姫様を幸せにするために恋愛フラグを回避しまくります!

夕闇蒼馬

文字の大きさ
7 / 55

最後の攻略対象サマ、ヴェロール

しおりを挟む
 コンコン、と軽快なノックの音が響く。
「姫様、昼食をお持ちしました」
 そう言うと私は姫様の部屋の扉を開け、書類作業に追われている姫様に、今日の昼食を載せたワゴンを見せる。

 書類をまとめ、机をざっと片付けた姫様にそれを差し出す。――これは余談だが、姫様は書類作業もできる、というよりしなければならない。王女であるからそれは当然といえば当然なのだが、ここにあるのは国レベルの書類がほとんどだ。それ故、私は軽率に姫様の部屋を掃除できないし、当然机を掃除することもできない。姫様の許可があれば部屋の掃除はするが、いくら許可があろうと机の上は掃除できない。怖いじゃん!

「あら、ありがとう」
 そう言って微笑んだ姫様のそれは、キラッキラ輝く眩しいオーラをまとっていた。いや本当に。

「いただきます」

 姫様が食事を始めた。
 ――否、始めようとした瞬間、来客があった。コンコン、と軽快なノックの音が聞こえたのだ。
「……如何致いかがいたしましょう、姫様」
 今は昼食の時間だ。邪魔されたくはないだろう。
 そう思ったが、姫様は違った。
「いいわ、通しなさい」
 仕事熱心な姫様は、昼食時であろうと仕事をするつもりらしい。
 姫様に言われるまま、扉を開けて来客を確認する。
 そこにいたのは――

「ヴェロール、さま……」

 最後の攻略対象サマ、ヴェロール。


 彼について少し話をしよう。
 ヴェロールは神官長という地位についていて、それなりに偉い人だ。……いや、この国においては王族の次に偉いと言ってもいいかもしれない。財務長官とか色々な役職はあるが、この国は宗教が結構普及しているので、神官長という立場はそれなりに高い。
 冬を思わせる白銀色の長髪は軽く結ってあり、美しいアメジストの瞳はメガネで隠されている。
 そして、なにを隠そう、私の一番推しだったキャラなのだ。――そして同時に、アイリスのバッドエンドがとても悲惨なキャラでもあった。

「少々姫様と話したいことがございまして……よろしいでしょうか?」
 否という選択肢を最初から与えないという雰囲気を醸し出す彼の笑顔。私はこの笑顔に惚れた。私はこれを密かに『ブリザードスマイル』と呼んでいる。
 ……いや待て、惚れちゃダメだろ。今は仮にもアイリスなんだ。
 それに、私が惚れたところでそれが実る可能性はないに等しく、そしてそもそも姫様のために恋を実らせる気はないのだ。
「えぇ、いいわ。入りなさい」
「失礼します」
 彼は入ってくるなり書類の束を机にのせ、「今度の祭りの企画書を提出しに参りました」と言った。

 この世界には、いくつかの祭りがある。
 彼が務める宮廷教会――すなわち、宮廷が抱えている教会で、宗派らしい宗派はない教会だ。神官長であるヴェロールが神の声を聞く力を持っているので、神の言葉を人々に伝えるための場と言った方がいいだろう――は、祭りの企画運営を担当しているのだ。

 そして直近のイベントは恐らく、『花祭り』だ。
 異性に花を贈り合うという、大変ロマンティックな祭りだ。
 しかも、渡す花の種類で相手に想いを伝えられるのだ。まずここが、攻略対象との関係性が分かるポイントだ。
 ゲームなら選択肢があるが、現実ならば選択肢は無限大なのだ。少し……いや、かなり楽しみだ。

「花祭り、ねぇ……昨年も好評だったわね。それなら否とは言わないわよ。わたし自身も楽しめましたし」
 姫様がそう言えば、彼はニッコリと笑って「ありがとうございます」と返した。――どこか狂気じみた何かを感じるのは私だけだろうか。

「では、要件はそれだけです。食事の邪魔をしてしまって大変申し訳ない。失礼します」
「お疲れ様。……アイリス、送ってあげて」
「……はい」

 正直気は乗らない。一番の推しと隣に並んで歩くとか無理だろ。
 ――違う、そういうことではない、『わたくし』に関する問題があるのだ。それは私が隣国に飛ばされて向こうで生活を送ることになるかもしれないという、避けなければいけない危機で――
「ありがとうございます、アイリスさん」
「……行きましょう」
 仕方がない、と割り切って私は歩き出した。


