホやな。キツネにそそのかされてるやん」
姉のセイだった。右の口角を上げ、意地の悪い顔つきで、ソラを見ていた。
「キツネなんかとつるんでたらあかんっていう、ええお手本になったな」
「違う。そそのかされたんと違う。アドバイスして、背中を押してくれたんや。ハナちゃんは、いつも味方になってくれるんや」
「甘い言葉ばっかり言われて気持ち良かったやろ。でもなソラ、ほんまに心配してるんは、誰やと思う。あたしら家族やで。家族やから、きついことも言ったらなあかんって、心を鬼にして言うたってるねんで」
「言うたってるって恩着せがましい。そういう言い方するから、私は家族の誰もが信じられへんねん。私を否定して、自分たちの考えを押しつけて、思い通りに動かそうとしてるとしか思われへんねん。私を信用したことなんてある? 誰もおらんやろう?」
ソラは家族を信用していなかった。窮屈な存在でしかなかった。未熟だといわれ続け、褒めれた記憶はない。ソラ自身も未熟だとわかっていたから、反論しなかった。したところで、誰も聞いてくれないから。
キツネにそそのかされたというのなら、ある意味そうかもしれない。ハナがたくさん褒めてくれるから、いつも寄り添ってくれるから、ソラはソラでいられた。自分を否定せずに、生きてこられた。
「ハナちゃんは、大切な親友やから。私から奪わんといて。タヌキだキツネだ、って種族で決めつけんといて。ハナちゃんを知らんのに、悪く言わんといて」
たしかにハナからは耳障りのいい言葉ばかりをもらっているかもしれない。
でもそうじゃない。
お店は無理だと諦めかけたとき、ハナは叱ってくれた。言葉はきつくなくても、あれは叱られた。そして背中を押してくれた。一緒にやろうと固い握手を交わした。
「ハナは絶対に裏切らへん。例え失敗したとしても、逃げへんはず。隣で、一緒に背負ってくれるはず。ハナはそういう子やって、私は信じている。心から」
ソラは心の中にあった思いを口に出す。
家族がどう思おうと、平気だった。変なタヌキ扱いされてもかまわない。
ハナが悪く言われるのが、許せなかった。
呆気にとられた顔つきの家族を見渡していると、
「ふおふおふお」
気の抜ける笑い声がした。長老様だった。
「若さが羨ましいのぉ。信じられる他者と出会えるのは、なかなかない。貴重な経験じゃなぁ。ソラの思いはわかったぞい。ワシから神様に進言してやろう」
長老様が何を言ったのか、理解できなかった。
言葉がゆっくりと脳裏に渡りきり、ようやく理解する。
長老様が味方になってくれたことに。
「……長老様、ほんまですか? 神様にお訊ねしてくれはるんですか」
心臓がどきどきしていて、飛び出しそうだった。ソラの思いをわかってくれる同族がいるとは、思わなかった。しかも一族で一番えらい人が。
「ありがとうございます! 長老様!」
嬉しい気持ちを表に出して、ソラは頭を下げる。
「タヌキが夢を持ったらあかん、なんて掟はないからのぅ。そなたらも、いつまでも頭の固いことを言うとらんで、“あっぷでいと”せえよ」
まさかの、ソラの味方になってくれた長老様にアップデートしろ、と言われた家族たちは、気まずそうに視線を逸らした。
約束を守ってくれた長老様は、ソラの願い事を神様に伝えてくれた。
神様から、自分の力で夢を叶えてみよ、と返事がもらえて、ソラはこそこそせず、堂々と飴屋さんを営業できることになった。
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