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姫様以外眼中にありませんので
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わたくしが全てを思い出したのは、姫様がバッドエンドに向かっていると気付いた瞬間でした。
この世界は、乙女ゲームの世界なのだと、わたくしは姫様を幸せにするためにこの世界に転生した者なのだと――瞬時にしてわたくしの脳内に様々な情報が入ってきました。
前世、私がこのゲームを狂ったようにプレイしていた。否、狂ったの一言で済ませてしまってもいいのだろうか。寝不足で目を血走らせ、指が折れるんじゃないかという勢いでボタンを押し続けていた。それはもう、狩る者の目だった。
……何はともあれ、まずはこのゲームについて話そうと思う。
このゲーム――『ドキドキ!夢の花咲く王宮で』、略称は『ドキ夢』という何ともまぁ、ネーミングセンスの欠片も感じないタイトルなのだが――は、ゲームシステムやシナリオの良さから爆発的な人気を博した乙女ゲームだ。
一国の王女に生まれた、虚弱で麗しいヒロインが、騎士やら薬師やら料理長、更には神官長まで、様々なタイプのイケメンを落としていくという至って普通な乙女ゲームだ。
……がしかし、このゲームの人気の秘密は別の理由がある。
メインヒロインは主人公である姫様――ベルベットなのだが、このゲームにはサブヒロインがいるのだ。それが今の私――否、わたくしと言うべきか――つまり、アイリスのことだ。
アイリスは、姫様を心の底から慕っている姫様専属メイドである。そしてもちろん乙女ゲームなのだから可愛いのは当然なのだが、何より重要なのが、ヒロインとアイリスの運命は全く対極に置かれていることだ。
ヒロインがバッドエンドを迎えるとアイリスはハッピーエンドを迎え、ヒロインがハッピーエンドを迎えるとアイリスはバッドエンドを迎えるのだ。
アイリスは何の邪念もなく、真っ直ぐにヒロインの恋を応援してくれる健気な存在ゆえに、結構な確率でバッドエンドになる。――というのは建前で、乙女ゲームに慣れている人は、ヒロインをハッピーエンドに導くことが上手いから、アイリスがバッドエンドを迎える確率が高いわけだ。乙女ゲームに慣れている人なら、ね。
アイリスのバッドエンドの中で一番軽いものは意中の相手に振られて終わりなのだが、ある時は解雇処分、またある時は大怪我を負って退場、果てには死というエンドもある。
ヒロインがハッピーエンドを迎えて喜ぶのもつかの間、アイリスのその後が描かれた、アイリスバッドエンド編がエンドロールで流れる。
これには『ドキ夢』ファンたちは滂沱の涙を流した。かく言う私もそうだ。
主人公ラヴであった私からしてみれば、主人公にいつもくっついてきた健気なメイドちゃんがフラれる……までなら良い。だが解雇処分された時には全私が泣いた。行かないでー!まだ私はあなたとも一緒にいたいの!と思っていた。挙句の果てに殺されようものなら、こんな健気な子を殺す攻略対象サマを殺してやろうかと思った。あそこまで本気の殺意が湧いたのは前世、今世ともに初めてだろう。
……ともあれ、『ドキ夢』ファンたちの多くは、ヒロインがハッピーエンドを迎えて嬉しかったはずなのに、ヒロインが幸せになることで他の人が不幸になってしまったという罪悪感、あるいは不憫さ、同情の念を抱いた。
そして誕生したのが、姫様派とアイリス派の対立だ。
ちなみに私は圧倒的にヒロイン――姫様派だった。だが悲しきかな、乙女ゲーム初心者の私は姫様を幸せにすることなく数多のエンドを迎えてしまった。
何故アイリスが幸せになる!幸せになるべきは姫様だろう!