「して、アイリスさん。姫様のお加減はいかがですか?」

 皆様お忘れだろうが、姫様は虚弱体質だ。いや、虚弱というほどではないが、他者より体が弱い。だから一応この場では虚弱体質と呼ばせていただく。
 この際だから、姫様の虚弱体質について説明しておこう。

 姫様は、『頑張りすぎると目眩めまいなどで倒れてしまう』という体質を持っている。

 それ故、姫様は過去に何度か倒れた。そのうちの1回が、ドドリーと料理を勉強していた時だ。
 姫様は勉強熱心がゆえ、頑張りすぎてしまったのだ。そして、倒れた。
 その時に姫様を救ったのが、当時15歳くらいであったクロールだ。
 彼は最年少で宮廷薬剤師になった。そして、姫様を救ったという功績があったため、彼は王宮はおろか、庶民たちにまで名が轟いた。

 まぁ、彼の話はさておき。
「えぇ、大丈夫です。なにせ私が見守ってますから」
「貴女の場合は見守るではなくストーカーと言った方が適切な気が……おっと失礼、口に出ていましたか」
 コイツ……!反論の余地がないではないか!
 だがしかし、彼には弱みもあるのだ、私は知っている!
「それを言うなら貴方もでしょう、姫様ファンクラブ会員番号2番、?」

 そう、彼は私と同じ姫様ファンなのだ。
 この王宮には『姫様ファンクラブ』なるものがある。特に姫様に、あるいは姫様と何かをする訳では無いが、姫様ファンの同志たちと月1で秘密の茶会を開くのだ。
 もちろんこれは非公式で、秘密のファンクラブだ。
 しかも彼は、本名で登録するのは気が引けたらしく、わざわざヴェロールという名前からヴァローナという女性名にしたくらいだ。それほどまでに姫様ファンクラブに入りたかったか。姫様愛が末恐ろしい。
 ちなみに私は、姫様ファンクラブ会員番号1番だ。

「それを公衆の面前で言ったら……分かりますよね?」
「さぁ?私には分かりません」
 ニコニコと言ってやれば「このアマ……!」と悔しそうに歯ぎしりをした。ざまあみろ!


 それから私はヴェロールを教会まで送り――その途中、「良いんですかー、ここで大きい声であのことを言っちゃってもいいんですよー?」「ぶっ殺……っ、ゴホッ、分かっていますよね、アイリスさん?」とふたりの大声が城に響き渡っていた――私は姫様の元に舞い戻った。
 もちろん、先までの会話のことは黙っておいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

社畜の私は異世界でも社畜精神が残ったままだった

木嶋うめ香
恋愛
貴族学園の小さな部屋で、私は一人書類仕事に追われていた。 今日も寮には帰れそうにない、机の上には大量の未処理の書類。 せめて空腹を紛らわそうと、ビスケットを鞄から取り出し水を汲んでこようとして立ち上がった途端、視界が暗くなり倒れた。 床に倒れた反動で、頭を床にぶつける。 その衝撃で思い出した、私は前世ブラック企業に勤めていた社畜で、二十三連勤サービス残業付きの末、体調を崩し亡くなったアラサー営業職だった。 他サイトでもアップしています。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

巻き込まれて婚約破棄になった私は静かに舞台を去ったはずが、隣国の王太子に溺愛されてしまった!

ユウ
恋愛
伯爵令嬢ジゼルはある騒動に巻き込まれとばっちりに合いそうな下級生を庇って大怪我を負ってしまう。 学園内での大事件となり、体に傷を負った事で婚約者にも捨てられ、学園にも居場所がなくなった事で悲しみに暮れる…。 「好都合だわ。これでお役御免だわ」 ――…はずもなかった。          婚約者は他の女性にお熱で、死にかけた婚約者に一切の関心もなく、学園では派閥争いをしており正直どうでも良かった。 大切なのは兄と伯爵家だった。 何かも失ったジゼルだったが隣国の王太子殿下に何故か好意をもたれてしまい波紋を呼んでしまうのだった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...