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7話 第一中学校
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GW後半、僕は円花さんを連れて、自宅を出た。美容院は営業中。
お客さんのシャンプ―をしている母に「出かけるの? 珍しい。いってらっしゃい」と見送られた。
「お母さんが珍しいって。休日は外に出ないの?」
僕はスマホを取り出す。円花さんと話す時はスマホでと取り決めていた。
「友だちはいないし、出る用事がないとずっと家にいるよ。正直に話すと、幽霊を見たくないから、っていうもあってさ」
「そんなにたくさんいるの? 幽霊」
円花さんは辺りを見渡す。
「そこの電柱から、こっちを見てるよ」
憂鬱そうな表情で、道行く人を見ている幽霊が僕の視界の端に写っている。
「ええ!? 見えないなあ。どうして私に見えないんだろう」
「幽霊同士なのに、見えないんだ」
「不思議だね。何か違うのかな? 記憶のせいとか」
「僕も、そういうことはわからないな」
「私のことなのに、わからないことばっかりだね。付き合ってくれて、ありがとう」
今日は第一中学校に円花さんを案内する。第二中学校を卒業している僕は中には入れないけど、円花さんならどこへでも行ける。部活をやっていたら、知り合いと会えて何か思い出せるかもしれない。
その間、僕は一中の学区にあるはずの小清水宅を探すことにした。
僕の家から一中までは、徒歩20分ほど。軽く汗ばむ陽気の中、円花さんに見覚えのある道か訊ねながら向かう。
学校が見えてくると、思い出したと円花さんは少しはしゃいでいた。
前方の正門に、スポーツバッグの中学生がちらほらと吸い込まれていく。
「GWでも部活やるんだな」
「来れる子だけ集まって、バトンの練習してたの。家だと難しいんだよね。落としてコップ割ったり、家族から邪魔って言われる子もいて」
「投げ技なんかは、絶対ムリだな」
「天井にぶつかっちゃう」
円花さんはうきうきと、弾むように話す。だいぶ記憶が戻っているのかもしれないな。
「それじゃ、僕は離れるよ。二時間後に正門前で待ち合わせな」
「うん! わかった」
ぱたぱたと走って行く円花さんの背中を見送り、学校周辺で小清水宅を探しながら図書館に向かった。
円花さんの目を盗んで、スマホで調べてみた結果、今年の三月下旬に例の横断歩道で事故が起きていた。
第一中学校三年生の女子生徒(15)がトラックに撥ねられ重体、という記事だった。
その後の記事が見つからなくて、地元の新聞を調べてみようと思ったからだった。
図書館の利用は初めてだから、使い方を教えてもらって一時間ほど探してみたけれど、続報らしき記事は見当たらなかった。
図書館を出た僕は、最初の予定通り、小清水宅を探し回った。
一軒家は表札を出しているけど、マンションは表札なしの家が多かった。
オートロックのマンションは中に入ることもできなくて、疲れた頃に時計を見ると、待ち合わせの時間になっていた。
一中の正門に向かうと、ひとりの男性が教職員らしき人と一緒に出てくるのが見えた。
通り過ぎるフリをしながら、聞き耳を立てる。
「今は、卒業生でも連絡なしでは立ち入れないんだよ。次に学校に来る時は、電話をして、きちんと許可を取ってからくるように」
「へいへい。わっかりました」
学校から追い出されたように見える男性は、僕よりは少し年上かな、という年齢に思える。
白の半袖Tシャツにデニム姿の男性は、大学生なのか社会人なのか。GW中だからわからない。
僕がゆっくり歩いていると、男性は校舎を見つめながら僕を通り越して行った。
「あの‥‥‥」
気がついたら、僕は声をかけていた。
「俺? なに?」
男性は足を止めて振り返る。警戒するような顔つきをしていた。
なにも考えていなかった僕は、内心で焦ってしまう。