その一心で、何度もロードしては選択肢を変え、果てには最初からやってみたりもした。しかしそれでも主人公に幸せが訪れることなく、ついでに私の人生も終わってしまった。――雨の日に車にはねられて、私の18年に及ぶ人生は幕を閉じたのだ。卒業を間近に控えた高校三年生の冬のことだった。
私の人生はこれからバラ色になるはずだったのに……と今更嘆いても仕方がない。
だがしかし、姫様の幸せを見届けられないまま死ぬのは嫌だった。ので、私は死ぬ間際ずっと「アイリスになりたいアイリスになりたい……姫様を幸せにしたい……」とボヤいていた。――余談だが、奇しくも私の遺言になったのはこれだった。車にはねられた直後にこうボヤき、救急搬送されるころにはすでに息を引き取っていたようだった。
決して「良い人生だった……」「もう悔いはない……」みたいな遺言らしい良い台詞ではなかった。死ぬ直前から人生をやり直したい、切実に。
ともあれ。
救急車の音が近づき、私の体を誰かが抱え――その時にはもう私の意識は体にはなく、体からフワリと浮上し、フヨフヨと空中をさまよっていた。幽体離脱体験だ、なんて不謹慎なことを思ってしまった。……実際に死んでしまったのだから幽体離脱というよりも臨死体験の方が適切だろう。
この時に私はしっかりと、自分が死んだということを認識した。
あー、人生に悔いしか残らなかったなぁとぼやぼや考えていると、空の上から私めがけて、強い光が差し込んだ。
眩しさに目を強く閉じ――私の記憶はそこで閉じた。
そして次に私が目を覚ましたのが今――王宮主催の舞踏会会場である大ホールで、多く集まった民衆の中で、見目麗しい王子サマの熱い視線が私の方に向いている時で――
そう、姫様がバッドエンドで、アイリスである私がハッピーエンドになりそうな、実に最悪な場面だ。
何度も何度も繰り返しプレイしていたにも関わらす、私が最後にプレイしたのがちょうどこの場面だったはずだ。とんだ運命もあったものだ。ここでアイリスが頷けば、私は順風満帆なハッピーエンドを迎えることが出来る。
が、私はあくまで姫様を幸せにしたくてこの世界に(無意識のうちに)転生したのだ。
「……お生憎様。わたくし、姫様以外は眼中にありませんので」
……私、決めた。前世で姫様を幸せにできなかったのなら、今世で幸せにすればいいじゃない!
――姫様を幸せにするために恋愛フラグを回避しまくります!
この世界は、乙女ゲームの世界なのだと、わたくしは姫様を幸せにするためにこの世界に転生した者なのだと――瞬時にしてわたくしの脳内に様々な情報が入ってきました。
前世、私がこのゲームを狂ったようにプレイしていた。否、狂ったの一言で済ませてしまってもいいのだろうか。寝不足で目を血走らせ、指が折れるんじゃないかという勢いでボタンを押し続けていた。それはもう、狩る者の目だった。
……何はともあれ、まずはこのゲームについて話そうと思う。
このゲーム――『ドキドキ!夢の花咲く王宮で』、略称は『ドキ夢』という何ともまぁ、ネーミングセンスの欠片も感じないタイトルなのだが――は、ゲームシステムやシナリオの良さから爆発的な人気を博した乙女ゲームだ。
一国の王女に生まれた、虚弱で麗しいヒロインが、騎士やら薬師やら料理長、更には神官長まで、様々なタイプのイケメンを落としていくという至って普通な乙女ゲームだ。
……がしかし、このゲームの人気の秘密は別の理由がある。
メインヒロインは主人公である姫様――ベルベットなのだが、このゲームにはサブヒロインがいるのだ。それが今の私――否、わたくしと言うべきか――つまり、アイリスのことだ。
アイリスは、姫様を心の底から慕っている姫様専属メイドである。そしてもちろん乙女ゲームなのだから可愛いのは当然なのだが、何より重要なのが、ヒロインとアイリスの運命は全く対極に置かれていることだ。
ヒロインがバッドエンドを迎えるとアイリスはハッピーエンドを迎え、ヒロインがハッピーエンドを迎えるとアイリスはバッドエンドを迎えるのだ。
