姫様を幸せにするために恋愛フラグを回避しまくります!

夕闇蒼馬

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寝れるわけないよね

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 姫様の結婚式を前日に控えた夜。
 雲ひとつない夜空には、普段は見えないくらい微かな光を放つ小さな星まで輝いていた。
 この調子なら明日も晴れてくれそうかな、と思いながら、私は自室のクローゼットから大きなカバンを取り出す。

 ――明日、隣国追放エンドを迎えるための準備だ。

 姫様はディラスとのハッピーエンドを迎えるということはつまり、私は断罪されるということだ。

 この世界は、姫様ヒロインアイリスしか幸せになれない乙女ゲームの世界なのだから。

 アステアで繰り広げられていた『もっとドキ夢』の世界は、悪役令嬢として登場したアクレシア・フォン・フォルリーアがクラジオとハッピーエンドを迎えたことで終わった……らしい。
 私は『もっとドキ夢』をプレイできなかったので、アクレシア――またの名を中村あずさという――がそう言っていた、という曖昧な情報なのだが。

 ともあれ。

 アステアで繰り広げられてきた『もっとドキ夢』の世界は終わったが、リエールで繰り広げられている『ドキ夢』の世界は、まだ終わっていない。
 姫様がディラスと結婚して、私は断罪されて、それで物語は終わりを告げる。

「……私、なんで断罪されるんだろ。毒殺事件はクラウの仕業だったでしょ。だから私の無実も証明された。……他に私、なんかやらかした?」

 しばらく悶々と考えても答えは出なかったので、今日は大人しくしていよう。
 今すべきことは、いつ断罪されてもいいように荷物をまとめておくことだ。

 部屋の中を綺麗にしながら必要なものとそうでないものを分け、持っていくものを選別していると、扉をノックする音が聞こえた。

「はーい」

 返事をし、扉が開くのを待つ。……生憎と、今忙しいので扉を開けに行ってはやれなかった。――この時、自ら扉を開けに行っていれば、どれだけ良かったことか。今更ながら後悔している。

「入りますね」

 その声の主は誰であろう、私の大好きなヴェロールだった。

 ――そして私はこの時失念していた。部屋が今、どんなふうになっているのかを。

「…………アイリス」
「はい?」
「この部屋の有様は一体、どういう……」
「あ」

 いかにも片付け途中です、というような部屋。そしてカバンに荷物を詰め込む私。

「……一体どこに行くおつもりですか」
「あーっと、ちょっと野暮用で」
「なるほど、野暮用とは部屋の片付けや荷物の選別を必要とするたぐいの野暮用なのですか。随分大切で時間のかかる用事なのですね」
「あはは……」

 恐怖で引きった愛想笑いを浮かべながら、私はヴェロールから目を逸らす。……まぁいつものように、ヴェロールは私の目の前までやってくるのだが。

「どこへ行くおつもりなのですか?」
「えー……多分隣国とか、もっと遠いとこ、かも?」

 とりあえず曖昧に答えておけ、と思いこう答えると、ヴェロールはあからさまに表情を変えた。

「アステアにはもう用事はないでしょう。姫様毒殺未遂事件の犯人は分かったわけですし。それなのに何故また行こうとするのですか?」
「ちょっと詳しく事情は話せないのですが……アステアに行かなければいけないというのが、私の運命なんですよ。姫様が幸せになったら私が背負う運命なんです」
「分かりませんね。もっと詳しく話せないんですか」
「すみません」

 あくまで話す気は無いぞ、と目で訴えかける。というか話せないんだって、この話は!
 するとヴェロールは、笑った。……ブリザードスマイルで。

「ふふ……ふふふっ、なるほど、そういうことなのですね。アイリスはそういう運命なのだと思っているのですね。この私めを差し置いて」
「それは申し訳なく思っています。ですが、これがずっと前から決まっていたことなんです。私はそれを甘んじて受け入れることしかできないんです」
「相手が王族だから?」
「王族かどうかは関係ないのですが……強いて言えば、相手がディラス様だからです」
「益々分かりませんね……」

(えぇそうでしょうね、「この世界は乙女ゲームの世界なのです!」って事細かに説明出来たらどれだけ楽なことか……それができないから説明に困ってんだよ!)

 心の中で毒づきながら、私はなおも言い募る。

「だから、これは決まっていたことなのです。わたくしはそれを受け入れました。ただそれだけです」
「…………」

 沈黙が恐ろしい。何か喋って欲しいんだけど。

「……そうですか。まさかアイリスさんが私めではなくクラウディオ殿を選ぶとは思いませんでしたよ」
「……え?」
「しかも彼と添い遂げることが以前から決まっていたことなのだと、アイリスさんはそう仰るんですね」
「いや、ちょっと……」

 ちょっと待って欲しい。
 ヴェロールは何を言っているの?
 私はクラウと添い遂げるなんて言っていないし、あんなヤツよりヴェロールの方が好きだ。
 なのに、一体これはどういうこと?

「……なら、もう遠慮は必要ありませんよね」

 そう言ってヴェロールは、私を雑に抱き上げ、かろうじて残っている私のベッドに下ろした。

「……え?」

 困惑する私をよそに、ヴェロールはベッドに乗って私に覆いかぶさった。
 ……これってもしかして、貞操の危機ってやつ?