「あ‥‥‥あの、母校なのに勝手に入ったらダメだなんて、冷たいですよね。僕も、前にやっちゃったんです。僕は二中ですけど」
男性はびっくりしたのか、軽く目を見開いてから、あははと笑いだした。
「おまえも経験者? そうなんだよ。懐かしくなって入ったら、つまみ出されてさ。いちいち連絡なんかできるかっての。なあ」
「はい。ただの衝動ですよね」
「そうなんだよ。ちょっと入っただけでうるせえよな。防犯防犯ってよ」
「そうですね」
僕は愛想笑いを浮かべて、男性の意見に同意するフリをした。
僕は卒業した中学校に懐かしいからと勝手に入ったことはないし(入るつもりもないけど)、防犯意識が高いのは良い事だと思っている。
「大学生ですか?」
わからなければ、はっきりと訊ねてみればいい。変に思われたら、そろそろ受験で進学先に迷っているとでも言って、ごまかせばいいかと、思い切って訊ねた。
「ああ、大学二年。ま、ふらふらしてるけどな。出席のためだけに行って、テスト前だけ詰め込み勉強して、あとはバイトして。楽でいいぜ大学生は。親からガキの頃ほど勉強しろとは言われねえし。なに? 進学迷ってんの?」
「まあ、そんなところです」
「受験勉強は大変だったけど、どこか拾ってくれるところあるさ。子どもの数が減ってんだからさ。ま、がんばれよ」
進学に悩んでいると先に勘違いしてくれたのか、僕を激励した男性は、右手を上げて歩いて行った。
男性と別れてから、正門から少し離れて円花さんを待っていたけど、彼女はなかなか戻ってこなくて、怪しまれると困るなと思った僕は、学校の周辺を歩いてみた。
フェンス越しに、さりげなく敷地を見ながら進むと、体育館の窓のカーテンが開いていて、バトン部が練習をしている様子が見えた。
そして、中に混ざって一緒に踊っている透明な女子の姿も。
ほとばしる汗が見えそうなほど激しく、一所懸命に生き生きと。漲る生命エネルギーを解放させるかのように。
「幽霊に見えないよなあ。生きてる僕より、生き生きしてるよ」
はち切れんばかりの笑顔で踊る円花さんを置いて、僕は帰宅した。
次回⇒8話 目撃者
お客さんのシャンプ―をしている母に「出かけるの? 珍しい。いってらっしゃい」と見送られた。
「お母さんが珍しいって。休日は外に出ないの?」
僕はスマホを取り出す。円花さんと話す時はスマホでと取り決めていた。
「友だちはいないし、出る用事がないとずっと家にいるよ。正直に話すと、幽霊を見たくないから、っていうもあってさ」
「そんなにたくさんいるの? 幽霊」
円花さんは辺りを見渡す。
「そこの電柱から、こっちを見てるよ」
憂鬱そうな表情で、道行く人を見ている幽霊が僕の視界の端に写っている。
「ええ!? 見えないなあ。どうして私に見えないんだろう」
「幽霊同士なのに、見えないんだ」
「不思議だね。何か違うのかな? 記憶のせいとか」
「僕も、そういうことはわからないな」
「私のことなのに、わからないことばっかりだね。付き合ってくれて、ありがとう」
今日は第一中学校に円花さんを案内する。第二中学校を卒業している僕は中には入れないけど、円花さんならどこへでも行ける。部活をやっていたら、知り合いと会えて何か思い出せるかもしれない。
その間、僕は一中の学区にあるはずの小清水宅を探すことにした。
僕の家から一中までは、徒歩20分ほど。軽く汗ばむ陽気の中、円花さんに見覚えのある道か訊ねながら向かう。
学校が見えてくると、思い出したと円花さんは少しはしゃいでいた。
前方の正門に、スポーツバッグの中学生がちらほらと吸い込まれていく。
「GWでも部活やるんだな」
「来れる子だけ集まって、バトンの練習してたの。家だと難しいんだよね。落としてコップ割ったり、家族から邪魔って言われる子もいて」
「投げ技なんかは、絶対ムリだな」
「天井にぶつかっちゃう」
円花さんはうきうきと、弾むように話す。だいぶ記憶が戻っているのかもしれないな。