アイリスは何の邪念もなく、真っ直ぐにヒロインの恋を応援してくれる健気な存在ゆえに、結構な確率でバッドエンドになる。――というのは建前で、乙女ゲームに慣れている人は、ヒロインをハッピーエンドに導くことが上手いから、アイリスがバッドエンドを迎える確率が高いわけだ。乙女ゲームに慣れている人なら、ね。
アイリスのバッドエンドの中で一番軽いものは意中の相手に振られて終わりなのだが、ある時は解雇処分、またある時は大怪我を負って退場、果てには死というエンドもある。
ヒロインがハッピーエンドを迎えて喜ぶのもつかの間、アイリスのその後が描かれた、アイリスバッドエンド編がエンドロールで流れる。
これには『ドキ夢』ファンたちは滂沱の涙を流した。かく言う私もそうだ。
主人公ラヴであった私からしてみれば、主人公にいつもくっついてきた健気なメイドちゃんがフラれる……までなら良い。だが解雇処分された時には全私が泣いた。行かないでー!まだ私はあなたとも一緒にいたいの!と思っていた。挙句の果てに殺されようものなら、こんな健気な子を殺す攻略対象サマを殺してやろうかと思った。あそこまで本気の殺意が湧いたのは前世、今世ともに初めてだろう。
……ともあれ、『ドキ夢』ファンたちの多くは、ヒロインがハッピーエンドを迎えて嬉しかったはずなのに、ヒロインが幸せになることで他の人が不幸になってしまったという罪悪感、あるいは不憫さ、同情の念を抱いた。
そして誕生したのが、姫様派とアイリス派の対立だ。
ちなみに私は圧倒的にヒロイン――姫様派だった。だが悲しきかな、乙女ゲーム初心者の私は姫様を幸せにすることなく数多のエンドを迎えてしまった。
何故アイリスが幸せになる!幸せになるべきは姫様だろう!
その一心で、何度もロードしては選択肢を変え、果てには最初からやってみたりもした。しかしそれでも主人公に幸せが訪れることなく、ついでに私の人生も終わってしまった。――雨の日に車にはねられて、私の18年に及ぶ人生は幕を閉じたのだ。卒業を間近に控えた高校三年生の冬のことだった。
私の人生はこれからバラ色になるはずだったのに……と今更嘆いても仕方がない。
だがしかし、姫様の幸せを見届けられないまま死ぬのは嫌だった。ので、私は死ぬ間際ずっと「アイリスになりたいアイリスになりたい……姫様を幸せにしたい……」とボヤいていた。――余談だが、奇しくも私の遺言になったのはこれだった。車にはねられた直後にこうボヤき、救急搬送されるころにはすでに息を引き取っていたようだった。
決して「良い人生だった……」「もう悔いはない……」みたいな遺言らしい良い台詞ではなかった。死ぬ直前から人生をやり直したい、切実に。
ともあれ。
救急車の音が近づき、私の体を誰かが抱え――その時にはもう私の意識は体にはなく、体からフワリと浮上し、フヨフヨと空中をさまよっていた。幽体離脱体験だ、なんて不謹慎なことを思ってしまった。……実際に死んでしまったのだから幽体離脱というよりも臨死体験の方が適切だろう。
この時に私はしっかりと、自分が死んだということを認識した。
あー、人生に悔いしか残らなかったなぁとぼやぼや考えていると、空の上から私めがけて、強い光が差し込んだ。
眩しさに目を強く閉じ――私の記憶はそこで閉じた。
そして次に私が目を覚ましたのが今――王宮主催の舞踏会会場である大ホールで、多く集まった民衆の中で、見目麗しい王子サマの熱い視線が私の方に向いている時で――
そう、姫様がバッドエンドで、アイリスである私がハッピーエンドになりそうな、実に最悪な場面だ。
何度も何度も繰り返しプレイしていたにも関わらす、私が最後にプレイしたのがちょうどこの場面だったはずだ。とんだ運命もあったものだ。ここでアイリスが頷けば、私は順風満帆なハッピーエンドを迎えることが出来る。
が、私はあくまで姫様を幸せにしたくてこの世界に(無意識のうちに)転生したのだ。
「……お生憎様。わたくし、姫様以外は眼中にありませんので」
……私、決めた。前世で姫様を幸せにできなかったのなら、今世で幸せにすればいいじゃない!
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