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姫様毒殺事件

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「……歩み寄るとか絶対無理!私ってば何言ってんの馬鹿なの!?」

 姫様と花祭りの報告会を終え、自室に帰ってきた私はベッドに顔面から勢いよく倒れ込む。

「……いや待てよ、よく考えたらこれって……」

 何かが引っかかる。
 花祭りが終わり、姫様は完全にディラスルートに入った。
 姫様がディラスルートでハッピーエンドを迎えることは目に見えている。
 ディラスルート……私は、「わたくし」は……どんなエンドを迎える?
 国外追放エンド……だったっけ?

「……まぁいいか、いずれ分かることだし」

 自分に課されるエンドは、「わたくし」からすればバッドであろうと、「私」からしてみればハッピーエンドだ。
 姫様が幸せになったということなのだから。
 私はそれ姫様の幸せを、目の前で見てから、一思いに断罪されたい。
 姫様の幸せな表情され見れれば、姫様が幸せになる瞬間さえ見れれば、私は何の未練もなく次の土地でやっていける。

「……だからせめて頼むよ、ディラス……結婚式には私も呼んで……姫様の幸せを目の前で…………」

 私の意識は深淵しんえんに飲み込まれかけている。
 ふかふかでぬくぬくのベッドに誘われるように、私は眠りに落ちた。


 次の日。
「アイリス、茶会の準備をして欲しいの。できれば、昼までに……それと、給仕も。……ダメ、かしら?」
 朝食の席で突然言われたそれに(しかも姫様は上目遣いという必殺技をくり出した)私は一も二もなく「もちろんです」と答えた。姫様のこんな表情を見せられて、否なんて言えるわけないだろ!まぁもちろん否と言う気はなかったのだけれど。
「姫様のためならば、わたくしは尽力を厭いません。最高に美味しい紅茶と茶菓子を用意させて頂きます」
「ありがとう。……わたし、あなたがいてくれて良かったわ。あなたの淹れる紅茶も、あなたが焼くクッキーも、何もかも全てが1番美味しいのよ。楽しみにしてるわ」
 ニコリ、と目の前で見せられた姫様の笑顔に、私は昇天しかけ、しかし理性で何とか押さえつけて意識を保ち、「ありがとうございます」と満面の笑みを返した。


 しかし、この時の私はあまりの多幸感で気付いていなかった。
 私の――わたくしの断罪が、もう間もなく迫っているということに――。


 私は姫様の言われた通り、昼までには茶会の準備は万全だった。
 庭園に席を用意し、紅茶と茶菓子を用意した。
 さぁ姫様、いつでもいらしてください……!
 そう思いながら私は姫様が庭園に現れるのを待った。

「あ、アイリス。準備はもうやってくれたのね。ありがとう」
「当然のことをしたまで、で……」

 姫様の声がする方を向いた。
 そこには姫様……そして、隣にディラスがいた。
 姫様の騎士なのだから当然と言えば当然なのだが、こう、引っ掛かりを覚える……デジャブを感じる。
 あの姫様のドレス、ディラスの衣装。どこかで見覚えがあるような……。

「……アイリス?どうしたのかしら?」
「アイリスちゃーん?調子でも悪いの?」

 ふたりして私の顔を覗き込んできた。
 仮にも攻略対象サマであるディラスと、私の崇拝対象の姫様が私の顔を、同時に覗き込んできたのだ。
 緊急事態発生!私の目と脳の解像度ではこのふたりを完全に捉えきれません!

「……だ、大丈夫です。さ、茶会の準備は整ってますよ。……姫様、わたくしがいていいのですか?」

 ボソリと姫様に問いかければ、「いいのよ」と答えた。
「わたしはあなたに、報告しなきゃいけないことがあるの。……ディラスも、一緒に」

 これはもしかして、もしかしなくとも。

「……アイリス、よく聞いて。わたしたちは――」
「待って、オレから言わせて。……アイリスちゃん、オレたち、婚約しようと思うんだ」

 あの時「わたくし」に向けられていた熱っぽい視線が、姫様の方を向いていたのは知っていた。
 姫様が、誰よりもディラスに熱っぽい視線を向けていたのは知っていた。
 だから今更聞かされなくとも知っていたと言えば知っていた話だ。

 ……と内心では思っているが、表情はそうもいかないようだ。

「あ、アイリス……どうして泣いているの?」
「あー……姫様のせいじゃないですかね……」
「わたし?わたしのせいなの!?ねぇアイリス、わたしはどうしたらあなたに許して貰えるの……っ!?」

 あの時のように――否、あの時とは反対の立場だが、あの時とまるっきり同じシチュエーション。思わずフフっと笑みをこぼす。

「わたくし……多分、嬉しくて泣いてるんです……姫様がそのように幸福感に満ち溢れた表情で、笑っていて……自分のことのように嬉しいです……っ」

 待ち望んだ姫様の幸せな表情。それを目の前で見ている。
 これ以上に幸せなことがあろうものなら教えて欲しい。そんなものはこの世に……あるいは、前世にもなかったのだから。

「……姫様を泣かせたりしたら、わたくし、貴方をついうっかり階段から突き落としてしまうかもしれませんの。ですから、くれぐれも姫様を悲しませることがないように……姫様を、幸せにしてください」

 泣きながらも笑顔で言いきった私を褒めちぎってやりたい。よくやった、私。
 ――内容はともかく。


 その後は私も混じえて3人で茶会をした。

 しかし、幸せな時間はそう長くは続かないものだ。


「……姫様、顔色が優れないようですが」
「あれ、本当だ。めちゃくちゃ顔青い……というか白くない?」
「…………っ、」
「ちょっとディラス様、姫様の声が聞こえません。黙っててくださいませんか?……姫様、どうなさいましたか?」

「……どく、が……」

 姫様は、紅茶を飲んでから急激に体調を崩し、倒れた。最後に「毒が」と呟いて。


 私とディラスの迅速な対応の甲斐あって、姫様は一命を取り留めたが、大きな問題が残った。

 誰が犯人かということだ。

 私は毒なんて仕込んでいないし、そもそも持ってない。だが、この紅茶を用意したのは私。
 まず真っ先に疑われるのは私だ。


 ――私は、姫様毒殺未遂の疑いで、捕縛ほばくされた。
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