「それじゃ、僕は離れるよ。二時間後に正門前で待ち合わせな」
「うん! わかった」
ぱたぱたと走って行く円花さんの背中を見送り、学校周辺で小清水宅を探しながら図書館に向かった。
円花さんの目を盗んで、スマホで調べてみた結果、今年の三月下旬に例の横断歩道で事故が起きていた。
第一中学校三年生の女子生徒(15)がトラックに撥ねられ重体、という記事だった。
その後の記事が見つからなくて、地元の新聞を調べてみようと思ったからだった。
図書館の利用は初めてだから、使い方を教えてもらって一時間ほど探してみたけれど、続報らしき記事は見当たらなかった。
図書館を出た僕は、最初の予定通り、小清水宅を探し回った。
一軒家は表札を出しているけど、マンションは表札なしの家が多かった。
オートロックのマンションは中に入ることもできなくて、疲れた頃に時計を見ると、待ち合わせの時間になっていた。
一中の正門に向かうと、ひとりの男性が教職員らしき人と一緒に出てくるのが見えた。
通り過ぎるフリをしながら、聞き耳を立てる。
「今は、卒業生でも連絡なしでは立ち入れないんだよ。次に学校に来る時は、電話をして、きちんと許可を取ってからくるように」
「へいへい。わっかりました」
学校から追い出されたように見える男性は、僕よりは少し年上かな、という年齢に思える。
白の半袖Tシャツにデニム姿の男性は、大学生なのか社会人なのか。GW中だからわからない。
僕がゆっくり歩いていると、男性は校舎を見つめながら僕を通り越して行った。
「あの‥‥‥」
気がついたら、僕は声をかけていた。
「俺? なに?」
男性は足を止めて振り返る。警戒するような顔つきをしていた。
なにも考えていなかった僕は、内心で焦ってしまう。
「あ‥‥‥あの、母校なのに勝手に入ったらダメだなんて、冷たいですよね。僕も、前にやっちゃったんです。僕は二中ですけど」
男性はびっくりしたのか、軽く目を見開いてから、あははと笑いだした。
「おまえも経験者? そうなんだよ。懐かしくなって入ったら、つまみ出されてさ。いちいち連絡なんかできるかっての。なあ」
「はい。ただの衝動ですよね」
「そうなんだよ。ちょっと入っただけでうるせえよな。防犯防犯ってよ」
「そうですね」
僕は愛想笑いを浮かべて、男性の意見に同意するフリをした。
僕は卒業した中学校に懐かしいからと勝手に入ったことはないし(入るつもりもないけど)、防犯意識が高いのは良い事だと思っている。
「大学生ですか?」
わからなければ、はっきりと訊ねてみればいい。変に思われたら、そろそろ受験で進学先に迷っているとでも言って、ごまかせばいいかと、思い切って訊ねた。
「ああ、大学二年。ま、ふらふらしてるけどな。出席のためだけに行って、テスト前だけ詰め込み勉強して、あとはバイトして。楽でいいぜ大学生は。親からガキの頃ほど勉強しろとは言われねえし。なに? 進学迷ってんの?」
「まあ、そんなところです」
「受験勉強は大変だったけど、どこか拾ってくれるところあるさ。子どもの数が減ってんだからさ。ま、がんばれよ」
進学に悩んでいると先に勘違いしてくれたのか、僕を激励した男性は、右手を上げて歩いて行った。
男性と別れてから、正門から少し離れて円花さんを待っていたけど、彼女はなかなか戻ってこなくて、怪しまれると困るなと思った僕は、学校の周辺を歩いてみた。
フェンス越しに、さりげなく敷地を見ながら進むと、体育館の窓のカーテンが開いていて、バトン部が練習をしている様子が見えた。
そして、中に混ざって一緒に踊っている透明な女子の姿も。
ほとばしる汗が見えそうなほど激しく、一所懸命に生き生きと。漲る生命エネルギーを解放させるかのように。
「幽霊に見えないよなあ。生きてる僕より、生き生きしてるよ」
はち切れんばかりの笑顔で踊る円花さんを置いて、僕は帰宅した。
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