「ちょ、待ってください!」
「十分待ちました。もう我慢なりません、アイリスさんがそんなふうでは」
「違うんです!わたくしはアステアに行くわけじゃないんです!これはあくまで、断罪された時のための準備なんです!」

 今度はヴェロールが首を傾げる番だった。
 首を傾げながら、ヴェロールは起き上がると私も起き上がらせ、ベッドを降りた。そして、ヴェロールはベッドに腰掛け、私は床に座った。……上下関係おかしくない?ここ私の部屋なんですけど。

「大体、なんでそんな話になってるんですか。わたくしはただ、多々あったイベントで嫌われたあの人この人に、国外追放を命じられると知っているだけです。だから、どこに追放されてもいいように支度をしているだけなのです」

 そう言うとヴェロールは、ますます首を傾げた。美しい御髪おぐしがサラリと流れ……あ、イケメン。じゃなくて。

「……嫌われたあの人この人、とは?」
「このまま姫様が結婚なされば、わたくしを追放するのはディラスでしょうね。特にディラスには、花祭りの時に愛情怨念をたっぷり込めたトリカブトを差し上げましたからね。それに、彼からの告白も断りましたし。嫌われていて当然でしょう」

 ちなみに、トリカブトの花言葉は「騎士道」ともうひとつ、「復讐」だ。

「…………花祭りのくだりは嫌われてもおかしくない内容ですが、別に彼はアイリスさんを嫌っている様子は見られませんよ」
「きっと表情などを取り繕って隠しているんですよ、わたくしを嫌いだということを」
「そんな器用な人間にも見えませんけどね」

 私が姫様と結ばれた相手に嫌われ、バットエンドに導かれる。それが公式ストーリーなのだから、それ以上説明のしようがない。……そもそも乙女ゲーム世界云々の話もしようがないのだが。

「わたくしは、姫様の結婚式終わりがけに断罪される運命なんです。だからこれは、断罪後に必要なものを準備しているんです」
「はぁ……よく分かりませんが、そうですか。まぁ明日になれば分かりますよ、きっと。彼がそんなことをする人間ではないということが」
「はぁ……あ、それで今日は何の用事で部屋まで来たのでしょうか」
「あぁ、そうでした。明日は姫様の結婚式ですね」
「?えぇ、そうですね。待ちに待った姫様の結婚式なので、明日がとっても楽しみです」
「それはそれは。……ところで、私めとの約束、忘れていませんよね?」

 ――忘れていない。忘れられるはずがない。

 姫様の結婚式を見届けたら、私はヴェロールに告白の返事をするのだ。
 姫様の幸せを見届けてから、私は想いを伝えるのだ。

 あなたのことが好きです、と。

「その顔なら、きっと忘れていませんね。良かったです。……さ、早く寝てください。待ちわびた日を、寝不足の顔で迎えるわけにはいかないでしょう」
「そうですね。なら、わたくしはそろそろ寝るので早くここを出て行ってください」

 可愛げがないとは思っている。だが、これが私なのだ。

「はいはい、出ていきますよ……と、その前に」

 ヴェロールは何を思ったか、私に近づいてきた。
 その瞳はどこか恐ろしく感じ、私は静かに後ずさる。

「どうしましたか?」
「いえ、なんとなく」
「そうでしたか。……さすがにこの距離まで来れば分かりますよね」
「なにが、でしょうか」

 私の背中は、ヒヤリとした壁に触れた。もうこれ以上は逃げられない。
 私たちは、至近距離で見つめ合う。

「こんな夜更けに男を部屋に上げてはいけませんよ」
「まぁそうですけど……ヴェロール様だから大丈夫かな、と」
「……その言葉はどう受け取るべきなのでしょうかね。迷うところではありますが……」

 そう言いながらヴェロールは、ただでさえ近かった距離をさらに近くした。――乙女の夢、壁ドンをされた。

「……あ、の」
「私めだって男ですよ。しかも、貴女に好意を寄せているひとりの男です。そんな人物を軽率に部屋に上げて、何をされてもおかしくないんですよ」

 そう言い、ヴェロールは私の唇をんだ。甘く、優しく。

「んな……っ、」

 何するんですか、と言おうとした私だったが、羞恥でそれも叶わなかった。

「こういうことをされても仕方がない、ということですよ。むしろこの程度で済ませた私めの理性を褒めて頂きたいですが」
「……アリガトウゴザイマス」

 こんなことをされては、片言になるのも仕方がないというものだ。

「ふふっ……アイリスのその顔を見れて私めは満足です。今宵は良い夢が見れそうです。では、おやすみなさい」
「お、やすみなさい……」

 私から静かに離れ、部屋を出ていったヴェロール。

「…………寝れるわけないよね、こんなことされて」

 ヴェロールの柔らかな感触と温もりが残る唇に触れ、ひとりで顔を赤らめた私だった。

 ――結局、寝ついたのはヴェロールが出て行った数時間後、月が天頂を過ぎた頃だった。
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